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古泉との奇妙な関係は、それからも続いた。 毎日じゃないし、定期的にやってるわけでもない。 ただ意識もせずに古泉と二人きりになってしまう時間がある。 ハルヒが朝比奈さんと長門だけを連れて出ていったり、 昼休みに気が向いたというそれだけの理由で部室に来ると、 古泉だけがいることがある。 そんなときに、古泉は俺に近づいてきて、ああいうことをしてくる。 「お前、なんで、こんなことやんの?」 終わればいつも古泉の目は濡れている。 最初ほどじゃなくても、いまだに。 最中にどれだけ気持ちはよくても、 出した後に古泉のその顔を見ると、体の奥が痛くなる。 自分勝手なのは重々承知だ。 だから泣くな、なんて言えない。 ただ、疑問に思っていた。 お前が俺と関係を持つ理由が分からない。 最初の一回だけでよかったじゃないか。 泣くほど辛いならその後は拒否をすればよかった。 たとえ一回だけでも俺はお前を完全に見捨てる選択はできなくなっていた。 それで充分だったはずだ。 「あなたに……嫌われたくないので」 外したボタンをかけ直し、見当違いの答えを呟く。 俺を繋ぎとめたって何にもならないんだよ、古泉。 お前を助けてやることもできない。 今は部室にいるから俺が相手だけど、 他の日には知らない奴らにやられてんじゃねえか。 腕にも足にも、 見えないところに俺じゃない誰かにつけられた痣が残ってる。 嫌われるも何もない。 やってるからって救えるわけでもない。 俺に嫌われようとそうじゃなかろうと、お前には何の影響もないはずだ。 「意味が分からん。……もう帰ろうぜ」 「……はい。すみません」
二人きりになったときの会話はほとんどない。 ハルヒ達がいれば話は出来るが、 二人きりになると途端に空気が変わるのを肌で感じられる。 終わってからはそれがさらに顕著になる。 だから長い坂道を下っていても、俺達は何も言わなかった。 二歩前を歩いているから古泉の表情は分からない。 話しかけようとしてくる気配はたまに感じる。 そのたびに、メールを見るふりをして携帯電話を開いた。 話すことは何もない。 雑談をする気もない。 そんな関係じゃないだろ。 こんなの、名前すらない。 坂道を下り終え、自分の自転車が視界に入る。 ようやくゆっくりと息ができるくらいに、落ち着く。 古泉と離れることができるからだ。 別れる時だけは振り返り、挨拶をすることにしている。 今日もそうしようと、 夕焼けが眩しかったが振り返った。 「じゃあな」 「あのっ……!」 一言投げかければ、笑顔で頭を下げて去っていく。 それがいつものパターンだ。 しかし、今日は違った。 「今日、僕の家に寄っていかれませんか」 「は?」 「お願いします」 他にも生徒がいるってのに、至近距離まで近づいてきて裾を掴んできた。 慌てて突き放して周りを見ると、 ……まただ。 駅前にいる生徒は、古泉を見ている。 くそ、待ち伏せかよ。 「古泉……」 「来てくださいっ……」 家に行ったことは一度もない。 誘われたのも初めてだ。 ただ、古泉が青くなってるところを見れば、 こいつが何度もこういう目に遭っていることは容易に想像できる。 俺に頼るな。 何もできないんだ。 お前を助けてやれないって、 今まで十分分かってんだろ。 「チャリで、行ける距離なのか」 「っ……!はい、行けます、大丈夫です……っ」 だからといって、ここで見捨てることは、できない。 古泉を見ていた生徒達は残念そうに息を吐き、 駅へと向かっていった。 「ここまででいいよな」 古泉の家は長門のマンションほど豪華ではない、 いかにも学生が住んでそうなアパートの一室だった。 もう、誰も古泉を見てる奴はついてきていない。 「上がっていってください、わざわざ来ていただいたんですから」 「いや、いい。これから帰ったら遅くなるし、早く帰らないと」 「……せめて、お茶だけでも」 「変な気遣うなよ。朝比奈さんのお茶なら飲みたいけどな」 お前と茶を囲んで、何をすりゃいいのか、分からん。 そのままチャリに跨ればよかったのに、 寂しそうに俯く古泉が気になって、動けない。 寂しいんだろう。 言われなくても、分かる。 こいつはこんなに頼りない俺にすら、 頼らないとやっていけないほど追いつめられている。 「……すみません」 雨は降っていない。 古泉の足もとに落ちた雫は、雨じゃない。 深く頭を下げて、くるりと体を回してアパートの入口へ歩いていく。 俺よりでかいはずの体が小さく見えた。 実際、俺よりずいぶんと細い。 脱がすとその細さに驚く。足も腕も腰も。 全部、折れてしまいそうだった。 「はあ……」 古泉には聞こえないくらいの小さなため息をついて、 チャリに鍵をかけた。 俺は、中途半端な人間だよ。 助けられないと分かっていても、 救いの手を差し伸べようとする。 それで古泉が手と取ろうとすると引っ込める。 そんなことばかりして、結局傷つけてばかりだ。 それでも、こんな俺にでも、すがるしかないんだろ。 「古泉」 自転車の鍵がついた紐を指にかけて、その背中を追いかける。 振り返った古泉は今までのどの泣き顔よりもひどい顔をしていた。 「はあ、はあ、あううっ」 「くっ…………」 二人になったらやることは一つしかない。 がらんとした、必要なもの以外何もない部屋には、 ベッドの軋む音がやけに大きく響く。 蒸し暑いのに、 窓はもちろん閉めたまま、 クーラーもつけずに、こんな行為に耽っている。 俺の上で動きながら、 声を殺そうと必死に腕に噛みつく。 俺は、 古泉が自分で傷をつけようとするのがいやで、それを止める。 でも動きを早めると、俺が腰を動かしたりすると、 また反射的に噛もうとするから、そのたびに腕を取ってやった。 痣さえなければ綺麗な腕だ。 白くて、無駄なものは何もない。 血管も浮き出ていないしなめらかで、 もしかすると血が通ってないんじゃないかと思うほどに綺麗だ。 だからなるべく傷つけさせたくない。 本当は、 他の誰かにも。 「古泉っ……!!」 「あ、あっ!ん、んううう」 辛そうだったから、上下を逆転させて古泉を寝かせてやる。 汗と涙でぐちゃぐちゃの頬を舐めて、腰を動かした。 苦しいのか、 気持ちがいいのか、 ただぎゅっと目を瞑りながら唇を噛んで声を抑えている。 どちらにしても、泣くほど辛いのは確かだ。 それは最初から。 体が気持ちよくても、それは会長曰く無理やり教え込まれたことで、 古泉の意志でそうなっているわけじゃない。 古泉にとっては、屈辱的な行為に決まってる。 男なのに、男にやられて、射精するなんてのは。 「あう、も、気持ちいいです、すっごく、いい、です」 そんな言葉をおれは求めていない。 誰かに、言わされるようになって、俺が喜ぶと思って、言ってくる。 うれしくなんかない。 他の誰か、を思わせるような言葉遣いも、手や腰の動きも、 そんなものはらない。 「古泉っ……、古泉、古泉っ」 「あ!そんな、奥まで……!ふあ、あっ」 「古泉……っ!!」 「あう……うれしい、です、あなたに、こう、されっ……」 うれしい、か、 他の奴には、言わないのか。 それは俺だけなのか。 お前にとって俺はどれだけ特別なんだ。 何もしてやれないのに、 他の奴を牽制するくらいしかできないのに、 毎日そばにいてやれば助けられると分かってる、 分かってても、そうしてやれないのに、 それでも、特別に思ってくれてるのか。 名前を呼ぶたびに、古泉は抱きついてくる腕に力を込めて声を上げた。 俺の名前もたまに遠慮がちに呼んでくる。 名前を呼ばれるのは、いやじゃなかった。 古泉が俺を呼ぶことは滅多になかったから。 その時だけ、ぞくぞくと湧き上がってくるものがある。 これを何といえばいいのかは分からない。 古泉はどう思っているんだろう。 俺が、お前を呼ぶのは、そこまで特別じゃない。 けど、 こうしているときに、俺は必要以上にお前に声をかけている。 「こいず、み……っ、痛く、ない、か」 「ふ、あう、痛く、ないです、きもちいい、です」 「こいずみ……、こいずみっ……」 「あっ……! だめです、もう、我慢できませ……」 俺だと分かって、ちゃんと認識して、気持ちよく、なってくれ。 他の奴と同じことをしていても、 俺は、他の奴とは違う。 お前を、古泉だと分かっていて、 一人の男子高校生で、 同じSOS団に所属していて、 ハルヒに頼られてる副団長で、 勉強も運動もできる気に食わない奴で、 でも、 いつもハルヒの機嫌を伺わないといけなくて、 それが悪くなれば閉鎖空間なんぞに飛んでいって、 それだけじゃなく、 協力を仰ぐために自分の体を犠牲にしている、 かわいそうな、奴だ。 それを分かっていながら。 古泉が、どんな人生を送らなきゃいけないか、 分かっていてこうしている。 性欲のはけ口に使っているわけじゃない。 そう割り切れる相手などではない。 頭が混乱してくる。 自分がどうしたいのかなんて、分からない。 古泉が俺だけを相手していればいいと思うこともあれば、 そうなったら面倒を見切れないだろうということも明らかで、 すべてを知りながら、 何もできずに、 古泉と、こんなことを、続けて、 「い、いっちゃい、ま……ごめんなさい……っ!!」 最後には、こいつが、謝ってくる。 ああ、やっぱり、余韻は最悪だ。 繋がっていたところを引き抜くと、 古泉のそこからどろりと液体が零れてくる。 直視できずに目をそらして、さっさとティッシュで拭きとって、 服を着てベッドの脇に腰掛ける。 古泉は相当、体に負担がかかるから、 いつものように俺よりも動くのは遅い。 それでも必死に体を起こして自分の体を拭いて、 目に溜まった涙を払って視界を取り戻して、 小さな声で謝りながら服を着る。 部室でやるときよりも、反応はよかった。 何度もやれば少しは分かるようになる。 今日は気持ち良さそうに見えた。 「…………」 「ひ、……っく、……」 なのに、 部室でやったときよりも、元に戻るのが遅い。 泣き声だけがしんとした部屋に広がる。 分かってる。 全部分かってて、こうしてる。 古泉が何度も俺に言おうとしてきた言葉。 そのたびに俺は逃げてきた。 最中に言おうとしてきたら口を塞いだし、 俺を見つめてくると眉をしかめて視線を逸らした。 だから言ってこなかった。 だけど、もう、言われなくても、十分に伝わってくる。 お前は。 お前は、俺を……。 「……もう、帰られますよね」 重い空気に耐えきれずに鞄に手をかけると、 震えた声が背中にかかる。 「あ、ああ」 振り向かずに首を少し曲げただけで頷く。 ぎし、とベッドが沈んで、古泉がそこから降りた。 「遅くまで引きとめてすみません。道は、お分かりになりますか」 「覚えてる」 「そうですか。では、……下まで、」 「玄関まででいい」 「……はい」 顔を見れば、足がさらに重くなるだろう。 このまま古泉を見ずに帰るべきだ。 そうしないと、 「!!」 「ありがとう、ございました」 「こ…………」 気付かないうちに古泉は俺の前にいた。 そして鞄を持ち上げた手に触れてきた。 驚いて顔を上げざるをえずに、 俺はその表情を見ることになる。 笑っていた、が、笑ってなんか、いなかった。 「迷惑ばかりかけてすみません」 「…………」 「……このままでは、きっと嫌われてしまいます、ね」 「…………」 「……僕は………、あなたが……」 そこまでの言葉で、声は途切れた。 体力も気力も限界に近かったんだろう。 俺を避けるようにしてぶっ倒れて、それから4時間経っても目を覚まさない。 「古泉……」 熱はないが、呼吸は、弱々しい。 たまに小さく呻きながら涙を流す。 それを拭ってやり、頭を撫でて、たまに、呼びかける。 辛いよな。 こんなの。 毎日、誰かにやられて。 それでも、笑ってないといけなくて。 「う、あう…………」 ……俺にやれるのか。 こいつを、助ける、なんてことが。 いや、何もしないうちからあきらめるのはやめよう。 古泉はこんなことになっても、 すべてをあきらめているわけではない。 だから俺にすがってる。 「やってみる、か……」 もうこれ以上、放っておけない。
どうなることやら\(^o^)/
古泉がんばって・・・!じゃなくてキョンでした。