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「……ぷっ」 「な、なんだよ!」 「だって、すごい間抜けな顔してるから」 「ば……見んなっ」 「あはは、ごめんごめん」 あーあ、拗ねちゃった。 別におかしくって笑ったんじゃないのに。 前はあんなに恥ずかしがってすぐ口を離してたのが、随分慣れたなーって思ってさ、 嬉しくなっただけなんだよ。 僕だって未だに照れくさいところがあるから、茶化しちゃうけど。 そうするといじけちゃうの分かってても、 男同士なのにかわいいとか言い合うの、嫌じゃん? そもそも谷口ってかわいくないし。 格好良くもないし。 見た目で好きになったんじゃないから。 「ごめんね。大好きだよ」 「う……」 「大好き」 いじけたらそっぽを向くから、後ろからぎゅって抱き締める。 何回も大好きって言っていれば、 そのうち「あー、もー、わかったから!」って白旗を上げて許してくれるんだ。 谷口のどこが好きなんだよ、ってキョンにも聞かれた。 谷口自身にも何回も聞かれてる。 一緒にいて楽しい、だけじゃ理由にならないの? 僕にとっては一番大事なポイントなんだけど、そう答えると谷口は納得できないって顔をするんだ。 「ねー、谷口」 「なんだよ」 「僕らってさ、結構ラブラブだと思うんだけど」 「ぶ!」 あーあ、またジュース噴き出しちゃった。 僕んちのベッドカバー汚すの何回目? そういうオーバーリアクションなところもさ、好きだけどね。 理由とか、何でもいいじゃん。 僕は谷口が好きなんだ。 好きなところ百個言えって言われたら言うよ、 でも、君が欲しいのは理屈じゃないんじゃない? 「はい。タオル」 「すまん。って、お前、ラブラブって!」 「そうじゃないの? 毎日僕んちに来て、キスしてるんだよ」 キョンと古泉くんだってここまではしてないと思うな。 キョンって奥手っぽいもん。 意識しなければ何でも出来るけど、いざ好きな子相手だとガチガチになっちゃうタイプ。 廊下ですれ違うだけでも一瞬フリーズするんだもん、見てて笑っちゃうよね。 あんなので涼宮さんに気付かれずに卒業まで付き合っていられるのかな? いっそ校内公認になっちゃえば古泉くんに告白して振られる女の子が減るからいいかも。 で、僕と谷口のことだけど。 もう認めちゃおうよ。その方が楽になれるよー。 「ちげーって! ラブラブとかじゃねーし!」 「なんでー? 僕とキスするの、好きでしょ?」 「ばっか……!」 「僕、そろそろこれ以上もしたいんだけど。だめ?」 あ。固まっちゃった。 僕も男だから、毎日キスしてたら、 気持ちいいし、それだけじゃ物足りなくなるよ。 口が開きっぱなしの谷口の肩に手をあてて、 ベッドに押し倒したら、 みるみるうちに顔が赤くなってきた。 「まてまてまて国木田! なんだこれ以上って!」 「えー、言わせる気?」 「ったりめーだ! わかんねーつのっ」 「セックスに決まってるじゃない」 「どわー!」 「驚きすぎ」 ほんと、面白いなあ、谷口は。 色気なんてかけらもないけどしたくなるなんて不思議だよね。 「むむむむりむりむりだって、俺ら、男同士だぞ!」 「知ってるよ。男同士でやってる人ならいっぱいいるでしょ」 「いっぱい!? 俺の周りにはいねーよっ」 うーん。そうだね。 キョンたちはまだかなー。 あの二人だとどっちがどっちなんだろ? 古泉くんの方が背高いけど、キョンが喘ぐとか、僕、絶対無理だな。 中学から知ってるだけにあの声変わりは衝撃的だったよ。 それまでは割とかわいい声だったのに、一気に20歳くらい年を取ったのかと思ったもん。 そう思うと古泉くんが下の方が声的にも絵的にも許せるかも。わかんないけど。 それに、背なら僕だって谷口より低い。 声も……んー、キョンに言ったら同じ言葉をそのまま返されそう。 谷口の喘ぎ声、聞きたいのか? って。 声は我慢してほしいなあ。 アンアン言われたら萎えるよ。 我慢して自分で口を塞いでるのとか、いいかも。 「待てって! 国木田、落ち着いてくれ」 「僕は落ち着いてるよ。谷口こそ、大人しくしたら」 「あのなあ! 俺が下にいるのはおかしいだろ! やるっつったって、お前の方が、どう見たって女役だろっ」 えー、なんで? 谷口よりも小さいから? 「み、見た目的にもそうだろーが……」 はは。分からなくもないけど。意外な方が楽しいよ、ね。 「ね。じゃねー! 無理、マジで無理、突っ込まれんのとかムリ」 はあ……雰囲気壊すなあ……。 これで女の子にモテたいなんて、百年以上早いよ。 まずは雰囲気作りからでしょ? そうやって最初から無理って決めつけて喚くのって全然かっこよくないな。 「そ、そうなのかよ……」 「うん。男は度胸だよ。やってみなきゃわかんないじゃん」 「けどなあ……」 「いきなり最後までやらないから。出来るところまでしてみよう」 「うぐぐ……」 途中でリタイヤオーケー、って言葉に谷口が弱いのを、僕は知ってる。 やめた試しなんてないのにね。 もう一度キスから、ゆっくり。 時間はいっぱいある。 今は春休みで、キョンや古泉くんみたく、涼宮さんに呼び出されてもいない。 家族はみんな出かけてて、夜遅くならないと帰って来ない。 それまではずっと二人きり。 さーて、どこまで出来るかな。 「んっ……ん、う」 「はあっ……気持ちいいね、キス」 「ま、まあな……う、うおっ」 「大丈夫。怖くないから」 「別に怖がっちゃいねーしっ」 あはは、そうだよね、怖くなんてないよね。 Tシャツ脱がすだけだもん。 上半身触られるくらいなんてことないでしょ。 谷口の体、見たこと、何度もある。 体育で着替えるときに。 意識して見てたんじゃないから、こうやって見ると、全然違うなあ。 痩せてはないけど、無駄なものもついてない。 この学校に通っていればたいていの人は太らないね。例外もたまにいるけど。 谷口は朝からテンション高くて走って坂を上ってることもあるから、体型は維持できそう。 太った谷口なんて見たくないからね、僕。 「くすぐってーよ」 「そう? んー、男だし、乳首触っただけで喘がれちゃ困るからね。 谷口が変に敏感じゃなくて良かったよ」 「マジでうるせー、お前っ」 撫でられて真っ赤になってるの、見て分かってるんだけど。 腰から上のほうに指を伝わせるとびくって震えて、 唇に力が入ってるの分かってるんだけど。 谷口を見てるとつい、意地悪したくなるんだ。 他の人にはしたくならない、谷口だけ。 好きな子を苛めたくなるのって小学生までじゃなかったんだね。 唇を軽く舐めながら体を触るだけで、あっという間に真っ赤になっちゃった。 谷口が照れると、僕にも伝染する。 普段はこんな表情見せないもん。 バカなことばっかり言って変な顔ばっかりしてさ、キョンに呆れられて。 絶対他の誰にも見せたことないよね、こんな顔。 女の子と付き合ったってこうはされないでしょ? 「下も触っていいかな」 「うげ! マジかよっ」 「うん。触りたい」 「おっ、俺ばっかりやられてね? さっきからよーっ」 「いいんじゃない、最初だし。いいよね。いいってことにするよ」 「おいっ! ちょ、ま、ま」 まずはジーンズの上から。 と思ったけど、生地が硬くてよくわかんないからもう脱がそうっと。 「国木田ー!」 「わー、赤とか、気合入れ過ぎだよー」 「入れてねえ!」 あはは。谷口、赤好きだよねー。 似合うと思うよ、君には、元気な色が。 口が開いたままだとわーわーうるさいからキスをしてから触ってみた。 ドキドキしたけど、あ、ちゃんと、僕で、 「んーっ!」 「もう、何? 谷口」 少し触っただけなのに背中をばしばし叩いてくる。 仕方ないから口を離すと、いきなり僕のTシャツをめくってきたんだ。 「やられっぱなしじゃ納得いかねー」 「触ってくれるの?」 「なるようになれだっ」 「それなら上じゃなくて、こっちのほうがいいんだけどな」 谷口だけじゃないよ、って足に擦りつけてみたら眉をしかめられた。 何、その顔。 谷口だって同じなくせに。僕も気持ちいいもん、谷口とキスしたら。 「触るだけなんだからいいでしょ?」 「あー、俺の人生がここで大きな岐路を」 「そんなのとっくに過ぎてるって。バカだなあ」 谷口をかわいいとか、外見じゃ思わないけど、 こういうところはかわいいって思うよ。 恥ずかしいからわけのわかんないこと言いたくなるんだよね。 この雰囲気に流されるのに戸惑って、冗談で必死に抵抗してるつもりなんだよね。 全部分かってるから。 何も考えないで僕に任せて。 谷口はもう、僕のこと好きになってるんだから。 「よいしょっと」 「おわ!」 「何?」 「何でもねーよっ」 パンツ脱いだら慌てて目逸らしちゃった。 別に、見てもいいんだけど。 はい、じゃあ谷口も脱いじゃおうね。 「で、電気! 電気消してくれえっ」 女子じゃあるまいし、恥ずかしがらないでよ。 それにそんな勿体無いことしないよ。 谷口、僕にキスされて、触られて、勃っちゃったんだもんね。 「頼む、口に出すのはやめてくれ……」 「あはは、ごめん。嬉しくってさ」 脱がせたらいきなり元気がなくなっちゃった。 元気といえば元気なんだけど、って、これはちょっとオヤジギャグっぽいかな。 キョンが移っちゃったのかも。 「じゃーん。こんなこともあろうかと、準備済みなんだー」 「へっ、何それ」 「ローション。使ったことある?」 「お、まじ? ないない、実物初めて見るぜ。なんだよ、高校生がこんなもん買えんのか?」 「インターネットでね。余裕」 「すげー!」 谷口の目が輝き出した。 起き上がって珍しそうに瓶を手にとって見つめてる。 こうくると思ってたんだ。 谷口、知識だけ蓄えて実践に移れないタイプだからさ。 道具とか器具とか興味持ってくれるって予想したけどその通りだった。 これからも楽しめそうだな。 「だから使ってみよ。ね」 「そ、そうだな。経験しておきたいしな」 「うん、偉い偉い」 「わっ……すげー、ぬるぬるする」 「最初だしいっぱい使っちゃおう。このくらいでいいかな」 シーツに垂れても気にしない。後で洗えばいい。 濡れてないところがなくなるくらい、瓶を振って濡らした。 そうしてから、瓶を脇に置いて体に手を伸ばす。 「く……」 谷口の手を取って、僕の方も触ってもらう。 複雑そうな顔をしてるけど拒否はしない。 もうここまできたら途中で止めるなんて言えないよね。 「谷口、ちゅうしながらしよ」 「おー……」 「んっ……」 じっと見ながらするのも、どうかと思うから。 お互いのを触りながら唇を求め合う。 だんだん座っていられなくなって、谷口の上に乗るようにして倒れこんだ。 「ん、たに、ぐち」 二人分のを谷口に一緒にしてもらう。 僕は両手で谷口の頭を掴んで、腰を擦りつけながら必死にキスを繰り返した。 最初から上手に出来るわけがないけど、たどたどしい動きが気分を高めてくれる。 どうしよ、気持ちいい。 谷口と抱き合って、 ぐちゃぐちゃになって、 ああもう、 力入りすぎて唇噛んじゃいそう、 ごめんね谷口、 ごめんね、 痛いことしちゃったら、ごめん。 僕、 君が何を言おうとしてるか、 どうしてほしいか、 考えて上げられる余裕なくなっちゃった。 「くっ、国木田、まっ……」 「無理だよ」 息が苦しくなって唇を少しだけ離したら、 谷口が、 照れてるような、 泣きそうな顔して訴えかけてきたんだけど、駄目だった。 僕、もう少し冷静でいられると思ってたけど、違った。 谷口の手を叩くようにして払って、 自分の手で僕のも、谷口のも、 べちゃべちゃになってるとこを擦り上げる。 それでも熱のやり場が足りなくて首元に思いきり噛みついた。 ごめんね、痛いよね、優しく出来なくて、ごめん。 「っく……!」 「あ……」 僕よりも先に、谷口が、体を震わせた。 指の間にあったかいものが絡んでくる。 ローションよりもずっとぬるぬしてて、気持ちがいい。 口を離してそれを見たら、一気に我慢できなくなって、 ほんと、悪いと思ったんだけど、出しちゃった。 顔に。 「お前……お前なああ!」 「ごめんって謝ってるじゃん。いいでしょ、何か減るわけじゃないし」 「俺のヒットポイントが減るんだっつーの!」 ティッシュで顔も、ちょっとついちゃった髪も拭いてあげたのに、 谷口ったらまだぶつぶつ文句を言うんだ。 僕は顔に出されても怒らないよ? 谷口、心が狭いんじゃない。 自分だけ先にイっといて、僕を責める権利はないね。 「お前がいきなり噛むからだろー!」 「何で? 噛まれるとイくの? マゾなの?」 「うがー! ちげー! びっくりしたんだろ! いてーし!」 あーもー谷口うるさい。 余韻を楽しもうって気はないわけ? 終わったらすぐ文句? 愛が足りないよ、愛が。 口に枕を当てて黙らせて、抱きついた。 視線の先には僕が噛んだ痕がある。 血が滲んでて、うん、これは、痛いかも。 枕に埋もれてもごもご何か言ってるのは気にせずに舐めてみると、鉄の味がする。 谷口の血の味? 谷口って血液型何型だっけ。 血液型が違う人の血を舐めたらまずいんだったかな。 でも谷口のならいいよね。 好きな人のを舐めたって死なないよ。 谷口の何だって、僕は全部知りたいんだ。 味も声も表情も体も心も、もっと、奥のところも。 「ごめんね」 枕を取って、ちゃんと謝った。 谷口は優しいから、小さく息を吐いた後、笑ってくれる。 「ま、ツバつけときゃ治るだろ」 「好きだよ」 「い!?」 「大好き」 途中で「待った」なんて、もう、なしにしよう。 谷口がそう言いださないことに甘えていたけど、 もし言われても僕は止まれないって、実感した。 一緒に行こうよ谷口。 僕と一緒に、これからの人生歩んでみようよ。 人生なんて大げさだけどさ、リアクションが大きい君には、 そのくらい大きいことを言ったっていいよね? 僕も全部谷口にあげるから、谷口の全部も、僕にちょうだい。 今は上手に優しく出来なくても、きっと誰よりも、大切にするから。