そこは、俺には縁のない世界だと思っていたし、興味もなかった。










「キョンくん、いってきます!」
「おー、気をつけて行って来い」
「はーい!」



育ち盛りの妹との二人暮らしは決して楽な生活ではない。
大学に通う金などもちろんなく、中学生の妹を養いながら、
フリーターで毎日働いて家計を支えている。



「あと三千円か……」




給料日までは一週間。
妹に貧しい思いはさせたくないが、先立つものがない。
バイトへ行く準備をしながらスーパーのチラシを見て、
今日の特売品を探して、献立を考える。
そんな毎日だ。
高校まではいたって普通の、それなりの家庭に育っていたのに、
まさかこんなことになるとはな。



しかし悲観しても仕方がない。
今夜はキャベツとじゃがいもでしのごうじゃないか。
まだ食べられるだけ、ましってもんだ。






まし、だった。











「今日でこの店が潰れることになった」
「・・・はい?」
「そういうわけだから、君、新しいバイト探して」





時間も融通が利いてそれなりに給料をもらえるバイトを、
やっと探して慣れてきた頃に、その店が、潰れた。








アルバイトならいくらでもある。
けど、妹のことを考えると、時間には制約がある。
飯を作ってやりたいし夜に一人でアパートには置いておけない、
昼間の仕事で、二人分の生活費を稼ぐのは難しい。
深夜も入れないと駄目、か。
しかし・・・うむ・・・。

















「ねえ、そこのあんた」
「・・・・・・」
「あんたに言ってんのよっ!」
「うおっ!?」






求人情報誌を手に歩いていると、突然背中に激痛が走った。
どうやら蹴り飛ばされたらしい。
抗議をしようと即座に振り向くと、




そこにはとんでもない、美人がいた。















「やっと振り向いたわね」



腰に両手をあてて堂々とした立ち姿。
真っ黒のセミロングの髪に、黄色いヘアバンドをしている。
短いスカートから伸びる足は健康的な細さで、
でかい目には自信が満ち溢れている。
なんだ、こいつは。




「バイト、探してるんでしょ。それ」
「ん、あ、ああ」



怒るのも忘れて頷いた。
その女は満足そうに笑って、大きく頷く。





「そう。じゃあ、うちで働きなさい」
「なに?」
「給料は一日一万から。いいでしょ」
「いちまっ・・・! マジか!」
「ええ。嘘は嫌いだから」
「いや・・・待て。仕事は何だ」






日給二万、という破格につられそうになったが、落ち着け、俺。
おいしい話の裏には必ず何かがある。
大体、道で突然声をかけてきた女が、しかも美人が、
大金を払うなんてことはありえない。


















「ホストよ」




















警戒を強める俺に向けて、
女は心底楽しそうに、言い切った。














Club SOSへようこそ 第一夜














「みんな集まったわね? これが、今日から働くキョンよ。よろしくね」
「あ・・・どうも、初心者ですけど、よろしくお願いします」
「キョンくん、ですかあ。おもしろい名前ですねえ」
「・・・了解」
「硬くなる必要ないよ、一緒に頑張ろうね」






断る気が満々だった、のだが。
なぜか俺は、ここにいる。
着慣れない黒いスーツに紫のシャツを着て。





フロア担当だという女性二人は、
朝比奈みくる、長門有希、と名乗った。
朝比奈さんは一つ年上で長門の方は同い年らしい。
にこにこと人懐っこそうな笑顔で握手をしてきた国木田も同い年だ。
さらに驚くべきは、
道端で声をかけてきたあの女もそうで、
この年にしてホストクラブのオーナー、
さらに、他にも手広く事業をやっているらしい。
涼宮ハルヒ。
それが、あの女の名前だ。







「じゃあ、まずは僕が店内を案内するね。ついてきて」
「ど、どうも・・・」
「年が同じだからタメ口でいいよ。その方がお客さんも喜ぶし」
「そうなんですか、いや、・・・そうなのか」
「うん。男同士の友情、みたいなもの? 好きなんだよねえ、女の子って」



国木田はこの店の中でも稼いでいる方らしく、
話しぶりにも余裕がある。
それに初対面でも話しやすい。
俺は愛想もよくできないし、話だって面白くないぞ。大丈夫なのか。



「心配しなくていいよ。いろんなタイプが必要なんだ。それに最初は雑用担当だしね」
「雑用、か」
「買いものとか掃除とか。あとたまに客引きも」
「そいつは気が重いな」
「あははっ。ま、慣れないうちは100人に声かけて1人連れてこられれば上等だよ」



ナンパもしたことがないってのに、
知らない女に声をかけまくるとは。
知人に見つからないことを祈るしかない。














今日は見学だけでいいと言われ、適当に店内をふらふらした。
店が開くとすぐに女性グループがいくつか入ってきて一気に賑わう。
立地条件もいいし店内もきれいだ、
それに、働いている男も俺から見てもレベルが高い。
人気がある理由が分かる。
しかし、
だからこそ、俺が呼ばれた理由はさっぱり分からん。
防犯設備の整ったマンションまで家賃なしで借りられて、
妹も連れてきてOK、ただし女の連れ込みは不可、だとか。


事情を話すと妹は喜んでやってきた。
朝比奈さんが、妹が気に入るように部屋をコーディネートしてくれて、
早速仲が良くなっていたのはうらやましい。
彼女はホールスタッフもやっているが実際のところはハルヒの友人だというだけで、
志願してこの業界にやってきたわけではないらしい。
確かに、ワイングラスをいくつも運んでくるよりは、
妹と談笑しながらお茶を飲んでいる姿の方が似合ってた。
俺の中での癒しキャラ、確定。










何か裏があると分かりつつも、結局この話を受けたのは、
ハルヒの有無を言わせない物言いと、
輝いた表情にどこか惹かれてしまったからだ。
こいつのところでならやってもいいかもしれない、と。




やっていけるかどうか分からんがやってみなけりゃ分からん。
日に一万もらえるなら妹にもっとうまいものを食わせられるし、
少しは洒落た服も買ってやれる。
誕生日まであと少しだというのも、兄心をくすぐられたのさ。










「外も見てきた方がいいよ。ライバル店とか、あるから」
「分かった」




指名されっぱなしの国木田が客を迎えに行くついでに、アドバイスをくれた。
客と入れ替えにエレベータに乗り込み、一階へ行く。
道へ出て、夜が更ければこの辺一帯はなおさら明るくなるんだと知った。
見慣れなかった派手なネオンが光り輝いている。
・・・割と嫌いではない。














「よーう! お前、新入り?」







俺も夜の街の仲間入りかと哀愁に浸る間もなかった。
今どきオールバックで、胸の大きく開いたシャツを着た、
いかにも軽そうな男に肩を叩かれた。




「何だ、お前は」
「俺? 俺はタニーだぜ、谷口だから、タニー」
「そうかい」
「向かいの店のナンバー2さっ」
「ナンバー2が客引きとは、暇なんだな」
「おっ! 言うじゃねえか」



客引き率ナンバー2だろ、せいぜい。
それはそれで今の俺にとっちゃすごいが。






「実は俺も先月入ったばっかなんだよ。仲良くやろうぜ」
「ライバル店じゃないのか」
「そうらしいけどよ、オーナー同士は仲がいいって聞いたぞ」




お喋りが好きなこの谷口とやらに聞いたところ、
向かいのライバル店のオーナーも頭の切れる女性らしい。
ハルヒとはライバルながらもお互いに認め合っているとか。
あいつのような女が他にも存在するとは、世の中、広いんだか狭いんだか。









ライバル店の様子も見てこいと言われたし、
せっかくなので谷口に連れてもらってこっそり店の中まで行ってみる。


ハルヒの店、Club SOSとはまた違った雰囲気だ。
こっちのほうが落ち着いた大人の店、のような。
谷口には似合わんな。

客が多いわけではないが、高級感の漂う服を着ていたり、
テレビでよく見るブランドもののバッグを持っている女性が多い。
なるほど、こっちは一人に多く使わせて、
ハルヒの店は数で稼ぐってわけか。







壁にナンバー1の写真が飾られていたので見てやると、
いかにも、女が寄ってきそうな男が写っていた。
高そうなメガネをかけて、こちらを睨みつけるように写真に納まっている。






「悪い生徒会長みたいだろ? あだ名がさ、会長ってんだ」
「はは、それは、言えてる」
「店にとっては大事なナンバー1だけどなー」









ナンバー2の写真もあったが、谷口とは似ても似つかない顔をしていた。
やはり嘘だったか。






















「キョンくん、おかえりー」
「まだ起きてたのか、早く寝なさい」
「うん。おやすみなさい。」




早めに上がらせてもらって、それでも0時過ぎに部屋に戻ると、
妹がまだ起きていた。
俺の帰りを待っていたんだろう。
新しいマンションにちゃんと帰ってくるか心配だったのかもしれない、
眠そうな目を擦って、ベッドに潜り込んでいった。















安定した生活を送れるように、頑張るからな。
落ち込んだ時にもいつもみたいに笑っててくれ。
お前のお気楽そうな笑顔を見るとこっちも笑える。


















明日からが本番だ。

せめて今夜だけは、ゆっくり寝させてもらおう・・・








thank you !

ほすと!ほすと!
どこまで長くなるかは不明です・・・
そして古泉不在。次から?

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