HB
冬の少し前の、休日。 朝や夕方頃は、もう肌寒い。 待ち合わせの時間は昼間だけど、夜まで、一緒にいるかな、 そう思って、暖かい格好をしてきた。 いつもデートは僕が行くところを決めて、 彼は文句を言うでも褒めるでもなく一緒に歩いてくれるけど、 今日だけは、突然彼が「俺に任せろ」と言い出した。 雪でも、降るんでしょうか?天気は、良さそうですが。 「古泉!」 「あ、こんにちは」 駅の改札口から、手を上げて、出てくる。 大丈夫、まだ、待ち合わせから5分しか遅れていないから。 たまに、待ち合わせ時間に電話をすると今起きた、 なんてことも言われたことがあるけれど、 全部ひっくるめて好きだから、いい。 慌てて謝ってくる彼も、好きだから。 「今日は絶対、間に合うと思ったのに」 「5分くらい、構いませんよ」 「飯、奢る」 「え?いえいえ、いいです、そんな」 「いいから。昼、まだ食べてないよな」 「まだ、ですけど」 今日は、どうしたんだろう? 普段だって10分くらいは普通なのに、今日だけ? だけど、彼がそう言ってくれるなら、たまにはいいかもしれない。 いつもよりも豪華なランチを終えて、 彼の先導に従って、僕達は海沿いの公園に行った。 1000円以上、単価が高かったのですが、本当によかったんでしょうか。 いつも涼宮さんたちに奢らされているので、そんなにお小遣い、 なさそうな気もするのですが。 彼のプライドを傷つけるわけにはいかないので、 お金は出しませんでしたが、夜は、僕が出しましょう。 「天気が良いから、気持ちいいですね」 「そうだな。海、好きか?お前」 「海・・・そうですね、好きだと思います」 「そうか、なら、よかった」 そう言って、これも、とても珍しいことに、 ベンチに座って彼は僕の手を握ってきた。 通路には背を向けているベンチだから、見えない、 かもしれないけど・・・なんだか、照れくさい。 海を見ながら、ベンチに座って、手を繋ぐ、なんて。 僕が憧れるような、定番のコースです。 こうしたいと、言ったことはない、 あなたは、嫌がると思ったから。 なんだか、不思議な、気持ちです。 もちろん、もちろん・・・嬉しいです。 熱い頬を潮風で冷ましながら、のんびりと話をして、 風が強くなってきた頃に、公園を後にした。 次に向かったのは、ゲームセンター? 一緒に来たことは、ない。 確かに僕だったら、選ばないかもしれない。 僕自身があまりこういったところには来ないから、 来ようと、思わなかった。 「こっちのゲームなら、意外と強いかもしれないぜ」 なるほど、 では、ぜひとも、お相手願いましょう。 「やっぱり弱かったな・・・」 「・・・おかしい、ですね・・・」 彼も初めてだというゲーム、リズムを取るものとか、 早押しのクイズとか、銃を撃つものとか、 いろんなゲームに挑戦しては、ことごとく、負けた。 ボードゲームとはまた違った面白さがあって、 きっと一人ならやり方もよく分からなくてできないけど、 彼が一緒に遊んでくれたから、楽しい。 負けっぱなしでも、ずっと、笑っていた。 そしていつの間にか日が暮れていて、 昼食にあんなたくさん食べたのに、もう、お腹が空いてきた。 たぶん、公園でたくさん歩いて、ここで、たくさん笑ったから。 彼にそれを伝えてみると、携帯の画面を見て、 「そうだな。いい時間だ。行くか」 「時間、って、予約でもしているんですか」 「おう、そうだ」 予約? 夕飯を? 一体、どんな。 何か、彼は、思い違いをしているんでしょうか? 「・・・あの、念のために言っておきますが、僕、 今日誕生日じゃないですよ」 「分かってるっつーの、そんなの」 「そ、そうですか」 連れてこられたのは小奇麗なイタリア料理屋で、 高校生二人で入っても不自然ではないカジュアルさがある。 だけど随所にこだわりのある内装が施されていて、 店内は予約席以外、満席で、人気の高さを思わせた。 どうやってここを見つけたんだろう、 わざわざおいしいところを探して、予約まで、なんて、 彼らしくない。 僕は、何か、忘れているんだろうか。 彼の誕生日も今日じゃないし、 付き合った記念日だって今日じゃない。 まさか転校でも、するとか。 今日で、最後だとか、そんな、話じゃ、 ないですよね? 「どうだ、うまいだろ」 「はいっ、すごく、おいしいです」 どれも、おいしい。サラダも、パスタも、スープも。 というか、頼んでいないのにコースが出てきました。 もしかして、彼はここも、奢ってくれるつもりでしょうか? これはますます、不安になってきました。 彼の表情を伺うけど、別に何か深刻な話を切り出そうという雰囲気はない。 うーん、何でしょう・・・? ご丁寧に可愛らしいデザートまで出てきて、 最後まで残さず食べて、それがまたとても美味しくて、 僕は自分で思ってるよりも美味しそうにしていたようで、 「そんなに気に入ったなら、今度また来るか」 彼があまりに優しい笑顔で言うから、顔が真っ赤になってしまった。 少し頭を冷やしたくてトイレに行って、顔を洗って戻ると、 会計が終わっていて、さすがに僕も払うと言ったのに、 彼はかたくなにそれを拒んで、そのまま帰路についた。 嬉しいですが、どうして、でしょう? 僕の最寄駅まで送ってくれて、彼はいったん電車を降りて、 一緒に改札付近まで来てくれる。これは、いつものこと。 遅い時間になるとあまり人が降りない駅だから、 少し寄り添って歩いても、怒られない。 「ありがとうございました、あの、今日は、どうして僕に、 こんなに良くしてくださったんですか?」 少し、目を、逸らした。 「11月23日だから」 「え?・・・ええと、何かの、記念日・・・でしたっけ?」 「いや、そうじゃなくて」 今度は目を合わせて、彼の手が、僕の頭にぽん、と乗る。 「勤労感謝の日。お前、いつも、閉鎖空間で、頑張ってるから」 「はっ・・・え・・・」 「そういうわけだ。じゃあ、気をつけて帰れ。また明日、学校でな」 「あ、は、はい、あなたこそ、お気をつけて」 あなたは、そんなことまで、 僕のこと、考えて、くれて・・・・ ま、待って、待って、僕は、今日のお礼を、 ちゃんと伝えられて、ない。 「うわっ!」 電車に乗りかけていた彼の腰に腕を回して引っ張った。 どさりと二人で倒れこんで、電車はホームを後にする。 降りた数名の乗客が、こちらを見て少し、笑っていた。 「なんだよ、古泉、いきなり!」 「あの、今日、今日、泊まって、いきませんかっ」 「え?」 「ぼ、く・・・今日、嬉しくて、すごく、だから、 ちゃんとお礼を言いたくて」 「それで十分だ、別に、礼を言われるようなことでもないし」 「十分じゃ、ないです、泊まってください、」 そう、もう、お礼とかじゃ、なくて・・・ 「もっと、一緒にいたいんです」 まだ今日はキスもしてないし、それに、 あなたのことをすごく好きだと思ったら、 ずっとずっと一緒にいて、あなたに触れたいと、そう思ったんです。 「しょうがないな・・・親に電話してみるよ」 「はい」 僕の、閉鎖空間での仕事なんて、全然、いいんです。 昔は大嫌いだったけど、今は、 あなたがいる世界を守るという大事な大事な意味があるから、いいんです。 疲れたりしないし、いつだって、やる気です。 だけどあなたが気にかけてくれていたことが嬉しくて、 僕のために、今日のことを考えて、準備してくれたのが、嬉しくて、 今夜は僕が、お礼を、しないと。感謝の気持ちを、伝えないと。 あなたと出会えたことが、 あなたを守れることが、 あなたに愛されることが、とても嬉しいです。 ありがとう、ございます。
正直お礼SSはどれも恥ずかしくて自分で読めないのですが
これが史上最高に恥ずかしかったりします。編集してません・・・
キョンも古泉も恥ずかしいよー!笑