ねがいごと








他のイベントごとすら当日まで忘れている俺が、
七夕レベルのイベントを覚えているわけもなく、
ハルヒに言われてそういえばそうだった、と思いだした。













あいつにとって今日は重要な日らしい。
それが俺にとってもそうなることを、
もう少し後に知るわけだが。
まだその頃は予想もしていない。
ハルヒに出会ってからの出来事で、
予想が出来たものなど一つもないが。












「こんにちはぁ」
「どうも。調子はどうですか?」








授業を終えて部室へ行くと、
ハルヒ以外のメンバーが揃っていた。
真っ先に声をかけてきたのは朝比奈さんで、
続けて間髪いれずに古泉が話しかけてきた。
椅子に座ったまま何をしているでもなくにこにこと笑っていて、
俺が向かいに座るなり鞄をごそごそと探り始める。





「はい」
「ありがとうございます、朝比奈さん」







織姫も白旗を上げざるを得ないほど麗しい朝比奈さんが、
今日もお茶を淹れてくださった。
これを飲むために生きてます。
汗が噴き出ていますが、もちろん最後の一滴まで飲みますよ。
と湯飲みを持とうとすると、
古泉が鞄から見覚えのないゲームを取り出した。






「どうです一局。オセロばかりでは飽きてしまいますからね」




取り出したのはチェスボードだ。
わざわざ持ってきたのか。
もしかしてこれからこの部室にボードゲームを増やしまくるつもりか?
その努力は認めてやってもいいが、残念ながらチェスのルールは知らんのだ。



「それは残念」










あからさまに落ち込んだりはしない。
が、少しだけ寂しそうな笑顔が、
何か心に引っかかった。































「ルールは分かったのか」
「はい、昨日、入門書を読破しまして。大体分かるようになりました」
「……なら教えろ。付き合ってやってもいい」
「本当ですか? わあ、ありがとうございます」







だから翌日、
早めに部室に行ったら偶然古泉も来ていたから、
相手をしてやった。
簡単にルールを教えてもらって、
たまに入門書を読み解きながら進めた。





やっている最中、
古泉はああだこうだと悩みながら駒を動かしていたが、
その様子は実に楽しそうだった。
オセロでもいつも悩むから、
俺はその間、じっと古泉を見る以外にやることがない。
見られていても全く気付いていないから、
遠慮なく見させてもらってる。




こんな暑いのにシャツのボタンは襟まできっちり締めて、
ネクタイも同様だ。形もばっちり決まってる。
汗はどこにも見えない。
俺は別に、汗をかきやすいタイプじゃないが、
それでもここまで暑けりゃしたたってくる。
汗をかかないのは、左斜め後方にいる長門も同じだが、
長門の場合は理由を探るまでもない。







「そうですねえ、こちらに移動させてしまうと、キングが……」








まだ呟きながら悩んでる。
俺もまだ、古泉を見続ける。




ナイトを持つ指が口元で揺れていて、
それは男のくせに無駄に綺麗だ。
つい目がいってしまう。









……触ったら、柔らかいんだろうか。









「…………おおっ!?」
「どうしまし……おや、長門さん。どうされました」
「そこは負け」
「えっ。僕はここが最も適切かと思ったのですが」









いつの間にか、長門が立っていた。
チェス盤を、俺たちを見下ろすように。
それにも驚いた。



が、
それ以上に、
古泉の唇に触れようと伸ばしかけていた自分の腕に驚いたのだ。









長門の存在に気付かなければどうなっていたことか。
何をやっているんだ俺は。
バカかバカなのか。
落ち着け。冷静になれ。はい、深呼吸。




冷静になった俺は迷うことなくルークを突き進め、
古泉のキングをチェックしてやった。
古泉は直前まで俺が何をしようとしていたかには気付いていない。
長門は見ていただろうが、
わざわざ言うようなことはないだろう。
が、気になるので昨日の話を振って場を誤魔化した。











古泉は負けを確信し、
長門の話に乗っかりながらキングを胸ポケットにしまいこむ。
いまだ動揺が隠せない俺は、
適当に返事をしたつもりが古泉に皮肉めいたことを言われ、
ついつい拗ねた態度を取ってしまったわけだが。











その後も何度かゲームをやり直し、連勝させてもらった。
長門の存在を意識したためか、
それ以降古泉に触りたくなりはしなかったが……。
















これは、古泉に気がある、ということなのだろう。







はあ。
まさか高校に入って数か月で、
男に。
しかも古泉が、気になるようになるとは。














帰り道、昨日は朝比奈さんに残っていてほしいと言われ若干の
胸のときめきを感じたものだが、
今日は古泉が帰るそぶりを見せた途端に俺もそれに倣った。
昨日以上にどきどきする。
朝比奈さんの方が何倍も何十倍も何百倍も、
いや、比較するのも恐れ多いほど可愛らしいのに、
まさにタイプの御方だというのに、
古泉の後を追いかけている俺は何なんだ。











「あなたも、もう帰られるんですね」
「ああ。帰る」
「今日はお忙しいんですか」
「そうでもないが」
「ではどうですか、帰りに寄り道でも」
「……ハルヒ関連か?」
「いえ。高校生らしい、何の目的も持たない寄り道ですよ」









というのも。
俺だけが一人で盛り上がっちゃってるわけじゃない。







こいつだって、たぶん、同じなんだ。



















自転車の後ろに乗せて坂道を下っていく。
住宅街にこっそりオープンしたケーキ屋にはクレープもあって、
甘すぎない生クリームが古泉のお気に入りらしい。
寄り道というとまずここに寄るのが定番コースだ。
で、駅前まで戻って公園でベンチに座って食う。
さして大きくもないからあっという間に食べきるんだが、
古泉はゆっくり食うから、
またも俺は手持無沙汰になり、
古泉をじっと見つめる時間が出来てしまう。












「いつ食べてもおいしいですね」
「ん? ああ」
「どうしました?」
「ここ、クリームついてる」
「ありがとうございます」








今度は伸ばした指を見られた。
から、べたすぎる言い訳をして、
実際についていたから取ってやった。










指で、
口に触った。












柔らかい。

























「誰も見てないよな」
「僕たちをですか」
「そうだ」
「いませんよ、誰も」








「早く食って、こっち向け」








「……はい」















指で触るより、
そうしたほうがずっと柔らかく感じた。

































「……お前の願い事、家内安全、だったよな」
「ん、はい」
「俺が叶えてやろうか」
「えっ」
「どうだ?」
「……嬉しいです」










公園でいちゃついていては誰に見られてもおかしくないので、
再び自転車で駆け、家まで連れて行った。




好きだやら付き合おうやら、そんな恥ずかしい台詞はとても口に出来ない。
言わなくたって気持ちは通じ合っているはずだ。
今のも、恥ずかしくないといえば嘘になるが、
こういうのは早めに予約しておかないとまずいだろ。
誰かに先を越されてたら困る。
先着1名の枠だからな。








「古泉っ……」
「ん……あ、うう……」
「……こ、……ずみ」
「んんっ……」









触りたい、と初めて思ったときから、数週間しか経ってない。
それなのにいったん触ったら、
溜めていた我慢が爆発したように激しく求めた。
舌の間から声が漏れてくる。











欲しいものを書きなさいと言われたら、
古泉しか出てこなかった。
けど16年後と言われたら、
そんなに長くは待てない。
待つくらいならこうやって行動に出た方が早い。





古泉も俺に気があるとは感づいていたものの、
ここまでスムーズに家に連れ込んで唇に触れるとは思っていなかった。
気持ちよさそうに目を瞑って声を上げて、
こんなかわいい奴はいない。













叶えてやるよ、全部。
お前が欲しいものは俺がやる。






俺は犬も家も金もあればいいけど、
お前がいるのが一番いい。











「仲良くしましょうね、これから」












あー、

かわいいなー、お前。








thank you !

笹の葉ラプソディおめでとう!おめでとう!
仲良し万歳!!

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