HB












「古泉!」
「あっ・・・こんばんは、谷口さん」
「すまん、結構待った?」
「いえ、大丈夫です。お仕事お疲れさまでした」











本当は時間よりも早く着いて、
プレゼントの一つでも買って待ってる予定だったのに、
今日に限って急な打ち合わせが入って結局遅刻してしまった。
待ち合わせの時間を30分も過ぎている。
どこかで茶でも飲んでてくれと言ったけど、
古泉のこの様子だとずっと外で待っていてくれたんだと思う。





「腹減ったよな。店、予約してるから」
「ありがとうございます」







行きつけの店だから、30分や1時間遅れるのはいつものこと。
仕事の調整は社会人歴が学生時代を超えた今でも、
まだ難しい。学校がいかに楽だったかなんて話も同僚とする。
きっちり決められた時間に授業が終わって、
教師の機嫌がよければ1時間まるごと雑談で終わったり、
自習の時間なんてのも楽しかったな。
社会人になってからは時間が進むのだけがやたらと早く、
ナンパする暇もないまま仕事に明け暮れて、
気付けば今に至る。職場の同僚も独身が多い。
出会いなんてねーし、合コンするにも時間が合わねーし。






気楽に誘えるメンバーは限られていた。
その中の一人が、こいつの、旦那。
キョンは職場は違えど電車にして数分のところにあるから、
そしてあいつも結構帰りが遅いもんだから、
駅前で集まったりあいつの家に泊まらせてもらったりして、
息抜きをさせてもらってた。













あいつは変な気を使ったりしないし、
愚痴も大げさに頷くでもなければ無視することもなく淡々と聞いてくれるから、
話しやすい相手だ。
キョンと、高校を卒業して、大学時代も今も仲良くやってるのは、
あいつの人柄的なものも大きい。





人柄、も。

 










一番、俺にとって、でかかったのは。





「今日は待たせたし、奢るよ。好きなもん食ってくれ」
「だめですよ、ちゃんと払います」
「いーや。俺、独身だしさ、時間はねえけど金ならあるから。なんてな」













古泉。




いつも、
古泉に会いたかった。









 



illicit love














 

 


キョンにはそれらしい言い訳をして、古泉はこの時間を作ってくれた。
誘うまでにどれくらいの時間と、
どれくらいの勇気が必要だっただろう。










俺は、古泉が、あいつを好きだってことを知ってる。
あいつが、古泉を、ものすごく大切にしていることも知ってる。













それでも古泉を好きになってしまった。
理由なんていくらでもある。
男だ、なんてことが、気にならなくなるほどのたくさんの理由が。

 










好きだと伝えただけでもよかったはずだった。
俺のわがままで伝えた気持ちを、
古泉は丁寧に受け止めたうえであいつがいるからと断った。




そうだった、けど。
















 

「古泉、・・・この後、どのくらい時間取れる?」





注文した後に、時計を指しながら聞いてみる。
俺が遅刻したから、減っちまったよな。
二人きりで会える貴重な時間だってのに。






「・・・谷口さんさえよければ、その・・・何時でも」
「マジ? ・・・朝まででも?」
「・・・大丈夫です」











酒を飲む前から真っ赤になって、
俺と目が合った途端に俯いた。









朝まで。
それが何を意味するかは、
大人、なんだから、分からなくはない。














古泉。
ごめんな。
キョンを大事にしているお前を好きになったのに。
諦められなかった。

 

 

 























「おいしかったです、ごちそうさまでした」
「おう、よかった。落ち着いたら、移動すっか」
「はい」

 










他の奴なんて知らないお前に、
心を開いてくれていたお前に、
俺は少しずつ、入り込んでいくことに成功した。
好きだと伝えて、
それからもキョンとはよく飲んで、
古泉にも会った。
そのたびにキョンが見てないところで視線を送った。
意識していないふりをして至近距離まで近づいて話した。
ひたすら優しくした。
がちがちに意識して頬を染める古泉がかわいくてたまらなかった。

 

 










 「わっ・・・!」




 

ある日の夜に、キョンが会社からの呼び出しで出ていった後、
勇気を出して古泉の腕を引いて抱きしめた。
古泉は声を震わせながらも抵抗はせずに、
思っていたよりもずいぶんあっさりと、俺に抱き締められる。

 




 「すまん・・・やっぱり、古泉が好きだ・・・」
 「谷口、さんっ・・・」








甘い香り。
前に、キスをしたのは、酒の勢いもあった。
ぽかんとしている隙だらけの古泉になら、
出来ると思って、した。




今は古泉も警戒してるだろうし、
キョンのことを思えばあの時のようにはさせてくれない。
だから俺は何度も何度も、古泉の耳元で囁いた。
好きだ、
好きだ、
古泉。
俺はお前が、
ずっとずっと、好きだった。













言うたびに腕の中の力が抜けていく。
呼吸も荒くなって、もちろん耳まで赤い。
いけそうな予感がして、
抱きしめたままキスをした。
好きだと言った数と同じくらい、何度も。





古泉の目は涙で濡れていたが、
決して抵抗はしてこなくて、
やっと唇を離したときには、
自分から頭を俺に預けてきた。

 


 「古泉・・・」
 「ぼく、ぼくっ・・・」
 「無理に言わなくていいぜ」
 「っう・・・」


 







古泉が本当に好きなのはあいつだけだ。
何も知らない、
まさか、俺と古泉が二人きりでいるなんて知らない、あいつだけ。
それでもいいんだ。
あいつを裏切ることになるのは心が痛いけど、
それでも、
古泉の心の中に入りたかった。











「・・・・・・行く?」
「行き、ましょうか」



古泉を先に店から出して会計を済ませ、
財布を取り出す手を制する。
ホントにさ、金ならあるんだ。
大学生の頃は遊びまくって親に何度泣きついたか覚えてねえけど、
今じゃ、ちっとも使い道がなくて。
お前に好きだって言った日からずっと、
お前しか頭になくて、
遊ぶ気にもなれずに仕事に集中してたら、残業代、貯まってさ。






「さっき、電話で予約しといたから、・・・泊まるとこ」
「ありがとう、ございます」
「何時までに帰ればいい?」
「・・・谷口さんが、会社に、行ってからで平気です」
「そーか」







ここから歩いていける距離のシティホテル。
新しくオープンしたばかりで、夜景がやたら綺麗に見えるとかで
平日でも予約がいっぱいだ。
少しだけいい部屋が空いていたから、そこにした。
先導する俺についてくる古泉が携帯をポケットから出してちらりと見やった。


もし今、
あいつから電話なりメールがあれば、
きっと古泉は帰る。







 今日の用事はなくなりました、
 あなたと過ごせる時間が増えてうれしいです、
 もう、ご飯は食べましたか?
 お風呂、準備しましょうか?
 それとも、これから・・・。










そうなった方が俺の気持ちにもブレーキがかかって、
いいかもしれない。
んな風に思っちまった俺は間違いなく小心者だ。









結局携帯は震えなかった。
古泉と俺は、
地上から遥か離れた高層階の部屋で、二人きりになる。

















「古泉、こっち」
「は・・・はい」
「警戒してる?」
「いえっ、警戒、なんて」
「ははっ。構わねーよ。俺も緊張してっから」
「すみません」







大きなダブルベッドに腰掛けて、ネクタイを緩めながら古泉を手招きする。
古泉は、不安の入り混じった笑顔を浮かべて横にやってきた。
一気に押し倒して犯してやろうなんて、思えねえから。
今まで失敗もして、何人もの女の子に振られてきたし、
そのたびに反省して次はこうしようと思って、
最近じゃ評価も上々なんだ。


本命のための練習ってわけじゃなかったけど、
この日のために、それらがあったのかもしれない。












「古泉の心の準備が出来ていないんなら、俺は何もしない」
「・・・・・・」
「気にしないでくれよ。俺はそれでもいいし。
 今日は飯を食うためだけに会った、で、いいんだ」
「・・・僕は・・・・・・」












指を握ってくる手が熱い。
何も言わずに指を絡めて頭を寄せてきた。







空いている方の手を髪に絡め、
ゆっくりと唇を合わせる。

























「た・・・に、ぐ・・・」





















「あっ、あ、だめっ・・・・・・・」










































「不倫は文化だってさ、どこの誰が言ったんだっけねー」
「な、なに?」
「不倫。上司がやっちゃって奥さんが会社まで乗り込んできてさ、散々だったよ」
「あ、そうなんだ、ハハ・・・」
「あんなものが文化だったら僕は文化人を名乗りたくないね」




取引先の近くだからと呼びだされ、国木田と昼飯を共にしている途中でそんな話をされて、
思わずむせそうになった。
前から怪しかったんだよ、私用の電話取り次ぎが多かったしねー、
文句を言いながらも他人事だからかどこか楽しそうだ。
人の不幸は蜜の味、ってか。
昼飯、一気に、まずくなった。






「谷口は手出しちゃ駄目だよ、人妻に」
「んな暇ねーって」
「だよね。飲みに誘っても断られてばっかりだし」
「それはすまん。今度は時間作るから」
「本当? じゃ、とりあえずここは奢りだね。ごちそうさま」
「う・・・はい、分かりました・・・」








颯爽と鞄を持って去っていく背中を見送って、
俺は一人、伝票を持って会計に向かう。




財布を開くと、
あの日のレシートがちらりと見える。
そのたびに胸が痛むのに、捨てることも、
家に置いておくことも出来ない。

















あれ以来古泉には会ってない。






























 「また、会ったら・・・・・・」

























肌を合わせることで少しは想いがクールダウンするんじゃないかと、思ってたんだ。
この気持ちはあいつに対する罪悪感のせいで盛り上がっているんだろうって、思ってた。























 「本気になって、しまいます・・・っ」
































ホテルを先に出ようとしてドアノブに手をかけたとき、
それまでは笑顔だった古泉が突然泣き出した。





















本命を傷つけないように今までの経験を生かそうと思ったのに、
そんなことは、出来るわけ、ねえよな。
ゴールのない関係が、
どちらも傷つかずに終わるなんてこと、ない。











俺も同じ気持ちだったんだ。
言わないで済むならそれでもよかった。
もし古泉が違うなら、自分の罪悪感を必死に抑えながら会いたいとすら、
考えていたんだ。





古泉の方が俺よりも誠実だった、



だから俺自身に、落胆した。
















そうだよな。
ちゃんと、言おう。























 「もう、会わないように、しようか」
 「・・・・・・・・・・・・・はい」









































「ねえ、谷口」
「何だ」
「好きそうなタイプの子、見つけたんだ。紹介したいんだけど来週時間作ってくれるかな」
「マジ?」
「うん。今の谷口なら紹介してもいいかなって思ったんだよね」
「時間作る。メール、するわ」
「分かった。待ってるよ」


























俺にとって本命だった、
だからこれ以上は、傷つけない。























古泉、
幸せになれよ。
















俺も頑張る。



















thank you !

やっちゃった!不倫!リンフー!
ちなみにリアル不倫は反対派ですよ( ´∀`n)
肝心なところを書かないあたりがピュア口・・・
キョンごめんね!

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