母親の使いで、学校からの帰り道に、二つ隣の駅で降りた。
頼まれていたものを受け取ってから、
少しだけ、あまり降りたことのないその街を、見渡す。


ふと目についた店先に、秋の訪れを思わせる栗色のケーキがあった。
小さなディスプレイに閉じ込められた、丸い、ケーキ達。
店番をしている女性がにこやかに微笑むものだから、
素通りするのもしのびなく、気付けば2個、買っている。
可愛い女性には弱いんだ、なあ、それが健全な高校生男子ってものだろ。



2個、ねえ。
2個も、一人じゃ、食べれないよな。








「わざわざ、持ってきてくださったんですか?」


ドアを開けたままの姿勢で、驚きを隠さずに、言った。
そんなに驚くようなことか?
うん、そうかもしれないな。
こんなことは、したことがないからな。




家に帰って妹に食べさせてやる方が、
距離も時間もずっと短く済んだはずなのに、
ここにこうして持ってきたのはただの気まぐれだ。



「じゃ」
「あ、ちょっと、待ってください」




白い小さな箱を大事そうに抱えたまま、
もう片方の手が手首を掴んでくる。
夕日が差し込んでくる時間帯で、そのせいだったのか、
頬は赤く染まっているように見えた。




「せっかく持ってきていただいたので、一緒に、いかがですか?」



ケーキを食べるだけなのに、何をそんなに緊張しているんだ。
掴んでる腕に、力が入りすぎだ、痛いぞ。






箱を開けると2個買ってきたことが分かる。
これじゃあまるで、俺が古泉と一緒に食べようと思ってたみたいじゃないか。
そうじゃないのか、と聞かれると、
そうなんだけど、古泉は、そうは聞いてこないみたいだ。

綺麗な白い皿を2枚出してきて、
2つ同じ作りのフォークをそれに添える。
わざわざペアのカップに紅茶まで入れて。
ここまでするほどのものでも、ないんだ、
俺の金じゃなくて、親の使いの余った分、だし。







そんな顔でケーキ、食べるなよ。
そんなに嬉しいものなのか、ケーキ食べるのが。
ちゃんと、味わえよ。
旨いのかどうか、教えてくれ。


同じもの食べてるけど、
俺だって、よく分からないんだ。
味が。
入れてくれた紅茶が、熱いってことくらいしか、
わからん。






「おいしかったです、ごちそうさまでした」
「おう」


いつもよりもかちゃかちゃと不器用に音を立てて皿を
流しに持っていく後姿を見ながら、腰を上げる。
ケーキ1個食べるのに長い時間、かけちまった。



「あ、あのっ、もう、帰られるんですか?」
「もう遅くなったからな、今日は帰る」
「そうです・・・よね」




そんな顔するな。
あからさまに、がっかりするな。
帰れなく、なるだろ。







「・・・・・キス、しても、いいですか?」




古泉から、こんな言葉は聞いたことがない。
呆気に取られていると、古泉が近寄ってきて、
震える唇を押し当ててきた。


甘い。
栗の匂いだ。
栗の味だ。
だけど、古泉だ。



こんなこいつも、悪くないな。



「ありがとうございました」


物足りなさそうに手を振る古泉がとてつもなく愛しくなり、
母親から怒りの呼び出し電話がかかってくるまで
抱きしめたまま離せなかった。






そう、俺と、古泉は、たぶん、世間で言う「付き合っている」と
いうやつで、しかもそうなりだしたのは、最近のことだ。


なんとなく、お互いが好きだということが分かって、
なんとなく、ゲームをするときに指が触れたりして、
なんとなく、その指を、絡めてしまったりして、
気付けば、俺から、キスをしていた。




付き合おう、なんてお決まりの告白があったわけでもない。
そんな台詞を俺がこの生涯で吐くのは考えられない。
ただ気持ちが伝わってりゃいいだろうと、そう、思って、
古泉もたぶん分かっているんだろうと思って、
相変わらず部室では朝比奈さんにうつつを抜かしていたわけだが、

部室で二人きりになったとたん、


「あなたの考えていることは、よく分かりません」


そんなことを言われ、俺もワケが分からずにむっとしていると、
古泉まで笑顔をなくして一人、無言で帰っていった。
それが、昨日の話だ。




今日も部室でほとんど会話を交わさず、
俺は家の用事があるからと先に帰った。
ただ昨夜からずっと、もやもやしたものを抱えて。





大体俺は悪くないから、謝るなんてことはないが、
歩み寄るだけなら、してやってもいい、
そう思って買ったんだろう、あのケーキは。
喧嘩と呼べるほどのレベルではないが、
古泉に不安な思いをさせたのは、確からしい。
機嫌は直ったんだよな。あれで。





あいつは、俺と違って、言ってやらないと分からないのかも、しれない。







「・・・はい、古泉です」
「ああ、俺だ」
「あ、はいっ、どうされました?」



早く帰らなきゃいけないのに、
家の周りをぐるりと回りながら、古泉に電話をした。



「言っておこうかと思ってな」
「何を、でしょうか?」
「俺はお前が好きだぞ。ただ、それだけだ」




別に恥ずかしいわけじゃない、
このくらい言うのは簡単だ。

けどなんとなく古泉が照れておかしくなるのを聞くのは
簡単に予想ができて、聞いてられない気がしたから、電話を切った。
言い逃げだ。






3回くらい古泉からかかってきた電話を無視して、
4回目でやっと、とってやる。



「しつこいなお前」
「どうして無視するんですかっ」



出た瞬間、二人の声がかぶる。
うーん、そうだな、
お前の言い分のほうが、正しいな。




「すまん、なんとなく」
「ひどいです・・・。さっきのは聞き間違いかと思いました」
「そこまで耳が悪くはないだろ」
「そ、ですが。あの、あの、僕も・・・好きです」
「知ってる」
「そ、そうですか。僕、嬉しかったです。とても」
「そうか。なら、いい」





そろそろ帰らないといけないから、と電話を切り、
家の玄関に着いてすぐ、母親から小言を大量に浴びた。
早く帰ってこいと、何度も言われて、
覚えていたんだが。





古泉を優先しちまうのは、
たぶん仕方ないことなんだろう。





thank you !

ちょっとテンション低めなキョン・・・(´∀`)
初期に書いたキョンはローテンションだなあ。
続きを書くのがちょっとしんどかったw

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