HB
伝えなくてもいい。伝えられなくてもいい。 噛みつかれるような口付けやその後の暴力的な行為も、 いつからか僕はそうされることに慣れてきた。 そばにいられればよかった。 求められることがうれしかった。 伝えられなくてもよかった。 だからそれ以上の期待なんて、本当にしていなかったんです。
この地方にしては珍しい雪。 下校時間に降り積もる白い淡い現象に、北高の生徒誰もが沸き立つ。 それは僕が所属しているSOS団も同じで。 「雪合戦できるかしら?雪だるまの大きさ対決でもする? それよりも小さいときからかまくら作りが夢だったのよね、私!」 早口でまくしたてる涼宮さんも、上機嫌なのがうかがえて僕は胸をなで下ろす。 かまくらを作れるほどは降っていませんが、雪合戦くらいはできそうです。 「そう?じゃあ早速校庭に行くわよ!ほかの生徒がいたら追い出してしまいなさい!」 失笑しながらも準備を始めるあなたの横顔を見て、 今夜はシチューでも作ろうか、 声をかけたら食べに来てくれるでしょうか? そんなことを考えたり、した。 ************ 雪合戦の最中、顔面に長門さんの雪玉をくらった彼は、 躍起になって反撃に向かうも撃沈。 笑いが堪えられなかった僕が、 彼の格好の的になったのは言うまでもない話です。 「楽しかったわ!それじゃあみんな、風邪引かないようにね!今日はこれで解散っ」 「キョン君、大丈夫ですかぁ?手がしもやけになっちゃってる…」 「心配してくださるのは朝比奈さんだけですよ。とっとと風呂に入って温まります」 「はい、お大事に」 僕だって心配してます。目で訴えると、「うざい」と目で返してくれる。 鞄を持って帰り道に向かう彼の隣に走り寄る。 「今日、いらっしゃいませんか?僕の家の方が近いし、それに、 今夜はシチューにしようかと思ってるんです。 いつもたくさん作ってしまって余らせてしまうんですよ」 家に誘うだけでわざわざ理由をつける自分が本当に情けない。 だけど普通に誘って彼に…断られたらと思うと、 怖くてとてもできない。 「あー…そうだな。手冷たいし、腹減ったし。風呂入ってる間にシチュー作れよ」 「難題ですね。善処します」 顔が笑ってしまう。笑顔は癖のようなものだけれど、 気恥ずかしくて心臓の奥がつままれるようなこの感情は説明できない。 シャワーの音が響く。 シャンプーもボディソープも、歯ブラシも歯磨き粉も彼の好きなものに変えた。 野菜を煮すぎるのは好きじゃなくて、歯ごたえがあるほうが好き。 枕は低めで、朝は和食で、僕が上に乗るのが好き。 彼のことはたくさんわかった。知った。調べた以上の細かいたくさんのこと。 知らないのは彼の気持ちだけ。 「いい匂いがする」 いつの間にかバスタオルで髪を無造作に拭いて彼が隣に立っていた。 「もう少しかかりそうです。髪を乾かしている間にはできるかと」 「そか」 知らなくてもいい。 僕の気持ちも、はっきり伝えたことはない。 彼から、そうだろ?と聞かれて否定できなかっただけ。 伝えられなくてもいい。 こうして、そばにいられるなら。 「ひっ…!」 髪を乾かしに行ったかと思っていたのに、 彼の指が腰を這う。 「あ、あのっ」 「できるまでに一回くらいやれるだろ」 とっさに火を弱火にして、蓋をする。包丁をシンクに置く。 上気した彼の肌の感触に、体が震える。 「危ないからあまり動くなよ、古泉」 ************* 弱火にしておいてよかった。 力の入らない腕でかき回して味見をしてみると、 ちょうど彼好みの柔らかさに煮えていた。 すっきりした表情でテレビを見ているあなたの元に、お皿をふたつ。 「旨そう」 「はい、ちょうどいい具合にできていると思います」 「だろ?」 そんな、さっきのは計算していたみたいな言い方はやめてください。 頬を熱くしながら、シチューを冷まして口に運ぶ。 彼をちらと見ると、黙々と食べ続けている。 彼が文句を言わないときは満足してくれているとき。 それを知っているから、うれしくなる。 だからこれでいい。 これ以上のことなんて望まない。 こんな時間が幸せだから。 「ごちそーさん。それじゃそろそろ帰るわ」 「はい、お送りします」 寒いからタクシーを呼ぼうとして、止められた。 意外にも、雪が降ったことが楽しかったらしい。 また一つ彼のことを知れる、うれしい。うれしいです。 「寒いから早く歩けよ」 早足で先に行く彼を追う。 近道になる公園を横切るとそこには誰もいなくて、 ただしんしんと雪が降り続いていた。 空を見上げると遠く上から真っ白な結晶が降り注ぐ。 この現象の説明は簡単にできるけれど、それでも幻想的なことには変わりない。 前を見ると、呆れた表情で立ち止まっている彼がいた。 さっさと歩けよ、しかたない奴だな。 そう言いたげに。 眉の間にしわを寄せて、髪は雪で塗れている。 降り止まない結晶が、なんだかすごく彼に似合っていた。 無性に、彼を抱きしめたくなった。 また、ひとつ。彼を好きになる。 「好きです」 彼の表情が変化した。 しかめた顔から、驚きを隠せない顔へ。 僕がこう言うことは今までになかった。 言うつもりもなかったのに。 右手で顔を覆ってため息をつくあなたを見ていると、 とたんに自責の念が襲ってくる。 言ってしまった。言わなければこのままでいられるのに。 ああ、どうしよう。 もう家に来てくれなくなる。 何を作っても食べてくれなくなる。 僕に触ってもらえなくなる。 それだけは、嫌だったのに。 それが一番怖かったのに。 「お前な・・・・」 ごめんなさい。ごめんなさい。 聞かなかったことにしてください。 言葉にならない後悔で、泣きそうになる。 雪が冷たい。 首筋や手の甲に落ちては、その熱で溶ける。 僕も、このまま溶けてしまえればいい。 彼の体につもって、溶けて、そのままなくなってしまいたい。 大きなため息がまた耳に届く。 謝ろうと、やっと、顔を上げた。 「・・・・・俺もだよ、古泉」 ・・・・・・・・・・・・ え? 「風邪引くだろ。さっさと行くぞ」 ずかずかと白い大地を踏み荒らして、僕の手を取る。 呆然としている僕の手を引いて、歩いていく。 彼は、何て? 俺も? 俺・・・も? 僕が、言ったのは。 彼が好きだということ。 ずっと言いたかったこと。 俺も? あなたも? あなたが? す、す、す、す、 「おい、歩け!」 す、すき、すきってこと、 なんですか!? 「あのですね、よろしければ、も、もう、もう一度、」 「言わん!!!」 これは、夢じゃないですよね? 溶けてなくなったり、しないですよね? 「馬鹿か・・・泣くな、うざい」 「すみません」 大好きです。 大好きです。 あなたが大好きです。 「うるさい・・まったく」 これは、 ちょっとした、スペクタクルです・・・
やっと両思いになった二人です。キョンデレ大好物です。
長すぎて長すぎて・・・しかもベタな・・・しかも季節はずれな(現在9月)