HB
翌朝顔を洗って鏡を見ると、 あまりにひどい姿で我ながら失笑を禁じ得なかった。 氷水を当てていたのに。 寝不足もたたって瞼は腫れて、 目の下は拭いすぎたせいで赤い。 髪もまとまらず、アイロンをかけ忘れたシャツは皺が目立った。 それでも僕は、学校へ行かなければならない。 ちらと目に入った本棚の一冊で、言い訳を決めた。
気が進まなく、部室に着いたのは一番最後。 中から聞こえる彼と朝比奈みくるの談笑が、より足を重くさせる。 深く息を吸ってから扉を開けると、予想通りの反応が待っていた。 「ちょっと古泉君!一体なにがあったの!?宇宙人にでも襲われた?」 入るなり目を丸くした涼宮ハルヒが飛び出してくる。 彼女越しに見た彼は、眉間に皺を寄せて不安げにこちらを見ていた。 大丈夫ですよ。 言ったり、しませんから。 いつものやり方で言い訳をして、彼女を納得させて、 部室を後にした。と、同時に携帯が震える。 一瞬、彼からの連絡かと思って足がすくんだけれど、 いつもの、機関からのメールだった。 僕がすぐに帰ったせいとは思いがたい、 もしそうであればそれはそれで虚しい、 非常に軽度な閉鎖空間が発生。 寝不足でも、体の調子が悪くても、このくらいでしたら、問題ありません。 コンビニに寄った帰り、ビニール袋を手首にかけると、 ひりひりと痛む。 そういえば、腕。痛かった。 彼のベルトにも、血がついたかもしれない。 思い出したくないのに、体のあちこちに、昨日の痕跡が残っていて、昨日のことが脳裏に蘇る。 早く帰ろう。 帰って、もう一度シャワーを浴びて、今日は、早く眠ろう。 「・・・!!」 家に着いて、エレベーターを降りると、部屋の前に見知った人物がいた。 なぜかドアにもたれかかって、眠っている。 一体何をしているんでしょうか・・・? 「あ…あの、こんなところで何を、されてるんですか?」 肩をたたいて起こしてみると、うーん、と唸った後に目が開く。 何があったのかしばらく思い出しているようで、 やっと自分の状況が分かったのか、 「お前、まだ帰ってなかったんだな」 ほっとしたように言ってから、やっと腰を上げる。 「軽度ですが閉鎖空間が発生しまして」 「そうか」 「・・・僕に、用ですか?上がられます?」 どうしてこんなことを言ってしまうのだろう。 昨日みたいなことが起きるのは、嫌なのに。 どうして自らこんなことを。 「ああ、上がってく」 そう、本当は、昨日、嬉しかったんです。 あなたがここに来たのが。 誰も来なかった、この部屋に。 一人きりだった、この部屋に。 あなたが来てくれた。 僕の生活の中に、あなたが、入ってきてくれた。 冷蔵庫から、今日は麦茶を取り出す。 昨日の紅茶は、手をつけられなかったから。 紅茶が、好きじゃなかったんでしょうか。 「なんだお前、ほんとにハムスター飼ってたのかよ」 本棚を見ながらこちらに話しかけている。 麦茶とコップを持って早足で、彼の元へ行く。 「ええ。だいぶ前のことですが」 「中学ん時?」 「はい。一人暮らしは寂しいだろうと、機関が薦めてくれたんです」 二つのコップに、麦茶を注ぐ。 飼っていたのは、小さな真っ白なハムスターだった。 手もかからないし、エサも簡単なものでよかったから、 中学生の自分でも長生きさせることが出来た。 懐かしい。 僕の唯一の、心の癒しだったのかもしれない。 失ってからは、 笑顔でいることだけ、考えた。 どうせ、最初から一人だったんだから。 悲しんだって苦しんだって、そんな顔をしたって、 気にかけてくれるような人もいないんだから。 「古泉」 「はい?」 「この部屋、機関以外で誰か来たことあるのか」 どうして、そんなことを? 勿論、ありませんよ。 機関も、それ以外も、 誰も僕に興味なんか、持たなかったんですから。 大切なのは、この世界を守るという任務、 ただそれだけ。 それだけのために、僕らはこの生活を続けている。 「機関どころか、あなたが唯一の訪問者ですよ」 何かを考えているようだった。 少しして、彼は、なぜか、泣きそうになる。 昨日の、タオルを外したときのような。 優しくて、泣きそうな顔。 どうして、そんな顔を? 「そんな顔、しないでください」 機関で教えられたたくさんのことの一つ、 笑顔だけはそのままで、でも、声は震えた。 だって、あなたがそんな顔をするから。 分かりません。 あなたが、何を考えているのか。 やっぱり、麦茶も、嫌いなんでしょうか? 口、つけてないですね。 「あ、の・・・?」 突然、立ち上がった彼は、また、僕の腕を引く。 閉鎖空間での仕事もあって、抵抗できる力が入らない。 戸惑ってるうちに体がベッドに投げ出され、 昨日の出来事が鮮明に蘇る。 「昨日のようなことは、嫌です」 今になって、腕が痛む。 「何が嫌だったんだよ」 「腕を・・・縛ったりだとか、口を塞ぐのとか」 ああ、そういうことじゃなくて。全て、全て、嫌なのに。 「分かったよ、じゃあそのままでいいから、でかい声出すなよ」 「え、ええと、痛いのも、嫌です」 「分かったから」 分かってません。 こんなのは、困るのに。 どうしたらいいか、分からないのに。 熱くて、苦しくて、笑ってなんかいられなくなるから。 また押し当てられる唇。 近づいてくる彼の存在は、見ていられない。 胸が張裂けそうになるから。 堅く目を閉じても、その感触と、空気で、心が震える。 我慢、しないと。 ******************* 彼女の名を出されると抵抗なんかできなくて、 彼の舌が、まだ昨日の痛みをひきずるところに這うと、 声が我慢できなくなった。 彼が、そこに、そんなところを、舐めていると考えるだけで、 熱が上がる。体が熱くて、熱くて、溶けてしまいそうだ。 そんなこと、しないで。 「あ、く、うっ・・・!!」 「痛く、ないよな?」 「は、いっ・・・」 ゆっくりと差し込まれる中指。 散々舐められて、昨日はあんなに辛かったのに、 今はすんなりと受け入れてしまう。 苦しいのに変わりはなかったけど、耐えられた。 彼が、彼が、僕にそうしている、 そして、今日は、昨日よりも優しかった。 それだけで、よかった。 「あ、や、やだっ、ああっ」 「古泉・・・」 「ゆ、指、やめ・・・あ、ううううっ」 枕を噛んで力を入れたのに、我慢できずに体が戦慄く。 こんな行為で達してしまうのが恥ずかしくて、 また涙が流れる。 辛いのに、苦しいのに、哀しいのに、どうして? 「は、あっ・・・ごめ、んなさい・・・!」 あなたが、好きです。 どんな行為でも、あなたにされているというだけで、 こんなにも興奮してしまう。 少しでも僕のこんな姿を望んでくれているのか考えるだけで、 嬉しくて嬉しくておかしくなってしまう。 ごめんなさい。 「力抜け、古泉」 「あ、でも」 「いいから・・・な、」 うまく力なんて抜けない。 指ならまだしも、彼を受け入れるのは、苦しい。 同時に、たまらなく、幸せでも、ある。 またあなたを、好きになってしまう。それが、怖い。 「一樹・・・」 「・・・・・っ!!」 無意識なのか。 意識的なのか。 ぐ、ぐ、と腰を進めて、彼は、僕を呼んだ。 あ、 どう、しよう。 体にはどうしようもない負担がかかっていて、 息も、うまくできないのに、 また熱が集まる。 そんなこと、言わないで。 背中に落ちる彼の汗が、愛しい。 腰を掴む指も、聞こえてくる乱れた息も、 中に入ってくる彼自身も、その全ても。 体勢が仰向けに変えられて、再度、彼が入ってくる。 苦しい。 この体勢は、すごく、辛い。 だけど、彼が見える。 彼がどんな顔でこんなことをしているか。 彼がどんな目で僕を見ているか。 あ、見て、られない。 そんな顔、そんな目、 僕だけが見られるなら、 どんなに苦しくても毎日だってこうしたっていい。 そんなふうに、思ってしまう。 「ふ、あ・・・あ、ああ、う、」 また、引き抜かれて後ろから入れられる。 こっちの体勢は、まだ、楽です。 だけど、気持ちが昂ぶりすぎて、それに、 昨日からの寝不足もあいまって、 気を抜くと意識がなくなりそう、で、す。 視界が定まらない。 いやだ、もっと、ちゃんと、彼を受け止めたいのに。 こんなときじゃないと、できないのに。 「なあ・・・いつ、き」 遠くから声が聞こえる。 名前を、呼んでる。 なのに、よく、聞こえない。その後、何て言ったんだろう? 「ひあっ・・!」 腰にあった手のうち一方が前に伸びて、優しく擦られ、 不意の行為にまた出してしまいそうになる。 「あ、ああああっ、いや、やめ、て」 「好き、だよな?」 好き? これが? こうすることが? 「う、ううっ、や、やだっ」 恥ずかしい。 あなたが好きだから、それだけで、 また、みっともない姿を見られてしまう、恥ずかしい。 我慢できない。 我慢なんてできない。 こんなの。 こんな感情を、快楽を、僕は知らない。 優しく前はそうされたまま、中では強く押し入れられて、 意識が、一瞬、飛んだ。 大量の液体がベッドに飛び散って、その余韻の中で、 今までの優しい動きを忘れてしまったかのように、 彼は乱暴に突き動かしてきて、 また僕は、全てを受け止めた。 **************** 昨日もそうされたように、指が、頭を撫でてくる。 癖、なんでしょうか。 終わった後に、こうするのが。 「なあ、古泉」 「・・・・・・・はい」 「お前さ・・・気持ちよかった?」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「2回も、イっただろ」 なんてことを聞くんだろう。 恥ずかしい。本当に恥ずかしい。 僕が喜んでるみたいじゃないですか、そんなの。 より深く、枕に顔をうずめると、なぜか彼は「そうか」と納得したように唸った。 あ、今のは、肯定の意味じゃ、なくて・・・ 「あと・・・」 「・・・・・・・はい・・・」 いい、ですけど。 「俺のこと、好きだろ」 このタイミングで、そんなこと。 分かっているじゃないですか、もう、あなたは。 そうじゃなきゃ、こんなことになっていません。 「・・・・おい」 「・・・・・ごめん、なさい」 言えるわけがない。 こんな僕に言えるわけ、ない。 あなたが好きで好きでしかたがなくて、 あなたに触られるだけで声をかけられるだけで 名前を呼ばれるだけで体がこんなにこんなに、 おかしくなってしまうような僕が。 世界も機関も全部なかったことにして、 あなたにこの気持ちを伝えてしまうのは、 僕が今まで守ってきたものを捨てることになってしまうんです。 何もかも捨てて、あなたにこうされることだけ、 望んでしまう。そんなことは、あってはいけない。 あなたを守りたいから。 どうかこんな僕を、許してください。 あなたが、好きです。なげー!(無駄に)