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「古泉くん! 今年最後は海外で過ごしたいと思うんだけど、
 今から飛行機はとれるかしら?」
「はい、探してみましょう」
「ふええっ・・・海外、ですかあっ?」
「おい待てハルヒ。俺はパスポートなどもっとらん」
「取ればいいじゃない。いまどき海外にも行ったことのない高校生なんて流行らないわよ」
「流行る流行らないの問題か、それ」
「ぱすぽーと、って、あたしも、取れるのかなあ・・・」
「問題ない」
「どこがいいかしら。あたしたちの世界進出にふさわしい国といえば・・・」





目を輝かせて調べる彼女を見ていると、
僕も楽しくなります。
慌てている朝比奈みくるも。
冷静に事態を眺めている長門有希も。
パスポートの写真はどんな服を着て写ればいいんだと、
悩んでいる彼も。

楽しそうです。




これが、
僕の日常。
幸せな日常。





日常と非日常










「古泉」
「はい」
「今日は、もう帰れるのか」
「はい。・・・帰りましょうか」
「おう」






僕の日常は、朝起きて、学校へ行き、授業を受けて、
掃除当番を終えてから部室へ向かい、
彼女に何か言われればその通りに、
何もないときには彼と向かい合ってゲームをして、
こうして声をかけてもらってから、
一緒に帰路を歩く。
家に帰ってからは機関への報告書をまとめ、
提出してから眠るまでの、一連の流れがあります。


その中でも特に心が落ち着くのが彼との時間です。
出会った頃はまだまだお互いを理解できず、
居心地の悪さを感じることも多くありました。
ゆっくり時間をかけてコミュニケーションを取ったところ、
今は、
彼の隣にいられるのが、とても嬉しいのです。



「息、真っ白だな」
「雪でも降りそうな雲行きですね」
「寒くないか? マフラーも手袋もなしで」
「玄関に置いていたのに忘れてしまったんですよ。でも、大丈夫です」



寒くても、僕の隣にはあなたがいてくれるから。


なんて、照れくさくて言えませんが。




「手貸せ」
「え、・・・あの、悪いですよ」
「誰に?」
「あなたに」
「悪くない」
「そうですか」




手袋をした彼の手が、
彼のコートのポケットへ、僕を連れて行ってくれる。
遅い時間ですから、誰にも見られないと思いますが、
・・・暖かいです。



「マフラーも巻いてやりたいところだが」
「はい」
「お前が転んだら俺の首が締まるからやめておく」
「ははっ」



昨日、坂の途中で転んだからですよね?
あれはうっかりしていました。
一昨日雨が降ったせいで道路が滑りやすくなり、
ついつい、お尻を打ってしまったんでした。

でも、僕が転んだらあなたの首が、って、
一本のマフラーを二人で、ですか?
手を繋いで、マフラーをして、
なんだか、とても仲良しみたいに、見えますね。



「ほら」
「いいんですか?」
「ああ」
「・・・寒くありません?」
「ちょっとはな」
「では、お返ししないと」
「いいから、してろ」
「・・・はい」



彼は繋いでいない、右手で、
マフラーを僕にだけ巻いてくれました。
彼の温度がする。
とっても暖かいです。
首と手から、熱が全身に伝わっていく。






なんて優しい方でしょう。
自分が寒くても、僕を優先してくれるなんて。
どうしてこんなに優しくしてくれるのか、
何度聞いても彼は、「察しろ」としか言ってくれません。
僕は頑張って、考えているんです。
時間が出来るたびに考えているんです。
あなたがどうして優しくしてくれるのか。
彼女たちに対するものよりも、
僕にだけ向けてくれるもののほうが、
より暖かいものに感じるのはなぜなのか。
僕が日常を楽しく過ごせるのも、
風邪を引かずにいられるのも、
あなたのおかげです。






でも、その理由は分かりません。
どれだけ考えても、
あなたが僕に特別に優しくしてくる理由は、
全く分かりません。





「なあ」
「何でしょう」
「今日さ・・・時間あるか」
「はい」
「・・・・・・じゃあ、お前んち」
「あ、ちょっと待ってください」
「ん」








ポケットの中の携帯が震える。









一通のメールを、受信しました。










「・・・古泉?」
「すみません。予定が入ってしまいました」
「・・・そうか」
「何か、言いかけました?」
「何でもない。明日でいい」
「分かりました」









彼と別れてから足早に家へ戻る。
指定された時間まで、あまり余裕はない。
すぐに着替えて向かわなくては。
制服のままでは行けません。
そういうのが好きな人もいますが、
今日はそのような指示はないので私服で行きます。



















「こんにちは、古泉です。よろしくお願いします」








不思議なことですが最初は何とも思いませんでした。
体が痛くても、
ああ、おかしなことをされているんだろうなあ、とは分かっても、
これでこんなにお金がもらえるなら、いいな、と。


全部が僕のものにはなりません。
生きていくために必要なお金だけを渡されて、
あとは上司が持っていきます。
でも、それは、いいんです。
安全な相手を選んでもらっているから。
僕はそこに行くだけでよかった。
抵抗をせずに、大人しく言うことを聞いていれば、
みんな僕をかわいがってくれる。満足してくれる。
ずっと、それでいいと思っていました。







「んっ・・・あ、あっ・・・」






でも最近は少しだけ憂鬱になるんです。
この行為に、身を委ねることに。
日常にほんの数日だけ組み込まれる、
この非日常的行為に。













一度だけ彼に見られたことがあります。
ホテルから出てくる、僕と、名前も知らない男性の姿を。
偶然でした。
彼が母親の使いを頼まれたその帰りだったそうです。



複雑そうな顔をして、僕に聞いてきました。
あれは何なのかと。
正直に答えました。
僕に両親がいないことを、
援助してくれる親戚もいないことを、彼は知っています。
こうしてお金を手に入れる方法を教えてくれたのは機関の上司で、
僕自身も納得してのことですと言いました。


一般的には許されないことだと知っています。
お金をもらって、体を売るのは。
ですが、彼は怒りませんでした。
罵倒されても、軽蔑されても文句を言えないと思っていましたが、
彼はただ、そうか、と言うだけで、何も言いませんでした。





怒られた方がよかったと感じる時もあります。








「うあ、あっ、き、もち、い、ですっ・・・」









僕が何をしているか知っても彼は優しいまま。
前よりも優しくなった、かもしれません。


同情なのかと思い、聞いてみました。
すぐに否定をされました。





僕には分かりません。
彼が何を考えているのか。
優しくされるのは嬉しいです。
一緒にいると、安らぎます。
でも、
どう思っているのか不安にもなります。









「ありがとうございます、また、よろしくお願いします」










手渡された封筒は、終わる時間に待ち合わせをしていた機関の上司に預ける。









急いでいたからまた手袋とマフラーを忘れました。
寒いですね。
もう、夜も遅い時間です。
大きな通りを一歩外れるとひとけも少なくなり、
寒さがますます強くなる。






「・・・雪、降りましたね」





ちらちらと小さな白い粒が落ちてきました。
空を見上げると、
真っ暗な空間から無限に発生して、
僕の熱を下げていく。

彼は見ているでしょうか、家の窓から、この雪を。









教えてみましょうか。














「・・・もしもし、古泉です」
『ああ、分かってる。どうした。何かあったか』
「いえ、雪が降ってきたので、電話をしてみました」
『雪? それだけか?』






おや、落胆されている、声です。
今年初めての雪に浮かれていたのは僕だけ、でしたか。


すみません。



夜更けに、くだらない電話を。









『古泉』
「はい」
『今、どこにいる』
「・・・外、です」
『それは分かってる。・・・近くにコンビニとか、ファミレスとか、ないのか』
「え? ファミレスなら、ありますが、」
『じゃあそこで待ってろ。いいな。店名は?』





彼が畳みかけるように言うのでうっかり店名を教えてしまいました。
遅い時間ですが、もしかして、来てくれるんでしょうか。
僕、来てほしいとも会いたいとも言ってません。
なのに・・・?













30分後、息を切らして、彼がやってきました。


「とりあえず、コーラで」


僕はオレンジジュースを飲んで待っていました。
雪の降る中でしたが、走ってきたせいか、彼は汗までかいてます。



「あの・・・大丈夫ですか」
「何が」
「遅くに、外出をして」
「よくハルヒに呼び出されるだろ、オフクロも慣れたもんだ」
「そうですか」




注文したコーラを一気に飲んで、
彼は先ほどから、
何を言おうか逡巡しているようです。
僕も言葉が出てきません。
何を話せばいいのか、
彼がどうして僕に会いに来たのか分からないから。












「・・・家まで送る。自転車のってけ」
「・・・僕が後ろにですか」
「そうだ」
「重いですよ」
「構わん」




結局、一杯ずつ飲んだだけでファミレスを後にし、
彼がいいと言うので、自転車の後ろに乗せてもらいました。








雪で滑らないように気をつけながら進んでいく。
どうせ倒れれば一緒だと、
マフラーを巻いてくれました。
冷たい手は彼のポケットの中に入れて、
その中から、彼の体を抱き締める。



暖かい。




会いたい、と、思っていなかったのに、
会ったら、会いたかった気がしてきました。








「お前の声が会いたがってたんだよ」




誰もいない道で、突然彼が言ってきました。
僕が考えていたようなことを。



「え?」
「だから来た。俺の耳は間違ってたのか」
「・・・・・・」
「どっちでもいいがな。お前はまた寒そうな格好をしてるし」
「すみません」
「風邪引くなよ」




僕の声があなたを。
そうなんでしょうか。
分からないんです。
会いたかった?
あんなことを、したあとに?







「僕が会いたがったら、あなたは来てくださるんですか」
「だろうな」
「どうしてです?」
「会いたいから」






単純明快、のはずですが、
僕の頭は混乱するばかりです・・・。
僕が会いたがると彼も会いたい?
分かりません。
どうしましょう。
不安に、なります。



「あのな」
「・・・・・・はい」
「お前は俺に会いたかったんじゃないのか」
「あなたに・・・?」
「それに、いつも俺が帰るまで部室で待ってるだろ」
「はい」
「一緒に、帰りたいからだよな」




それが僕の日常だからです。
先に帰ろうとするとあなたは急いで追いかけてくる。
ああ、平和的に毎日を過ごすためには、
あなたが帰るのを待って、
一緒に歩いた方がいいんだって、学んだからです。





「手を繋ぐのは嫌じゃないだろ」
「嫌じゃないです」
「俺のマフラーを巻かれるのも」
「暖かいです」
「チャリに乗って、腕を回すのも」
「はい・・・」



僕はその日常が大切です。
だから、これがずっと続いてほしいと思います。
あなたが言ってくれたことは全部、
僕にとってしあわせな事柄です。





「お前は俺が好きなんだよ」
「え?」
「分からないか」
「好き、とは?」
「あー、くそっ」




自転車が急ブレーキをかけて止まりました。
そして、下ろされます。
ここでお別れなのかとその場に立っていると、
彼は自転車を道端に倒して、
真正面から、僕を抱き締めてきました。








「こういうことだ」
「・・・・・・?」









「・・・・・・まさかまだ分からんのか」
「はい。すみません」
「おいおい・・・」





がっくりと、彼の顔が僕のコートに埋まりました。
またも、落胆させてしまったようです。




「お前が鈍感なのはよく分かった。
 ということは、俺がお前を好きだというのも、まだ分かっていないわけか」
「はい?」
「好きなんだよ、俺は、お前が」
「あの・・・好きとは?」
「・・・・・・・・・」










崩れ落ちるようにその場に膝をつき、
とほほ、という嘆き声が聞こえてきそうでした。
実際には、



「やれやれ・・・・・・」




でしたね。














その後、僕の家まで一緒に行きました。
彼は家に入るまでと、入ってからも、やけに感動していました。
何の変哲もない部屋なのに、
好きだと、そうなるそうです。











分かりますよ、僕にだって、愛とか恋くらい。
ただ自分では経験がありませんし、
具体的に分からないだけです。
あなたがその対象に僕を選んだのも、
非常に理解しにくいのです。







僕に、彼は、しつこいくらいに教えてくれました。
どれだけ僕を好いているかということと、
たぶん、
僕も彼が好きなんだ、ということについて。
彼がこんなに話をする姿は初めてです。







「俺はお前の生活を支えられるような金も持ってない、
 だから、お前がやってることをやめさせたいが、
 責任をとれないから、言えない」







「本当は嫌なんだ。お前だってそうだろ。
 けど、バイトするって言っても、親は許してくれねえし・・・」









「なんとかしたいと思ってる。本気で。
 だから考えろ、お前も。
 俺と一緒にいる方がいいだろ?
 他の奴よりも、俺の方がいいだろ?」












呆気に取られながら聞いていたらいつの間にか夜が明けていました。
























「徹夜しちゃいましたね」
「・・・すまん」
「いえ。僕は平気です。あなたはいかがですか?」
「俺は平気じゃない・・・」






隣で話をしていたのですが、
そう言うなり、もたれかかってきました。







「休みますか、学校。ご両親に連絡をしなくては」
「さすがに怒られるから、行くが・・・。少し、このままでいさせろ」
「はあ。それはいいですが」
「俺はとんでもない奴に惚れたようだ・・・・・・」








僕のことですか?











すやすやと、眠り始めてしまいます。
夜中じゅう、話してくれましたから、しかたないですね。
学校に間に合うぎりぎりまではこのままにしましょう。




















好き、とか、僕にはあまり、分かりません。



でも、
あなたが傍にいるのは、嬉しいですよ。
僕のために必死になってくれるのは、嬉しいです。
この肩で気を許した寝顔を見せてくれるのも。











ですが。
僕のような人間はあなたには不釣り合いです。
あなたの日常に、
ほんの少しだけ関わらせてもらえるだけで、十分です。
どうしてあなたはすべてを知っているのに、
僕を好いてくださるんでしょうか。








この気持ちには答えられない。
僕が自分の気持ちを自覚したとしても、
あなたには伝えられない。
僕たちが結ばれる運命にあるとは思えません。
僕と一緒になって、
あなたが幸せになれるとはとても。












でも今だけは一緒にいましょう。
今だけ、僕に、しあわせを感じさせてください。





















目が覚めたらちゃんと、お断りしますから、













今だけ・・・










thank you !

無自覚すぎる古泉と自覚しまくりのキョン(´∀`)
それでもキョンは頑張ってくれ!



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