「彼女たちに勝るレベルの女性を用意することが我々機関には出来ませんでした。
 ですので代わりに僕が」
「お前は男だろうが」
「ええ。女性で駄目なら同性で勝負、ということらしいです」








にこにこと笑顔を浮かべて言ってくる古泉には、
機関からそんな命令を受けて悔しいとか、
僕の人生はこれで滅茶苦茶になってしまうかもしれないとかそういった悲壮感は微塵も感じられない。







世界の鍵認定を受けた俺に気に入られようと、
天然記念物的癒し系美少女の未来人・朝比奈みくるさん、
誰より頼りになる万能宇宙人・長門有希に対抗して送り込まれたのが古泉なのだと言う。


未来人、宇宙人側の人選は非常に正しく俺の心にジャストミートしている。
満点を与えてもいい。






だが超能力者側、つまり機関には文句を言わせていただきたい。
なぜよりによって男なのか。
顔がいいことは認める。
しかし認めるのはそれだけだ。
二人を差し置いて俺が男に目覚めるなど、よくもそんな発想が出来たものである。





「僕とお付き合いしていただくわけにはいきませんか?」
「コンビニまでなら付き合ってやる」
「ははっ、そうではなくて、恋人としてですよ」
「それなら全力で断る」
「……そうですか、残念です」
 





心底残念そうに俯くのはやめてくれ。
お前は男に興味があったのか?
たとえそうだとしても俺みたいな奴がタイプだとは到底思えない。
機関に弱みを握られてるのか何なのか知らんが命令をはいはいと聞いてると大変な目に遭うぞ。










大事な話があるというからハルヒ達が帰った後、
帰るふりをして部室まで戻ってきてやったというのに、まさかこんな話だとは思わなかった。
人生で初めて告白されたのが男からだ、なんて、ひどい笑い話だ。
これが朝比奈さんか長門からの申し出であれば、
その裏側にどのような黒い陰謀が潜んでいようとも俺は表情を緩めざるを得なかっただろう。
先ほどのように即答で断ることもなかった。
























「ですが僕もそう簡単には諦められないんですよ」



断られることは予想していたらしい。
ふう、と苦笑しながら息をついて、頭を軽く下げた。






「すみません。あなたに迷惑をかけないようにしますので、
 好きになってもらえるように頑張ることを許してください」
「あのな……」
「成果が出なければいずれ僕はこの役目を下ろされます。
 恐らくあまり長くはかかりません。ですので、お願いします」










今の時点で十分迷惑なのだが、古泉の事情も鑑みてやると強く跳ね除けられない。




こいつは何も考えていないのかもしれないが一人の人間を駒のように扱い、
成果が出なければ切り捨てるといったやり方をする機関に腹が立った。







俺が古泉と付き合うことはありえないのだから、すぐにそれは機関側にも分かるだろう。
古泉が「頑張る」前からこの命令は取り消されないなら、
俺がここで許さなかったとしたら古泉は板ばさみになって苦しむかもしれない。











「分かったよ。頼むからおかしなことだけはしないでくれ」
「ありがとうございます。もちろん、心得ています」























古泉のためといえば機関の思い通りになるようで癪だ。
望まれているような好き、では無論、ない。



が、古泉自身を嫌いではない。




SOS団という戦場で戦ってきた同志であり、
それなりに助けてもらったこともある。
小さなことならテスト前の勉強であったり、
教科書の貸し借りであったり、
家の用事で早く帰らなくてはならない日の掃除当番を任せたこともあった。








古泉はいつも笑顔だった。
何を頼んでも断らない。
思えば最初から古泉はあの命令を受けていて、
俺の言うことを聞くように言われていたのだと今なら分かる。


























「けど……あいつ、俺以外にもそんな、だよな」










古泉とは部室前で別れ、俺は時間差で先に帰っている。校舎を見上げながら一人で呟いた。







ハルヒの言うことを聞くのはデフォルトになっているとしても。
たまに部室外で見かける古泉はそこでもイエスマンだった。
クラスメイトや教師に何かを頼まれ笑顔で頷いている場面を何度も見た。
理科室までプリントを持っていけとか、明らかに古泉に頼まなくても出来ることも。






ハルヒが望むとおりに作った性格なのか、元々なのか、
俺としては後者の可能性が高いと思っているが、
それで古泉が辛くないならまだいい、
しかし、どちらにしても同情心は沸く。






だからきつくは言えなかった。
可能性がないんだから無駄なことはするなと、言ってやれなかった。
古泉が俺に好かれるために何をするかは知らないが
断り続けていれば機関も諦めるようだからなるべく早く、解放してやろう。





















俺に出来るのはそのくらいだ。

















交渉材料(前)


















翌日の四時間目。






音楽の授業の後に教室に戻り、
数学で呪文のような方程式をノートに書き連ねているときに、俺は気付いた。



机の横にかけている鞄。
その鞄に重なるようにして小さな布の袋がかかっていた。










こんなものを持ってきた記憶はない。
ただ、あまりに自然にかかっているのでいつそれがそうされたのか分からなかった。
首を曲げて中を覗き込むと、プラスチックの箱が見える。

少しだけ丸みを帯びた高さのある箱。
これは弁当箱だ。透明のフタがされていて箸が入っているのが見える。




四時間目が終わってすぐに取り出して中を確かめると、
シンプルな、それでいて彩りの豊かな弁当が綺麗におさめられていた。












「あれ、キョン。今日はお弁当?」
「あ、ああ」
「おいしそうだけど、開けるのが早すぎるんじゃない」
「購買行くの俺だけかよぉ。走って行ってくる!」






昼飯を共にする谷口と国木田に早速見つかった。
いつもは一緒にパンを買いに行くんだが、谷口だけが走っていく。
こうなるとこの弁当を食べないわけにはいくまい。







直接的なアプローチならすぐに断ろうと思っていた。
しかし……一見、オフクロが作ったようなこの弁当、
手紙も何も入っていない、
あいつが持ってきたのは明白だが捨てるなんてことは出来ない。
食べ物は粗末にしないよう小さい頃から言われてきたというのもあるが、それよりも。






うまそうなんだよな、これ。
























「こんにちは」






昼休みが終わる直前、弁当箱と袋を返しに9組に向かう。
一人で席に座ってノートに向かっていた古泉は俺の姿を発見すると嬉しそうに微笑んで立ち上がり、
扉まで小走りでやってきた。






「お前だろ、これ」
「はい。移動教室の間に失礼して、置かせていただきました」





サンタを気取る気はなさそうだ。
信じていない俺にとっては正直な方が好ましいが、やはりあれは古泉が作ったのか。





「食べてもらえないかもしれないと思ったのですが」








受け取ってその軽さで中は空だと分かったらしく、顔をほころばせる。
食べなかったと嘘をつこうとしていたのに言えなくなった。
その表情を見たせいだけでなく、
さっと後ろに隠したその指には肌色のテープが巻かれていたからだ。









「味はいかがでしたか」
「……悪くはない。もう、5時間目が始まるから、戻る」
「わざわざ持ってきてくださってありがとうございました」






















何でも出来そうだし、あの弁当も正直、うまかったから、
あいつは料理くらい器用にこなすものだと思いきや、あの指はそうではない事実を示していた。



俺に見せないようにしていたから怪我をしてまで作りましたというアピールではないだろう。
目立たないテープだった。
普段なら気付かないだろうに、今日に限って目ざとく見つけてしまった俺の負けだ。








これらは全て古泉が機関に報告しているんだろうか。
それとも、他にも潜入しているエージェントとやらが見ているのか。あるいはその両方かもしれない。






ああ、初戦から失敗してどうする。
古泉が無駄な努力をする時間が長くなるだけじゃないか。
今度はしっかり断ろう。
弁当を持ってこられても突き返せばいい。
自分で食べないなら長門にでもやれば喜んで食うだろうさ。





























翌日は移動教室がなく、古泉がこっそり置きに来るのは不可能だった。
教室まで持ってきて他の生徒にもばれるようなことはしないと踏んだがまさにその通りで、
3時間目の終わりにメールが飛んでくる。




『授業が終わりましたら、お渡ししたいものがあるので廊下までお越しいただけますか』









これなら断りやすい。
すぐに、受け取らないという旨の返事を返した。






『昨日よりも上手に出来たんです。どうしても、駄目でしょうか?』









古泉から再度やってきたメールには添付写真があった。
今日の弁当はこれだと見せるためだろうが、
現物を見りゃ揺らぐ気持ちも写真ならば……


う、うまそう、だな。










授業が始まるまであと2分。
古泉は恐らく弁当を持ってきて廊下で待っている。
財布を開くと小銭の音がするものの、その色は銅色だ。
銀色に輝く硬貨の数は片手で足りるほどで、
史上の有名人が登場する紙はどこにも姿を見せないでいる。






小遣いが入るのは明日。
今月は待ち合わせに毎度遅刻して奢らされてばかりだった。
この残金ではパンを一個買えば終了、
それではとても午後の授業を切り抜けられそうにない。















今日だけ。もう、これきりだ。
自分に何度も何度も言い訳をしてから教室を出た。



廊下の端には思ったとおり、布製の袋を抱えて携帯を握り締めている古泉がいた。

不安げにしていたが俺が出てきたのをすぐに発見して目を輝かせた。
不覚にも、俺までつられて笑いそうになる。
どこで誰が見て都合のいい解釈をするか分からない、咄嗟に口元を手で覆って顔を伏せた。









古泉が走ってくる。

昨日のあの弁当は好きな味付けにぴったり合っていた。
今日もそうなんだろうか。
そうだったら、あいつは俺の好きな味を知っていることになる。
今まで飯を一緒に食べたことは何度かあった。
あの中から推測したのか。
それともただの偶然か。
確かめてみたい気持ちもある。










「あっ……!」



もし今日も一緒だったなら、古泉が俺を理解しているということに、
……ん。なんだ、今の音。


















「あ、あう……」
「お…………」






伏せていた顔を上げると、弁当をぶちまけて泣きそうになっている古泉と目が合う。
ポテトサラダやハンバーグがしっかりと廊下に盛り付けられていた。








「大丈夫? 古泉くん」
「こりゃまた派手に……」







まだ廊下にいたほかのクラスの生徒が何人か集まって散らばった弁当を片付けてくれている。
古泉ははっと気を取り直して笑顔に戻り周りの生徒に謝った。
そしてポケットからティッシュを取り出して手早く片付ける。
同時に、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。









鳴ってすぐに教師は来ないから、そのロスタイムの間に俺も片づけを手伝う。
他の生徒がいなくなって古泉の近くにいるのが俺だけになると、





「すみません。みっともないところを」
「怪我はしてないだろうな」
「大丈夫です。ご心配までおかけして……」






古泉らしくない余裕のない様子で、食べられなくなってしまった残骸を袋に突っ込んでいる。



俺に早く渡そうと走ったせいでこうなった。
もっと早く教室を出ていればこいつが焦る必要もなかったんだ。
もしくは悩まずにはっきり断れば。











「お昼、代わりに何かお持ちしますので、待っていてください」






んなもんはいいから、と言おうとする前に、古泉は足早に去っていく。
入れ替わりに廊下の端から教師が歩いてきた。
教室に戻り席に座るとハルヒは既に居眠りを開始している。



















このままではいけないと昼は早々に谷口たちを連れ出して外へ行った。
寂しい財政状況を話すと国木田が貸してくれたのでやり過ごせた。




何度か鳴る携帯電話には気付かないふりをして。


「キョン。用事でもあるの?」
「え? いや。何もない」
「ふうん」



気付かないふり、は、出来ていない。
鳴るたびに見てしまい国木田にも指摘された。





古泉の行動がメールを読むだけで分かる。
普段慣れないくせに購買に弁当を買いに行ったものだから時間がかかって、
遅くなってすみませんとまず謝ってきて、数分後には5組にたどり着く。


どこかに買いに行ったのかと聞いてきて返事をしなければもう何か食べているんでしょうかと、
遅くなったせいですね、と、また謝っている。




『何度もしつこく送って申し訳ありません。明日は今日の分も頑張ります』







最後に来たメールには、そう書かれていた。

昨日の弁当と比べると味気ないパンを食べて、
くだらない話をしてから教室に戻る。
その途中で返信を打ち込む。




『明日からはいらない』




短いメール。ただそれだけを書いた。
これで十分伝わるだろ。
 
 





























「あんたのお弁当おいしそうね」
「やらんぞ」
「欲しいなんて言ってないじゃない」






あのメールは送れなかった。




今日もこうして、理科の実験を終えた俺を弁当が待っている。
ハルヒに一口たりとも分けたくないほどの弁当が。













「指を怪我してまでやることかよ」
「おや、気付かれてしまいましたか」
「まあな」
「森さんから猛特訓を受けたんです。花嫁修業だって」









茶を噴き出してボードゲームの板が水浸しになる。
花嫁って。
古泉を何だと思ってるんだ、本当に。




機関の中でも会ったことのある森さんや新川さん、多丸兄弟はまともであることを祈っていたのに。








「花嫁は冗談ですよ、恐らく。大変でしたが今はだいぶ慣れましたし、
 食べてもらえると嬉しいです」
「そうかい」
「おいしいって言ってもらえるまではまだまだ時間がかかりそうですが、
 また明日もよろしくお願いします」













飯を作ってくる以外のアプローチがあるかというと、ある。
俺が当てられた部分の英語の翻訳を分かりやすい解説つきで紙でよこしてきた。
残念なことに古泉は字だけは汚いので解読に時間がかかったものの、
読めないほどではないし翻訳に比べれば随分と楽だ。
おかげで教師にも褒められ、ハルヒには見直したとも言われた。









ある日にはジャージを忘れてしまい洗いたての古泉のそれを借り、
別の日には映画の撮影でついてきた妹の世話を一日中頼んだ。




「あなたの力になれて嬉しいです」







妹に振り回されて帰りにはふらふらになっていたくせに、声をかけると笑う。















そして俺は、そんな古泉を見ているうちに、
徐々に、
ゆっくりではあるが、
あいつが、気になりだしていた。





















俺に向ける笑顔が他とは違う。
長門の無表情を読み取るよりも明らかだ。
頬を染めてやや俯きがちに微笑むようなときには不覚にもかわいいと思ってしまう。
作ってくるものもうまいし、最近は指の怪我もないようだから安心する。



安心、なんて、心配していた証拠なんだが。


















そんな毎日を過ごしていたとある日、
古泉と駅で別れてからふと借りっぱなしだった教科書に気付いて後を追いかけると、
古泉と話をしている森さんに会った。
ビニール袋を手渡していて、その中には色とりどりの食材が入っている。








「森さん」
「あら……お久しぶりです」
「こんなところで、何を?」
「今日は特売品がたくさんあったから、古泉に渡しに来たんです」
「森さんの家の近くのスーパーは安くていいものがあってうらやましいですよ」





まるで主婦のような会話だ。
くらくらしてきた頭を振ってから、森さんに向き直る。
食材の話をしようと思ったわけじゃない。



森さんにも一度、はっきり言わなくてはと思っていたんだ。











「少しいいですか、言いたいことがあって」
「ええ。何かしら」








古泉が聞いていると話しにくい。
視線を投げると寂しそうに眉を下げて、森さんに礼を言ってからその場を立ち去った。



その背中を見ていると罪悪感が湧いてきて引きとめたくなる。
くそ、こんな気分になるとは予想外だ。
古泉に惚れたなどとは決して認めないが、
多少、揺らいでしまっているのは事実である。








「どこか、移動しますか?」






背中を見たままだった俺に、聞いてくる。





しまった。
古泉に見惚れていたように見えたかもしれない。
機関の思うつぼになるなんてごめんだ……と慌てて向き直した、が。



森さんは決して勝ち誇ったようではない、優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。















近くの公園でベンチに腰掛け、缶ジュースを片手に話を切り出す。





好きだから言ってるのではないと前置きをして、
古泉がイエスマンだからといってめちゃくちゃな命令を出すのはどうかと思う、
料理が出来ないのに怪我をさせてまで弁当を作らせていたことにも疑問を持ったことについて話した。









森さんは途中で話を切ってきたりせずに落ち着いた対応で聞いてくれて、時折小さく頷いた。
その態度を見て、森さんはやはりまともな人なのだと感じた。
















「古泉はね」




俺が話し終えてからようやく口を開く。
その目は息子か、年の離れた弟を見るような暖かいものだった。










「この命令を受ける前からあなたのことが好きだったんです」
「はい?」
「でも言えないでしょう、普通に考えると。
 だから上司があの決断をして命令を下したとき、古泉は喜んでその命を受けたわ」
「……」
「どうしたら好きになってもらえるか考えた結果、私のところに料理を習いに来たの。
 私が無理やり教え込んだわけじゃない」









困ったことにその様子が簡単に脳裏に浮かんだ。



森さんのこの言葉も、機関が考えた設定かもしれない。
疑い出せばきりはなく、
結局、こうなってしまえば自分が一番納得できる答えを信じるしかないだろう。











「あいつは、どうして俺を?」
「分からないわ。聞いても教えてくれないんですもの」






















持って帰った食材で今日は何を作るんだろう。
弁当は夜に作ってるのか、朝早く起きてるのか。
あいつは俺の好みをいつの間にか知っていたが俺は古泉のことをほとんど知らない。










古泉。
ああ、気になる。
















呼びとめた時、あいつは喜んでいた。
また俺と話せることを。
けど俺は森さんと話をする方を選んだから、
そういえば、教科書を返すのすら忘れていた。
















振り返り、森さんの姿が見えないことを確認してから、電話をかけた。
















thank you !

ノンケキョンはあっという間に落ちるらしいです。
後編へ続く!

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