古泉は俺が抱くときいつも、泣く。
泣くといってもうるうると目を潤ませるとか、
快楽に耐え切れなくて一筋の涙を流す・・・だとか、
そういった情緒溢れるものではない。


号泣だ。


手の甲で口を押さえて、歯を立てて、必死に耐える。
体全体に力が入りすぎて、腕も足もがたがたと震えている。
声を出さないように堪えつつも嗚咽が漏れていて、
目は開けていられない。

何だよ。
お前からいつも誘ってくるのに。
何でそんなに、辛そうなんだ。




Trauma





最初のうちは気付かなかった。

後ろからの体勢ばかりだったし、俺も、慣れない行為に夢中だった。
終わった後に古泉の頬が濡れているのには気付いたけれど、
「嬉しかったからです」なんていじらしいことを言うものだから、
たまらなくなってその細っこい体を抱き締めただけだった。


SOS団では冷静で笑顔で何事もソツなくこなす。
スマートな身なりで何をやっても様になるこいつに、
劣等感を感じたことも何度かある。特にあれだ、
朝比奈さんの映画(と言ってしまうほどのレベルではなかった)撮影のとき、
あまりにも二人のシーンが絵的に似合いすぎて俺は涙が出そうになったね、
隣にいるのが俺なら観客もブーイングの嵐だっただろうよ。


そんな古泉と俺がベッドの上で、恋人同士がするような行為を、
まして男同士だというのにやってしまっているのには様々な経緯が
あるのだが、ここでは省かせていただく。そう、色々あったのさ。


初めてのときはこいつが壊れるんじゃないかと思ってかなり丁重に扱った。
だけどこれが意外なことに、難なく、すんなり、古泉は俺を受け入れた。
こういうものなのか、どうなんだ、あ、やべ、すご・・・
というような意識の薄れ具合で、終わった後冷静になったときに
もしかすると古泉は初めてじゃないんだろうか、という疑惑がよぎった。
聞こうと思って顔を見ると頬が濡れていて・・・
という流れだ。


そんなことを言われてしまったら聞くに聞けないじゃないか。
俺だって空気を読むさ。なんでもいい。機会があれば、聞いてみることにしよう。


なんて気楽に構えていたわけだ。



だんだんと余裕を持てるようになった近頃、
古泉を上に乗せてみることにした。
恥ずかしがって戸惑うような様子に大変興奮しながらも、
古泉の腰を引き寄せた。古泉が動くたびに頭がぼーっとしたが、
なにやら腹に暖かいものがおちてくるのに、気付いた。


涙だった。
俺の腰に両手を据えているために、拭うことのできない涙が、
雨にでも降られたかのように流れている。


「こ、いずみっ」


この体勢、キツいのか?辛かったのか?
それなら、さっさと言えよ!
俺はお前に無理させようと思ったわけじゃ、ないぞ。


泣いている顔もかわいいが、さすがにこれは泣きすぎだ。
俺だってそこまで鬼畜じゃない。
そういう企画モノは嫌いじゃないが、谷口ほど好きでもない。


あわてて引き抜いて仰向けにしてやる。
こっちなら、まだ、大丈夫だろ。


「大丈夫か、古泉」
「はい・・・はいっ・・」


息も絶え絶えになりながら、必死に頷いている。
本当だろうな?無理、すんなよ。まったく。


と、仰向けでやってみたものの、
またも古泉は泣き出した。
顔を真っ赤にして、じっと声を殺して、俺の顔を見ようとすらしない。


そういえば、後ろからするときも、
古泉は声なんか出したことがない。
たまに聞こえる声を殺したような音は、隣人に配慮してのことだと勝手に思っていた。

もしかして。
こいつ、いつも、こんなに泣いてるのか?




立てた仮説は全くもってその通りで、その後何度か抱いたが、
同じような様子を見せ付けられた。
今までテストの山勘など一度も当たったことのない俺だが、
こっちの勘はできれば当たって欲しくなかったね。

「あの・・・今日、しませんか?」

帰り際や部室で二人きりになったときに古泉からかけてくる言葉。
俺から求めたことは一度もない。
したくないとかではなく、俺がしたいときに、古泉が先手を打ってくるからだ。
頬を染めて俺の制服を握って言う古泉を
気色悪いと思えなくなってしまったのは末期に近いが、断ったことはない。
俺が頷くと、幸せそうな顔で笑うから。
そんな古泉の笑顔を見ると、結構、俺も幸せな気がするから。



それにしても本当に泣きすぎだ。
目が腫れるぞ、そんなに泣いたら。
仰向けの姿勢で古泉を見ていたら、一気に気持ちが萎えた。
あまりにもかわいそうで。俺、サドっ気、ないな。たぶん。


「あうっ・・」


突然引き抜かれて、古泉は声を漏らす。
うつぶせになればいいのか、と目が訴えている。
そうじゃない。
今日はもう、やめだ。


「やめちゃうんですか・・・?」


なんで名残惜しそうに聞くんだ。


「当たり前だろ」
「どうしてですか?気持ちよく、なかったでしょうか・・・?」



バカか。
気持ちよくないわけないが、
お前は全然、そうじゃなさそうじゃねーか。
前も半勃ち状態だし、お前が望まないことだったら、やらねえよ。


「泣きすぎ、お前。辛いんだったら無理にやらないし」
「・・・・・・」



かくんと首をうなだれて、小さな声ですみません、と言う。
どうして謝るんだよ。
お前、わけがわからん。
いつも自分から誘ってきて、あんな笑顔を見せるくせに、
なんで泣くんだ。


ああ、なんか、腹立つ。
ベルトを締めるときに収まりの悪い自分の下半身にも腹が立つ。
今日は諦めてくれ。な。


「古泉」
「・・・はい」
「お前、初めてじゃなかったよな?俺とやったとき」



表情が曇る。やっぱり、そうか。あー、そうなのか。


「誰だよ、相手は」
「・・・・・・」
「機関か」


なんとなく、そう思っていた。

こいつの普段の胡散臭いほどの笑顔は、
何かの裏返しなんじゃないかと。
とんでもなく辛いことを抱えてきて、
それを紛らわすために覚えたんじゃないかと。
もしそうであれば、一番怪しいのはその機関とかナンとかだろ。
実態の全く見えてこない怪しい団体だ。
テストでは赤点ばかりの頭でも、少し考えれば繋がるさ。


古泉からの返答はなかったが、ないことが、何よりの答えだ。
腕を震わせてまた、泣いてる。
責めてるわけじゃねーよ。
お前には、どうすることもできなかったんだろ。


親指で涙を拭ってやる。とめどなく流れてきて、何の役にも立たない。
俺じゃお前の力にはなれないのか。
ちょっとでいいから、お前を助けてはやれないのか。


「同意の上だったのか?」
「・・・・・・・・・・」

ふるふると、首を横に振る。

「それで、毎回、泣いてるわけか」




トラウマ、ってやつだよな。
それならするな。
どうして俺を誘ったりするんだよ。



「嫌いに、ならないで、ください・・」

「・・・!」





そうか、古泉。
お前、俺が好きか。
だから、抱かれたかったのか。
トラウマから抜け出せないのに、それでも、そうしたかったのか。
バカだな。
それじゃ意味ないだろ。
俺の気持ちも知らないまま抱かれるなんて、
意味ないじゃないか。
お前が欲しかったのは、そっちじゃないだろ。



もう一度涙を拭う。そのまま、深く、口付けた。
涙の味がする。
古泉。そんなに怖がるな。これは俺だ。
目も閉じるな、ちゃんと見てろ。
怖いことなんか何一つ、ないぞ。


「俺はお前が好きだ」
「・・・・・・・・」
「だから何の心配もするな」



やりたいからだけじゃない。
俺だってお前の誘いを受けたのには、理由がある。
しょうがないから、俺がなんとかしてやるよ。
ちゃんと目を開けて見ていれば相手が俺だと分かる。
しかもその相手は、お前を好きだからこうしてると言ってるんだ。


泣く必要、ないだろ。
なあ、古泉。


thank you !

男前なキョンを書きたかったんですが・・・どうでしょう。
いつきを泣かせてるだけの話になってる気がする。いや、気のせいじゃない。
Good-byeで書きたいことをほぼ書いてしまったような気も(以下略)

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