どこに、忘れたんだっけ。


昨日までは確かに持っていたのに、今朝鞄を開けたら入ってなかった。
まずい。
あれをなくすわけにはいかない。






今日は土曜で学校は休みだけど、
制服に着替えて家を飛び出した。
忘れたとしたら学校のはずだ。





教室?
購買?
体育館?
職員室?






ひとまず全部回らねーと!!






忘れ物はどこにいった?







「げっ、涼宮」
「え? ……なんであんたが土曜に学校にいるのよ」
「それはこっちの台詞だ」
「あたしにはSOS団の活動があるの。手伝いにでも来てくれたのかしら」






よりによって校門で一番先に会ったのが涼宮ハルヒだった。
運動部の奴らなら土日も休みなしで練習しているのは知っていたけど、
お前らの団もそうなのかよ。





「手伝わねえよっ。また池に落とされたらたまらん」
「あたしが同じシーンを使うと思ってるの? 甘いわね」
「じゃあ何だよ」
「次はバンジージャンプなんてどう? スリリングだと思うのよ」
「断る!!」







どうせお前のことだから紐なしとか言い出すんだろ!


俺はもうあんな不条理なものには一切かかわらないと決めたんだ。
前回の映画撮影を忘れちゃいないぜ。
体を張って出演したのにお礼は焼きそばの割引券だけ、って。
鶴屋さんと朝比奈さんという麗しい先輩の御姿を拝見出来たことは、
もちろんありがたいと思っているけどな。




「つまらないわね、あんた」
「お前が飛べよっ」
「あたしは監督だもの。まあいいわ、何か別の考えるから」
「勘弁してくれ・・・」
「はい、これ」
「何だ?」





紙切れを一枚手渡される。
そこには長門ユキの逆襲・・・という文字が、
やけにおどろおどろしい書体で書かれていた。






まだ中身も出来ていないうちからチケットを作ったらしい。
物事には順序ってものがあるだろ。
ちゃんと教えてやれよ、キョン。


「それじゃあたしはビデオ取りに行くわ」
「・・・盗むんじゃねえよな」
「人聞きの悪いこと言わないで。快く貸してくれるのよ、いつもね」






涼宮に脅されりゃ、映研の奴らも頷くしかないさ。
ご愁傷さま、と手を合わせて、とっとと上履きを履いて教室へ向かう。
今日はあの女に構ってる暇、ないんだった。

















「WAWAWA・・・、お」
「谷口」
「やっぱり、お前もいたのか」



教室には涼宮の下僕であり俺のクラスメートでもある、キョンがいた。
脇には手製のレフ板もある。
こいつも、ご愁傷さま、だな。


「お前が土曜に学校に来るなんて珍しいな」
「ちょっと、忘れ物しちまって」
「ハルヒ見なかったか」
「校門にいたぜ、映研の部室からカメラ持ってくるって」
「・・・やっぱり」





がっくりと肩を落とすキョンを生暖かい眼差しで見つめ、
俺は俺で、自分の机をひっくり返す。
いつも置いている教科書やノートがぎゅうぎゅうに詰められているが、
そこには俺の探しているあれはなかった。

忘れたとしたら教室が一番可能性が高かったけど、違ったか。
なら、ここにもう用はない。






「何だ、もういいのか?」
「おう、ここにはなかった」
「そうかい」
「土曜まで大変だな、キョンも」
「徐々に慣れつつある自分が恐ろしいよ」
「違いない」


励ましの言葉を投げかけ、教室を出ようとした時に、
キョンが俺を呼んだ。
振り返ると四角いものが飛んでくる。
反射的に受け取ると、新発売のキャラメル牛乳が手の中にあった。


「自販で間違えて買っちまったから、やるよ。お前そういうの好きだろ」
「おう、サンキュー」
「じゃーな」






教室にはなかったけど、行ってよかった。
キョンは甘い飲み物は苦手だからな。ラッキーだぜ。






さっそくもらったキャラメル牛乳を飲みながら次の場所へ向かう。
テストの結果が非常に芳しくなく、
教師に呼び出されてしばらく説教を食らったんだ。
あの時、ノートを提出した。
もしかするとあのノートに挟まっていたかもしれない。

・・・見られていませんように。






「おー、谷口じゃないか。どうした、土曜に!」
「あ、おはよーっす」
「お前は運動部じゃなかったよな。ハンドボールやりにきたか?」
「違うっす。昨日、英語のノートを提出したんすけど・・・その中に、違うものがないかな、と」
「それならここの机だな。お前のノートはっと・・・お、あったあった」


職員室には数名の教師がいて、その中には俺らの担任、岡部の姿もあった。
普段は熱血すぎてうるさいくらいで、土曜は、それに拍車がかかってるな・・・
と思いつつも、ノートを見つけてくれたので、感謝しよう。

ノートは俺が昨日置いたままの場所にあった。
飛びついて1枚ずつページをめくる。
しかし、残念ながら、どこにも何も挟まっていない。






「なさそうだな!」
「みたいっすね・・・」
「どうだ、ハンドボールでも」
「いえ、結構でーす」
「そうか・・・残念だ」


さして残念そうでもない言い方で、
いい笑顔を浮かべながらボールをひとつ、渡してきた。


「やりたくなったらいつでも言うんだぞ」


押し返しても押し付けてくるから結局、もらう羽目になる。
有名選手のサインボールでもないのに、いるかっ。





岡部の相手をしたせいですでに疲れた。
見つけ出すまでは帰れない、
今度は誰にも、会いませんように。



















「今日は休み」
「お、おう」
「何もない」
「だ、だな」
「わたしは」
「な、何だ」
「これを」



願いは叶わずに、次に行った購買で、長門に出会った。
俺はどうもこいつが得意じゃない。
何を言っても基本的に、聞いていないような気がするからだ。




長門が指をさした先を辿ると、
ガラス戸に貼っているメニュー表のカレーパンの部分に行きついた。
要約すると、今日が休みだと今知り、
カレーパンを食べたいが食べれない・・・というような、こと、かな?

俺、カレーパン持ってねえし。
持ってるのは、お前が主役らしい映画のチケットと、
ボールと、飲みかけのキャラメル牛乳くらいだ。
これじゃわらしべ長者にもなれねーだろ。









・・・ああ、そういえば。



「これならあるぜ」
「なに」
「クリームパン。昨日食わないで鞄に入れたままだった」
「・・・」


何も言わずにじっと見つめてくるってことは、
食いたい、って意味だよな。
いいぜ、俺は今日このキャラメル牛乳だけで甘いのは十分だし。
昼飯は、別にどっかで食うし。




「・・・これ」
「ん? ・・・石?」
「お礼」




またしても、意味のないものをもらってしまった。
真っ白なつるつるとした、
太陽の光を反射して光る、石。
道端に落ちてるようなものじゃないにしても、石は石だ。
これが願い事の一つでも叶えてくれるんならいいけどよー、
んな、夢のある話はそうそう転がっちゃいねえよなー。















結局購買にも俺の忘れ物は見つからなかった。
あとは、体育館で着替えた時、か?

購買で会ってもらって、その後体育だったから、可能性はある。













「どわっ!」
「ふ、ふえええ〜っ?」



そこでは、嬉しいハプニングが待っていた。



焦る心を抑えきれずに走って曲がり角を曲がった時に、
まるで漫画のようにお約束の展開が起きたんだ。


朝比奈さんとの、衝突事故。
しかもなぜか、メイド服を着ていらっしゃり、
めちゃめちゃ、かわいい!
打った頭は気にもならずにそばに駆け寄り手を差し伸べた。

だが、恥じらった表情でその手を遠慮して取らずに、


「す、すみません〜・・・」


と泣きそうな声で謝って来られた。
悪いのは俺です。
先輩は何も、なーんにも悪くありません。


「ごめんなさい、早く行かなきゃ、涼宮さんに、怒られちゃう・・・」


スカートの埃を払うと急いで走っていく。
と、地面に落ちたままになっている、紅茶の袋に気がついた。



「朝比奈さん、これ、忘れてますよー!」
「えっ? あ、い、いいです、もらっちゃってくださーいっ」






よっぽど急いでいたみたいだ。
紅茶、か。
家で一人で飲むことなんてねーけど、


あいつにあげれば、喜ぶかも。














「・・・・・・ない」



更衣室にも、倉庫にも、ない!
バスケ部の知り合いに聞いても、何も落ちていなかった、と言う・・・。




はーっ。
俺の、ばか!




















「・・・もしもし? うん、俺」



情けないが、本人に聞くしか、ない。










「え?」








俺が、どこにしまってたか、って、



ポケットの中?












「・・・すまん」
『ふふっ。ありました?』
「・・・・・・あった・・・・・・」





どうしてこんなに分かりやすい場所を、探さなかったんだろう。







制服のポケットの中に入っていた。
二つに折りたたまれた、薄い水色の封筒。
起きてから開けてください、と、
顔に似合わない乱雑な文字。





電話を繋げたまま封を開ける。
同じ色の紙が出てくる。















誕生日おめでとうございます、
一生に一度の大切な日を、
一緒に過ごせて嬉しいです。



待ち合わせは、
いつもの場所で。












「んだよー、結局、いつもの場所じゃねーか」
『はい、迷わなくていいかな、と』
「ここに書いてるって言ってたから焦ったのに・・・」
『ははっ、すみません。でも、どこかに忘れられると困ります』
「そりゃまあ、そうだな」







文句を言いつつも、嬉しい。
ありきたりの言葉でも、
こいつが書いてくれたんだと思えば、その価値は測りきれないほどだ。






















いつもの駅前に走る。
待ち合わせの時間ぎりぎりに到着すると、
古泉は、私服で俺を待っていて、



「本当に学校に行ったんですね」


制服姿の俺を笑う。


仕方ないだろ、
お前からもらったもの、
忘れたと思い込んでたんだ。
大事なものだから。









「カッコつかねーなあ」
「いいと思いますよ、僕は」
「俺の私服姿が見たくねえってのかー」
「まさか。制服を着ていても、素敵ですって意味です」
「お前はいい奴だよ・・・」








並んで歩けば女子の視線は全部お前行きだ。
なのにお前は俺ばっかり見て、
俺限定の特別スイートな笑顔を向けてくる。



なんで俺なんか選んじまったのか、
説得して想いを変えさせようと思ったこともあるけど、

俺さ、
お前といるの、楽しいから。
今日を、お前を過ごせるの、
実は死ぬほど嬉しいんだ。





恥ずかしくて滅多に言えねーけど、
俺、お前が、好きだし・・・


だから、
後ろ向きな考えはやめて、
俺でよかったと、
俺自身も、
そう思えるようにすりゃ、いいんだよな。






「谷口さん? 行きましょう」
「おう! 今日はとことん付き合ってもらうぜ」
「はい。どこにでも、ついていきます」



ごちゃごちゃ考えるより、その方が楽しいしな!















「ところで、鞄が妙に膨らんでますけど・・・」
「ああ、これな。岡部がくれたボールが入ってるんだ」
「ボール、ですか?」
「あとは朝比奈さんから紅茶と・・・」
「なるほど。皆さんからの誕生日プレゼント、というわけですね」
「へ? いや、違うぜ。全部これは偶然に、」






もらったものばかり、だぞ。

・・・だよな?







もしかして、
みんな知っててくれたのか、これ。






・・・それにしちゃあ、
涼宮と長門と、岡部はどうかと思うんだが。









「妬けますね。僕も頑張らなくては」
「張り合わなくていいっての。お前はいるだけで十分」






手紙とかさ、
そういう、何気ないのが一番嬉しかったりするし。
今日一緒にいてくれればそれだけでいい。
お前がいれば、いい。







さあ、
まずは、うまい昼飯でも食べに行くか!







thank you !

谷口が大好きだしみのるも大好きです。
みんなにアホ扱いされる谷口が愛しいけど、たまには愛されてもいいかな( ´∀`)



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