HB












ぐるぐる





「僕の勝手な想像なんですが」
「ん?」
「回転寿司というのはコーヒーカップのようにお皿が高速で回っているのかと」
「ぶっ。それじゃ食えないだろーが」
「ええ・・・ただエンターテイメントとしてはなかなか・・・」










一皿100円と安心会計の回転寿司に、今日は古泉と一緒にやってきた。
二ヶ月に一回くらいのペースで、家族と来ることがある。
安いし好きなだけ食べられて俺が喜ぶからと、
たまの外食で車を走らせると必ずここに向かっていた。





古泉とはどちらかといえば洒落た店にばかり行っていたけど
ふとした拍子に回転寿司に行ったことがないと言うので連れてきたわけだ。
行き慣れた店以外は不安だからわざわざバスに乗ってやってきた。
ゆっくりとレールを流れる赤や白や黄色い皿を見て、
はあ、やらへえ、やら声を上げていちいち感動している。



古泉が喜んでくれるなら連れてきた甲斐もあるってもんだ。
単純なことに俺は、古泉の笑顔さえ見られれば大満足なんだ。













「回ってるヤツは鮮度が落ちてるからよ、注文したほうがいいぜ」
「そうなんですか。谷口さんは何にしますか?」







カウンター席の前にぶらさがるメニュー表を見に、
古泉が少しだけ体を寄せてきた。
ふわりと香るいい匂いに、
俺は古泉を、
と言いかけたのを慌てて止めた。







「谷口さん?」
「す、すまん、何でもないっ。俺はっ・・・そうだな、じゃ、サーモンといくらにする。古泉は?」
「僕も同じにします」









店員を呼んで注文している間も古泉は流れてくる寿司のねたが何なのか、
メニューを見ながら当てている。
アルバイト風の美人なお姉さまが優しげな視線を送っていた。
前までなら即ナンパに精を出したが、
今ではその後ろ髪を目で追いかけることすら、しなくなった。









「すごいですよ!プリンまでお皿に乗ってます」
「後で食うか?」
「はい!」







こいつがかわいすぎるんだって。
頭いいくせに、特進クラスのくせに俺が当たり前のように知ってることを知らなかったり、
教えてやると本当に嬉しそうにするから、
俺が出来ることは何でもしてやりたい。
尽くしたくなる、そんな気持ちが分かるようになった。




つまり、好きなんだ。こいつが。
















「お、来たぜ。あれを取ればいいからな」
「最初は谷口さんが手本を見せてください」
「んな難しいもんでもないぞ?」








目の前に流れてきた桃色の皿を取り、古泉の前に置く。
俺の分の割り箸もきれいに割ってから手を合わせていただきますと囁いた。
安いし、めちゃくちゃうまいとはいかないが、
それなりの味はするから気に入ればいいけど・・・、おっ?












「た、谷口さん」




口に入れて何度かもぐもぐとしてから、泣きそうな目を向けてきた。




ど、どうした!?










「わさび・・・」









やっとそれだけ言うと両手で湯呑みを持って緑茶を一気飲みし、
鼻を押さえて、小さくすみませんと謝った。

















「はははっ」
「笑わないでください」
「すまんすまん。わさびが苦手だとは思わなかった」
















お前みたいな完璧な奴がさ、
んな、かわいい弱点があるなんてさ、思わねえって。
ここ安いくせにわさびだけは気合い入ってんだ。
俺は好きだけど、お前には悪いことしたな。




もう一貫は箸できれいにわさびを取り、慎重に口に運んだ。
するとようやく笑顔が戻ってくる。











「おいしい、です」
「そいつはよかった。次からはさび抜きで頼まねーと」
「・・・恥ずかしくないですか?」
「はは。大丈夫だっつーの」









わさびが苦手なこと、ちょっと気にしてたみたいだ。
俺が注文するたびに申し訳なさそうに染めた頬を俯かせる。
それがまたかわいくて、
一度に頼めばいいのに一皿ずつ頼んではその仕草を眺めた。



















家族で食卓を囲んで食事をする、そんな光景は我が家では珍しい。
両親は共働きだし年の離れた姉貴はとっくに家を出てる。
毎日一人で外食をするのが当たり前になってて、
今更寂しいとかダサいことは言わないが、
こうして誰かと飯を食べるのは、いい気分になる。
古泉が相手なら尚更だ。
今までに行った店の中から旨いところを選び抜いて連れて行ってたけど、
こういう庶民的な店もいいらしいから、
これからはデートの幅が広がりそうだ。












「次はどうする?」
「甘えびにします」
「じゃ、俺も」


















次々と注文して、古泉も皿を無事取れるようになり、
締めのプリンを食べる頃には、
予想を上回る満腹っぷりになっていた。

い、胃が重い。






いつもそうなんだよな、
誰かと飯をたべると、
特に親はたくさん食うのが元気な証拠だと喜ぶから、
腹八分目なんて単語をすっかり忘れて限界まで詰め込んじまう。
古泉も椅子から立ち上がる腰が重そうだ。
冗談めいて肩を抱いて支え合うように店を出た。

























「お邪魔します」
「あいよー」







今日も仕事で両親不在の家に、古泉がやってきた。
うちで胃が落ち着くまで休憩だ。






「お腹いっぱいですね」
「右を下にして横になるといいらしいぜっ」
「はい」








遠慮なく、とソファに転がり、にっこりと微笑みかけてくる。

















何かのボタンが押される音が、頭の中でする。
体が急激に熱くなってきた。




考えてもみてくれ、古泉が、付き合ってる相手がだぞ、
目の前で無防備な状態で横になり、
AAランクプラスをゆうに超えた笑顔を向けてきてるんだ。
そりゃ、熱くなるのもやむなしだぜっ・・・








満腹感も忘れて、ソファの横にしゃがんで柔らかい髪に指を通した。











「ふふっ」
「くすぐったい?」
「いえ。嬉しいです」














・・・誘われてるのは十分理解してる。
この緩い笑顔も、俺に伸ばしてくる指も、
耳を撫でてくる動きからもそれは明らかだ。





頭の中じゃさ、
映画のワンシーンのような言葉をはいてお前にキスをする自分を思い描けるのに、
現実は厳しいな。
照れくさくてこれ以上近づける気がしねえもん。





















「好きです」
「古泉・・・」
「今日も親御さんは帰ってこられない、んですよね」
「だ、な」
「・・・・・・」




じっと見つめられる。
その目が言ってほしいことを、俺は、分かってる。







今日は泊まっていっちまえよ!
とか、
俺の部屋、行く?
とか、
そういう類の言葉を。

































「・・・あんまり遅くなるとまずいよな。
 落ち着いたらさ、駅まで、送るから」
「はい、分かりました」





















はーーーーっ、
今日も、言えなかった。




















裏道ばかり、細い、人が通らない道を選んで、
駅まで古泉を送る。
手を繋いで。
それだけでもまだ気恥ずかしくて、
古泉よりだいぶ前を歩いて小走りくらいの速度になる。



それでも古泉は何も文句を言わない。
離れないようにしっかり手を繋いで、
俺の速度に合わせて歩く。
















駅前まで来ると人が多くなって、
振り返ると、


「ここまで、ですね」


笑って古泉から、手を離す。










さっきまであった人肌の温もりがなくなる。
古泉の、細い滑らかな感覚が消えていく。
この瞬間を迎えるたびに、
もっと古泉に触ればよかった、
ゆっくり歩いて一緒にいる時間を長くしておけば、
って、思うのによ。




毎回これの俺は学習能力がなさすぎだ。
反省しよう。
大反省。












「また明日、学校でな」
「送っていただいてありがとうございました」
「気をつけて帰れよ」
「はい。ありがとうございます、今日も、
 一緒に夕食を食べられて嬉しかったです」















古泉が改札からホームへ消えていくのを、
最後まで手を振って見送る。
そして見えなくなったすぐ後に、
その場で力なく崩れ落ちるんだ。










今日もかわいかった。
最後の最後までかわいかった。
男なのに。
しかも女子にモテまくりの、
俺が勝ってるとこなんて一個もない、
男なのに。







俺がモタモタしてたら愛想をつかされてもおかしくない。
他の誰かに奪われる可能性なら365日24時間ある。
現に、隣のクラスのAAランクの女子が廊下で話していたぜ、
古泉くんって格好良いよね、
すごく優しいし、私、好きかも、ってさ。

古泉が何度も女子からの告白を断っているのを知ってる。
俺と付き合ってるからなんだなと思えばほんの少しの優越感と、
このままじゃいけないって焦りが浮かんでくる。
















『ずっと待ってます、僕』




















あまりに何も出来なくて自分でも情けなくて謝ったとき、
古泉は頭を撫でながら言ってくれた。
そして俺は不覚にも泣いた。
あれはもう、何ヶ月前だっけ。




ずっと、って言葉をマジで受け取ってるんじゃないぜ。
そろそろカクゴを決めないとまずいって分かってんだ。
だから本当は今日こそ、と、思ってた。















あーっ、これじゃあ、今までと同じじゃねえかっ!
駄目だ!
現状を打破しろ、俺!!
































「たっ・・・谷口、さんっ?」
「古泉、ちょっと、待」
「あ、ドアが」
「あ」








ホームまで突っ走った。
切符はいくらのを買ったか覚えてない。
釣りも、取り忘れた。
古泉が電車に乗っていなくなる前に、
なんとか追いつきたかった。



追いついたはいいものの電車が出発して、
きょとんとしている古泉に、







「お・・・遅くなったからさ、家まで、
 送ったほうがいいかもなって思ってさ」






苦しい言い訳をして笑われて、



そこでやっと、掴んだままだった手を慌てて離して、













古泉の家までやってきた。





















「すみません、突然なので散らかってますが」
「すぐ帰るから気にしねーよ」
「すぐ、ですか?」











部屋に通された俺の手を、握ってきた。


どうして古泉を追いかけたのか、
考えていることは、全部分かられてる。














「・・・すぐじゃねえかも」
「はい」
「終電、調べとく」








開いた携帯は古泉によって閉じられた。







「・・・泊まってください」




















帰れねえらしいぞ、今日。
古泉がそう、言うから。





















ガチガチのまま制服を脱いで、
シャワーを借りて、
古泉と同じ匂いのするシャンプーを使って、
丹念に体を洗い上げ、
ふわふわのバスタオルで水気を取り、
明らかに裾の余る部屋着に身を包み、





「僕も入ってきますね」





古泉の部屋で、古泉が戻ってくるのを待つ。














シャワーを終えた古泉は正座で待っていた俺を笑ってから、
抱きついてきた。















まずい。
まずい。
息が苦しくなってきた。
血圧が上がってる、
ガンガンに、上がってくる。
















「谷口さん」
「こ、ここ、こい、こ」
「落ち着いてください」
「すす、すまん、すまん。マジで、すまん」
「いいんです、一緒にいられるだけで、いいですから」











まともに喋ることもできない。
抱き返すなんて、とんでもない。
それ以上の、
脳内ではシミュレートしつくした行為も、
今はかけらも浮かんでこない。











「追いかけてきてくれただけで、嬉しかったんです・・・」
「こい、ずみ」
「でも、もう少しだけ我侭を聞いてください」















同じベッドで眠ることがそれらしい。
腕枕をして、
古泉は俺に抱きついたまま、
嬉しそうに、目を閉じた。


















もちろん一睡も出来ない。
すやすやと小さな寝息が聞こえてきて、
寝顔をちらりと片目で見るだけで死にかけた。
どきどき、しすぎて。


































翌朝ひどい顔の俺を見て、
古泉はひたすら謝ってきた。
申し訳なくて俺も謝った。






多分今日の授業の時間は全敗だろうけど、
ちっとも、嫌じゃないぜ。
今めちゃくちゃ眠くても、
古泉の寝顔を一晩中見られたのと引き換えなら安いもんだ。






















「また来てもいいよな」
「でも、谷口さん・・・」
「その・・・寝顔、かわいかった」
「!」
「また、見てーし」





















その後飛びつかれ、
頬をすり寄せながら大好きだやら何やら、
心臓爆発必至のささやきを繰り返され、
一日中そのことが頭の中でリピートして、
結局、
俺は二日間、完徹した。
















あいつが笑ってくれるなら、
好きだって言ってくれるなら、
睡眠不足なんてどうってことはない。





今度は俺んちに泊まってもらおう。
そのほうがまだ緊張しねーはずだ。














そして今度こそせめてキスくらいは。
そうしたら古泉はもっともっと喜ぶんだよな?



















俺って、
めちゃめちゃ、
幸せ者、だよなあ・・・はは。












thank you !

ま た ピ ュ ア 口 か \(^O^)/
好きなんです・・・。
ぐるぐるしてるのは谷口の頭の中であります。
こう考えると谷古は二人とも受なのかもしれない。

inserted by FC2 system