「古泉」
「え。あれ?いつの間に、ここにいらっしゃったんですか?」




閉じ込められた吹雪の山荘、
先ほど別れたはずの彼が、いつの間にか隣に座っている。

この不可思議な状況について考えをめぐらせていたのは確かですが、
そこまで真剣に悩んでいたわけでもなく、
外の風の音を聞いてさすがにこの状況じゃ外に出ても・・と、
窓の外を見ている余裕くらいはあったのに。


この部屋に入ってきたことも、
隣に座ったことも、
全然、気付きませんでした。

ベッドに腰掛けているから、座れば少しはそちらに沈んで、
気付くはずなのに。僕、そんなに、ぼーっとしていたんでしょうか?





「あんまり、思いつめるなよ」
「は?いえ、そんなに思いつめてはいませんよ。ご心配なく」


心配そうに語りかけてくる彼の目がやけに優しい。
声も優しいし、というよりも、
彼が僕にこんなことを言ってくれるなんて、
普段からは絶対に考えられない。

ど、どういうことでしょう、これは?





「お前はいつも考えすぎるからな」



おかしい。
これは明らかに、おかしい。
いつも見ている彼と、違いすぎます。
いつも見ているのですから、分かります。


こんな館の中では、何が起きてもおかしくない。
誰かに操られているのか、それとも。





「失礼します」
「わ、なんだよ、いきなり」




ドキドキしてる場合じゃない。
首筋にかかっている後ろ髪をかき上げ、
まじまじと見てみると、やっぱり、ない。
ここに確かに、あったはずだ。
彼なら。
本物なら。




ああ、やっぱりあなたは、偽者なんですね。
僕の想像・・・いえ、妄想が、形になって現れたというのでしょうか?
そうだとしたら・・・




「疲れてるのか?お前。俺がここで見ててやるから、寝ていいぞ」




よ、予想以上に、優しいです・・・






特に危害を加えてくるようなそぶりも見せませんし、
あ、甘えてしまっても、良いのでしょうか?
普段できないようなこと、しても、良いのでしょうか?
偽者だと分かっているのにそうしてしまうなんて、
情けないと思います。
後で本人にバレて叱られるなんてことは・・・


でも、
こんなときじゃないと、きっと、できない。
顔色を伺いつつ、勇気を出して体を傾け、
太ももの上に顔を乗せてみる。
あ・・・、
こ。これは。





幸せすぎます。






いくら妄想の具現化といえど怒られるかと思いきや、
彼の手が伸びてきて、
耳の辺りの髪をそっと撫でられ、全身に鳥肌が立つ。



いくら、なんでも。ここまでなんて。



「仕方ない奴だな・・・」




どうしたらいいのでしょうか、この状況。
打破しないといけないのに、打ち勝てそうにありません。
優しすぎて、その手が、暖かすぎて。
嬉しすぎて、泣きそうです。





「お疲れさん。いつも、ありがとな、古泉」
「・・・!!」




こんなこと、言ってほしかったんですか、僕は。




偽者とはいえ、申し訳ない気持ちで、いっぱいです。
すみません。
今の僕にはそんなことを言ってもらえる資格なんて、ないんです。
偽者だと分かっているあなたに、甘えているような・・・。




「古泉?」


何も言わずに起き上がり、視線を合わせられない僕の背中に、
心配そうな彼の声がかかる。その声に、負けてしまいそうだけど、
振り向いてしまいそうだけど、僕は、僕は。





「・・・すみません。お願いですから、出て行ってください」



本物のあなたに言ってもらえるように、頑張りますから。



「そうか」



背中に当たる、暖かい感触。
首に回される腕。
一瞬、首を締められるのかと体を硬くしたけれど、そうではなかった。
彼は、どこまでも、僕の作り出した彼だった。



「無理するなよ」




妄想だけで終わらせないように。
あなたにまた会えるように。
無理せず、頑張ります。
ごめんなさい、ごめん、なさい。





離れていく腕、
背中に感じていた彼の体が、遠ざかる。
ドアを開ける音がして、たまらず、振り向いた。



「あ、のっ・・・!!」



さらりと揺れる短い黒い髪が、少し見えただけで、
すぐに、ドアは閉まってしまう。
背中に残る温度が、冷えてしまうのが、
たまらなく寂しい。




ドアを開けると、同時にいくつものドアが開く音がして、
一様に、驚いていた。
飛び出してきた彼の服装は、先ほど僕の部屋にいた彼と同じで、
一瞬、眩暈がする。だけど彼は、ずっと、部屋にいたらしい。




彼との距離は縮められないと思っていた。
縮めてはいけないものだから。
だけど、はっきりと、僕は自分の気持ちを認識してしまったから、
頑張ろう。もっと、近づけるように、頑張ろう。






「ありがとう、ございます」
「はっ?何がだよ、しかも顔近いぞ」


偽者のあなたはもういないけど、お礼を言いたくなったんです。
僕を奮い立たせてくれた、お礼です。






気色悪がられても、僕、あなたともっともっと近づけるように、
頑張りますから!!


thank you !

はい、お礼になっていないような拍手お礼でした。。短い短い。
雪山症候群はもっともっと妄想できるんですがお礼なのでエロなし。
いやこの展開でエロはないけど!

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