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「古泉、こっち来い」 「は、はい・・・」 手招きをされて近づくとすぐに抱き締められる。 僕の片思いで終わると思っていたのに、 抱き締めてもらえるようになるなんて、 予想もしていませんでした。 しかもあなたの方から声をかけてくれる。 腕を伸ばしてくれる。 ぎゅっと、してくれるのも、あなたから。 僕、嬉しくて、頭がおかしくなりそうです。 「体硬いぞ」 「そう、で、しょうか」 「まだ緊張してんのか?」 「ま、まだ、って」 します。緊張します。 だって、こうなるようになってから、まだ一週間ですよ。 緊張しないわけがありません。 しかも今日は、・・・あなたの家に呼んでもらいました。 家の前までは来たことがあっても中に入るのは初めてです。 ご両親はお出かけということで、妹さんにだけ挨拶をしました。 玄関もリビングもこの部屋も、彼のにおいがする。 ここで生活しているんだと思うだけで、 家ごと抱き締めたくなるくらい愛しいです。 「キョンくーん!」 「わわわっ」 「おわ! お前な、いきなり声をかけるな」 「だってお腹空いたんだもん」 そ、そうでした。 ここは、キッチンです。 夕食の準備をしなくちゃいけないんです。 抱き締められてぼーっとしてる場合じゃ、ないんです。 はあ、こんなにどきどきしたまま、 ご飯、作れるでしょうか・・・。
「古泉くんとキョンくんは仲良しなんだね!」 「え、ええ、まあ・・・」 妹さんに手伝ってもらいながら夕食の準備をしています。 普段から手伝っているようで、 包丁を持たせるのは危ないかと思いきや意外とさまになっていました。 なので、助かります。 一人暮らしなので料理はそれなりにしている僕ですが、 勝手の違うキッチンでの料理、しかも彼の家、ともなると、 どきどきして上手に野菜も切れません。 「わたしもね、ともだちがいるけど、古泉くんたちとはちがうんだあ」 「ちがう、といいますと?」 「ぎゅうってしたりはしないもん」 「あうう・・・」 「こら。古泉を苛めるんじゃない」 「えー?」 苛められてはいませんが、返答には困ります。 僕だって友達には抱き締めてもらいません。 かといって、彼と友達じゃない、なんて説明も、 まだまだ妹さんには早すぎます。 綺麗に洗った赤と黄色のパプリカに挽肉を詰めながら、 自分がいま置かれている状況の幸せさを噛み締めました。 彼のためにご飯を作って、 妹さんからも公認の仲の良さで、 もしかすると今度はご両親にも紹介してもらえるかもしれません。 そうしたら気に入ってもらえるように頑張ります。 涼宮さんにもお気に召してもらえるように努力しましたが、 それ以上に頑張ります! 「お前はそのままで十分だ」 「えっ!?」 「頑張るとかなんとか。そんな意気込むなよ」 「古泉くんはがんばりやさんだね!」 ・・・思ってただけだったはずなのですが、 いつの間に、お二人には心が読めるようになったのでしょう・・・? 夕飯は無事に完成し、色合いも我ながら綺麗に出来ました。 味は自分なりのものなので心配でしたが、 彼も妹さんもおいしいと言ってたくさん食べてくれました。 僕の味がお二人に合うなら、嬉しいです。 「古泉くんはキョンくんと寝るのー?」 食後にテレビを三人で見て、コマーシャルになったとき、 妹さんが輝いた目を向けて聞いてきました。 僕が答えられずにいると彼が代わりに頷いてくれます。 「そうだ」 「じゃあ、わたしもキョンくんの部屋で寝るね!」 「なに?」 「だってキョンくんばっかりずるいもん」 一緒に。 僕は、構いませんよ。 妹さんはよくなついてくれますし、 僕たちが二人でいるのに一人で寝なさいというのも悪い気がしま、 「だめだ。一人で寝なさい」 「えー!なんで!」 「俺の部屋には二人も入れない」 「入れるよー!床に、ふとん二枚敷けばいいもん」 「狭い!」 「キョンくんのばか!」 「お、おふたりとも、落ち着いてください」 兄妹喧嘩が始ってしまいました・・・どうしましょう。 間に入って落ち着かせようとすると、 二人が僕に視線を動かしてきます。 いやな予感がします。 「古泉くんも、わたしといっしょがいいよね?」 「古泉。わかってるよな」 まさに板挟み。 この状況でどちらかを選ぶなんてことは、僕にはできません。 僕は彼が大好きです。 理由を改めて聞かれるとよく分かりませんが、 気付いた時には大好きになってました。 だから彼と僕だけの時間を過ごしたいのは当然のことで、 特に・・・そんな時間、彼はとても優しいから、 そうしたいです。 でも、誰かが一緒にいるときは、わがままは言えません。 「妹さんだけ、おひとりというのもかわいそうですよ」 「わあい!古泉くん、だいすき!」 喜んだ妹さんが勢いよく僕に抱きついてきました。 彼とはあまり見た目など似ていませんが、 かわいらしい方なのでこうしてなついてもらえるのは嬉しいですね。 でも、彼は不満そうな表情です。 そんな顔をしないでください。 僕の考えてること、分かりますよね? あなたはいつも、分かってくれるじゃないですか。 「仕方ねえな・・・」 「あ、ちょ、ちょっとっ」 「静かにしてろ、妹が起きる」 む、む、無理です! 「やっ・・・!」 「口塞ぐぞ」 「ふ、えっ・・・」 妹さんがベッドで寝ているのに。 部屋の床に敷いた二枚の布団には、 僕と彼が横になりました。 妹さんは彼がいつも寝ているベッドで寝て、 しばらくは楽しく話をしていましたが、 22時をまわる頃にはすやすやと寝息が聞こえてきて、 僕も眠たくなり始めていました、が、 「古泉・・・」 隣にいたはずの彼が、僕の上にいる。 真っ暗な部屋で僕にしか聞こえないくらいの小声で呼んできて、 体に、手が触れる。 声が出るの、当たり前です。 誰もいなくたってびっくりして叫び声が出るのに、 妹さんが隣で寝ているというのに、あなたは、何をしているんですか。 「だめです、って・・・!」 僕も小声で抗議しますが、彼はいたって真顔で触り続けてきます。 「さっきはよくも妹の肩を持ったな」 「だって、あれは・・・」 「言い訳は聞かん。おとなしくしてろ」 「ひゃ・・・!だ、だめ・・・!」 体を重ねるように抱き締めてきて、 彼の唇が首筋に触れる。 吹きかけられる熱い息で、 体中がとろけてしまいそうです。 「あ、あっ」 「お前は敏感だな」 「ふ・・・うあ・・・」 「かわいい」 触られているのは腕や背中だけ、 そこを撫でられるだけでも、すごくどきどきします。 あなたに抱き締められて、 優しく触られるということ、 大好きなあなたがそうしてくれること、 どきどきしないわけがありません。 本当は少しだけ期待していたんです。 ご両親がいないなら、 あなたと、あなたの部屋で、 こうして触ってもらえること。 顔がとっても近いのですが、 あの、 僕と、 き、キス、して、くれますか・・・? 「古泉・・・好きだ」 「ぼく、も・・・」 「目閉じてろ」 「ん・・・」 ああ、キス、できるんですね、ついに、あなたと・・・・・・ 「キョンくん、古泉くん」 あと、一秒でも遅ければ、僕たちの唇は触れていました。 「仲良しなのはいいけど・・・眠れないよお」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「どうしたの?」 「い・・・いや・・・・・・すまん・・・」 全部聞こえていたみたいです。 すぐに体を離して、それぞれの布団に頭まで潜り込みました。 恥ずかしい。 真っ暗、といえど、目が慣れてきて表情はなんとなく分かりました。 彼もちょっと余裕のない顔をしていて、 僕もきっと、惚けた顔になってしまっていたはずです。 見られていたとしたら、 今はまだ分からなくても、 もう少し大人になったら、 妹さんにも分かるでしょう。 冷静でいなきゃいけないと思っていました。 二人だけの世界じゃないんですから。 他の人には迷惑をかけずに大切にこの関係を育んでいこうと思っていたのに・・・ これからは、頭の中に警告を出せるようにします。 あまりべたべたしちゃ、だめです。 どんなにうれしくても、浮かれちゃ、だめなんです。 まだ、すごくすごく、どきどきしてます。 今夜は眠れない夜になりそうです・・・
妹ちゃんとのかけあいが大好きです。
妹ちゃんといるとキョン古が夫婦に見えるのは万国共通ですよね!