HB









「バレンタインデーに同性からチョコレートをもらったら、どうします?」







前日の放課後に、突然古泉が聞いてきた。








何だ?
何だって?
同性からチョコレート?








朝比奈さんの着替えを待つためにドアに寄りかかりながら、
俺の頭の中はフル回転を始める。






それは俺にチョコレートをくれる、ってことか。
お前が俺に。
チョコレートを。
愛のこもった、甘い、それを。








あまり甘いものは好きじゃない。
チョコレートも、普段は進んで食べない。
けどお前からもらえるなら話は別だ。
愛の分、めちゃくちゃにでかいチョコレートでも、
絶対に全部食べきるぞ。

















「も・・・・・・勿論、受け取るぜ」
「そうですか。変な感じはしませんか」
「ああ。しない」
「よかった。好みに合いそうなブランデー入りのものを見つけたので、
 普段力を貸してもらっている分、お礼にと思いまして」
「ん? 俺は酒なんて好きじゃないが・・・・・・」
「え? ああ、すみません。あなたじゃありませんよ。会長です。
 こういうときにも根回しをしておかないといけないんですよ」











俺のショックを受けた顔は、
朝比奈さんがドアを開けて呼び入れてくれたおかげで、
古泉に見せずに済んだ。





会長かよ。
あんな奴にやるのか。
必要ない。お前が根回しをする必要なんてどこにもない。
どうせアイツ相手にも気を遣わされてるんだろ。
そんなのよりも俺にくれ。
会長よりは俺のほうが貢献してるだろ?
ハルヒのご機嫌取りなら。
そりゃ、失敗することもあって、
余計機嫌を悪化させて古泉が失望したような目を向けて
アルバイトに走っちまうようなことも、なくもないが。










「キョン、古泉くん。明日はバレンタインデーだけど、
 明日はチョコレートをあげないわ。
 去年よりも難しい場所に隠してあるから、
 土曜の休みに探索するのよ。空けておくこと!」
「はい、涼宮さん。毎年楽しいイベントをありがとうございます」




ハルヒの楽しそうな声に、俺も一応笑っておく。
このままだと明日は一個も手に入らない可能性が出てきた。





古泉、
ああ言いながらも本当は俺にくれるんだろ?
な?
お前はそういう奴だよな?
期待させといて落とすようなことはしないよな?










古泉、頼む。
チョコレートをくれ。








出来れば、愛付きで。












限定チョコレート










当日。
下駄箱にチョコレートが入っている演出も、
机の中に手紙が入っている嬉しいサプライズも、
女子に呼び出されることもなく、
谷口の嘆きだけを聞きながら、一日を過ごした。




もしかすると鶴屋さんあたりはくれるんじゃないかと期待して、
廊下で会ったときに頬が緩んだものの、

「もしかして今日、期待してたかなっ?
 ごめんよ! あたしは本命しかあげないって決めてるのさっ」

と言われてしまった。






去年はすっかり忘れていたイベントなのに、
意識するとだめだな。
俺も健全な男子高校生だというわけだ。
イベントの一つや二つ、
意識してもおかしくない。










SOS団の活動は何事もなく終了し、
古泉は用があるからと先に部室を去った。




「さすが古泉くん。キョンとは違ってモテるわね。
 副団長として人気があるのはいいことだわっ」
「るさい」






古泉の行き先は分かってる。
俺も先に帰る、と鞄を持ち、
生徒会室へ向かった。





















俺は古泉が好きだ。
古泉はそれを知らないだろう。
意識しすぎるがあまり、
古泉にそんな態度は一切取れない。
好きだと気付かれれば、絶対に引かれる。
俺は男だし、
古泉も綺麗な顔をしているものの、男には違いない。





自分を想ってる男がいて、
毎晩のように妄想の中で色々されて、
しかもそいつがこんな近くで、
毎日不健全な目で見ていると知ったら。











だから古泉から好きになってもらうしかない。
奇跡に近いことだとは思う。
だがそうすれば、
俺は間違いなく想いを受け止めるし、
古泉も俺を好きなんだから、お互いに幸せになれるわけだ。


そうするために努力しているつもりだ。
裏目に出ることもあるが、
古泉がよく考えれば俺のおかげだと気付くように、
行動してきた。



しかしこの一年、いや、もうすぐ二年になるな。
古泉からの好意は全く感じない。
だからチョコレートの話を振られたとき、
内心めちゃくちゃ嬉しかったんだが、な・・・・・・。

























「どうぞ、これ、僕からです」
「はっ。野郎からチョコレートなんぞもらっても嬉しくねえな」
「すみません。こういう味がお好きかと思いましたので。
 勿論、他意はありませんよ」
「当たり前だ。まあいい。もらっておいてやるよ。
 で、今度は俺に何をしろってんだ?」
「ははっ、その他意も、ありませんよ。
 発生次第お願いさせていただきますが」












生徒会室のドアに耳をあてて話を聞いたが、
本当に古泉が会長にチョコレートを渡したのは、
あいつが言っていた通りの意味で、らしい。
よかった。
ほっと胸を撫で下ろす。
それ以外の二人の会話には興味がない。
突然ここから出てきて、
俺が聞いていたとばれるとまずい。
安心してから生徒会室を離れて昇降口へ向かう。















古泉は中々やってこない。
来たら、偶然を装って一緒に帰るつもりだ。
待っている間はまた妄想の世界に入ることとする。















付き合い始めて、
何度かデートを繰り返してから家を訪ね、
ぎこちないキスと、
初めて一緒に過ごす夜、
それらは全て妄想を終えている。





今日考えるのは、何度か行為を繰り返した後のことだ。
















「僕、ひとつ、心配ごとがあるんですが」
「ん。どうした」







ひとしきり二人で気持ちよくなった後、
古泉は恥ずかしそうに擦り寄ってくる。








「僕、声、うるさいですか」
「何?」
「我慢しようと思うんですが、出来なくて。
 あなたが不快に思っていたらどうしようと心配なんです。
 嫌なら、今度から、口を塞いで、します」






真っ赤な顔で俯いて、目は合わせない。
本気で心配してる。
もしかすると最中に、


「そんなに気持ちいいか。声、すげーな」
「ふ・・・・・・!!」


あれか。
あのせいか。









確かに古泉はかなり声を出すほうだと思う。
平均的なのがどのくらいか分からんが・・・・・・
古泉の顔からは想像出来ないくらい、
弄くってやるたびに甘い声を上げてくれる。






けどな、興奮こそすれ、
うるさいと感じたことなんて一度もないぞ。
お前の声が好きだ。
俺の手や体や唇で、上げる声が。









「そうですか、それなら、よかった・・・・・・」
「気持ちいいんだろ? なら、我慢しなくていい」
「ん・・・・・・、そう、です、あなたのせい、ですから・・・・・・」
「ああ。だから責任は全部、俺が取る」







恥ずかしそうな表情にぐっときて、
顎を上げさせて唇を重ねた。


そうさ、
責任は取る。
お前の体を俺専用にしちまった責任はな。
一生、気持ちよくしてやるから。
お前はそのたびに声を聞かせてくれればいい。






古泉、
かわいいな、
古泉っ・・・・・・




















「あれ、どうしたんですか、あなた」
「おわっ!!」
「どなたかお待ちですか? お疲れ様です」









妄想にふけりすぎていて現実がどこかへ行ってた。
古泉の姿を見たら、
今来た、風に見せかけるつもりだったのに。
気付いたときには目の前に古泉がいる。
ぺこ、と頭を下げて、
自分の靴がある方へ去っていく。

慌てて俺も上履きをしまいこみ、
9組の下駄箱へと走った。









「古泉、俺も、帰るっ」
「え? 良いんですか?」
「ああ、その・・・・・・つまり、今年のホワイトデーの礼について、
 早めに話しておいたほうがいいと思ってな」
「へえ・・・・・・あなたから話を振ってくださるとは、
 驚きました。僕も週末には考えなくてはと考えていましたが。
 そういうことでしたら、こちらからもお願いします」












咄嗟の言い訳だったが、うまく話は進んだ。
無事に古泉の隣に並んで帰ることになった。
今日も、かわいいな。
横顔も正面からも、後姿も全部だ。
付き合えるようになったらじっくり見せてもらいたい。
恥ずかしがっても何分も何十分も何時間もだ。










「そういえば、会長に渡してきたんですよ」
「ほう」
「からかわれました。男に興味があるんじゃないだろうな、って」
「何っ!?」







まさか、俺が立ち去った後にか?
聞いていたときは、んな会話はなかったぞ。







「苦笑しながら弁解しましたけどね。
 やはりバレンタインデー当日に渡すのはまずかったでしょうか」
「う、うむ・・・・・・。冗談だろ? どうせ」
「ええ、そうですけど」






会長め。ふざけやがって。
古泉がお前に興味を持つわけがないだろ。
機関の仕事で仕方なくやってるのに、
この古泉が、
俺の古泉が気を遣ってやってるというのに、
何が男に興味があるだ。
くそ。
チョコレートを渡すのを止めさせればよかった。




しかし、だ。





実際に、そういうことは、ないんだろうか。
会長の話はおいといて、





男は全く駄目なのか、
少しは検討の余地があるのか。







この話の流れで聞いてもおかしくはないよな?
鼓動が早まってきた。
背中に汗が伝うのも感じる。










「こ」
「そんな話はどうでもいいですね。
 来月の話です。一ヶ月前から準備をしていれば、
 それなりに楽しんでいただくことが出来るでしょう。
 去年はホストの真似で失敗しましたからね、今年は・・・・・・」








考えている時間が長すぎたらしい。
俺が口を開いた途端に古泉の話が切り替わり、
ホワイトデーの話になる。








仕方なく話を合わせつつも、
頭の中は別のことを考えている。




















俺には本当にないのか?
俺はお前の役に立てていないのか?
お前なら、
俺の水面下の動きも察知してくれると期待しているんだ。
それとも本気で俺には全く興味がないのか?
会長が、ブランデー入りのチョコレートが好きだと知っていても、
俺が何を好きだとか、
古泉を好きだとか、
知らないだろ。











知られて嫌がられるのは困る。
でも、
全く知られないのも、悔しい。












会長よりも俺を気にかけてくれ。
俺に興味を持て。
意識しろ。
俺を好きになれ、
好きだと言ってくれ、古泉。

























「企画は難しいですね、また週末、話しましょう」
「ああ」
「あなたは自転車ですよね。僕は電車なので、ここで」







はっ。
あっという間に駅前についてる。





古泉、
帰るのか。








何も渡さずに。















手を振って改札の奥へ歩みを進める古泉をいったんは見送った。



















古泉は全く俺に気がない。
何を言ったって意味がない。


























分かっているのにも関わらず、
改札まで走った。














「古泉!!」











電車に乗り込もうとしている古泉の名を叫び、
驚いた顔をさせて、こちらに引き戻す。











今更後には引けない。












「どうしました?」
「忘れもんだ。お前に聞きたいことがある、出て来い」
「はあ・・・・・・ここでは駄目なんですね」
「ああ」
「分かりました。少々お待ちを」












駅員に定期券を見せて改札を出、
俺の元へやってくる。
不思議そうに首を傾けて。






かわいい。
すげーかわいい。
めちゃくちゃかわいい。







そう簡単に諦められるかよ。
もしかしたらもらえるかもしれないと、
考えたら一睡も出来なかったんだぞ。


























腕を掴んでひとけのない道まで連れて行く。
きょろきょろと辺りに誰もいないことを確認し、
古泉を石塀に押し付けた。











「わ、どうしました」
「古泉。俺にはないのか」
「ええ? 何がです?」
「チョコレートだ。バレンタインの」









目を逸らしてはいけない、
自分に言い聞かせる。
猛烈に恥ずかしかったが、
古泉の目をまっすぐに見たまま聞いた。
その目は大きく開いて、
駅で呼び止めたときよりも驚いている。










「あなたに・・・・・・ですか? 僕が?」
「・・・・・・そうだ」








この驚きよう。
この言葉。
明らかに、用意していない、ということだ。





分かっていた。
古泉なら照れて渡せなかったなんてことはないと。
俺に渡す気はないと。
















「ああ・・・・・・、僕が会長に、力を貸してもらっているお礼に、  
 と言ったからですか? もちろん、あなたには会長以上に、
 お世話になっていますよ」










さすが古泉だ。
察しがいい。
恐らく今の時点では、
俺が単なるチョコレート好きくらいにしか思ってないだろうが。














「ですが僕からチョコレートなんて気色悪いでしょう」
「気色悪くない」
「そうですか? 意外ですね」
「むしろ、俺は、欲しかった」
「そんなにチョコレートがお好きなんですか、知りませんでした」
「・・・・・・お前は俺の何なら知ってるんだ」
「あなたのことですか。たいてい知っていると思いますよ。
 家族構成、生まれた時間に場所、中学時代の生活・・・・・・」











機関から渡された書類上のことなんてどうでもいい。
俺が聞きたいのはそうじゃない。
お前が俺と接して、話して、
同じ時間を共有してきて、
そうやって知りえた情報のことを聞いてるんだ。









「そう、ですね・・・・・・抽象的すぎて難しいですが、」
「俺は、お前からもらいたかったんだ」
「はい」
「どういうことか分からないか」
「チョコレートが好き、では?」
「ない」
「では・・・・・・。あまり考えられないのですが」
「言ってみろ」
「失礼なことかもしれませんが、不正解なら謝ります。
 あなたが僕に好意を抱いてくれている、とか」











拍子抜けするほどにいつもと同じ調子で言ってきた。












俺がお前を好きでも、
大して気にならんのか。














その程度なのか? 俺は・・・・・・。

















目を合わせ続けるのは無理だった。
古泉を押し付けていた手を離し、距離を取る。


















古泉・・・・・・。
お前にとって俺は・・・・・・















「ああ、そんなに落ち込まないでください」
「・・・・・・・・・・・・」
「正解ですか。僕、これでも驚いているんですよ」
「・・・・・・嘘つけ」
「嘘じゃありません。現に、今・・・・・・
 腰が抜けてしまって動けないようです」











・・・・・・何?









古泉に目をやる。
塀にもたれかかり、
その顔は、




よく見れば、いつもとは違う。














夕日を浴びてるせいだけじゃなく、
あ、赤く、なってる、ような・・・・・・














「・・・・・・正解だ、その通りなんだ」
「ええ。あなたがそのような冗談を言うとは思えませんから」
「どうだ、それで」
「すぐには何も考えられません。
 考えたこともありませんでした。・・・・・・すみません」
「いや、それが当たり前だ」






すぐに断られなかっただけでもいい。
一度ばれてしまえばもう隠す必要はない。
古泉に好きだと言わせる作戦もナシだ。






素直に言おう。









お前が好きだ。
お前と付き合いたい。
お前にも好きになってほしい。
毎日一緒にいたい。
二人きりになったら抱き締めて、
好きだと言いたい。
ずっとそう思ってた。












「すみません。本当に、歩けなくなるので、その辺で」
「・・・・・・すまん」
「考えます、これから。それでもいいですか」
「勿論だ」
「ありがとうございます」









俺にだけ見せる笑顔。
この笑顔を今までに見たことがあっただろうか。
かわいい、
かわいい、
かわいい。









古泉。

好きだ、

大好きだ。























気持ちが通じ合う前に触るのは反則だろうが、
無性にそうしたくなり、頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
それから腰が抜けたままになっている古泉の腕を引き、
駅前まで戻る。












「もう大丈夫です」
「そうか。・・・・・・なあ」
「はい?」
「チョコレート、くれよ」









腕を離して、頼む。


格好悪くても、
情けなくても、
俺は欲しかった。











「駅前のコンビニしかありませんけど、
 ・・・・・・今日がいいんですよね」
「コンビニでいい」
「分かりました。待っていてください」








走ってコンビニに入り、
ブルーの小さな箱を持って戻ってくる。







どこの何でもいい、
強引だと言われてもいい。

お前にもらえさえすれば。
















「お待たせしました。どうぞ」
「悪いな」
「あなたにはお世話になっていますから。
 こんなことなら、もう少しちゃんとしたものを用意しておくべきでした」
「それは期待しちまうからよせ」
「はは。なるほど」










名残惜しかったが、古泉と再度、駅で別れた。
発する熱で溶けてしまいそうだが、
もらった箱を握り締めて、
自転車に乗り込む。


















古泉を好きになってよかった。
最初から断られなくて良かった。
あいつはちゃんと、俺を見てくれてた。
世話になってると認めたのは、
俺が古泉のためにやったことを、
分かってくれてるんだよな。















もっと頑張るから、見ててくれ。
お前が俺に惚れるように何だってする。


きっと好きになるぜ。
これからは今まで以上に本気を出すからな。












「古泉ー・・・・・・好きだー」







コンビニ限定のチョコレートが、
こんなに輝いて見えるなんて、知らなかったぜ。













thank you !

ハッピーバレンタイン!




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