「おはようございます」

 








朝、いつもよりは余裕のある時間に駅の駐輪場に着くと、
そこには古泉が待っていた。
顔色は、あまりよくない。
頬には薄いガーゼが貼られている。
頭の傷は、・・・髪で隠していた。











「・・・はよ」














古泉が朝から話しかけてくるのは初めてだ。
俺と二人きりになるのは部室に行って、
ハルヒ達が帰った後の時間だけだった。
それは、最初に何事もなく付き合っていた時も、そうだ。









あんなことがあった翌日に、朝から、俺を待っている。
これは何を示すんだ?








再生










「途中までで構いませんから」
「・・・おう」









俺の心を読んだかのように言ってくる。
他の生徒も歩いているから、向けてくるのは笑顔だ。
ただ、ぎこちない。
傷が痛むのか時々自分の腕を強く握った。










 


「・・・昨日のお礼をと思いまして」








坂を上り始めてすぐに、周りには聞こえないくらいの声量で呟く。


そしてシャツのボタンを外して、
光るネックレスを見せた。









ああ、気付いたんだな。
けど、
昨日あんなにひどいことをされたのに、
そんなもんでお礼を言えるようなお前は、どうかしてるぜ。
相殺できるようなもんじゃないだろ。

 























俺はひどく後悔していた。
今までのすべてを。






昨日、古泉の痩せすぎた体と真っ青な痣を見て、
自ら頭を傷つけるような行為を見て、
どうしてこんなことになったのか、考えた。
どう考えても俺が悪い。
古泉を、俺の思うがままにさせたかった俺が。








自分勝手なわがままで、
古泉をやられるほうにした。
あいつは、嫌がった。ひどく抵抗した。
俺を好きだと言ってたくせに、
俺が好きだと言うと微笑んで照れたくせに、
キス以上の行為をひたすら拒んだ。






だから俺はいつからか無理やり組み敷くようになって、
抵抗するたびに縛って、殴って、蹴り飛ばして、
言うことを聞かせた。













昨日はその典型的な例だ。
お前が嫌がることばかりをして、
無理やり受け入れさせて、最終的に服従させて、満足していた。
頭から血を流していたのに、
あんなに苦しんでいたのに、
やっちまった。

 


















お前が礼を言う理由なんてどこにもない。
安物のネックレスに、そんな価値はない。
















「ありがとうございました。大事にします」

 






古泉。










昨日、と、同じような顔をしてる。
あんなひどい、物をやったのに、
それでも嬉しかったと言った時の顔と。

 

















お前・・・




こんな、俺でも、
まだ好きなのか?












嬉しそうな顔を見ていられずに目をそらして、
俺は何も言葉を返せない。




古泉がわざわざ朝からこれを言いに来たことに、
どれだけの勇気が必要だったか想像できたはずなのに。












「・・・すみません。朝から・・・迷惑でしたね」






話しかけたことを詫びて、古泉は早足で坂を上っていった。

























 

何度も何度も、授業中にメールを送ろうとした。
授業中に携帯を弄っているところを見られたら怒られるから、
気付いたハルヒが定規で背中をつついてきた。





古泉。




俺は、お前に謝らなきゃいけない。
今までしてきたことを。
お前が悪いから、って言い訳をして、
ひどいことばかりしてきた。




古泉。




本当は俺が悪かった。
どう考えても俺が悪い。
謝らないと。




俺は、
俺は、お前が、

好きなんだ。

























 

 

 


「すみません!おまたせ、して」
「いや・・・」








昼休みに非常階段まで呼び出した。
飯を持って来るようにと。
古泉は前の授業が延びたと言って飯も買わずに、走ってきた。










「半分食え」
「そんな、申し訳ないです、から・・・」
「食えよ」
「は、はい」










自分のパンを半分に割って押しつけて、
戸惑う古泉の表情を窺う。
俺がこんなことをするのも初めてだから驚いているらしい。
しかし、頭のいい古泉のことだ、少しは分かるだろう。
俺がいつもと違うことを。
少なくとも、昨日のように暴力を振るう気はないことを。

 













「・・・」
「・・・」















謝るつもりで呼び出したのに、肝心なところで言葉が出ない。
半分にしたパンなんかすぐに食べきれる。
俺も、古泉も、黙って座ったまま時間が過ぎていく。


















今からでも遅くないだろうか。





謝って、もう、殴ることも蹴ることもしなければ、
最初のころのように仲良くやれるだろうか。








俺は・・・
前に、




お前にどうやって接していたのか、




・・・覚えてないんだ。

 






















「僕・・・」

 





沈黙に耐え切れなかったのか、古泉が口を開いた。





 


「昨日、これをいただいて・・・嬉しかった、ので・・・
 あなたに、何をされても、もう、大丈夫です」
「・・・・・・」
「今日は、どうしたらいいでしょうか」

 
























あまりにも古泉を傷つけすぎた。
だからこいつは、
こんなことを、言うようになった。
あんな小さな喜びで、
何でもできるって。
もう、言わせてはいけない。
古泉の口からこんな言葉を。





 



















「えっ・・・・・・!!」















 

 

こう、したかもしれない。




前に。
こうやって抱きしめていたような気がする。










そう、たぶん、
古泉の体温をこうやって感じることで、
俺は安心した。
ずいぶん久しぶりだな、こんなの。


どうしてずっと忘れていたんだろう。























「ごめん」
「え・・・?」
「ごめん」
「あ、の・・・」
「痛かっただろ」
 
 
 
 
 








 
ガーゼの上から、頬にそっと口づけた。
びく、と腕の中の体が跳ねたが抵抗感はない。
真っ赤になって俺を見ている。













ああ、やっぱり、そうなんだ。


こいつは俺が好きなんだ。





こんな俺でも、
好きでいてくれたのか。
ずっと。
あの頃から。





















「もう、殴ったりしない」
「あ・・・・・・」
「ひどいことは、しないから」










しばし逡巡するように睫毛を伏せた。
俺の言葉を噛み締めているようだ。

















 
 
 
「前、みたいに、戻れるんですか・・・?」
「ああ、・・・戻りたい」
「痛いことも、しない・・・」
「しない。二度としない」

















思い返すたびに後悔していた。
お前を苦しめることを。
泣かせて動きを封じて射精させたところで、
一時の支配欲は満たされても家に帰れば虚しくなる。
古泉を本当に手に入れた気分にはなれなかった。
最初の頃の方がずっと古泉の気持ちを感じられた。







今は怯えて、怖がって、俺に痛めつけられないための、「好き」。
だから俺は信じられなかった。
どんどん、悪循環していくのが分かっていても、止められなかった。







やっとわかったから、
今止めないと、もう戻れなくなる。
 
 
 
 
 
















 
 
「うれしい、です、僕・・・ずっと、そうなりたいと、思ってました」







俺の言葉を、古泉は信じてくれた。
ひどいことばかりしたのに、
お前を傷つけてばかりだったのに。








「古泉・・・ごめん」
「あなたに嫌われたわけじゃ、なかったんですね」
「嫌いになんかなってない、一度も」
「よか、った・・・」





 
 
 






お前こそ、俺を嫌だと思ったよな。
逃げたくなることだってあっただろ、何度も。










 
 

「それでも僕は、あなたが好きでした。ずっと」
「お前・・・馬鹿だな」
「そうかもしれません。怖かったです、けど・・・昨日これを見たから」
 
 
 
 
 
 

ボタンを外してプレートを見せる。









「あなたが僕を、あなたのものにしたいと思ってくれてるのは、幸せ、です」
「馬鹿・・・・・・」
「はい・・・」
「今までみたいなやり方は、しないけど」
 
 
 
 

プレートに口づけてから、古泉の唇に重ねた。
 
 
 



 
 

「俺のものでいてくれ。お前を、離したくない」












唇を離した後にぼそりと呟くと、
耳まで赤くしてプレートをぎゅっと握り締める。



そしてこくりと、頷いた。












「はい。僕には、・・・あなたしかいません。
 だからずっと、そばにいたいです」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 












 
 
 
 
 














 
 
 
 

「こうされるのは、・・・いやか?」
「いやじゃ、ないです・・・きもち、いいです」
「ん、そうか」
 
 
 





元に戻すと言っても、体の関係を全くなくすわけにはいかない。
古泉を見ているとやりたくなるし、
それを無理やり抑え込んでいるとまた爆発しそうだから正直に言った。



古泉は少々顔を強張らせたが頷いてその行為に同意してくれた。
心の中で謝りながら今までとは違うやり方で進めるつもりだ。
傷つけないように、もちろん縛ったりはしないし、
古泉の表情を見ながら触っていく。
優しく撫でてやると、不安げだった表情が和らいでいった。
 
 
 
 






 
 
「あ、なんだか、あう」
「どうした」
「どきどきして・・・すごく、緊張します」
「・・・・・・」
 
 







 
俺も、そうだ。
まるで初めてやるみたいな、
数えきれないほどに体を重ねてきたくせに、そんな風に思う。





初めての時はもっと違う緊張だった。
お前を無理やり、抱いたんだから。
犯罪を必死に犯している気分になってた。







今は・・・その時とは全然違う。










 
 
 
 
「あ、あっ、んんっ」
「声、我慢しなくていいから」
「で・・・も」
「聞きたい」
 
 






ひどいことを言ってきた。
うるさい、とか、黙れ、とか。
お前の悲しい声を聞くのが苦手だった。






本当は、








「ふ、あっ、あう、んっ」






こうやって俺の下で顔を真っ赤にして、
かわいい声を出す古泉を、
ずっとずっとずっと、求めていた。


















昨日は強引にやりすぎたから、
しばらくはお前に・・・入れたりしないで、
優しくするからな。






「はあ、はあっ、あのっ・・・!」
「ん・・・?」



耳を舐めながら古泉が気持ちよくなるところを
ゆるゆると擦っていると手が伸びてきて止められる。



「どうした、いやになったか」
「いえ・・・そうではなくて・・・、
 このままされると、いってしまいそうなので」
「別に構わんぞ」
「ですが・・・あな、たも・・・」










ああ、いつも俺が入れる前にいくなって言ってたの、気にしてるのか。
もういいんだ。
昨日までとは違う。
お前がよくなればいい。








体、まだ、痛いだろう。
でもこっち擦るだけなら気持ちいいよな。















「ほ、ん、とにっ・・・、あ、あっ」
「古泉」
「い、っても・・・」
「いいぞ。・・・いっぱい、出せ」
「っ! やっ、あ、いきますっ・・・!!!」













その瞬間は間近で見ていようと、
顔を近づけていた。
けど、昇り詰めていく様子を見ていたら、
とてもたまらなくなって、
熱く潤んだ唇を、塞いだ。























「ふ・・・、ん、んん」
「ん、ん・・・」
「んうっ・・・、あ、はあっ」
「古泉っ」
「あっ、あう」









どれだけキスをしても足りない。
制服が汚れてもよかった。
ぐちゃぐちゃになった体を抱きしめる。
古泉のもっと近くに行きたい。
どこも、離れていたくない。
全てを古泉に触れていたい。








セックスしなくてもキスだけで、十分満たされる。
古泉。
好きだ、お前が好きだ。
それだけを伝えたかったのに、
ずいぶんと回り道をしてしまった。
好きだ、
すごく。
大事にしたい。
これからは。















「あう・・・、はな、してくださ・・・」
「・・・はっ」
「息、くるし、です」
「ごめん」





息をするのがどうでもよくて、
ただただ古泉の唇だけを求めて、
きつく抱きしめていたら気付けば古泉が軽く呼吸困難に陥っていた。



謝りながら背中を撫でる。
ぴたりと寄り添って呼吸を整えるその表情は、
苦しそうなのにどこか安らかだ。




そうか、こうすれば、よかったんだ。






「古泉・・・」
「はい・・・っ」
「お前が・・・好きだ」








無理やりやるんじゃなくて、
泣かせるんじゃなくて、
傷つけるんじゃなくて、
好きだからこうするんだと、
最初から伝えていれば。








「っ・・・・・・」











どんな泣き顔よりも、
辛そうにしている顔よりも、
ずっと心を掻き立てられる顔が見れていた。



















何度も言おう。
これからは毎日抱き締めよう。
今まで傷つけた何倍も。
俺はお前を幸せにするために、頑張るから。









「ずっと、一緒にいてくれ」

















やり直そう。















thank you !

痛い話をいい方向に持っていくのは難しい・・・
痛くても二人は幸せになってほしいです。

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