HB
「たーにぐちさんっ」 「おう、古泉。待ってたぜ」 「お待たせしました」 ある晴れた、とても晴れた日曜日。 俺の心の中も非常に晴れやかだ。 なぜなら今日は古泉とデートをする日だから。 キョンとの死闘を勝ち抜き、 古泉と見事結ばれることになってから一か月。 古泉は浮気するような様子もどこにもないし、 俺も古泉に惚れて以来ナンパは一度もしていないし、 大変穏やかかつハッピーな日々を送っている。 とはいっても世間では風当たりの強い同性愛ってやつだ。 いくら古泉がかわいくても、 女みたいになめらかで白い肌をしていても、 女だと間違われることはない。 そして俺に至っては女に見間違える要素がゼロだ。 どこからどう見ても男二人組、 俺たちがあまりべたべたしたり仲が良すぎるように見えると、 いい気分にならない奴もいるだろう。 誰かに迷惑をかけながら付き合うのは俺の主義に反する。 したがって本日のデートは家デートだ。 古泉の家から最寄りの駅で待ち合わせをして、 飯の買い物をしてから家まで行く。 本日は、 と言ったものの、 実はほぼ毎回、家に行っている。 「今日は何がよろしいですか?」 「魚の気分だなっ」 「かしこまりました」 なぜならまず第一に、古泉の手料理がうまい。 俺はすっかりこの味のとりこになってしまった。 なけなしの金をはたいて微妙な外食をするよりも、 スーパーでまるで夫婦のように買い物をともにして、 エプロン姿の古泉を眺め、 一緒に食う。これぞ、幸せの形。
今日でそんなデートも4回目を迎える。 一緒にいつもと同じ道を歩いていて、 珍しくそこにはほかに誰もいなかった。 薄暗くなってきたし、 楽しそうにややスキップ気味で歩く古泉がかわいくて、 後ろから抱きしめたくなるくらい、かわいくて、 誰もいないんだから手くらい繋げばよかったのに、 俺の手は固まったまま動かない。 とあるほろ苦い思い出がよみがえる。 そう、中学時代、 5分で振られたあの思い出さ。 付き合ったらすぐに手を繋ぐものだとあの頃の俺は信じていて、 学校で一番かわいいその女に告白のオッケーをもらってすぐに、 強引に手を取って繋いだところ、 「馴れ馴れしいっ!!」 他のクラスメイトも先輩も見ているところで、派手にぶん殴られた。 うわさが広まる早さはハンパなく、 次の日には校内で有名になっていて、 からかわれるわ馬鹿にされるわ同情されるわで、 いわゆるトラウマというものになった。 古泉が俺を殴ってくることはないだろうさ、 きっと喜んで笑顔で握り返してくる。 分かっている。 分かっているが、繋げない。 トラウマというのはここまで人の動きを封じる力があったんだな。 「谷口さん? 考え事ですか?」 「お? あー、すまん。なんでもないんだ」 「そうですか? ・・・今、誰もいませんね」 「ん?」 古泉の手が伸びてくる。 俺の手に向かって。 な、な、な。 「こ、古泉!!!」 「えっ!」 「あれUFOじゃねえか、ほら」 「え?え?どれですか?」 我ながら情けないほどに古典的な切り返しで、古泉の気を逸らした。 古泉は素直ゆえに引っかかってくれたものの、 自分のトラウマがどれだけ根強いものか再認識させられ落ち込む。 古泉から繋ごうとしてくれたってのに。 愛を感じる瞬間を台無しにした。 俺のバカ、バカ! 「古泉〜・・・」 「ふふ、どうしたんですか?」 「俺って情けねえ?」 「どうしたんですか、突然」 本日もうますぎる夕飯を食べて、後片付けを終えてから、 食後にパイナップルを持ってきてくれた古泉に、聞く。 キョンをあんなに馬鹿にしたのに、 俺も相当馬鹿だ。 あいつには負けたくない。 その一心で古泉を毎日口説いて、 照れてるのか積極的になりきれないキョンから勝ち取った、ってのに。 「情けなくなんかないですよ」 「ほんとかよー」 「はい。そんな風に思ったことは一度もありません」 気付いてないだけだよ。 本当の俺はとんだチキン野郎だ。 片思いのうちはあんなに大口叩いて、 古泉をどきどきさせるためならと体に触れたり耳元で囁いたりと、 今じゃとても出来ないことをやっていた。 古泉に好きだと言ってもらえた瞬間に世界が変わって、 そう、たぶん、 俺は古泉に好きになってもらえるとは思っていなかったんだ。 そうだろ、この顔、このスタイル、頭の良さ、人当たり、性格、 どれをとったって俺に惚れる理由なんかない。 「ふふっ」 一緒にいると楽しい、と言って、 古泉は俺が何も話さなくても横に来てにこにこと笑う。 ぴたりと腕を寄せてきて、好きです、なんて言う。 ここで抱き締めないといつ抱き締めるんだ、 そう思うのに頬や耳のあたりが熱くなるだけで何も出来ない。 言わないと伝わらない。 どんなに態度で示そうとしたって、 言葉で言ってやらないと伝わらないと思う。 俺はそうしようと思っていた、誰かと付き合うことになったら。 このままじゃ、ふがいない。 古泉が、この古泉が俺と付き合ってくれてるんだ。 「古泉」 「はい」 「・・・だ、大好きだからな」 「谷口さん・・・僕も、・・・って、どうされたんですか?」 胸を押さえて呼吸を荒くする俺の背を、 古泉が心配そうに撫でてくれる。 だ、だ、だめだ、 言うだけで心拍数が通常の100倍になって、 さらに言われた古泉がとんでもなくかわいい顔で笑うから、 頭が爆発するかと思った。 いや、心臓か。このどきどきしてんのは。 どうしたもんだろうな。 好き過ぎて、参っちまうよ。 「大丈夫ですか? 横になられたほうが・・・」 「すまんすまん。お前が・・・あまりに、かわいいから」 「えっ・・・!」 「だー、もう、かわいすぎて、見てらんねーよ!」 逃げる俺。 なぜか、逃げる。 追いかけてくる古泉。 狭い部屋の中をなぜか二人で数分間、 追いかけっこをしていた。 「はあ、はあ、はあ・・・」 「くそー、捕まった・・・・・・」 「捕まえ、ました・・・」 途中で力が尽きて、古泉に捕まり、一緒にベッドに倒れこんだ。 だから今、俺は古泉に抱きつかれている。 「たにぐち、さん・・・」 「古泉・・・」 「僕・・・谷口さんが、好きです」 「うっ!」 「ちゃんと、抱きしめてくださいっ」 心臓はどきどきしっぱなしだが、走ったせいかもしれない。 深呼吸をしてから俺も腕を伸ばした。 俺は古泉が好きだ。 自分から出来なくても、 古泉が望むことをしてやれないほど、しょうもない男じゃない。 「好き・・・好きです・・・」 「ちょ、あんまり、言われると」 「だって、好きなんです」 「俺もだけど、どきどきすっから」 「僕もどきどきしてます。いつも」 ほら、と体をぴたりと寄せてくる。 わかんねーよ、どっちもどきどきしてちゃ。 ああ、どうせ、どきどきしちまうなら、 このままずっとこうしてりゃ、いつかは治るかな。 荒療治に違いないがやってみよう。 これが幸せなことにも違いないんだ。 古泉、 いい、においがする。 俺は汗くさくねーか? 大丈夫か? 昔から体温が高いから暑かったらすまん。 離れたくなったら言うんだぞ。 俺に遠慮なんかしなくていいから、 お前は・・・・・・・・・ 「ふ・・・」 「ん・・・?」 「谷口さ・・・」 「ん? お? 今・・・何時だ?」 あんだけどきどきしていたくせにいつの間にか寝ていたらしい。 俺も古泉も。神経・・・太いな。 電気が点いていたままだったから時計もすぐに見える。 い、1時。 「やべっ!終電、なくなってる」 「すみません、僕、寝ちゃったみたいで」 「いや、俺も寝てたし」 「どうぞ、泊まっていってください」 「へ?」 どうやって帰ろうか、 歩いて行けない距離ではなくてもこの時間はきついし、 かと言ってタクシーに乗るような金もないし、 古泉に借りるなんて格好悪すぎるぜ、 なんて、帰る方法をとっさに考えていた。 古泉の家に泊まるという一大イベントは、俺にとって何年か後の出来事のように思えていたから。 「帰れないですよね?」 「ま、まあ、帰れないこともないというか」 「一緒にいたいんです」 「!!!!」 「帰らないでください」 まずい。 俺、死ぬかも。 今までの人生で最高に幸せで。 「古泉〜、それ以上は近づくなよー」 「どうしてそんなひどいことを言うんですかっ」 「お前絶対いいにおいがしてやばいから」 風呂からあがってきた古泉との会話である。 俺が先に入って、よっぽど先に寝たふりをしようかと思ったが、 すりガラスに映る古泉の肌色に悶々とし、無理だった。 別に覗こうと思ったわけではなく、 歯を磨くために洗面台にいたら偶然目の前が浴室だったから、 見えてしまっただけだ。輪郭だけ。 下心なんかない。 ないはずだ。 「谷口さん」 「だから、近づくなって」 「さびしいです」 「うぐ・・・!」 「そばに行かせてください」 ああ、俺の耳にはいかせてくださいのところだけが繰り返し聞こえてくる。 い、いきたいの? ダメだダメだ、沈まれ、俺の煩悩! それ以上古泉を拒むこともできずに隣に来られてしまった。 シャンプーの甘い香りが一面に広がる。 こいつは何者だ。花か。花の妖精か。 「僕・・・お願いがあるんです」 お願い? お前の願いだったら俺が全力で叶えるぜ。 高い物でもなんでも買ってやる。 古泉にだったら騙されてもいい。 「古泉?」 「ん・・・」 俺の腕を、そっと掴んでいる。 そして俺に向かって、目を閉じている。 これは。 まさか。 ドラマ・漫画等でよく見るシチュエーション。 き、き、 キスシーン。 していいのか? 俺が、古泉に。 ダメだろ! 俺みてーなのが古泉の唇を奪うなんてことは! どれだけの女子を悲しませることになるんだ。 谷口?あいつが?サイテー!とか言われるぜ、ばれたら。 お前のキスにはどれだけの価値があるか、全然分かってない。 そりゃあもう驚くべきもんだぜ。 けど、今古泉がしたいと思っている相手は俺、だったりするかもしれない。 据え膳食わぬは男の恥・・・だし、 ここまでさせておいて、何もしないってのも、どーかと思う。 古泉、まさか、初めてじゃないよな? ちなみに俺は初めてだ。 初めてがお前で、俺は、すんげー嬉しいけど、 お前は・・・どうなんだよ。 初めてじゃないことを、祈る。 ごくり。 唾を飲み込んでから、肩に手を置く。 長い睫毛に見惚れて、 俺を待っている桃色の唇にもくらくらする。 これ以上待たせるわけにはいかない。 覚悟を決めて、 勢いだけで、 唇をぶつけた。 「い、いたっ」 「すすすまん!!」 勢いでやってしまったがために、 歯と歯が当たるような鈍い音がした。 勢い、つけすぎた。 だって俺、やり方わかんねーよ、 そんな基本的なことなんかDVDでも教えてくれねえし、 本にも「まずはキスをして・・・」なんて当たり前のように書いてるんだ。 他の奴らは最初からうまくできるのか? こんなにどきどきすんのに、できるのか? 「ごめん、古泉」 「だいじょうぶです・・・」 「え!」 「もういっかい、ちゃんと・・・」 まままままま待て、待て、無理! ぶつかっただけでも心臓吐きそうだっての! 拗ねたふうに口を尖らせたって駄目だ。 俺が死んでもいいのかよ? 困るだろ。 じゃあ、また、今度にしようぜ。 キスの方法調べてから来るから。 今日はもう、勘弁してくれ。 「谷口さん」 「ん? ・・・どわっ!!!!」 「そんなに驚かないでくださいよ」 振り返った瞬間に、古泉の唇が頬に触れた。 ここ、古泉から、キス、してきた。 驚かずにいられるもんか。 「お前な、突然そういうことすると、びっくりするだろ!」 「だって・・・谷口さんに、くっついていたいんです」 「な!!」 「好きだから・・・だめですか?」 だめだ、なんて、言えない。 こんなかわいく聞かれたら、言えない。 無言で首を大きく振ってやると、 すすすと近寄ってきて、また、頬に。 古泉、お前ってこんなに、積極的だったのか。 俺、そういう子と付き合いたいと思ってたけど、 実際にそうなってみると・・・戸惑う、もんだな、ああ・・・参った。 嬉しくないんじゃない。 めちゃくちゃ嬉しい。 ただしばらくは、緊張が収まることはないだろうってだけだ。 「今日はくっつくだけ、で」 「・・・はい」 「すまん・・・」 「いいえ、いいんです。谷口さんがそうしてくれるの、待ってます」 そう、って、そうってなんだ!なんなんだ! 「でも、ファーストキスができて、よかったです」 初めてだったのかよ! 初めてが失敗してごめん、ロマンも何もなくて、すまん。 情けねえな、マジで。 俺頑張るよ。 お前のために、頑張る。 ひとまず今日はこんなにどきどきしてちゃ眠れねーだろうから、 お前とキスするイメージトレーニングでも、しとく。 ええと、 勢いはつけないで、 ゆっくり、 唇を近づけて、 ちゃんとお互いのが合わさるように、 角度も考えて、 で、 息がかかったら生暖かいだろうから、 息を止めてゆっくりと押し当て、 「谷口さん? 息、荒いですけど・・・」 「大丈夫、だから、心配しなくていいぜ!」 「そうですか?」 なあ、 ちょっと想像しただけでこれだ、 一か月とか待たせても、怒らないでくれるか・・・?
ピュア谷口がだいすけです!完全にフィルターかかってます!
古泉に頑張ってもらわないと進まない・・・
そんなわけでピュア口同士のあづちさんおめでとう!