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古泉が消えた。 俺が、一年も我慢してやっと想いを打ち明けた、次の日に。 「涼宮ハルヒの力は関係していない」 「じゃあ、あいつは……」 「古泉一樹自身の判断」 長門がそう言うのなら間違いはない。 古泉は、自分で考えて、俺から離れた。 何でだよ、どうしてだ。 昨日お前は言っただろ。 嬉しいです、と。 しばらく長いこと無言を貫いた後にそう言ったじゃないか。 だから俺はてっきり、報われたんだと思ってた。 これから二人で付き合うには障害も多いだろう、 じゃなきゃ俺だって一年も悩まない。 それでもお前が受け入れてくれるのなら、俺は、頑張れる。 お前との未来のためなら何だってやってやろうと、 我ながら珍しく熱くなっていたんだぜ。 なのに学校を無断欠席、携帯は解約済みで家に飛んで行けばもぬけのからとは何事だ。 どこにいるんだ、古泉。 お前は俺が好きなんだろ? 一年かけてそれも知った。 自分の気持ちを確信しただけじゃない。 一方通行じゃないと分かったから言ったんだ。 古泉が好きだ。 お前と付き合いたい、その、恋愛、感情、ありで。 恥ずかしかったぜ。当たり前だ。告白なんて初体験だ。しかも男になんて。 もう一生ないだろうし、これきりでいい。 古泉さえ俺を受け入れてくれればそれでよかった。 古泉。 すぐに戻ってくるなら、ここまでやらないよな。 あいつが住んでいた部屋には俺たちの写真が散らばっている。 俺が写っている写真を一枚でも持っていっていれば望みはある。 けど、古泉の家にあったのはこれが全てだと、知っている。 あいつは本気で離れる気なんだ、俺から。 「許さねえ」 「……」 「納得できん。長門、何か方法はないか。古泉に会いたい」 「……あなたに出せる回答が見当たらない」 「……そうか」 「ただ……」 「ただ?」 「時間が必要。古泉一樹に」 待て、ってことか。 古泉が自分から戻ってくるまで何年も? いつまでかも分からずに? 言ってくれるな、長門。 分かったよ。 それならその何年かを、せめて少しは短縮しようじゃないか。
「未来へ……?」 「はい、一年ずつ未来へ行って、今日と同じ日に朝から夜までいたいんです、北高に」 「えええっ。それは、あの、聞いてみなくちゃ」 「上司に言ってください、朝比奈さん。断るなら大変なことになりますよ、って」 「ふええ〜!きょ、脅迫はいけませんんっ」 脅迫でもしないとやってらんないんですよ、こっちは。 夜中に呼び出しておいて、すみません朝比奈さん。 あいつに会えたら、きちんと謝ります。 上司が好きな菓子でも一緒に聞いておいてください。 「禁則事項なので詳しいことは言えませんが、許可が下りました。 でもこれは正規のルートではありません。 だからわたしはついていけないんです。 ……キョンくん、どうしても行くんですか」 「行きます」 「……分かりました。どうか……気をつけて」 朝比奈さんがいなければどうやって今に戻るのか、 それすらも確認せずに、俺は時間旅行へ旅立った。 目を開けると、真夜中の北高の正門に立っている。 時計を見ると0時を差していた。 朝からでよかった、んですけど、まあ、いいか。 古泉がいなくなった今日、 戻ってくる確信はどこにもない。 けど、 事件の犯人は必ず現場に戻ってくるって、 昔から言うだろ。 古泉にはここで伝えた。 街が見渡せるこの坂の上で。 戻ってこい、古泉。 せめてコートを着てくればよかった。 日中は暖かいが夜はかなり冷える。 ブレザーだけじゃしのげそうにない。 が、取りに行ってる暇はないんだ。 俺が目を離した隙に古泉がここを通りかかったら、 と思うと一歩も動けない。 「涼宮さんがいたから、僕達は出会えたんですよね」 2年目の夏の合宿で、 星を見ながら古泉は呟いた。 俺にだけ聞こえるような小さな声だった。 ハルヒや朝比奈さんや長門は、向こうで花火をやっている。 俺はその輪に入るよりも、古泉の隣にいたかった。 ハルヒが呼ぶ声を適当にあしらいながらそこにいた。 古泉も同じだった。 俺たちは互いの隣を離れられなかった。 「そうだな。なんだ、あいつに感謝しろってか?」 「いえいえ。ですが、僕はずっと前から感謝していますよ」 「お前はハルヒ教の信者だからな」 「ははっ。面白い言い方です」 古泉はハルヒに対して畏敬の念を抱いている。 同い年の高校生に抱く念じゃないぜ、普通は。 だがそのくせどこか、 ハルヒには壁を作っている。 心を開いているようにはとても見えなかった。 それを言うなら俺のほうが仲がいいんじゃないか、ってな。 「こうなったのも運命ってもんなのかね」 「運命……そう、ですね……そう思います」 「悪くはねえけどな。割と楽しいし」 「……運命は変えられないんですよ」 「何?」 「いえ。何でもありません」 古泉はいつも何かを言いかけてはやめる。 とっくに諦めています、とでも言いたげに息を吐いて。 古泉は、 俺を好きになった。 だが、 ハルヒが。 あいつにが言うには、 ハルヒがいるから、 「僕は言いたいことも言えないんです。 したいこともできないんです。 僕の運命は全部、最初から彼女によって決められている」 本当にそうか? ハルヒはお前を気に入っている。 そんなお前に、 最初から決めてたのか? 俺を好きになったのに、 諦めろなんて。 おかしいだろ。 ハルヒが決めた運命なんかじゃない。 お前は最初から俺を好きになる運命だった。 そして俺もお前を好きになる。 ハルヒに、それは変えられない。 お前にもだ。 だからお前は言ってもよかった。 俺を好きだと。 そして付き合ったっていいんだ。 俺を好きなら。 ハルヒは俺を特別視しているだとか言ってたな。 それは、まあ、認めてやらなくもない。 けど俺がお前に抱いているのとは違うんじゃないのか。 俺は我慢出来なかった、昨日が限界だった。 一年前からずっと言いたかった。 好きだ、古泉、好きだ。 違うだろ? 一度も言われていないぜ、ハルヒに、 冗談でも好きだ、なんてな。 夜が明ければ登校してきた生徒たちに見つからないよう、 木陰に隠れて様子を見る。 古泉の姿はどこにもない。 途中、自分はいた。 一年前と変わらない様子で坂を上ってきた。 変わってないな。 受験生だろ、勉強してんのか? ……古泉には会えたのか? 声をかけたい気持ちをぐっと堪える。 ハルヒは少し、髪が伸びていた。 長門は予想通り全く変わっていない。 もう朝比奈さんや鶴屋さんはいなかった。 朝比奈さんは、一年後の今日も現代にいるんだろうか。 過去へ行くよりも未来の方が禁断の香りがするぜ。 禁則事項にまみれているのも頷ける。 一日が過ぎていく。 未来に思いを馳せていればあっという間だった。 腹は減ったが、一日くらいどうってことはない。 ただ古泉に会えなかったのだけが残念だ。 朝比奈さんには一年ずつ未来へ行きたいと伝えたが、 0時を過ぎたらどうな、るっ……、 「うわっ……!」 強烈な眩暈がする。 地面が、歪んだ。 頭が割れるように痛む。 両手で抱えてしゃがみこんで、 痛みが引いた頃に顔を上げると、 同じ景色が広がっていた。 いや、違う。 微妙に変化がある、 校門の奥にある花壇の花が変わっていた。 ここはさらに一年後か。 もうハルヒも俺もいないな。 ……留年さえしていなければ。 目を凝らしたが一日中俺を発見することはなかった。 ああ、よかった。 それにしても、眠くなってきたぜ。 誰とも会話を出来ないのはきつい。 けど、 寝たら終わりだ。 古泉に会えなかったらどうする。 ここに来た意味が全くない。 だから、寝るな、俺。 ブレザーのポケットに食べ残していたチョコレートがあった。 確か、谷口がくれたものだ。 腹が減って動けなくなりそうだったからありがたい。 谷口、喜べ。 禁則事項だから言ってやらんがお前も留年はしてなかったぞ。 毎回0時の時空移動がきつい。 睡眠不足と空腹の身には応える。 3、 4、 5。 今日は、あれから5年目の今日、か。 古泉は一向に現れない。 来るかどうかも分からんのに俺は馬鹿だな。 人間は何日まで連続で起きれるんだったか。 ギネスに挑戦できるんじゃないか。 しかしこの状態で古泉に会って、 まともに話せるかどうか。 けど、 会いたい。 「古泉……」 8年目。 坂道を上る教師も、 知らない顔ばかりになった。 北高の周りや校舎はあまり変わらない。 それだけが俺を安心させてくれる。 「9年目、か」 朝比奈さんは何年まで俺を飛ばしてくれるつもりだろう。 協力してくれる限りは頑張りたい、 だが、もう、足が動かない。 地面に横たわるようにして道に目を向けるしか。 不思議と眠気と食欲はなくなっていた。 まずい、な、 そろそろ、限界も近そうだ。 古泉。 好きなら、 好きで、いいじゃないか。 お前が、 俺から離れる運命だと思い込んでいるなら、 変えられないとどこかで泣いているなら、 俺が見つけて慰めてやる。 何年かかっても。 好きなんだ。 諦めたくないんだ。 こんなどうしようもない姿でお前を待つほどに、諦められない。 自分がこんなにしつこい性格だとは思いもよらなかった。 「っく、う……!!」 0時が来る。 また、あの激痛が走る。 10年目。 「あな、たは……」 体はとうに限界を迎えていた。 最後の気力で移動に耐えたものの、 意識が、吹き飛ぶ。 その前に、 聞きたかった声が聞こえた気がした。 「……? ん、」 目が覚めると、知らない天井があった。 ここは、 どこだ? 今は、いつ、なんだ? 「こ……古泉っ!!」 まさか。 戻ってきたのか、現代に。 まだ古泉にも会えていなかったのに、 0時になった瞬間に、 俺は……意識を失って、 「……気が付いたんですね」 右から、その声は聞こえた。 「大丈夫ですか? ……まだ、顔色がひどいですが」 俺が寝ていたベッドの横に、 古泉が座っていた。 古泉、 だよな? 俺の知っている古泉とは少し違う。 「古泉…………」 「はい。お久しぶりです」 「お前、何歳?」 「……27歳ですよ」 「……そうか……」 そうだな、大人っぽくなった。 髪が伸びたのか。 背は変わってないけど、 また痩せたな。 「あなたはどこから来たんですか」 「10年前の今日から、だ」 「では、どうしてそんな姿を?」 「事情は話すから、何か、食わせてくれ」 「はあ。分かりました」 飯を食って、シャワーを借りて、冷水で顔を洗うと、 ようやく意識がはっきりしてきた。 そして走って部屋に戻る。 片づけをしていた古泉の姿を確認して、思い切り抱き締めた。 「うわっ、何ですか、いきなり」 「会いたかった、すげー、会いたかった」 「……僕は…………」 「お前に会うために10年間、今日を繰り返したんだ」 「……え?」 事情をざっと説明すると古泉は目を丸くした。 なんて無茶なことを、と溜息を吐く。 俺も無茶だと思うぜ、けどな、 結果としてお前に会えた。 だから決して無駄じゃない。 「僕が北高に足を向けたのは気まぐれだったんですよ。 道端に倒れているあなたを発見したのも偶然です。 まさかと思って、血の気が引きました」 気を失った俺を、車で家まで連れてきた。 古泉が住んでいるのは北高よりずいぶんと遠いところだった。 古泉の話を聞きたいのは山々だ。 どこで何をしていたのか、 それが分かれば10年前の俺は会いに行ける。 けど、時間がない。 俺が寝続けたせいで時計の針は20時を示している。 今日までの法則が正しければ0時になった瞬間、 飛ばされるだろう。 どこへかは分からない。 しかしここにはいられない。 「……古泉、教えてくれ」 「何でしょうか」 「お前は10年経った今でも、俺が好きか」 「…………!!」 「頼む。それだけ教えてもらえれば他には何も聞かない」 逡巡する視線は、 昨日の古泉と、全く同じだ。 変わらないな。 外見が大人になっても、 中身や……心は、そう簡単に変わらないだろ。 そうだよな、古泉。 「…………好きですよ、僕は……ずっと、あなたが」 「ちょ、ちょっと、あなた、何を」 「10年も我慢するんだ。いいだろ」 「我慢って……今、してくださいよ!」 「無理。絶対に無理だ。いいから黙ってろ」 「わ、わ!」 10年前よりも確実に腕が細くなっている。 古泉を押し倒すのは簡単だった。 こんな、極限状態を突破した俺ですら。 好きだと分かればそれだけでいいかって? 足りない。 大体、好きなのは分かっていたんだ。 それだけで10年も待てってさ、無理だろ。 待つ理由をくれよ。 「ん、んうーっ……!」 「んむ……」 唇、柔らかいな。 肌も、触り心地がいい。 細すぎるのは、何とかしろ。 俺に会う前に肉でも食ってくれ。 「だめです、って! 17歳のあなたになんて、犯罪ですっ……!」 「うるさい。俺がやる方なんだから問題ない」 「やる……!!」 「誰にもやらせてないだろうな?」 「ばっ! 当たり前じゃないです、か、ひゃっ」 ああ、信じてたよ。 お前が俺以外に体を許していない、って。 俺に今日、こうされるために、大切にしていたんだろ。 「っ、う、うっ……」 「声出してもいいんだぜ?」 「出し、ませんっ……!」 そう言っても漏れてるんだけどな。 言わないでおくか。 我慢できてると思い込んで声を上げてるの、すげー、いいし。 右手は弄っていた古泉の、のせいでぐちゃぐちゃだ。 指の間で透明な液体が糸を引いている。 ちょっとキスをして、首に吸い付いて、右手で触っただけでこれか。 よく我慢してたな、10年も。 俺よりも辛かっただろ? 俺は、このことを知って、10年お前を待つ。 けどお前は今日まで知らなかった。 俺に会えることを、 こうして肌を合わせられることを。 寂しかっただろう。 こんなに、痩せちまうほどに。 今まで抱え込んできたもんは全部、 これが終わったら俺に会いに行ってぶつけてくれ。 明日の0時に北高で待ってる。 走っていけ……は、無理か。 俺とやった後じゃ。 ちょっと遅れたくらいじゃ帰らないから心配するな。 倒れてるふりはするかもしれんが。 10年泣いた分、 これから何十年も一緒にいて幸せにしてやる、 俺が、幸せにする。 絶対にだ。 これが俺とお前の運命なんだよ。 「ん、んうっ……!」 「古泉っ……、すまん、痛い、か」 「痛い、です、よっ……!」 痩せすぎだ。 きつくて、入れてる俺も痛い。 お前のために料理も頑張っておこう、 お前が健康的になれるように、 旨い飯をたくさん作ってやる。 「うああっ……!」 「悪い、強引にやる、ぞ」 「あ、ああ、あう……!」 痛みを訴えても、突き飛ばしてはこない。 しっかりと背中に腕を回している。 気持ちいいのは、 この時代の俺とやってくれ、 二人で気持ちのいいやり方を見つけてくれ。 まだ今からでも大丈夫だ。 気持ちさえ通じたなら時間はいくらでもある。 「分かるか、古泉……全部、入った」 「ううう……分かって、ますっ……」 「そか。動かないから、このまま、時間まで一緒にいような」 「……あなた、は……」 「ん?」 「……僕に、こんな、ひどいことをしたんですからっ……」 「……絶対に10年後、会いに来て、ください……」 会いに行かない理由がない。 お前の涙まで見たら、 この衝撃は10年やそこらで忘れられない。 「好きです……あなたが大好きです……っ」 「一日も忘れたことなんて、なかったんです」 「会いたくても、会っては、いけないと思っていました」 「あなたは神様の、彼女の、ものだから」 「僕が奪うなんて、許されない、と……」 「知ってるか、古泉」 「え……?」 あと数分で今日が終わる。 シンデレラなら走って逃げないといけないが、 俺は古泉から離れる気はない。 0時が近づくにつれて古泉は俺に素直に気持ちをぶつけてきた。 「窃盗罪の時候は7年だ」 「はあ……?」 「お前が俺を奪ったのか、俺がお前を奪ったのかは知らんが、 10年も経ってりゃ時効はとっくに切れてる」 だから罪に問われたりしないぜ。 誰もお前を責めない。 「ふふっ……あなたは、変わりませんね」 「バカ、俺はまだ17だ」 「そうでした」 さあ、 次で俺とは最後のキスだ。 あとは北高で寒い思いをしながら待っている俺としてやってくれ。 「…………大好きです」 「俺も、大好きだ」 腕の中の古泉がいなくなる。 目を開けたときに見た天井は、 見慣れたものだった。 俺の家の、自分の部屋。 カレンダーには、10年前の、俺が元いた年が書かれている。 無事戻れたようだな。 『−お客様のおかけになった電話番号は、現在−』 そして古泉の携帯電話も繋がらないまま。 でも、もう悩む必要はない。 10年後、 北高に会いに行こう。 約束の時間よりも24時間早く行って、 ぶっ倒れている自分と、 慌てふためいている古泉を眺めて笑ってやるんだ。 待っていてくれ、古泉。 約束の10年後まで。
ササ@魔王の「17歳と27歳」設定に萌えてのこちらです。
27歳×17歳もすごくいいけど、17歳×27歳もいいよね!!
こんなですがササさん、お誕生日おめでとうです!!