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 昔々あるところになかなか子どもの出来ない国王夫婦がいました。
 二人は毎晩神様にどうか子どもを授けてくださいと強く祈ったのです。
 何年も祈り続けたある日、ついに子どもを授かることが出来ました。
 無事に生まれた男の子は女の子のようにかわいい顔をしていて、
 国民の誰もが両手をあげて祝福したのです。


 それはその子の誕生パーティーの際の出来事です。
 誕生を祝うために諸外国の魔女たちが招待されました。
 神様に祈るときに、一緒に祈りを捧げてくれた13人の友人たちです。
 しかし夫婦の家には夫婦以外に13脚しか椅子がなく、
 子どもが生まれたために1脚減り、
 いつも来てくれていた魔女を一人、招待することが出来なかったのです。

 彼女は他の魔女から話を聞いて知りました。そして不適な笑みを浮かべます。
「私を呼ばないですって……? いい覚悟ですわ」
 夫婦の想像以上に彼女は執念深かったのです。




「こんばんは。このたびはお誕生日おめでとう」
「あ、あなたは……」
「人間ごときが私を無視するなんて、一万年以上早いわ。
 ふふっ、その子のために占いをしてみたんだけど、
 針が刺さって死んでしまう運命みたい。とても残念ね」
 魔女は呪いの言葉を残して去っていきました。

 魔女の言葉は願いの叶う力強い言葉。かき消せるのは他の魔女だけ。
 そのとき既に11人の魔女が願いを唱え終えていました。
 国王夫妻は嘆き悲しみましたが、そこにちょうどよく、遅れてもう一人の魔女がやってきたのです。



「お、遅れましたあ、ごめんなさあい……え、え? 魔法の言葉を、ですかあ?
 はい、はい。……えええっ! それは大変ですうっ……!
 待ってくださいね。ええと、ええと、全てを変えることは出来ないけど……
 大丈夫、針が刺さっても、100年眠ってしまうだけです。死ぬことはありません。
 ……これでいいですか? ごめんなさい、これがあたしに出来る、最大限の魔法です」





 国内にある全ての針を撤去して、大切に育てられたその子は、素直で心優しく立派な子に成長しました。








 それは彼が16歳になる、年のこと。












Sleeping Beauty













「よっ、古泉」
「おはようございます、谷口さん。今日も早いですね」
「早起きは三文の徳って親がうるせーからなあ。前は遅刻ばっかりしてた俺が悪いんだけどよ」
「ふふっ。いいじゃないですか。朝余裕があると、こうしてお話をしながら学校まで行けますし」
「ん、そうだな」






 本当は親に文句は言われてねえんだ。
 古泉がこの時間に歩いてるって聞いてからいてもたってもいられなくなって、
 起きれなかったはずが目がガンガンに覚めて、気付いたらチャリぶっ飛ばしてんだよ。
 物陰から古泉が歩いていくのを確認して走って背中を追いかける手もそろそろ使いすぎかもしれん。
 今度は古泉から声をかけてくれるように、フライングして歩き始めねーと。





「そういや今度またパーティーがあるんだって?」
「はい。16歳の誕生日が近いので。職人を呼んで特注のドレスまで作らせてるんですよ」
「へえ。大変だな、女の子が欲しかったからってドレスまで着せられて」
「ははっ。両親の気持ちは分かりますからいいんです」






 古泉はいわゆるいいとこのお坊ちゃん……どころのレベルではない、この国の王様の息子だ。
 そんな大物が田舎の学校に通っているのも驚いたが、こうして気軽に会話できる関係になったのも驚きだぜ。
 遠くから眺めて「いいよなー金持ちはよー」とこぼして終わりかと思ってた。
 ところが同じクラスのおかしな女、涼宮ハルヒと、
 そいつに巻き込まれたクラスメイトのキョンのおかげで何かと関わる機会が増えて存在を認識してもらい、
 性格が全然違うのに仲良くなれた。
 そして先日、友人全員が呼ばれたミニパーティーに参加させてもらったとき、古泉のドレス姿を初めて見たんだ。
 似合わなくて恥ずかしいんですよ、と言っていたから見たら笑い飛ばしてやるつもりだったのに、
 似合いすぎてた。口が開きっぱなしのまま、何も言えなくなった。
 その間キョンやハルヒが話しかけてたから、我に返る時間があって助かったぜっ。




 それからだ。
 古泉が気になって気になって仕方ねーのは。
 女子が大好きだったのに、高校生のうちに彼女を作って色々とやらかすのが目標だったのに、
 まさか、男に。
 しかも、国王の息子にだ。
 シンデレラストーリーを夢見てる女子を鼻で笑ってた俺がっ。
 俺のほうがバカじゃねーか! くそーっ。
 けどよ、マジでかわいかったんだ。男でも何でもよくなるくらい。
 毎朝話をして浮かれるくらいはいいだろ、
 これだけで一日めちゃくちゃ頑張れるんだ、大目に見てくれっ。





「谷口さんもよかったら来てください」
「へ? マジ?」
「はい。無理にとは言いませんが、……谷口さんが来てくれると僕は楽しいので」
「行く! ちょうど空いてるからよ、飛んでいく!」
「わあ、本当ですか? では明日招待状を持ってきますね」
 嬉しすぎて早口になっちまったけど、古泉は気にせずににこにこと笑ったままだ。
 やべえっ、楽しみすぎる。
「実は今回、派手なものになりそうなので」
「へえ」
「衣装もお貸ししますね。少しだけ早めに来てもらわないといけませんが」
「問題ねえぜ。楽しいことなら、いくらでも早起き出来るからな」
「それはよかった。似合いそうなものを選んでおきます」
 お前が選んでくれるってことか? 
 あー、俺、今日テストがあったら満点を取れる気がする。











「谷口ー。数学、抜き打ちテストだってさ」
「げっ! マジかよー!」
「今さらあがいても無駄だぜ、同志よ」
「うるせー!」





 気だけで結局のところは惨敗だった。
 そうだよな。勢いがあったって、実力が伴わないんじゃテストの点は上がらん。
 復習は大事だぜ……あまりにもバカじゃ古泉にも見放されそうだ。
 よりによってキョンにすら負けるなんてよ。


「すらとはなんだ、すらとは」
「僕から見たらどんぐりの背比べだよ」
「勉強頑張らねーとなー」
「谷口にしては珍しくやる気だね。期末テストも近いし勉強会開こうか」
「お願いします、国木田様」
「俺からも頼む」



 次は頑張ろう。
 赤点を取って追試になったらその分、古泉と帰り道も一緒になるチャンスを失う。
 チャンスは多い方がいい。 










 翌朝も同じ場所で古泉に会った。
 今度はタイミングを見計らって俺が古泉の前をゆっくり歩くという戦法に出たところ見事成功し、
 古泉はクラスメイトには挨拶だけを交わして俺のところまで走ってきた。



「谷口さん、おはようございます! さっそく持ってきました」
「おーっす。ああ、招待状な。サンキュ」
「朝8時にお城まで来てください。早くてすみません。よろしくお願いします」
「おうよ。楽しみにしてる」
 



 招待状にはでかでかと俺の名前が書かれている。
 古泉の字はバカな俺から見てもお世辞でもうまいとは言えないが、
 手書きでわざわざ書いてくれたところに喜びを感じるから目をつむれる。
 城に遊びにきた魔女の話を聞いているとあっという間に坂を上り終え、古泉は9組へ行っちまった。
 入学してすぐはこの長い坂道を恨めしく思ったのに今じゃ短いとすら感じる、この不思議。
 充実ってこういうことをいうんだろうな。ははっ。






「封筒見ながらにやにやして、あやしいね」
「谷口に限ってラブレターはないだろうが」
「不幸の手紙かな?」
「ショックで笑うしかなくなったか……かわいそうに」
「違うっつーの!」
 いつものように茶化された。ラブレターでも不幸の手紙でもない、と見せてやると、
 きょとんとした顔をしてくる。
「谷口……お前、誘われたのか?」
「おう、そうだぜ」
「キョンも?」
「いや、俺は……」
 キョンはちらりと教室の隅に座っている女を見やり、小声になる。
「ハルヒが誘ってくれって言ったのに、今回は友人参加が出来ないって断ったんだぞ、あいつ。
 当然俺も誘われてない」
「へ?」
「そうなの? なんで谷口だけー?」





 俺だけ?
 涼宮もキョンも誘わずに、俺だけ、ってことはだな……

 俺が一番、古泉と、仲が……
 あーやめよう、だめだ、嬉しすぎて叫びそうになる、平常心、平常心!








「罰ゲームが用意されてるのかもしれないな」
「谷口だしね、それが妥当かな」
「一人でパーティーとは寂しそうだが頑張れよ」



 平常心を保とうと心を落ち着かせていると二人からは憐みの目で見られた。
 古泉が主役だし、行っても俺ばかりを構ってもらうわけにはいかない。
 だから友人枠が俺だけだとしたら時間を持て余すかもしれねーけど、
 そのくらいいいんだ。当日、誕生日を祝えて少しでも話が出来れば。
 招待状を見ると贈り物は一切受け取らないと書かれている。
 気を遣われるのは、疲れるもんな。俺も気持ちだけを持っていくか。















 あっという間にその日はやってきた。
 目覚まし時計を家族分使って早起きをし、約束の時間に城に到着した。



「谷口様ですね。話は伺っております、どうぞこちらへ」
「ど、どーも」




 前に来た時も案内してくれた執事に案内されるがままに進む。
 手の動きや歩き方、びしっと伸びた背筋を見るだけで体が固まるぜ。
 俺には一生出来そうにない仕事だ、と前も思った。


 通された部屋は俺を着替えさせるためにしてはあまりに広く、
 そして持ってこられた服がどう見ても高級間違いなしで、腰が引けまくった。
 がくがく足が震えて寒いですかと気を遣われたほどだ。
 やたらとボタンや紐の多いそれを着せてもらい、
 靴もぴったりのサイズが準備されていて、作り物の剣を腰に差す。
 髪型まで少し変えられた。



「おわっ」
「大丈夫ですか? ゆっくり、お歩きになってください」





 慣れない高いブーツのせいで躓くわ転ぶわ肩の飾りを壊しそうになるわで散々だが、
 着せ替え完了後の姿はなかなか悪くない。
 ぱっと見た感じでは似合いそうもなかったけど着てみるといい感じに仕上がっている。
 さすがは古泉チョイスだぜ。それに、あまりにもぴったりで驚いた。
 見るだけで分かるものなんだなー、サイズって。
 ま、俺は服屋に売ってるMサイズがジャストサイズの男だから、難しくはないか。



 着替えの時間には余裕があり、パーティーが始まるまでは1時間ある。
 執事にもらった地図を片手に好きな所へ行っていいと言われた。
 ただし、赤く塗ってある部屋だけは駄目らしい。
 1時間後に無事戻ってくる自信はないとしてもこんな機会も滅多にねーし、
 面白いものが見られれば古泉との共通の話題になる。
 それなら行こう、迷路みたいな城を練り歩いてみようじゃねーか。
 


 まずは高いところから攻めようとエレベーターに乗り込み最上階まで行った。
 眺めが良すぎてまた足が震え、早速引き返したくなる。
 古泉はこんなところに住んでるのか、やっぱり、すげーなあ。
 夜は今よりさらに綺麗なんだろう。
 ここからだと俺らが通っている高校も低い所にあるように見える。
 最上階からは階段で下ってみることにしたが、各フロアを回っていると間に合わない予感がする。
 どこか一点集中して見てから戻るのがいいな。
 地図を見ると一つだけ離れた塔があり、ちょうど今いる階から渡り廊下で行けるようだ。
 小さなその塔は衣装を作る場所だと書かれている。
 一見の価値ありと見たぜっ。
























「これを、繋げるんですね」
「そう。……この調子ならパーティーまでに間に合いますわ」
「よかった。完成したら、たっぷりお礼をさせてください」
「お礼だなんて。私はあなたに喜んでもらえるだけで嬉しいの」




 立派な衣装がガラスケースに飾られている廊下を渡り、
 突き当たりの立入禁止区域一歩手前で、声が聞こえてきた。
 


 この声は古泉だ! もしかして衣装を自分で作ってんのか?
 重たそうな扉は鍵がかかっていて開きそうにないし開いても立ち入り禁止で入れないから、
 耳を当てて息をひそめた。







「完成すると今までで一番あなたにお似合いのドレスになりますわね」
「本当ですか? 頑張った甲斐がありました」
「あの方にお見せしたい、その一心で、よく頑張りましたね」
「……男なのに自分で作ったなんて知られたら、恥ずかしいですけど」



 恥ずかしそうに笑っているのが伝わってくる。



 あ、あの方? それ、もしかして、
 ……この俺のポジティブシンキング、そろそろなんとかしねえと駄目だわ。
 身の程をわきまえろって。俺のわけないじゃないか。まったく。
 これだからいろんな奴にバカ扱いされるんだぞ。
 けど、妄想するくらいはタダだよな。
 おっと、涎が出そうだ。








「さあ、仕上げです。こちらの針を使って刺繍を」
「あ……えっと、僕、昔から針を触っては駄目だと言われて、育てられてきたんです」
「まあ! そうでしたの? でも……このままじゃ完成しませんわ。
 一度くらいはいいのではなくて? ご両親にも秘密にしておきます」
「……そうですね、中途半端にはしたくありませんし。ではお借りします」
「ええ……ふふっ……どうぞ」




 針を触るのが駄目、なんて、随分ピンポイントな教育だなー。
 古泉の指に少しの痛みも与えたくないのは頷けるが。
 



 お、もう時間じゃねーか。
 そろそろ戻らないと遅刻する。
 古泉の手製のドレスか……めちゃくちゃ似合っちまうんだろ、俺がまた言葉を失うくらい。
 楽しみにしてるぜ。
 

























 パーティーが始まる予定の時間から1時間以上が経った。
 ジュースを飲みながら壁際の椅子に座って見ていると、
 他の来場客もきょろきょろと辺りを見回し始めた。







 おかしい。
 古泉がちっとも現れない。
 国王も王女もだ。
 いくらなんでも予定から1時間遅れは待たせ過ぎだ。
 何か、あったんだろうか。胸騒ぎがする。










「お集まりの皆様に――ご報告があります」


 奥から大臣風の男が走ってきた。
 大声をホール全体に響かせる。



「本日誕生日を迎えられる、王子……兼、姫君が、呪の時を迎えられました」
「まあ、なんてこと……!」
「よりによって誕生日に……」
「おかわいそうに……」
「これから100年も……」








 来場客から口々に悲鳴が発せられる。
 俺は一人、取り残されたように、口を開けてる。







 呪の時ってなんだよ。
 わかんねーよ、聞いたことねーから、ちゃんと説明してくれ。






「キミは知らないようだね」



 悔しくて唇を噛んでいたら、近くにいた女子が声をかけてくれた。
 同じ年くらいの、クールな印象を与える女子だ。




「教えてあげよう。
 姫君……古泉くんは、生まれた時に悪い魔女の呪いにかかってしまったんだよ。
 針が刺さって死んでしまうと」
「し、しぬ!?」
「話を最後まで聞かない男は嫌われるよ。
 その後、心優しき魔女のおかげで呪いは変えられたんだ。
 刺さっても死ぬことはない、100年眠り続けるだけだ、という風に」
「ひゃ……く、ねん」
「そう。残念だな、美しい姫君を僕が生きているうちにもう少し見ていたかった」






 100年眠り続ける。
 んなこと、普通できるか?
 説明してくれた女も含め、皆それを知っていて、納得している。
 かわいそうにと嘆くだけで帰り支度を始めてる。
 



 おいおい。あきらめるのかよ。
 それが生まれた時から決まっていたからって100年も眠り続けるのをただ待つのか?






「どうしようもないんだよ。僕らに出来ることはない。ただ願うだけさ、100年後に幸せが訪れますようにと」


















 城の中はほとんど人がいなくなった。
 誰もが古泉の幸せを祈って去っていった。








 古泉は知ってたのか、この運命を。
 古泉から一度も聞かなかった。
 もしも知らずに眠っているのなら、
 目が覚めた時に知ってる人間が誰もいない状況に気付きどれだけ悲しむだろう。
 寂しいに決まってる。 そんな思いさせられねえよ。


















「ねえねえっ、君は帰らないのかい?」

 突っ立っていると魔女風の人に話しかけられた。
 少し年上くらいの、明るそうな人だ。……かわいい。



「……帰る気には、ならないっす、けど」
「一樹くんが心配なんだね」
「そりゃまあ。みんなあっさりあきらめて帰るのが信じられないっす」
「それだけ魔女の願いは強力なんだよ。みんな、その効果を知ってる、だから責められないのさっ」
「けど……」



 俺は知らない。一般国民なんだ、魔女の願いなんて知るもんか。
 それに……




「あいつが針を触った時、誰かがそうさせたんだ」
「えっ? それは初耳だよ。聞かせてもらってもいいかなっ?」






 俺が扉越しに聞いた限りの話を伝えた。
 あの時もしも俺が古泉に声をかけていたら、助けられたかもしれない。
 戻るのを遅らせれば異変に気づけたかもしれない。
 扉の向こうにいた顔も知らない女について情報を得られたかもしれない。
 古泉の運命を変えられる可能性があった。
 出来なかったのが悔しい。
 だから早々にあきらめたりできない。





「なるほどー。そんなことがあったんだね。一樹くんがドレス姿を見せたかった相手は君なのかな?」
「そ、それは勝手な思い込みっつーか、希望みてーな」
「慌てなくていいよー。んっふっふ、一樹くんも隅に置けないんだから」
「いや、じゃなくて」
「あたしが一肌脱いじゃおうかな! 君に、覚悟があるなら」




 説明でつい、主観が入り混じってしまった。
 古泉が自分の手でわざわざ針を手にしたのは、俺に、見せたかったからだと。
 妄想だと説明する前に彼女は納得して頷いてて、訂正しようがない。
 ああ、もういい。
 無事に目を覚ましてくれるんなら後でバカだと笑われたっていい。
 優しい古泉だから冗談だと言えば笑って許してくれるさ。




「魔法を解けるんすか?」
「ううんっ。魔女は一人の人間に対して一度だけしか願いをかけられないんだ。
 あたしを含め、今生きてる魔女はみんな願いを叶え終えてしまったの。
 そして、叶った願いを打ち消すこともできない」
「じゃあ……」
「その代わり、あたしは君に願いをかけられる。
 一樹くんに悲しい思いをさせないための願い。分かるかなっ?」









 

 二者択一の問題なら、勘で選べば二分の一の確率で当たる。
 マークシートも、適当に塗りつぶせば確率論でいっても0点にはならない。
 一番苦手なのは自由記述問題だ。
 このときの主人公の気持ちを、100字以内で述べなさい。
 苦手なんだよ。バカだと自覚してる。三角で中間点をもらうのだって極稀だ。
 古泉を悲しませないために俺にかける魔法を言いなさい、なんて。





「古泉が目を覚ました時に、そばにいたい」
「うん」
「100年待たなきゃならねーなら、……待つ」






 じいさんになっちまったら古泉は俺が俺だと分からなくても、せめて声くらいかけてやりたいんだ。
 皆、お前の幸せを祈ってたぞ、って。俺は100年間お前を忘れたりしなかったって。
 一人でもそんな人間がいれば、少しは寂しさを紛らわせられんじゃないか、
 ほんの少しでも役に立てるならそうしたい。
 それでいいんだ。健康で100年生きられれば、まだ話が出来れば、俺は必ず会いに行く。




「あははっ! 100年生きさせてほしい、かあ。君は面白いねっ。
 あまり魔法を使う意味がないんじゃないかなっ」
「うっ……そ、そうっすか……」


 だから苦手なんだよ。自由記述式は。




「でも気持ちは伝わってきた。ヒントをあげようっ。みくるー、こっちこっち!」




 ひとしきり笑った後、彼女は大声で誰かを呼んだ。
 声の先には片隅で小さくなって泣いている魔女の姿がある。
 あの人か? おわっ、めちゃめちゃ泣いてる。





「みくるは一樹くんが100年眠る願いを唱えた子なんだよ。
 あの子は一樹くんを助けたのに、負い目を感じちゃっててね」
「つ、鶴屋さあん、あたし、あたしいっ……」
「はいはい。もう泣かない。朗報だよ、みくる。王子様が現れたんだ」
「ふええっ……?」


 王子様?


「そう、君のことさっ」
「へ!?」
「おうじ、さま……?」
「みくる。みくるの力で、この子を100年後に飛ばすんだ。一樹くんを助けてくれるよ」



 100年後に、飛ばす?



「この子には時空を超える力があるんだ。ただし一般人にしか効き目がないんだけど。
 君の同意があれば飛ばせられるよっ。でも、戻って来れるかは分からないのさっ」
「戻って来れない?」
「あの、あたしは、一緒に行けないので……あちらで、
 時空移動が出来る魔法使いを見つけてもらって、帰ってくるしか、ありません。
 手がかりも何もないから……すごく、大変なんですうっ」



 うるうると潤んだ瞳で見つめられていると、
 なぜかいけないことをしている気分になってくる。
 すいません。大変、なんすね。




「それでも……行って、くれますかあ……?」
「もちろんっす!」







 どんなに大変なことか、重大なことか、考えもしなかった。
 こんな美女に、行ってくれるかと聞かれて断れる男がいたら、俺はそいつを信用しないぜ。
 それに、やらない後悔よりやる後悔だ。
 100年後でも何でも行かないと、古泉に会わないと、一生後悔すると思う。
 悩んでぐずぐずするのは性に合わない。
 みくるさん、というらしいかわいらしいお方の手を握り、力強く頷いた。




「さっすがー! 男の子はそうでなくっちゃ!」
「ああ……古泉くんの王子様、本当に、いたんですね」




 古泉はどうせ寝てるから、今はそういうことにしておこう。
 服装も借りたままのそれだし、見た目だけは王子っぽいからさ。




「古泉くんを、よろしくお願いします」
「健闘を祈ってるよっ」


 二人の美人な魔女に囲まれ、目を閉じた。
 どんな方法で未来へ飛ぶのかわくわくしていると、




「ごめんなさい!」
「!」





 力の限り後頭部を殴られた。
 か弱い女性の力とはいえ思い切り殴られれば気も失う。
 意識が戻ったときは天国か地獄にたどり着いたのかと思った。
 あまりにも、数秒前、いや数分前かもしれないが、未来へ旅立つ前と光景が違いすぎた。

 城が、城全体が、茨に包まれていた。




































「なんだこりゃ」

 変わり果てた姿。
 100年は長い、長いとはいえ、ここまで変わっちまうのか。
 俺らが普通に生きてりゃ、子どもを育ててそいつらに任せられるくらいの年数だよな?
  あんなに立派で綺麗で、誰もが圧倒されたこの国の城が、
 今じゃ下手なお化け屋敷よりもずっとおどろおどろしい雰囲気を放っている。
 すぐに古泉に会えると考えていた楽観的な俺はすぐに消え去った。






「おい」
「うわ!」
「お前も、姫を救い出しに来たのか」




 肩に置かれた手に驚いて腰を抜かす。
 顔を上げると、そこには見知った顔があった。



「キョ……キョン! お前生きてたのか!」
「何だと? キョン? 俺はそんな変な名前じゃない」



 見た目もキョンそのものなのに、完全否定だ。
 じゃあ、生まれ変わりみたいなものか。よく見りゃ格好もヘンテコだし。




「姫とかナンとか言ってたけど、なんだ?」
「この中で眠っている姫を助けるんだろうが。
 それ以外、この城に来る理由なんかないと思うが、違うのか」




 姫って、古泉だよな。多分。
 何かがあって城が大変なことになって、
 眠ったままになってる古泉を助けに来たってことか、キョン二世、お前も。
 助けに入って別人だったらお笑い草だが、ここが城であることは間違いない。
 一人で突っ立ってるよりは一緒に行った方が心強いし、同行させてもらおうっ。




「違わねえぜ。俺も行くっ」
「やはり、そうか。じゃあお前は敵だ」
「はい?」
「ライバルは少ない方がいい。悪いがお前には……ここで死んでもらう」
「な、なんだって!」





 俺、今、死ねって言われたの?



 まさか冗談だよなあ、と笑おうとすると、何かが頬を掠めた。
 鈍い痛みが走る。指でなぞると血がついていた。




「おおいおいおい!」
「姫の運命の相手は一人だけだ。誰にも渡さん」
「待てっ! 穏便に話し合おうぜ、な?」
「聞く気はない」




 キョン二世が向けているのはボーガンのようなものだ。
 しっかりと俺に照準を合わせている。
 いきなりの大ピンチだぞ。
 ここでこいつにマジでやられたら、それで終わりだよな?
 過去に戻ることもなく、古泉にも会わずに無駄死に……それだけは困るっ。


 咄嗟に腰にさげていた剣を抜いた。
 ただのおもちゃだと思っていたが、抜いた瞬間に眩しいほどの青々とした光が発せられる。





「くっ、な、なんだ?」





 お、俺が聞きてーよ!
 100年熟成して本物になったのか、それとも、
 あの明るい魔女あたりがかけてくれた魔法なのか。
 わからんが目くらましにはなる。
 キョン二世が目を覆ってじたばたしている隙に、剣を抱えて城の中へ逃げ込んだ。
 茨も剣を使えば切れる。
 が、剣道の授業をさぼってたから剣を振り続けるだけで疲れた。



 しばらく闇雲に突き進んでいくと、誰も追いかけてくる気配はなくなった。



「うわっ……」




 それもそのはずだ。
 振り返れば、切った茨が復活して痛そうな棘を光らせている。
 キョン二世が持っていたボウガンじゃどうしようもできない。
 俺も無事に帰れるかどうかわかんねーけど、ここまで進んじまったら、戻るわけにはいかねえな。




 途中、休憩を挟みながら茨をかき分け続けた。
 今朝乗ったのと同じものらしきエレベーターを見つけたが当然ながら動いていない。
 古泉が眠っているとしたら、最上階からひとつ下のあの離れた塔だろう。
 あそこまで足で上がったら筋肉痛は何日続くだろうなあ。
 先は長いぜ。




「そこの、お前」
「げっ!」
「ちょっと待て、手を貸すんだ」





 階段を上っているとまた男の声が聞こえてきた。
 キョンよりも渋めで、どこのおっさんとか思えば北高の生徒会長そっくりの外見をしている。
 キョン二世同様、格好はどこぞの王子のようだけど。
 こいつの名前なんだったっけ?
 校内選挙のときにいやってほど見たんだが忘れた。基本、男には興味ないんだ。古泉以外にはな。




 会長二世は茨に腕や足を捕われているようだ。
 ちょうど手を伸ばしても届かないくらいのところに落ちている短刀、
 あれを使ってかき分けてきたところ不意をつかれたのかもな。



「あんたも古泉に会いに来たのか?」
「姫君のことだな。もちろんそうだ。それ以外でこんな城に来る輩はいまい」
「……手を貸して脱出したとたん、俺を殺そうとしねーだろうな」
「何のことだね? そのような野蛮な行為には興味がない」




 いたって真面目な顔で言ってくる。
 会長の性格は知らんが……生徒会長に選ばれたくらいだし、悪いやつじゃないよな、きっと。
 つってもキョンのように二世になったとたん凶暴化するのもいるからなあ。
 どうしようかと悩んでいると、上の方から笑い声が聞こえてきた。






「うふふふっ……ひっかかった、ひっかかった」





 楽しそうな女の声だ。けど、こえー。
 だってよ、上には……茨の道しかないんだぜ。
 こんなとこにいる女なんて、幽霊か何かに決まってるっ。
 いくらかわいくても生身の女以外は無理だ、成仏してくれっ。




「いやね、まだ死んだりしてませんわ」
「ひーっ!」




 茨が自然と道を作る。
 真っ赤な薔薇のドレスに身を包まれて現れたのは、確かに、ちゃんと足のある女だ。
 しかもかなり露出度が高く、薔薇が直接巻きついているように見える。
 い、痛くねーのかな。
 すげー格好。



「あら? あなたは捕らわれませんでしたのね」
「どうも、谷口です」
「君は誰だ? ここにいては危ない。さあ、手を貸してくれたまえ。一緒に逃げ出そう」




 会長二世はあろうことか俺の目の前でナンパを始めた。
 こういう女がタイプなのか?
  俺も嫌いじゃねえけど、もう少し可愛げがあるほうがいいというか、
 純粋さが見えるほうがいいというか。






「! あなたの剣……そう。あなたがそうだったの」
「君、聞いているかね」
「……あなたには言ってないの。そんなに私に相手をしてほしいなら、
 してさしあげますわ。もう少し待っていただける?」
「ふむ、いいだろう」

 嫌な予感がするのは俺だけ? この子はちょっと危ないぜ?

「あなたは私についてきてくださいね」
「は、ハイっ」



 気おされて頷いたけど、こえー。ついていっていいのか。
 けどここにも残ってるわけにいかんし、行くっきゃ、ないか。






















 会長二世には別れを告げ、彼女の後をついていく。
 茨は彼女の意志のままに動くらしい。
 苦労して切り裂いてきたのに、歩くだけで道を開けて通してくれるようになる。
 更に上り坂は薔薇の葉が集まってエスカレーターになった。こいつは楽でいいや。





「ここは……」





 ホイホイとついていった先に待っていたのは、最後に古泉の声を聞いた部屋の扉だった。
 薔薇まみれで道中は気付かなかったが確かにここだ。
 扉だけはあのときのままで、
 ……俺にとっては今日の出来事なのに、妙に懐かしい気持ちになる。







「この奥で眠っているわ。古泉一樹……眠り続けているから、
 眠り姫、スリーピングビューティなんて呼ばれているみたい」
「古泉なんだよな、まじで」
「そうよ。さ、入りましょ」
「聞きたかったんすけど……」
「なあに?」




 にっこり、優しく微笑まれているのに、後ずさる俺の足。体は正直だ。
 けど、何も聞かずに入るよりはいい。多少の恐怖には負けずに聞いてみよう。






「どうして俺を連れてきてくれたんすか?」
「あら、そんなこと? あなたが選ばれた人だから。その剣を持っているでしょう」
「剣? これは、俺が古泉から借りたもので……」
「選ばれたってことではないかしら?
 彼は知っていたはずよ。それは代々の姫君が婚約相手に贈った剣だということを」
「こんやっ……!」





 ないないない、ぜってーない!
 俺、そこまで親密な関係を築けてねーし、古泉も知らずに貸したに違いないっ。


 ……こえーなんて言ってすみませんでした。いい人っすね。






 動揺して右手と右足を一緒に出して扉を開け、部屋に入った。










「……古泉……」





 部屋には大きなベッドが備え付けられている。
 周りには、真っ白な薔薇の海が出来ていた。
 その中央で古泉は薔薇に負けないほど美しいドレスを着て目を閉じている。








「あれは彼自身の手で作ったドレスです。綺麗でしょう」
「…………ちょ、直視できねえっ」
「……。早く起こしてあげて」
「俺が?」



 ここから大声で名前を呼んで起きてくれるならいいけど、
 ゆさぶるとか、無理だぜ。触れない。
 剣を握って汗ばんだ俺の手などであの綺麗な古泉に、指一本触れられない。




「それも知らないの。あなたは知らないことだらけね」
「すいません」
「スリーピングビューティは王子様のキスで目を覚ますの。さあ、して」





 空気が凍りついた。
 冗談を言っている目じゃない。本気だ。



 俺が、古泉に、キス。


 それこそ冗談じゃない! 冗談は俺の顔だけにしてくれ!







「あなたの顔は確かに個性的だけれど、冗談じゃありませんわ」


 分かっちゃいるがはっきり言われるとダメージが……



「危険も顧みず彼に会いに来たなら、起こさずにいることに何の意味があるのかしら」
「うっ……そりゃそーだけど……」
「あなたがしないなら入り口にいた彼を呼んであげてもいいわ。ずいぶんとご執心のようだったし」




 キョン二世か?
 そ、それは駄目だ。
 他の男にされるのをみすみす見逃すわけにはいかない。







 彼女に背中を押されるようにして、薔薇を踏まないように気をつけながら近づいていく。
 自分の心臓の音が部屋中にこだましているような気になる。
 一歩ずつ近づくだけでこれなのに、キス、って、おい。












「古泉、無事で、よかった」







 やっとの思いでベッドまでたどり着いた。
 古泉の頭のほうにたどり着いたが、顔に傷は見当たらない。
 茨だらけの部屋でも怪我はさせられなかったみてーで安心した。
 幸せな夢でも見ているのか安らかな寝顔だ。
 寝顔を見るのも勿論初めてだから、2秒以上は見ていられない。








「ねえ、早くしてくださらない?」
「ま、待てって、まだ心の準備が」
「あと10秒待って出来ないなら退場してもらうわ」
「なにーっ!」
「はい、あと8秒」
「待った! ストップ、ストーップ!」
「5秒」







 残酷にも時は刻まれていく。
 息を飲んで、古泉の頬に手をかけた。






 この唇にキスをしろって、それで目覚めても、
 ビンタをされて「信じられません!」なんて言われた日にゃ生きていけなくなるぞ。
 けど……他のヤツに、されるなら……







「2、1」






















 
 
「0。……出来ないのね」
「……俺は……起きてる古泉に何も言ってねーし、
 ……無抵抗の古泉にキスをしても罪悪感が残るだけだ」
「そう。じゃあ違う人に奪われてもいいの」
「……嫌だけどよ、仕方ねー。好きな相手だからこそ、無理やりはさ、」
「ですって。これだから人間は思い通りにいかなくて困るわ」
「ん?」









 眠っていた古泉の目がゆっくりと開いた。









「……え?」





 今起きたばかり、のようではない。
 ベッドに手をついて起き上がり俺を見つめてくる。






「でもそれなりに楽しませてもらったから満足。あとは好きにやってちょうだい」
「え? え?」
「はい、喜緑さん。ありがとうございました」






 ぺこっと頭を下げた。彼女は手を振って部屋から出て行き、
 室内には俺と古泉の二人きりになる。
 




 状況が飲み込めん。
 頭が悪いせいとは言い切れない、誰だって同じ状況に置かれたら混乱するに違いない。
 古泉は目を覚ましていた、のか。








 ということは、今までの話を全部聞いていて、


 俺、好き、って、言わなかったっけ。


 あー、言ってない言ってない。言うわけない。よな?












「迎えに来てくださって、ありがとうございます」
「おっ、おう」
「……嘘じゃないですよね」
「ん?」
「好きって、嘘じゃないですよね」
「わ! うわ! 嘘、嘘だから、聞かなかったことにっ」
「えっ…………」



 古泉に俺みてーな家柄も大したことない庶民が告白したなんて、打ち首モノだ。
 そもそも男に言われりゃ古泉だって気持ち悪いと思うだろうし、
 ほら、好きって言ってもさ、友人としてだと受け取ってもらえれば、
 と言い訳をしようとしたが、





 古泉の顔を見て全部吹き飛んだ。














「嘘なんですか」
「古泉!」
「僕は……谷口さんが来てくれて、嬉しかったです。
 谷口さん以外の人なら嫌だと、彼女に言ったんです」



 古泉が泣いてる。
 ぼろぼろと透明な涙が、ベッドに落ちていく。




「僕の片想いだったんですね……。ごめんなさい」
「な、な、な、な」















 
 涙を拭きながら古泉は少しずつ話してくれた。



 ドレスを作っている最中に針に触れて意識を失った、
 目が覚めたら見たことのない部屋になっていて驚いたけれど、
 ドレス作りを教えてくれたさっきの魔女、
 喜緑さんが傍にいて話し相手になってくれたから寂しくはなかった。





 自分がスリーピングビューティと呼ばれていること。
 噂話を聞いた男達が、美女を夢見て助けようと群がっていること。
 複雑な思いに駆られる。
 僕が、……ここに来て欲しい人は?








「100年前にドレスを見せたかった相手かしら?」
「はい……。でも、もう彼はきっと生きていません」
「泣かないで。100年前のあのパーティーに来た魔女の中に、
 時空移動が出来る人がいたはずよ。もし彼女の力を使っていれば」
「では、もし僕が話すような剣を持っている男性が訪れたら、ここまで連れてきてください」
「面白そう。こんなのはどうかしら? あなたは眠り姫。
 100年経って目が覚めたけれど、まだ眠っているふりをするの。
 彼はその眠りを覚ます王子様。眠り姫は王子様のキスで目を覚ますのよ」
「き、す!」
「うふっ。名案ね、そうしましょ」













「谷口さんはただ心配してくださっただけなんですよね。
 パーティーに無理やりご招待したから……。勝手に、期待してしまいました」
「古泉、あ、あのな、俺っ……」
「でも、大好きだったんです。最初で最後でいいからキスがしたかったんです」




 そう言うと、古泉はずずと体を前かがみにして、至近距離にやってきた。
 近すぎ、古泉、顔近い、い、いい匂いがっ、




「しちゃだめですか? 僕の初めての相手に、なってくれませんか」
「どええええっ!」
「これ以上は我侭を言いません。一度きり、お願いします」
「古泉っ! 待て、落ち着いて俺の話を聞いてくれえっ」
「駄目です……我慢、できません……」
「こーっ……!」










 
 さすが、美人でも、古泉も男だ。
 慌てふためいている俺を倒して押さえつけるくらいの力はある。
 俺は見事にベッドに引きずり込まれ、
 肩をがっちりと押さえられた後に、
 最高に惚れている相手に、キスをされたのだった。











「…………ん、ん」
「古泉っ……、こい、ずみ」
「あ……んむ」








 強引にしてきたくせに、最初は恐る恐る触れるだけだった。
 けど、俺が嫌がらないと分かると、何度も、何度も、唇を重ねてきた。
 そのうちに俺も手を伸ばして抱き寄せられるようになり、
 お互い初めてなのにもう数え切れないほどキスをしてる。
 しばらく経つと唇から離して、耳元に寄せてきた。










「一度きりでいいって言いましたけど、無理でした」
「お……おう」
「好きになって欲しいです。谷口さんに好きになってもらえるように、頑張りますから」
「いや、だから、頑張るまでもないんだって」
「え?」
「俺も……古泉が好きだし。ずっと」
「えっ? だって、嘘って」
「それは、古泉が嫌がるかと思って、それに俺、王家の血も引いてねえし、悪いんじゃないかと」



 ぽかんと、濡らした唇を開けてる。
 俺の言ってることを理解してからは、真っ赤になった顔を恥ずかしそうに背け、





「そういうことは、は、早く……言ってください」







 小さな声で文句を言った。



 古泉が暴走して話を聞いてくれなかったからなんだけどさ、土下座して謝ってもいいや。
 すまん。俺も、お前もさ、まさか両思いだなんて思ってなかったじゃんか?
 結局キスもしたし、無事に助け出せたし、結果オーライだよな!















 また緑の髪の魔女の力を借りて、俺たちはあっさりと100年前に戻ることが出来た。
 彼女は魔法使いの中でも相当高位クラスらしく、使えない魔法はないらしい。
 古泉が彼女に気に入られてよかったぜ。敵に回したくはないタイプだ。
























「谷口ー、びっくりしたよ! 古泉君の婚約者なんてさあ」
「おい。お前何をした。古泉に何をした」
「いや、まだそんな、何も」
「どうしたの? ああそっか、キョンも古泉君気に入ってたもんね。
 取られちゃってかわいそうに」
「ばっ! そうじゃないっ!」
「すまん、キョン。俺が古泉を一生大事にだな、」
「うるさい、聞きたくないっ」
「あはは。キョン、アイスでも奢ってあげるから元気出しなって」








 帰ってからの方が大変だった。
 キョンにはなぜか嫉妬されるし、
 涼宮からは「古泉くんが惹かれる理由が分からないわ、解体してみようかしら」と真剣な顔で言われ震え上がった。





 けどいいんだ。
 俺には、古泉がいるからなっ。












「谷口さん、こんにちは。一緒に帰りましょう」
「おうよ!」
「今日はお城に来ませんか? 父上と母上が外交されてるので、いないんです」
「お、おうよ」







 古泉との仲は怖いくらいに順調だ。
 国王夫妻はちっとも家系を気にしないと言ってくれて、俺の両親とも仲良くしてくれてる。
















「キス、しましょう」
「ん、うん」
「…………もっと、してもいいですよ」
「そ、それは、もうちょい、後で」
「……分かりました。待ってます」





 ……本当に怖いくらい、順調だ。



 進展には相当時間かかりそうだけどよ、必ずハッピーエンドに連れて行くから。










 幸せになろうな、俺の、姫君。

















thank you !

長かった!
でもピュア口は楽しい!
夢を見すぎ?分かります^q^


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