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「はー、疲れた」 「お疲れさま、谷口」 「いいなあ……」 「んん?」 国木田くんにめがけて倒れこむようにぐったりとうなだれた谷口くんを見て、 あたしは思わず、声が出ちゃった。 谷口くんと国木田くんが一緒にこっちを振り返る。 「何がいいな、って言ったの?」 「あ、やっぱり聞こえてた? 谷口くん、涼宮さんと遊んできたんでしょ」 「あれは遊びじゃねえぜ、俺を下僕とみなした上で、ただこき使われただけだ」 お昼休みが始まってすぐ、 谷口くんは涼宮さんに制服の襟を掴まれてどこかに連れて行かれてたのね。 学祭の映画に出てから、 谷口くんは涼宮さんによく連れて行かれるようになったみたい。 あたしもあの映画観たんだけど、谷口くんの出番ってほんのちょっとで、 台詞すらなかったよ。池に落ちる時の「わあー」くらいかな? でも、あれは台詞じゃなくて、ただの叫び声だったと思うのね。 それだけでも、涼宮さんと仲良くなれたのがうらやましい。 あたしはまだ話しかけるきっかけも掴めないし、 悩み事があればSОS団に行ってみたいと思うんだけど、 今のところ涼宮さんに喜んでもらえるような悩みごともないんだ。 だから気軽に涼宮さんと遊べる谷口くんがうらやましいなって、 ずっと思ってたのね。 「ずいぶんモノ好きだな」 「そうかな? だって、楽しいでしょ。楽しそうだもん」 「楽しいぃ? 疲れるだけだっての、あんなん」 「じゃあどうしていつもついていくの?」 「そりゃ、断ったらあいつが怖いからだぜ」 あははっ。男の子なのに、女子が怖いの? 確かに涼宮さん、同じクラスになったばっかりのころはいつも怖い顔してたけど、 最近は笑ってばっかりじゃない。 毎日充実してるって感じ、しない? たった一度きりの高校生活だもん、 涼宮さんみたいに楽しみたいな、あたしも。 谷口くんはどこを気に入られてるんだろ。 他の男の子と何が違うんだろ。 国木田くんよりも、引っ張られていく確率は高く見えるのね。 もちろん、SОS団に入ってる彼、えっと、名前は何だっけ。 映画のエンドロールにもキョンってあだ名しか書かれてなかったし、 みんなキョンって呼んでるから忘れちゃったよ。 うん、その、キョンくんの方が涼宮さんはお気に入りだって思うけど、 谷口くんは団員じゃないのにすごいなって。 知りたい。 あたしも涼宮さんと仲良くなりたい、 だから、谷口くんみたいになれば、 仲良くしてくれるかもしれないじゃない? 「ね、谷口くん、今日あたしと一緒に帰ろう」 「へっ!?」 「いいでしょ? 今まであんまりお話したことなかったけど、いろいろ聞いてみたいのね」 「お、おおう、別に、いいぜ」 「谷口ー、鼻の下伸びてるよ。顔が正直すぎ」 「馬鹿! んなことねーって!」 同じクラスだけど席も離れてるし、 国木田くんは一緒に日直をしたことがあるからたまに話すけど、 谷口くんとは日直も一緒になってないしあんまり今まで関わって来なかった。 女の子が好きな人だって印象しかないかも。 クラスの中では、転校しちゃった朝倉さんが大好きだったみたいで、 他の女の子に手を出してる感じはしないなあ。 涼宮さんが見てるから? どうなんだろ。 放課後、谷口くんが掃除当番を終えるのを待って、 走ってきた彼に手を振って、あたしたちは隣に並んで歩き始めた。 途中で別のクラスの男子に谷口くんがからかわれたなあ。 実はあたし、男の子と並んで帰るのは初めてなんだけど、 涼宮さんのためって思ったら、変に意識しないで済んじゃった。 「谷口くんは土日どこに遊びに行くの? 外派、家派?」 「俺は、外に出かけることが多いぜ!」 「アクティブなのは、いいことね。うん、好きそう」 「好き!?」 涼宮さんが家の中でじっとしてるのは考えられないし。 あたしも、ルソーと寝っ転がってばかりいないで、散歩の時間を増やそうっと。 「食べ物はどんなものが好き?」 「甘いものとかだなー。パフェとかさっ」 「へえ、男の子なのに珍しいね。うん、いい感じ」 「い、いい感じ……!」 女の子と遊ぶんなら、女の子が喜ぶお店に連れて行かなきゃ。 甘いものは必須よね。 って言いながら、あたしはあまり甘いもの得意じゃないんだけど、 涼宮さんが好きなら頑張るわ。 「得意なことって何? スポーツとか勉強とか」 「勉強は、ちょっとなあ……体育なら得意な方だぜ」 「勉強は他に出来る人、いるものね。運動神経がいい方が素敵ね」 「素敵!」 SОS団には進学クラス、9組の男の子がいたはず。 彼がいれば頭脳派は必要ないよね。5組のあたしが勝てるはずないし。 運動もあんまり得意じゃないけど…… うーん、あたしに出来ること、考えなくちゃ。 でも、谷口くんも特段、スポーツが出来るわけじゃないのね。 他に何か秘密があるんだ。 なんだろ、なんだろ? 「そ、そんな見つめんなって」 「だめ?」 「だめじゃねえけどー!」 こう言うのも失礼だけど、顔も特別いい、ほうじゃないのね。 普通ね、普通。 背も高くも低くもない、痩せても太ってもいない、髪型が面白いくらい。 涼宮さんも4月、毎日面白い髪型をしていたけど、そこに何か秘密があるのかしら。 「髪に触ってみてもいい?」 「か、髪?」 「うん」 「いーけどよっ……」 わあ、カチカチに固められてる。 毎朝してるんだよね。すごい、頑張ってるんだ。 あたしも毎朝ドライヤー使うけど、寝癖ひどいと嫌になっちゃわない? あれっ。 谷口くん、 顔赤いよ? 「いっ、いつまでやってる気だよ……」 「えっ? あ、ごめんごめん。あたし、夢中になっちゃうとずっとしちゃうタイプなのね」 「夢中って」 授業で寝てる時に先生に当てられたら面白いことを言ってその場を切り抜けて、 そんな谷口くんを、楽しい人だなあって思ってた。 涼宮さんほどのインパクトじゃなかったから、 そんなに、意識してなかったけど…… その谷口くんが真っ赤になって何も喋れなくなってる。 もしかして、女の子大好きなのに、全然慣れてないの? こーゆーこと。 あたしはルソーを飼ってるからかなあ、撫でるのとか全然平気なのね。 谷口くんって犬さんタイプの人じゃない、忠犬よね、 ワンワン言いながらも涼宮さんについていくし。 ちょっと、想像してたより、楽しいかも。 「谷口くんってかわいいね」 「かわ!?」 「あたし、涼宮さんと仲良くなりたいのね、だから谷口くんに秘訣を聞こうと思ったんだけど」 嘘は苦手なんだ。 だから正直に言ったら、目に見えて、がっかりしてる。 正直なのね、谷口くんも。 「でも、谷口くんと仲良くなったら、きっと涼宮さんとも仲良くなれるよね。 それに谷口くんって面白いし、涼宮さんのこと抜きにしても、 一緒にいたら楽しそうって思うのね。 谷口くん、あたしとお友達になってください」 あたし本当にそう思うよ。 ちょっと一緒に帰っただけで、思うんだ。 ううん。前から思ってたのかもしれない。 面白い人だな、涼宮さんと一緒にいられてうらやましいな、 あたしも一緒にいたい、 あたしも、仲良くなりたい。 涼宮さんと仲良くなりたいのも事実。 でも、もしかしたら同じところに、谷口くんもいたのかもしれない。 「よ、喜んで!」 「本当? 嬉しいな」 「女子から友達になってくださいなんて初めて言われたぜ」 「いつもナンパしてるのに?」 「そ、それはっ」 「知ってるよ、失敗ばっかりなんだよね」 「なぜそれを!」 国木田くんと話してる声、聞こえてくるもん。 教室の遠いところにいても、谷口くんの話声はあたしの耳に届いてた。 これって、やっぱり、仲良くなりたいってこと、なのね。 わあ、気付かなかった。 今分かっちゃった。 「俺だってよ、彼女とか出来れば、真面目にやるし、 ナンパだからって軽い気持ちでやってるとかじゃなくて、 本気で付き合いてーとか思うから声をかけてるんであって、あー」 いきなりぺらぺら饒舌に話し出す。聞いてないのに。 「ぷっ」 呆気に取られたけどすぐに面白くて吹き出しちゃったのね。 顔真っ赤になってるし、上手に喋れてないんだもん。 「なんだよー、もう、なんなんだよー」 「ごめんね。谷口くん、面白いな。今度一緒に勉強しよう、 ナンパはどうしたら成功するかって、成功の秘訣があるなら、知りたいのね」 「マジかよ。阪中もナンパとか、すんの?」 「ううん、そういうの、したことないけど……楽しいことは、好きだよ」 「……たぶん、二人でナンパするよか、普通に遊んだ方が楽しいぞ?」 「そうなの? じゃあ、そうしよう」 あっ、笑ってくれた。 笑顔、なんか、いいかもって、思っちゃった。 楽しそうにしてる人と一緒にいると、楽しくなれる。 笑ってる人のそばにいると、笑っていられる。 涼宮さんにはあたしがあたりなりのやり方で、話しかけてみよう。 谷口くんとは、谷口くんとで、別で、一緒に楽しい気持ちになりたいって、思うのね。 改めてよろしくお願いします。 まずは、お友達から。
5組の女の子誰とでも妄想できる自信があります。。。
でもきっとお友達止まり\(^O^)/