HB
「一樹くん、それは精神病だね」 「せ……精神病ですか!?」 「うん。そう、またの名をこ」 「病院に行かなくてはっ……! 薬を飲めば、治りますよね!」 「ちょっと待って落ち着いて。そうじゃないよ」 一番近い病院はどこだったでしょう。 いえ、近さよりも評判を重視すべきかもしれません。 平日は何時に帰られるか分からないから、 休日も診察してくれるところで…… と、頭の中を色んな考えが駆け巡って混乱してしまった僕を、 裕さんが肩を掴んで再度椅子に座らせてくれました。 ここは市内の某喫茶店で、 ここ最近僕を襲う不可思議な感覚について、 裕さんに相談に乗ってもらっているところです。 「ですが、早く病院に……」 「ごめんごめん。僕の言い方が悪かったね。正確な名前を言うとそれは恋の病なんだよ」 「恋?」 「そう。一樹くんは彼を好きになってしまったんだ」 裕さんの言っていることが理解できず、 思考が停止しかけました。 僕が、彼を、好きに? 分かった瞬間に血の気が引く。 まさか。 そんなことは、起きてはいけないことです!
「古泉、これやるよ」 「な、何ですか?」 「新発売のジュース。甘すぎて飲めん。お前好きだろ、甘いの」 差し出されたのは飲みかけのジュースで、 紙パックにはストローがささったまま。 桃色のパッケージにはイチゴの絵が描かれていて、 イチゴに目がない僕にとって、もらえるのは、嬉しいです、けど…… このまま飲んだら、あなたが口を付けたところに、僕もつけることになるじゃないですか。 ダメです。 あなたは何も考えずにそうしているんだとしても、 僕は意識してしまいます。 そそくさと湯呑みを持ってきて注ごうとしましたが、 彼にそれを奪われてしまいました。 「湯呑みでイチゴジュースを飲む奴がいるかよ」 「います、ここに」 「バカ。ストローがあんだろ?そのまま使えよ」 あなたは簡単に言いますけど、僕…… 病気になってしまったんです。 ストローに口をつけるのすら躊躇うくらいに、 あなたに、恋をしてしまったんです。 でも気付かれるわけにはいきませんから、 何事もないふりをして振る舞わなくちゃいけません。 「そうですね、はは」 何事もないふりで笑いながら、内心はものすごくどきどきしながら、 口をつけてみます。 ごくっ、と一口飲むと甘いイチゴの味が広がって、 それは僕の好きな味だから、幸せな気持ちになります。 あなたがいらないと言って僕にくれるものはいつも僕が好きなものばかり。 あなたとは、味覚が合わないのでしょうか…… 「間接キスだな。今の」 「ぶっ……!!」 「こら、噴き出すな」 「す、すびばせ……」 「ティッシュで拭いとけ」 不意に何を言うかと思えば、な、なんてことを言うんですか。 単なるからかいでも、今の僕には、効きますっ…… 「そのような言い方はいかがなものかと。 差し出してきて、僕が湯呑みで飲もうとしたのを止めたのはあなたです。僕は」 「あー分かった分かった。俺が悪かったから落ち着けって」 「おっ……落ち着いてますっ」 誤魔化そうとしても完全に見透かされていて、 何も言えなくなる。 必死に隠しているつもりだけど、もう知られているのかもしれません。 あなたとこうして向かい合う度に、 どきどきして、息が苦しくなってきて、 あなたが笑ってくれると、 嬉しくて走り回りたくなります。 僕の前世は犬かもしれません。 きっと尻尾がついていたら全部バレてしまいます。 生えてなくて、よかった……。 僕以外の誰かと楽しそうにしているのを遠くから見ると、 彼が楽しそうなのが嬉しいのと、 隣にいるのが僕ではない寂しさで、 胸がずきずきと痛くなる。 どんどんその傾向は強くなって、 最近では、 会ってない時間まで彼のことを考えると苦しくて仕方がなくて、 これはおかしいと裕さんに相談したんです。 裕さんはお兄さん的な存在で、今までも色んな話を聞いてくれました。 今回も的確に僕の状況を理解して、 アドバイスも、してくれました。 すなわち。 「で、今日のゲームは?」 「今日は……、こちらの沈没船ゲームです」 「初めて見るな」 「はい。新しく週末に手に入れたものです」 彼といられる時間をなるべく長くすること。 出来れば二人きりで、 独り占めできるならその方がいい。 家に帰ったら思い出して幸せな気分に浸れるくらいに楽しい時間を過ごすこと。 きっと、帰ってから寂しくなるのはもっと一緒にいたかったから、 もっと話したいことがあったからなんだよ、と、 裕さんに教えてもらいました。 僕は、これが恋だと知ったときに、 許されないことだからと封じ込めなきゃいけないと思いました。 だって、彼も、僕も、男の子だから。 涼宮さんにだって、悪いです。 ライバルにもならないとは思いますが……。 でも、裕さんは、そんなことないよって、 一樹くんがそこで苦しんだら意味はないんだよ、 誰も怒ったりしないし自然なことなんだから素直な気持ちで接していいからね、 って言ってくれました。 それが一番いい、この病の治し方だそうです。 僕より経験豊富な裕さんの言うことなら間違いありません。 「お前は本当に好きだな」 「すっ……!」 「ん?」 「あっ、ゲームが、ですよね、はい、好きです」 ですがやはり頭の中が彼でいっぱいなのは何とかしなければいけません。 こうして早とちりもしてしまいますし。 ゲームも、好きですよ。 でもあなたは、もっと、好きです。 周りにはいなかった普通のひとで、 いつもは無気力だったりけだるそうだったりで涼宮さんに怒られていますが、 でも、実は、とても頼りになるんです。 この世界を救ってくれたこともありますし、 僕の知らないところですごいことをしていたりします。 そしてそんなすべてを、 「仕方ないだろ、ハルヒに出会っちまったんだから」 の一言で片付けられる、心の広さも魅力です。 一番好きなのは、 僕だけにくれる笑顔、ですけど。 「ハルヒが言うにはだな」 「は……はい?」 「恋とは精神病なんだそうだ」 「精神病……!」 「お前の場合はゲームが相手なのかもな」 涼宮さんまで、そんなことを…… 確かに病気かもしれません、 僕、今、また、胸が苦しくて、 「毎日、話したいことはちゃんと話すんだよ。後悔のないようにね」 話したいこと。 僕があなたに言いたいのは、 「ゲームじゃありませんっ」 「何?」 「僕が、好きなのは、」 ……はっ。 こ、これじゃ、告白をしてしまいます! つい勢いで否定したものの、 このまま言葉を続けたら、 今日が失恋記念日になっちゃいます。 どうしましょう! 「ええと……」 好きな食べ物も飲み物もたくさんある、 今手元にあるイチゴジュースだって、好きなものの一つです。 なのに頭の中があまりに目の前の人でいっぱいになりすぎて、 機転の利いた答えが口から出てこない。 「何だよ」 「それは、あの」 嘘はつきたくない。 でも、本当のことを言う勇気はもっとない。 「じゃあ、俺か」 「なっ!!!」 「冗談だ。真に受けるな」 冗談、じゃ、ないです。 はは、そうですよね、って、笑って済ませられません。 あなたにとっては他愛ない発言も、 僕は、大きな、大きすぎる影響を、受けてしまう。 何も言えないまま俯くしかなくて、 こんな態度を取れば言わなくても気持ちが知られてしまうのに…… 「古泉」 「すみません」 謝って済む問題ではないでしょう。 でも、 呆れられてもいい、起こられてもいいから、 嫌われたく、ないですっ……! 「お前の考えくらいお見通しだ」 「……え」 「分かりやすいからな」 この、笑顔は、 からかって遊んでいるようには、見えません。 まさか、でも、 「風邪は人に移せば治るんだってな」 「えっ? は……はい、そう、聞きますね」 「お前も移してみろよ」 「移す……とは」 「だから、その精神病をだ」 ……移しても、これだけは治りません。 あなたがこの病にかかってくれたら、 一生治りたくなくなるに、決まってます。 裕さんに聞くことがまた、増えました。 上手な移すのと、 治らなくなるための、方法。
頭に花が満開すぎてすみません。。。
蛇足ですがキョンも古泉大好きですよ!
裕さんがとっても好きです…( ´∀`)