※えらく暗いですスミマセン!
※ハッピーエンドじゃないですスミマセン!





柔らかい布団が頬を撫でる。
自分の部屋とは違う、だけど心地よい香りがしてうっすらと目を開けた。





知らない天井。
暖かい部屋。
どこからか元気な声が聞こえる。


・・・頭が少し、痛い。




起き上がれないまま横たわっているとばたばたと賑やかな足音が聞こえてきた。
それは近付いてくる途中ではたと気付いたように小さくなり、やがてドアが開かれる。



「あちゃー、一樹くん、もしかしてあたしのせいで起きちゃったかなっ?」




長い髪を今は一つに結んで揺らして、
彼女は部屋の中に入ってきた。
力なく首を振って否定して笑って見せる。
彼女も笑って、僕の隣に座った。



「そっか、ならいいさっ。頭の痛みはどうだい?」
「まだ、少し」
「うん。じゃ、まだ寝てていいからね。何も心配しないで」




彼女の笑顔には力がある。
涼宮ハルヒとはまた違う力が。
気を遣わせて申し訳ないと思うこちらの気持ちを、
吹き飛ばして安心させてくれる。





僕がどうしようもなく辛くなると彼女はいつも助けてくれた。



彼には言えないことを言えた。






だから僕は彼女に助けを求めてしまった。






失踪






「あなたの任務は現状維持。何があろうと、維持しなさい」




機関から下された命令はシンプルだ。
涼宮ハルヒの機嫌を損ねないよう気をつけて、
この世界の現状を維持する。
涼宮ハルヒだけではない。
その周りにも、大きな変化があってはいけない。



当然ながら世界の鍵と言われる彼もその対象だ。






今思えば、彼の望みを全て受け入れてしまったことが間違いだった。
それからずっと僕は彼が言うままに体を開かなくてはならなくなって、
そこには暖かい感情など微塵もない。
僕が抱いている好意には気付いている。
だからこそ、彼は僕を傷つける。







 「お前の目が気に入らないんだよ」
 「何言われても笑ってられるのか?」
 「じゃあ、試してやる」
 「ほら、笑うんじゃなかったのか、古泉」




 僕は彼が好きだった。
 僕にないものをたくさん持っていたし、
 何より選ばれた人だから。
 
 それは恋愛感情なんて甘ったるいものではないと思っていた、
 だけど、



 彼に無理やり体を繋げられるたびに、
 そうだったんだと認識させられる。



 苦しいだけじゃない。
 痛くて辛いだけじゃない。
 彼に触れられる、舐められる、侵される、
 その行為自体は僕の体を熱くした。





 「はは・・・お前、痛くされるのが好きなのか」
 「イくの早すぎだろ、まだ指だけだぞ」
 「頭も体もおかしいんじゃないか?こんなことでよく感じられるよな」





 否定したくても許されず、謝るしかない。


 ごめんなさい、
 ごめんなさい、
 僕、おかしくて、
 ごめんなさい。
 僕、
 僕・・・・・・


 髪を引かれて頬を叩かれて顎を掴まれて、
 言いたくない言葉を何度も言わされた。






 それでも、
 好きだった。








「眠れる?」
「はい、大丈夫です」
「添い寝してあげんねっ!」


花の匂い。
庭で育てている紫陽花の匂いらしい。
この匂いに包まれていると落ち着いて、
痛みも和らぐような気がする。








 あの日、
 彼は僕を本気で壊そうとしてきた。



 もうすぐ夏服になるから縛るのはやめてほしいと言った、
 そのせいだと思う。
 どれだけ謝っても許されずに繰り返し頭を床に叩きつけられて、
 気を失う直前まで首を締められた。




 「お前は俺のものだってまだ分かってないのか?」




 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 僕はあなたの、です。





 「いい加減覚えろよ。古泉」





 拳は、心臓に当たる。





 「お前が死ぬときは俺に殺されるときだな」





 彼の目は、本気だった。









「一樹くん」
「すみ、ま、せん」


彼女に甘えるなんて許されないことだ。
機関に知られたらどうなるか想像できないわけじゃない。
でもそうしなかったら耐えられないほど、
僕には限界が近付いていた。


細くて優しい腕に抱き締められる。
泣きそうになるのを堪えてしがみついた。








 彼のものだと言われるのは苦痛じゃない。
 だけど僕はどうしても欲しいものがあった。
 閉鎖空間での仕事が続いて疲れていたのもあったし、
 毎日のように彼にひどい言葉を浴びせられて、
 ひどいことばかりされるのに耐えられなくなりそうで、
 ただ一言、欲しかった。




 好きだと言って欲しかった。



 僕は彼に抱きつくことも出来ずに、
 はっきりとしない視界と頭のまま、





 あなたが好きです、
 どうか一度でいいから、
 好きだって言って欲しいです、
 そうしたら僕はこれからのこと全部、
 我慢します。




 と、
 お願いをした。



 頼んでいる間も待っている間も心が痛くて、
 心臓の奥の方が苦しくて息がうまくできなくて、
 それでも待っていた。
 じっと待っていた。




 「・・・・・・」


 彼は僕を数十秒間見つめてから、
 ベッドに横になって、




 何も。言ってくれなかった。








 だから僕は逃げた。
 やがて眠りについた彼を起こさないよう、
 音を立てずに家を出て、
 走る足は何度ももつれて転びそうになった。
 靴も履かないで走って走って、
 たどり着いたのは彼女の家の前。
 僕から言わなくても彼女は分かっていつも助けてくれて、
 僕は、
 そんな彼女に自分から助けを求めた。





 「一樹くんっ!?」


 電話口では助けてほしいと言うだけで精一杯で、
 それを聞いてすぐに家から出てきて僕を見つけて、
 何も聞かずに、助けて、くれた。





抱き締められたまま目を閉じると痛みを忘れて眠れそうな気がしてくる。
額に口付けられて、瞼にも唇が当たるとそのまま、
眠りに落ちていく。









 夢で会う彼は優しい。
 僕を撫でながら、
 大好きだよと言ってくれる。
 すごくどきどきして僕も大好きですと言いたいんだけど言えなくて、
 体は夢の中なのに金縛りにあったように動かない。
 抱き締めて言いたい、
 でも言えない。


 いつも彼が寂しそうに笑って、終わる。









「一樹くん」
「・・・あ、・・・・・・」
「ごめんね。泣いてたから、心配になっちゃったよ」




体を揺さぶられて目を覚ますと頬まで濡れていた。
一人で眠るといつもこうなるから気にしていなかったけど、
他の人から見たらおかしいこと、なのだろう。
彼にもいつもおかしいと言われてたっけ。
自分でも思う。
乱暴に殴られて傷つけられても彼の指や体で感じてしまう僕は、
普通じゃない。



「怖い夢でも見た?」
「はい・・・すみません」
「謝らなくていいさっ。大丈夫、あたしがついてる」




どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。





一個人の感情だと言っていた。
僕が彼に感じているものとは違うらしい。
確かに僕も彼女には特別な感情を抱いているけど、
それは愛情や友情という言葉では表せない。
何、ていうのかな、これは。





「もうちょっと寝てた方がいいよっ、
 あたしは朝食の準備してくるから、待っててね」





****************





しきりに謝る彼の頭をそっと撫でて、あたしは部屋を出た。
たぶん彼は気付いていない。
自分が受けた傷がどれだけ深いものか、
顔色が今も真っ青でちっとも治っていなくて、
起きあがれるような状態じゃないこと。



しばらくは寝てた方がいいよねっ、
うん、うちのみんなは理解があるから大丈夫だとして・・・





「・・・」



開いた携帯に映し出される画面、
キョンくんからのメール。



 古泉がいなくなったんです、居場所を知りませんか?



ハルにゃんにもみくるにも長門ちゃんにも聞けなかったんだろうなっ、
文面からは焦りがにじみ出てる。
あたしに聞いてきたっとことは相当なことだ。
匿ってるなんて想像もしていないと思うし、
言う気もない。
あの子にされた傷だというのは聞かなくても分かる。



理由とか詳しいことは何も知らない。
あるのは一樹くんが耐えられなくなってあたしに助けを求めてきたという事実だけ。
それだけで十分。
一樹くんがどれだけ辛いことをされたのか想像するには。




「お友達の具合はどうですか?」
「まあまあ、っかなー。朝ご飯はあたしが持っていくから、
 学校行ってる間はたまに様子を見てあげてほしいんだ」
「もちろんです。何かあればすぐにご連絡差し上げますので」



お手伝いさんにお願いしてから、朝食を持って彼のところへ行く。
あまり他の人には知られたくなかったけどあの怪我じゃ、心配だから仕方ない。







「鶴屋さん!」
「おっ。おはよー、キョンくんっ」



教室に来るかなと思っていたけど、坂道の下で待ち受けててぎょっとした。
一樹くんのこと、分からないけどあたしでよかったら相談にのるよと答えたんだけど、
彼は自分のせいでいなくなったこと、分かっているんだよね?



「例の話だよね、とりあえず教室まで話していくかいっ?」
「あまり聞かれたくないんで・・・裏門から行きましょう」



早足で前を行く後ろについていく。
ざわざわと心が揺れて不安になるよ、
キョンくんからこんな雰囲気を感じ取ったのは初めてだから。
一体どこまで話してくれるんだろ。




裏門に続く道は人通りがあまり多くない。
それでもきょろきょろとあたりを見回してから、話し始めた。



「俺があいつの家に泊まって、起きたらいなくなってたんです」
「喧嘩でもしたのっ?」
「いえ・・・そういうわけでは」



歯切れの悪い言葉。
あたしは知ってる、けど知らないフリをする。



「でも、近いような気もして・・・その、
 あいつを傷つけるようなことを、してしまって」
「古泉くんを?」
「はい・・・。ずっと帰ってきてないし、携帯も置いていって、
 きか・・じゃなかった、知り合いからも電話がかかってきたんですが
 そっちにも行ってないみたいで」




そういえば携帯電話持ってなかったな。
何も持ってなかった。
靴も履いてなかったし。
服はちゃんと着ていたけどところどころ、赤く染まっていた。



一樹くんが受けた傷のことを考えると、
キョンくんにあまりいい感情を持てない。
あたしは誰の味方ってことはないし、
みんなのことが大好きだ。
いつも楽しそうで、
ついつい入っていきたくなるハルにゃんたちの輪が好き。
家のこととか難しいこと抜きで、
あたしは個人的に大好きだから。
それを壊そうとしているならいい気分はしない。
みんな笑ってたほうが幸せじゃないか。



「鶴屋さんに頼むのは間違いかもしれないんですが、
 あいつがどこにいるか・・・探したり、できないですか」
「うーん、そうさね・・・」



探す必要はないよ。



「キョンくんは古泉くんが見つかったらどうするつもり?」



わ、
ちょっと、
意識しちゃって古泉くん、って呼んじゃった。
でもキョンくんは気付いていないみたい。
駄目だなあたしも。
しっかりしないと。


今の一樹くんを守れるのはあたしくらいなんだから。



「それは・・・」
「それは?」
「謝って、許してもらおうと」



はっきりしないな。
傷つけたなんてあたしは知らないから、
ちゃんと聞けないのがもどかしい。
謝るだけで済むことじゃないよ。
あんなこと、しちゃいけない。
どんな理由があっても、
あんなになるまで傷つけるなんて駄目さっ。




「あのね、キョンくん。あたしが聞いた限りだけど、
 古泉くんが携帯電話を置いて家を出るほどのことって、
 滅多にないと思うんだ。学校にもずっと来てないんだよね」
「そうです」
「よっぽどのことをしたとしか、思えないんだけどな」



少し厳しい口調で言ってみると、
キョンくんは言葉を飲み込んで俯いてしまう。
もう校舎についちゃうからこの続きはまた後で、だね。







「あの、俺・・・!」
「えっ?」



2年の教室に向かう途中、
黙っていたキョンくんが突然あたしの腕を掴んで引いてきた。




「ちゃんと謝ります。今までしてきたこと全部。
 だからお願いします、あいつを探してください」



手をすぐに離して深く頭を下げてから、
自分の教室へ走っていった。








うむむ。
キョンくんのあの目。あの声。


嘘とは思えない。







もう一週間も経つし、聞いてみようかな。
キョンくんに会う気がないか、
話してみる気がないか。
きっとキョンくんも反省してる。
もう傷つけたりしないかもしれない。













放課後、
家から電話がかかってきてあたしは学校を飛び出した。
お手伝いさんの制止も聞かずに一樹くんが家を出たらしい。
戻ってくると言っていたみたいだけど、
あたしがいないときに出て行くなんて!



「もう、あんな状態で・・・困るなっ」



どこにいるんだろ、
一樹くんが行きそうな場所、か。
一樹くんが任されていること、
なんとなく家から聞かされてはいる。
場所はいつも一定じゃないんだよね、確か。
あたしが闇雲に探し回ったところですれ違うのがオチか。
大人しく待ってるしかない。
一番苦手なことだっていうのに。



「一樹くん・・・」



家の周りをうろうろとしながら彼の姿が現れるのを待つ。
まだ一人で出歩くには早い。
体力を消耗するような動きなんて、しちゃいけない。
どうしよう。
心配でとてもじゃないけど落ち着いていられないよ。







「!」
「・・・、鶴屋さん、」
「一樹くんっ!!」



ヘリコプターの出動を要請しようかと思った矢先、
曲がり角から彼が顔を出した。
顔色は朝見たときよりは良くなってる。
でも歩く速度はいつもより遅いし、
万全の体調とは全然、違う。


駆け寄って肩を貸してから小突いて少しだけ叱った。
心配させないで、って。



「すみません。どうしても行かなくちゃいけなくて」



分かってる。
それは分かってるから、これだけで我慢してあげる。





速度を合わせてゆっくり家の前まで歩いて、
門を開けてもらったときに。


右側から自転車が走る音が聞こえてきた。






「古泉!!!!」



顔を向けなくても分かった。
でも、一緒に右を見た。




キョンくん。




こんな、タイミングで。
まだ君のことを聞けてないよ、あたし。







「・・・!」
「鶴屋さん、どうして一緒に?」
「あ、えっとね、」
「彼女とは・・・偶然、そこで会って、
 心配して連れてきてくださったんです」





あたしの肩から腕を下ろして、
体を離してまっすぐにその場に立つ。
この一週間見ていなかった笑顔を浮かべて。






「鶴屋さん、すみません。僕はもう大丈夫なので」
「一樹くん」
「家に帰ります。学校にも、行きますから」
「でも、その怪我で」
「大丈夫です。ありがとうございました」





あたしに向ける笑顔はどこか寂しそうだ。



だけど一樹くんがそう言うなら、あたしは何も出来ない。



・・・本当に、大丈夫?





「キョンくんっ」
「お前、いきなりいなくなって、どういうつもりだ」
「すみません」
「話は家で聞く。さっさと帰るぞ」
「はい」



あたしの呼びかけは届いていなかった。
二人の間に入ることもできなかった。
足が動かない。
助けなきゃいけない。
本当は、今。
でも、動けないよ。







一樹くんは一度も振り返らなかった。
キョンくんは一度だけこちらを見て、
小さく頭を下げて視界から去った。
信じたい。
キョンくんは悪い子だとは思わないし、
あの時あたしに言ってくれた言葉は嘘じゃなかったはずだ。
あたしは人を見る目には自信があるんだ。
だけどキョンくんは、
一樹くんと会ったとたん、人が変わったように見えた。









あたしはまるでこのときが、






一樹くんに会う最後みたいに思えて、

自分の考えに体が震えたんだ。






thank you !

ぎゃふん!暗すぎる!なんだこれ!
というわけでまた続くんでしょうか・・・
どうなんでしょうか・・・

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