ファーストデート






素直に気持ちを伝えるというのは、照れくさい。
生まれつき褒めるのが上手な奴とか、
感謝の気持ちを表現するのが得意な奴とかは、うらやましい。
まあそれが、今目の前にいる、古泉という男、なわけだが。




強引に誘った映画にのこのことついてきて、
俺は欠伸が止まらなかった映画を絶賛している。
古泉が隣にいるのに眠るなんて勿体ないと思ったから意識こそ失わなかったが、
かなりぎりぎりで、危ないラインだった。
しかしそうなるたびに気付かれないように隣をチラ見し、
真剣な眼差しで見ている古泉を確認しては、
鼓動を早くさせることで、耐えた。



「・・・というわけで、とても勉強になりました。
 あなたのおかげで有意義な休日になりましたよ」
「そうかい」



満面の笑顔で礼を言う古泉に対して、
俺はすでに氷水と化したカフェオレをすするように飲んで、
伏せ目がちに一言相づちを打つしかできない。



お前が楽しかったなら誘った甲斐があったな、とか、
今度は俺が気になってるやつを見に行こうぜ、とか、
言えればいいのに。




こんなに、自分が何か言うことで、
相手の反応が悪かったらどうしようかと気になるなんて初めてだ。
今まで何も考えずに生きてきたんだな、俺は。
今はすっかり、古泉のことで頭がいっぱいだ。



古泉は谷口から買ったタダ券については何も言及せず、
なんとなく、
気を遣われてるかもしれないと、
SOS団員だから断らなかったのかもしれないと、
ネガティブな思いが浮かんでしまいがちだ。



恋をすると弱くなるんだとよく聞くが、まさにその通りで、
古泉の一挙一動で極端に嬉しくなったり不安になったりと、
振り回されっぱなしだ。全くやっかいだ、ハルヒよ、確かにこれは病気だ。
常に熱っぽいし、な。






映画を午後の早い時間に見始め、今は映画館横の喫茶店で茶をしている。
まだ帰るには、早いよな。
けど、夕飯を一緒に食うのにも、まだ早すぎる。
この後はどうするべきなんだ?
男二人でどこに行くのが自然なんだ?
考えておけばよかった、なんで考えてなかったんだ、
古泉のことを考えるだけでぼーっとしてしまうこの頭、何とかしてくれ。






「この後、まだ時間、あるよな」


古泉が紅茶を飲み終えて手持ち無沙汰にしているのに気付き、言ってみたものの、


「ええ、今日は特にほかには予定を入れていません」



希望通りの答えが返ってきたものの、
俺には手札がないんだ。どうする、俺。




そのまま黙り込むしかない俺に、古泉は手のひらをひらひらと差し出して、


「あなたも時間があるなら、僕の買物にお付き合いいただけますか?冬服を見たいな、と」



非常に自然な提案をしてくれた。
それだ、それ。
俺もそれを言おうと、思っていたんだ。





かくして古泉がいつも来ているという洋服屋も知ることが出来、
試着にも付き合うことが出来た。
俺が来る店よりはだいぶ綺麗目で、値段も、張る。


「涼宮さんの期待通りの洋服を選ぶのも、最初は大変でしたが、最近は楽しんでいるんです」



店員が勧めるジャケットとシャツを着た古泉は確かに似合いすぎていて、
褒められまくって嬉しそうに笑っている。
確かに、楽しそうだな。

俺だって、それ、いいと思うぜ、
俺の知ってるお前限定だけど、
ハルヒ用のお前限定だけど、
お前にすごく似合うと思う、
肌が白いから、色の濃いジャケットが映えるし、とかな、
思うんだけど、言えないんだ。
下手に言ったら、気持ちが、溢れて伝わりそうで。
だから俺は、興味のなさそうなふりをして、
横目で見て、



「いいんじゃないか」



と言うしか、ないんだ。
これじゃあ、まるで退屈してるみたいじゃないか。
そんなことはなくて、楽しいのに。




その後は俺の買物にも付き合ってもらい、
古泉は明らかに言い過ぎなくらい俺の試着後の姿を褒めた。
嫌味な言い方では全くなく、
店員が仕事を奪われ立ちすくんでいたのが笑えて、
そのまま買ってしまい、小遣いがすべて消え去った。


うらやましいよ、お前が。
俺だって、ちゃんと、言いたいんだ。
褒めたりだとか、礼を言ったりだとか、したいんだ。







財布の中は帰りの電車賃しか残らなかったため、
夕飯を共にすることが出来なくなり、
古泉には、母親から夕飯を家で食べろと言われたと伝えて、
仕方なく、帰路についた。
俺の使う駅からでも歩けるからとわざわざ同じ駅で降りて、
分かれ道で、それでは、と古泉は改めて微笑んだ。



「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました、
 では、お気をつけて」




街頭に照らされた笑顔はやっぱりとてつもなく可愛くて、
礼を述べる声はたまらなく柔らかくて優しい音で、



「ああ、じゃあな」



好きで、好きで、どうしようもないのに、
そんなことをどこにも感じさせない言葉しか、出てこない。


これじゃ、駄目だ。
せっかく一日中一緒にいたのに、意味がないじゃないか。





今日買ったよりも薄手のジャケットを翻して古泉が、俺とは違う道を歩き始める。





古泉、
俺だって、楽しかったんだ、
ずっとお前だけしか見てなくて、
ずっとお前のことしか考えてなくて、

いつだって本当は、そうなんだ。






「古泉、あのなっ」
「はい?」



振り返る顔は、不意をつかれたような。
そうさ、もう別れの挨拶は終わっていたんだからな。




「あ、いや、なんだ・・・ありがとな、今日」



言ったとたんに顔が熱くなる。
意識しすぎだと自分でも分かる、けど、古泉が何か言うより早く、走り出した。


言った、とりあえず礼だけ、言えた、それだけで満足、だった、





「ーーーー・・・!」





走っていた、足が止まる。


古泉に、
名前を、
呼ばれた、
から。



驚いて、振り向くと、



「今度また、どこか、行きましょう」


口に手を当てながら、言っている。古泉が。
こ、古泉、が。



「・・・二人、で」





俺が呆然としつつも頷くともう一度手を振って、
曲がり角に消えた。









今のは、夢じゃないよな?
また、ふ、たりで。
二人で・・・?











夕飯を三回おかわりして、後片付けも進んでやり、
母親に気持ち悪がられながらも、
俺はたぶん100回は、
今日の古泉を繰り返し思い出した。
何度も何度も、最後の言葉を、思い出した。
同じ茶碗を10回洗っていたらしく、
振り向くと母親が電話帳で病院を探していた、気がする。
しかしそんなことは、どうでもいいんだ。




次は、どこへ行こう。
今度は、もっと、俺も楽しめるところにしよう。
古泉の声を、もっと聞けるところがいい。




まずは、
次のデート資金をいかにして集めるか、だな。










thank you !

続きものの片想いキョンよりもピュア度が高くて
非常に気恥ずかしい気持ちになりますね!

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