いつだったか、
俺が一人、昼寝でもしようかと部室に昼休みに行ったときだ。
ややあって、古泉も入ってきた。
珍しい。
俺は何度か来たことがあるが、たまに長門がいるくらいで、
古泉が来ることは一度もなかった。
ドアを開けて入ってきたあいつは真っ青な顔をして、
俺がいたことに心底驚いていた。



Player





「古泉、顔色悪いぞ。大丈夫かよ」
「え、ええ・・・少し休めば、平気かと」



慌てて作った笑顔はぎこちない。
休むなら保健室に行った方がいいんじゃないか?
ここは固い椅子と机しかないぞ。昼寝くらいならいいけどな。



「そんなに大したことではありませんから」



定位置に腰かけて、ブレザーを着ているのに小さく震えながら、俯いた。
風邪か?頼むから、うつさないでくれよ。



「寒いなら貸してやるよ」



俺にとっては暑いくらいだ、今日の気温は。
もともと脱いでいたブレザーをかけてやると、
今にも泣き出しそうな目をして俺を見た。




「どうした」



眠かったんだ。
だからそんな声になった。
いつも古泉にかける声よりは、朝比奈さんにかける声寄りの、
そう、少し、優しいような。




「おい、古泉」




古泉は、いきなり、抱きついてきた。
女子相手なら非常においしいシチュエーションだが、よりによってお前かよ。
妹以外で抱きつかれたことなんかなかったのに、よりによって、古泉かよ。



「なんだ、気色悪い」
「すみ、ません」



謝りながらも手を離す気はないのか。
すぐにでも引き剥がしてやりたいところだが、
何か意図があるんだろうし、いつも胡散臭いほどに笑顔を浮かべてるこいつが、
こんな顔を俺に見せてしまうような出来事があったなら聞いてやってもいい。



「何かあったのか」


ハルヒに虐められたか?俺なら毎日だぞ。
失恋でもしたのか?お前のツラならそれも、ないか。


しばらくそのまま放っといてやると、
ついに古泉は声は出さないながらも肩を震わせて泣き出した。
それを見て、とりあえず昼寝はお預けか、とぼんやり思った。


男が泣き顔を見せるってのは相当だな。お前を泣かせるような奴は想像できん。

ハルヒでないなら、
お前に影響を与えるような人間は、少なくともこの学校には、



・・・心当たりが約一名、いるな。






「会長に何か言われたのか」


こいつに何か言えるようなのは、あの会長閣下くらいだろ、たぶん。



正解だったらしく、背中に回されていた腕がびくりと動いた。
そして、また、震え出す。
落ち着けよ、殴られでもしたのか?
頭をぽんと叩いてやると、俯いていた顔を上げた。



「・・・言われ、たのでは、なく」
「?」
「され、たんです」


は?
何を?



「・・・」



俺は超能力者じゃないんだ、黙っていたってわからん。
かと言ってかける言葉も特にないから、何も言わずに待ってやることにする。




結局古泉は言葉を繋げず、
俺は突っ立ちながら、柔らかい髪をぽんぽんと繰り返し軽く叩いていて、
ふと時計を見るともうすぐ昼休みが終わる、と気付いた。
もう戻らないと、間に合わない。サボったりしたらハルヒに何を言われるか。



「古泉、昼休み、終わるぞ」
「・・・・・・は、い」



やっと離れた古泉の顔は、泣き止んではいるものの、
目が赤すぎて授業に出れるとは思えない。
こいつはサボり確定だな。後ろの席にハルヒがいないのがうらやましいぜ。




「じゃあ俺は戻るから、お前、放課後までにはその顔なんとかしとけよ」
「・・・すみません」




話を聞いてやりたいのはやまやまだが、生憎時間がない。
お前の話は長いし、どうも今は話せそうにないからな。
また後で聞いてやるよ。気が向けば、な。







結局放課後、古泉は長門にだけ、バイトがあると伝えて先に帰っていた。



ハルヒは朝比奈さんと一緒に先に帰ったし、もう俺も帰ってもよかったんだが、
このままだと少し気になって夕飯の肉じゃがひとかけらくらいは喉を通らないかもしれないから、
足を向けてみた。

生徒会室へ。






「どうぞ、お入りください」


ノックをして聞こえてきたのは透明な声、
朝比奈さんのクラスメートにして生徒会書記の喜緑さんの声だ。
開けると中には彼女と、会長の姿だけがあった。



「珍しいお客様だな」



眼鏡が似合う長身細身の、仕立て上げられた会長は俺を見て口の端を歪ませた。
一人で対峙するにはやはり緊張する相手だ。



「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「何かね」
「今日、古泉に何かしました?」




別に会長が何をしてようとどうでもいいはずだし、
答えたくなければ答えてもらわなくたって結構だけど、な。



「喜緑くん、少し下がっていてくれ」
「はい」




ん、
何だこの状況は。
彼女に聞かれるとまずいのか、それは?








「で、どこまで知ってるんだ?」


喜緑さんが出て行って少ししてから、
会長は趣味の悪いにやけ面をして、聞いてきた。



「何も」


知らん。ここで下手にカマを掛けるほど手札もない。




「それでも気付いたのか、古泉がおかしいと」
「まあ・・・そうです」


そうではない。
それだとまるで俺がいつも古泉を気にかけているみたいに聞こえる。
断じてそれはないが、説明するのも面倒だからそのままにしておこう。



「涼宮以外は大したことない奴らばかりかと思っていたが、意外と観察眼があるんだな」



俺相手にまで悪役を気取らなくてもいい、
皮肉はいいから、早く教えて欲しいね。





「古泉は俺に逆らえない」
「はあ」
「興味があったんだよ、機関に仕込まれてる体にな」
「はい?」





今、何と?
仕込まれてる?
体?
何が?





「何も知らないのか、君は」
「なんのことやら、さっぱり」
「じゃあ教えてやろう。聞いていられれば、な」















聞かなかったことにできるならしてほしい。
長門に頼めばそのくらいはやってくれそうだが、説明する気にはなれない。

頭がおかしいのかと思った。
俺には到底理解のできない話が、この生徒会長の口から出てきた。




驚きを通り越して何も言えないまま、生徒会室を後にして、気付いたときには家にいた。
部室に鞄、忘れてきた、だけど取りに戻る気もしない。





古泉が、何をされてる、って?
学校で?あんな所で?授業をサボることを強要されて?
これはドッキリカメラか、それなら早く言ってくれ。
どこの世界の話だ、


ひとりの高校生を、何人もの人間が、寄ってたかって滅茶苦茶にするってのは。










次の日、意識するなというほうが無理だった、
けど普段から俺はあいつには素っ気ない態度しか取っていないから、
ハルヒとパソコンをいじりながら視界の隅にあいつを捉えた。


俺が相手をしないからひとりで本を見ながらチェスをしている。
朝比奈さんに茶を渡されたときも、ハルヒが思いつきで何か言い出したときも、
いつもと変わらない笑顔で対応していて昨日の昼休みの出来事が夢だったのかと思ったくらいだ。
何が楽しくて古泉に抱きつかれる夢を見なければならんのだ、俺にはそんな趣味はない。
よって昨日のは夢ではない。



聞いてもいいんだろうか。
あいつに、あのことを。
俺だったら、なんて考えるだけで寒気がする、
言われたら、たぶん、嫌だ。

聞いたところで反応しようもないから、
あいつから何か言われるまで、言わないでおこう。








昼休みに部室に行くのはしばらくやめておいた。
放課後はあいつがいつも勝手に先に帰った。


会長の言ったことは悪趣味な冗談だったんじゃないか?
本当だったら古泉は助けを求めてくるはずだ。
ハルヒや長門に言うのは無理でも、俺になら。
あいつからそんなアクションを起こさないってことは、
つまりそういうことだろ。
全く、心配して損したぜ。









すっかり自分でそう納得した頃だ。
授業中、うっかり熟睡していたときにポケットに入れていた携帯が震えて、
俺は危うく声をあげてしまいそうになった。
ビビっている俺を見て斜め後ろの国木田が笑っている。
ハルヒが寝ていてよかったよ。
誰だ、こんな時に。




送信者・・・古泉?
あいつ、授業中じゃないのか。
何の用、


『助けてください』


おいおい、
ドラマか何かの世界か?
誘拐でもされたのか?
起き抜けに心臓に悪いメールはやめろ、絵文字くらい入れてくれ。


『どうした』


教師にバレないように短いメールを送信、すぐに返事が来る。


『部室にいます。早く来てください』


早くってお前なあ・・・
授業はあと30分あるぞ、知らない訳じゃないだろ?


『授業中だ』


あえて事実を突きつけてやるか。


『分かっています。ですが、早く』



随分余裕のなさそうなメールが返ってきた。
参ったな・・・。






「すいません」

おずおずと手を挙げて、教師に体調不良を申し出た。
ベタではあるが無茶をしろとは言われないので、無事、保健室に行く権利を得た。
国木田がそんなに眠いの、と言いたげに見ている。違う違うっ。


何となく胸騒ぎがして、駆け足で向かった。
旧棟に入って、階段を一段飛ばしで上がって、



「う、わっ」



部室前に、制服姿の知らない男子生徒が数人、集まっている。
何してやがるんだ、こいつら、授業中にこんな場所で。



誰も見たことがないが、本当に、北高の生徒か?


「何やってんだ、そこは文芸部の部室だ。入部希望か」


俺も文芸部員ではないが、一度は小説を書かされた人間だ、
入部希望なら長門に言伝してやってもいい。
しかし部室は使えないものと認識いただきたい。



俺が声をかけると、無言、または聞こえるように小さく舌打ちをして、
そいつらは階段を下りていった。何なんだ、今のは。




「古泉」

ドアを開けると、なぜか部室の隅っこで小さくなっている古泉が
青ざめた顔でこちらを見て、あの時のような顔をした。
一気にフラッシュバックしてくる。
そう、この顔を、俺は前にも見た。



まさか、
あいつらが、会長の言っていた、人間なのか?




「真っ青だぞ、お前」



駆け寄って腕を引こうとすると、首を振った。
小刻みに震えて、変な汗、かいてるぞ、大丈夫か。



「トイレ、に、行きたい、です」



何だって?



「便所?行けよ」
「うご、けなく、て」



お前、どんだけ我慢してんだ、バカか。
んなもん、とっとと行けば、





・・・ああ、
あいつらがいたから、行けなかったのか。
もしかしてこの部室だけが、お前の逃げ場なのか?
ここには、入って来れないのか?
それがハルヒの力なのか、そういう決まりなのかはわからんが、
外に出ると、さっきいた奴らに、捕まるってわけか?
それで俺に、助けを・・・。
そういうこと、なんだろうか。





「もう、外には誰もいないぞ。行こうぜ」
「うご、いたら、我慢、できな・・・」



涙目で首を横に振っている。
待て、そうしたらどうすりゃいいんだ?

一、強行突破してみる、失敗したら困る。
二、携帯トイレ・・・なんて便利なドライブアイテムはない。却下。
三、もう、案がない。何もないぞ。





「う、うっ・・・・・・」



いろんな意味で、これは、ない。




「古泉、気合で、行くぞ」


もうそれしかないだろ!どの道失敗すりゃ一緒だ!




強引に、腹部をおさえている腕を引っ張って、動かし、
た、途端。




「ごめ、なさ・・・・・・・!!」




もう、
無理、か。








すっかりその場に座り込んで、俺に掴まれた腕はそのままで、
もう片方で顔を覆っている。こりゃ、たぶん、泣いてる。
参ったな。
こうなっちまったら仕方ないだろ、雑巾、濡らしてこよう、
トイレットペーパーも持ってきてやるから、ちょっと待ってろ。
あとは、着替えは、どうしたらいいんだ?
ジャージなら教室にあるが、さすがに今は取りに行けない。


ひとまずはトイレに走って、それらを持ってきて、
部室に戻る。古泉の様子は変わってない。



「そのままでいてもしょうがないだろ、ほら、立て」
「すみま、せん、こんな、こんな・・・」
「いーから、さっさと片付けようぜ」


放っとくとハルヒにバレるぞ。
この場所なら長門の位置の方が近いか。
立たせると制服のズボンの裾からぽたぽたと零れてきて、
上履きまで濡れている。
そっちはトイレットペーパーでなんとか拭け、
床はそこまで大したことがないから、俺がやっとくよ。


中学生の頃に妹の世話をしていたから、
それと同じだと思ってしまえば大したことはない。
古泉は気に入らない部分も多いが恨みなどないし、
誰にも言わないから心配すんな。
俺がもう少し早く来てやればよかった。




さて、次は着替えか。
この部屋には衣装と呼ばれるものなら数枚あるが、
どれも朝比奈さんがお召しになるものなので古泉には着させられない。


「濡れてると気持ち悪いだろ、とりあえず脱げよ」
「でも・・・」
「ブレザー貸してやるから。授業が終わりゃジャージ取りに行けるし、
 それまでは我慢してくれ」
「はい・・・」


そのまま二人で便所まで行き、
トイレットペーパーを濡らして体を拭いている古泉が誰にも見られないように、
俺は扉の外で待っていた。
部室にあった購買のビニール袋に制服のズボンと下着を入れて、
俺のブレザーで覆い、出てきた古泉をまた先導して部室に戻る。
誰かに見られたらとんでもない誤解をされそうな絵である。



「今日、ジャージ持ってきてるか?」
「すみ、ません、体育がなくて」
「俺は置きっぱなしなんだが、それでもよけりゃ」
「助かります」



さて、ハルヒへの言い訳を考えないとな。






古泉は泣き止んだもののいつもの安物アイドルのような笑顔はなく、
終始俯いたまま目を伏せている。
先ほどの一件のせいだけではない、よな。




「なあ、古泉」
「・・・はい」
「お前、あいつらに何されてんだ?」



あいつら、とは、部室前にいた奴らだけではなく、
会長や、機関そのものも指している。




「・・・聞き、ませんでしたか」
「なに?」
「会長、に。彼は、あなたに・・・話したと」



あいつめ。古泉に言ったのか、それを。
だからお前も、俺と二人きりにならないようにしていたのか。






「軽蔑しましたよね」

はっきりとした口調だった、だが、
ブレザーを持つ手は震えて、その甲にはぽたぽたと涙が落ちている。



「してない」
「・・・でも、あなたは、僕を避けていました」
「それは・・・そりゃ、驚きはしたし」



軽蔑。
そんな感情ではなかった。



「お前が悪い訳じゃないんだろ」



思い出したくもないが、仕方ない。
会長が言ってたのはこうだ。





中一で機関の一員となった古泉は、その外見が気に入られて、
なんだ、その、無理やりやられた、らしい。
親がいなくて既に一人暮らしをしていたこいつは、
誰に相談することも出来ずに超能力のことで悩んでいて、
機関に助けてもらえたと思ったときに更なる不幸に襲われたというわけで、
逃げることもあらがうこともできなかった。
そしてどんなに乱暴にされても何人もの相手をさせられてもいいように開発、
とあいつは言っていた、されたらしい。

この学校にいる協力者のうちで一番力があるのが会長で、
それを機関の別のメンバーから聞きつけ、
どんなものかと試したら意外と楽しかった、
だからたまに授業を休ませて他の協力者と一緒に楽しませてもらっている・・・


「たまに俺の許可なしに暴走する奴もいるらしいが、知ったことじゃない」


さっきの奴らが暴走族ってわけか?見た目は地味だったが、随分しょうもない連中らしいな。








「拒否権はないのかよ」


誰か一人くらいはお前の見方にならんのか、そいつらは。


「ありませんし、助けてくれるのは、」


じっと俺を見た。
なんだ、それは、
俺だけってことか?




「僕は機関には逆らえません」
「何でだよ」
「生活費も授業料もいただいていますし」
「国からの援助とかないのか、親がいなけりゃ」
「機関の一人が、養子に迎えたことになっているんです」
「なるほど・・・」
「三年前からずっと、こんな生活だから、今更抜け出す方法も分からないんです」





散々だな、お前。
それでよくいつも、笑顔でいられるもんだ。



「笑っていないと耐えられませんから」




仕方ない奴だな。


かわいそうな、奴だな。




頭を撫でた、そのくらいしかしてやれることが思いつかなかった。
同情、そのときは、その感情しか、なかった。








・・・そのときは。






thank you !

色々ごめんなさい。会長好きな人に土下座。
ひたすらかわいそうな古泉を書きたいだけです。古泉、好きなんだけど・・・
まだ全然続きを考えてませんがぼちぼちやっていきます、たぶん(曖昧!)。

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