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一樹くんたちと別れてからしばらくして、電話をかけた。 一樹くんとキョンくんに、二回ずつ。 だけどすぐに留守番電話に変わっちゃう。 「一樹くん・・・」 まだあたしの部屋には一樹くんが置いていった上着がある。 戻ってくるから、 心配しないでください。 そう言いたげに見えた。 だからあたしは不安になりながらも待っていられた。 でも・・・ 「キョンくん・・・」 古泉に謝ります、 そう言った彼の目は真剣だった。 あたしに嘘をついていたとは思えないし、 思いたくもない。 家に帰ると言っていたのが一樹くんの家なら、調べれば行ける。 この不気味なほどの胸騒ぎをかき消すために様子を確かめに行かなきゃ。 震える手、 どうして、こんなに。 「お嬢様」 「行きたいところがあるさっ。ちょいと飛ばしてくれないかな!」 常駐する運転手さんに頼み込んで、 一樹くんの家に向かってもらうことにした。
あたしは、みんなが、大好きだ。 みくるが心配でハルにゃんたちの輪に入ってみたのがきっかけだったけど、 心配の必要なんかないくらい楽しかった。 ハルにゃんは個性的だけど太陽みたいにいつも明るくて眩しくて、 あたしたちをすごいパワーで引っ張ってくれる。 楽しいことを追い求めて目を輝かせてるあの子が、大好きさっ。 だけど、一樹くんは、 あの輪の中にいてもいつもどこか線を引いていた。 柔らかい人当たりに爽やかな笑顔。 第一印象は良いし話しやすい。 けど仲良くするうちにそれは、 表面的なものだと分かってしまった。 笑顔で隠している、隠せているつもりでも、 ほかの誰にも気付かれてなくても、 あたしは分かった。 「あと、どのくらいかな」 「15分ほどで着きます」 あたしはいつも、見ていたから。 見ているときに、 一瞬寂しそうな顔をするのを、知った。 そして偶然、見てしまった。 キョンくんに腕を引かれて、 壁に押しつけられて、 怯えながら、 彼を受け入れる姿を。 この感覚が何なのかは分からない。 一樹くんを好きなのか聞かれたら好きだと答えられる。 だけどそれ以上の何か・・・なの? 「着きました。こちらですね」 「ありがとっ!また電話するから、そしたら迎えにきてほしいんだ」 「かしこまりました。では付近を走行してお待ちしています」 三階まで階段で上る。 ドアの前、表札はついていない。 確かに中には人の気配がある。 何に、 あたしは恐怖を感じているんだ。 チャイムを押したいのに指が動かない。 早く行かなきゃ。 早く押さなきゃ。 一樹くんが・・・、 一樹くんが? どうなってるの? 「・・・・・・」 息を吐いて、吸って、 勢いをつけてようやくチャイムを押した。 ピンポーン、と明るい音が室内にも響く。 耳を潜めて待っていると、 ゆっくり近付いてくる足音がした。 とっさにドアについている小さな丸い窓を指で隠す。 あたしだと分かったら開けてくれない、と、なぜかそのときは瞬時に思った。 駄目押しでもう一度チャイムを押すと、鍵が開く。 小さくドアが開いたから、 ノブに手をかけてのぞき込むと、 キョンくんと目が合った。 「やあっ、キョンくん」 「・・・・・・鶴屋さん」 愛想がいいとは言えないけどいつもならもっと緩やかな表情を見せてくれるはずの彼が、 冷たい目をしている。 そっか、あたしは、 原因がキョンくんだと知っていた。 あたしは、 キョンくんも好きだから、 彼のこんな目を見るのが怖かったんだ。 悲しかったんだ。 「どうかしましたか」 「あ・・・のね、こ、古泉くんが上着を忘れて・・・」 あ。 キョンくんは、 あたしの家にかくまってたことは、 「・・・そうですか」 口だけで、小さく笑う。 そして持っていた上着を手に取った。 「渡しておきます。ありがとうございました」 「待って、キョンくん」 「何ですか」 「古泉、くんは?」 「・・・寝てますよ」 「会えない、かなっ」 「起こすのも、悪いんで。明日学校じゃ駄目ですか」 「それは・・・っ」 嘘だと思う。 一樹くんは、 ・・・一樹くん、は、 あたしは。 ●後悔したくない。ドアを開けて、強行突入作戦を決行した。 ●何も出来なかった。明日、聞いてみよう、学校で。それからでもきっと遅くない。