「気持ちがいいですね」 「ん、何が?」 「天気ですよ。風は涼しいし、気温もちょうどいいですし」 ウチのクラスが自習になったから、古泉にも無理やり授業をさぼらせた。 ハルヒは自習だと分かるなりどこかへ飛んで行ったし、 教室で大人しく勉強をしている連中は数えるほどしかいない。 午後の最後の授業だから、所属している部活の部室へ行く奴がほとんどだ。 苦笑しながら俺についてきた古泉を抱き締めて、 先ほどから耳や首やらを舐めたり撫でたりしているのだが、 それを気持ちいいと言っているのではないらしい。 分かってる。 そうじゃないことは、聞かなくても。 「今日くらいは授業に出なくても許してもらえますね、きっと」 「いまさらだな」 「ええ。でもこのような突然のお誘いは困りますので、 あまり頻繁にはお受けできないかと」 「んな心配はしなくていい」 俺だっていつもいつも授業をさぼるわけにはいかんさ。 後ろの席から監視されてるようなものだからな。 理由もなしにさぼったら、 あいつが怒ってお前がアルバイト直行になるだろ? それはよくない。 「空を見ていると、世界は平和そのもののように思えてなりませんよ」 シャツのボタンを外して、ネクタイも緩めて、 直に肌に触れても古泉の声色は変わらない。 舌を滑らせたって同じだ。 何をしても、反応はなし。 一人で欲情するのは情けない話だが、 古泉のいいにおいを嗅いで、 滑らかな肌を舐めていりゃあ、 そうならざるをえない。 健全な男子高生だ、 好きな奴にそうしたら、息も荒くなるだろ。 「古泉、……キスさせてくれ」 「はい、どうぞ」 するときには許可を取る。 いいか、と口で聞くときもあれば、 そこまで余裕がなければ目だけで訴える。 古泉に断られたことはないし、 いいから勝手にやってくれ、と思われているかもしれないが、 それだけは守っておきたいんだ。 お前が本当に嫌だと感じる時が来たら、そう言って欲しい。 「…………んっ」 太陽にあたっていたからか、 昨日したよりも唇が暖かく感じる。 口ん中は相変わらず俺だけが熱いが。 どんなに舌を絡めても、 髪がぐしゃぐしゃになるほど撫でても、 古泉が抱き締め返してくることはないし、 「満足できました?」 態度も、変わらない。
あの閉鎖空間からハルヒと戻ってきた後のことだった。 古泉に呼び出されて、階段の踊り場でキスをされたのは。 相当慣れているらしく、 最初から舌まで突っ込まれて、 抵抗しようと思っていた意思はそのあまりの気持ちよさに完敗、 最後には古泉を壁に押し付けて自分から求めていたほどだ。 「涼宮さんと、そのような関係になられては困ります。 だから僕にしておいてください。秘密は厳守しますし、 どんなことをしても、構いませんから」 その言葉通り、古泉は何でも受け入れた。 舐めろと言えば何でも舐める、 やらせろと言えばどこでもやらせる。 ただ、何の反応も示さないだけで。 「声を出す方がお好みでしたらいくらでも。 あなたは僕の声など聞きたくないでしょうけど」 「……そりゃそうだ」 演技されても楽しくない。 最初から演技だと分かっていて声をあげられても空しいだけだ。 そういうのが好きな人もいるんですよ、と笑っていたが、 そんな話は聞きたくなかった。 教室には戻らずに、 授業が終わるチャイムが鳴るまでひたすら古泉を舐めていた。 「今日はどうします、来ますか」 「行く」 「そうですか。では連絡しておきます」 これから「約束」が入らないように連絡をするようだ。 こう聞いてくれたら家に行ってもいいということで、 すなわち古泉の家でやらせてくれると。 ……先客があり、それでも俺がやりたかったら、 学校で誰にもばれないようにやるしかない。 「それ、やめるわけにはいかないのか」 「いかないでしょう」 「金か」 「……もありますし、立場もあります。選択肢を探すのはとうに諦めました」 「よく笑顔で言えるな」 「練習の賜物です」 部室にハルヒの姿はなかった。 長門が言うには、朝比奈さんと一緒に買い物に出かけて、 そのまま帰るらしい。 俺たちも部室まで足を伸ばしたものの、そのまま帰ることにした。 古泉といられる時間が長くなる。 それは俺にとって、割と嬉しい出来事だ。 家に行くとジュースや茶で喉を潤して数分雑談をした後、 古泉が準備を始める。 引出しからローションを取り出し、 服は必要最低限しか脱がない。 男の裸を見ても、気色悪いだけでしょう。 そう言って最初からそうだった。 俺もその時はつい頷いてしまったが、 今はむしろ見たい。 古泉が肌を見せないのは、心を開かないのと同じように感じる。 「始めましょうか、いいですよね」 「あ、ああ」 自分で自分を慣らしながら、 俺のベルトを外してそこに口をつける。 古泉の舌は柔らかい。 それに、 最悪だが、 慣れているだけに舐めるのがめちゃくちゃうまい。 あっさりと臨戦態勢を迎えた俺を見て微笑むと、 ベッドを軋ませて上に乗ってくる。 「痛かったりしたら、言ってください」 それは俺の台詞だろう? 古泉が感じないのは、気持ちがいい、という感覚だけで、 入れる瞬間や奥まで強く突っ込んだりすると、 唇を噛んで痛みを堪えてる。 普段は見せない表情に加虐心を刺激され、 うつぶせにして後ろから突っ込めば声を抑えながらも涙を流す。 勃たないし、いかないし、 古泉にとってこの行為は苦痛以外の何物でもない。 それでもやり続けるのは、 金や立場のためだったり、 俺が世界の鍵とかいうくだらん異名をつけられているから気を遣って、のことだ。 古泉を好きで、愛なんてものがあって始まった関係じゃない。 最初は気持ちよくなれるなら何でもよかった。 男だし、 気持ち悪かったらすぐにやめようと思ってやってみたら、 思いのほかよかったからずるずる関係を続けているだけだ。 「古泉っ……仰向けになって、足、開け」 「っく……、は、は、いっ……」 後ろからやって出した後だが、まだ、終わらない。 時間はある。いつもより3時間も長い。 内股まで俺の体液を垂らして、古泉が体勢を変える。 足を開くためには太股付近で止まっている制服を脱がないといけない。 片足だけ脱ぐと、足の間の部分は脇にあったタオルで隠した。 俺が見たくないと思っているのと、 見られたら恥ずかしいと思うからそうするんだろう。 まあ、確かに、俺が興奮しまくってるのに、 古泉は全くそんな気配なし、のところを真下に見るのは、いい気分じゃないかもしれん。 「あっ……な、何をするんですか」 「タオルはいい、邪魔だ」 「邪魔って……!」 「いいから、ごちゃごちゃ言わないで開けよ」 「っ……。わ、分かりました」 だが、今日は何故だかそれに腹が立つ。 いろんな人がいますからね、行為の仕方もそれぞれです。 お前が何も考えないでかけてくる言葉の数々が嫌いだ。 俺をそいつらと一緒にするな。 結局求めているものが同じでも。 古泉にとって、何ら変わりがなくても。 蔑んでいる奴らと一緒にされたくない。 足を開かせるくらい誰だってやってそうだ。 分かっていても、今までと違うことがしたかった。 「お前さ……生えねーのか、ここ」 「…………」 「答えろよ」 「…………剃られ、て」 「へえ。それにしちゃ、ずいぶん肌が綺麗だな」 「っ……!!」 剃った後、のような感触はない。 腰を撫でた時と同じような肌だ。 そういえば、腕も足も薄いよな。 脇もほとんど生えてないし。 けど、ここまで何もないのは珍しいんじゃないか? これも、お前が見せたくなかった理由の一つか。 すっかり目を奪われていたが、 充分撫でた後に視線をずらすと、 古泉は顔を真っ赤にして泣いていた。 先ほどよけたタオルを噛んで、相変わらず声は出さない。 「ひっ!」 「背高くても、俺よりは小さいんだな」 「や、やめ、やめて、くださ」 お前の相手をするような奴らなら、 こういうのが好きなんだろうな。 生えてないとか、色が白いとか。 見て喜んでお前をかわいいと言い出すんだろ? 俺はそいつらとは違う。 今、泣いてるのも演技か? 怖がっているふりか? 体が震えてんのも。 お前ならありうる。 そんなものは見たくない。 他の奴が知らないような、 見せたことのないようなお前だけを見せろ。 「あ、ああ、い、痛い、痛いっ」 「だろうな」 「やめて、くださいっ……!」 「力づくでやめさせればいい」 「そんな……そんな、こと……」 突っ込みながら、濡れてもいない先端を親指で擦ってやった。 たまらずに叫び声を上げる。 それでも手はタオルを掴んだままだ。 昔から、何をされても抵抗をしないよう叩き込まれてきたのか? だったら俺が変えてやる。 全部忘れて抵抗できるくらい。 ぶち壊してやるから、 そうしたら、俺は他の奴とは、違うよな? 触っていても、見続けるのは抵抗があった。 男の体だと嫌でも認識してしまう。 だからぐりぐりと、本来なら出すべきところに指を押し当てたまま、 顔だけを見ていた。 腰は強く打ちつける。そうするほど、古泉は辛そうに表情を歪めた。 「う、うっ、うー、うう」 まだ抵抗しない。 腕も足もがくがくに増えているくせに、 タオルを強く噛んでいるだけだ。 目も硬く閉じたまま。 しかし、この表情は初めて見る。 ここまで震えているのもだ。 初めてやった時も口では余裕ぶっていたくせに体が震えていたのを見逃さなかったが、 こんなにじゃなかった。 あれは少し緊張して、くらいのものだったな。 今のは……。 本気で怖がっているんだろう、辛いんだろう。 さすがにもう、演技には見えない。 古泉の顔を見ていたら、こっちがもたなくなった。 動きを速めると同様に、古泉を弄る指にも力が入る。 古泉の悲鳴が聞こえる。 抵抗しろよ。 突き飛ばすくらい、簡単だろ。 古泉。 古泉、 「古泉っ……!!」 指が濡れてる。 薄暗い部屋ではよく分からなかったが、 洗面台に行って、見えた。 いろ、が。 「古泉っ!」 すぐに部屋に戻る。 終わったら、俺はタオルで体を拭く程度で、 古泉はシャワーを浴びに行く。 浴室から出てくる古泉はいつもの古泉だ。 笑って、「気持ちよかったですか?」 と聞いてくる。 しかし、今日は、まだベッドの上にいる。 壁際にうずくまって震えている。 泣き声は我慢しているんだろうが、 タオルの奥から聞こえてくる。 「古泉、すまん、やりすぎた」 小さく首を横に振る。 「……な、見せてみろ、そこ」 足に手をかけたら、今度は大きく首を振った。 強引に足を開かせる気はとても起きない。 古泉が落ち着くまで、待った。 「……も、だいじょうぶ、です」 「おいっ……」 「何ともありませんから、心配しないでください」 やがてタオルを口にあてたまま古泉はそう言ってきて、 ちらりと、壁にかけている時計に目をやる。 まだ、 帰る時間じゃない。 「大丈夫、なら」 「……はい」 「もう一回やるか」 「えっ!?」 「大丈夫なんだろ」 今度は抵抗できるよな。 怖かっただろ。 痛かっただろ。 なら、できるよな。 ベッドに押し倒すのは簡単だ。 座っていたのをそのまま倒せばいい。 持っていたタオルを取り上げるのも簡単に出来る。 古泉の体に、力は入らなくなっていた。 体を覆っていた布団も剥ぎ取る。 シーツと、布団のところどころに、赤い染みが出来ている。 「待って、ください」 足を掴もうとした腕に、ようやく古泉の指が触れた。 「痛くて……、集中、出来ないから、今日はっ……」 「大丈夫だって言ったよな? あれは嘘か」 「そ、れは」 「どこが痛いんだ。言ってみろ」 「な……」 言わなくても、分かってるが。 「嫌ですっ、それは、嫌です、お願いします、やめてください、やめてください」 いつもの古泉らしい古泉は、どこかへいなくなった。 俺がそこに触ろうとすると、 子どものように泣きながら首を振り、 頼りない手で腕を掴んで、 やめてください、 ごめんなさい、 嫌です、 許してください、 お願いします、 こればかりを繰り返し、言ってきた。 こんなに力が弱いはずがない、 まだ気を遣っているのかと両腕を押さえつけると、 そうではない証拠に泣き叫んだ。 「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、 言うことを聞くから、痛く、しないでください」 散々脅した後に、 俺以外とやるなよ、と言ったら、 何度も何度も頷いた。 それに安心して古泉を解放してやると、 立ち上がった途端にその場に崩れ落ちて、 意識を失っちまった。 慌てて抱え起こしてベッドに横にする。 改めて見ると、傷ついた箇所が痛々しい。 かといって怪我の応急処置の方法を知らないし、 古泉の家にそれに適したものがあるかも分からない。 とりあえずそのままにしておくのはどうかと思い服は着せておいた。 しばらく経ってから、 興奮状態が冷め、 自分のしたことを認識して、 血の気が引く。 こい、ずみ。 「ん……う、あ」 「古泉」 「あ、あ、あ」 「痛い、よな」 「あっ、う……だいじょうぶ……大丈夫です」 起き上がり、下腹部を押さえながら、 それでも必死に笑顔を作る。 奥歯が音を鳴らしていて、 真っ青で、 いつもの笑顔とは程遠い。 「大丈夫じゃないだろ。薬はあるのか、消毒、とか」 「あります、自分で出来ます、自分で、やります」 「けど、」 「お願いします、これ以上情けない姿を、あなたに見せたくないんです」 震えていても、はっきりと、言い切った。 そうだな、そうだよな。 「すまん。どうかしてた。もう、二度とあんなことは」 「気に、しないでください。大丈夫、大丈夫……」 自分に言い聞かせるように。 時々痛みが走るのか、 体が硬直して、 息を飲んでいるのが伝わってくる。 繰り返し謝ってから、 古泉の家を出た。 「おっす」 「っ!! お、お、おはよう、ございます」 「……まだ痛むか?」 「いえ、もう、大丈夫です、なんともありません、すみません」 「古泉、あのな」 「すみません。ごめんなさい」 こっちが謝ろうとして声をかけたのに、 なぜか古泉が謝ってくる。 朝の、上り坂。 古泉はえらくゆっくりと上っていた。 体が辛いんだろうことは見るだけで分かる。 「その……なんだ、保健室には行きにくいだろうが」 「いえ、そんな、」 「病院なら付き添うぞ」 話している間にも顔色が悪くなる。 最初は見せていた笑顔も、 徐々に消えてやがて俯いてしまった。 「古泉?」 「すみません、ごめんなさい」 通学路から外れた道へふらふらと歩いていく。 後を着いていくと、 他の生徒から見えないところで、 その場に座り込んだ。 「ごめんなさい」 そして、泣き出してしまう。 どうしたらいいのか、 俺はただただ、立ちすくむしかない。 「後から、行きますから、先に、学校へ」 「お前を放っておけないだろ」 「平気です、からっ……」 古泉の言いたいことは、分かる。 近くにいて欲しくないんだろう。 俺に。 昨日、あんなことをした後だ。 顔も見たくないに決まってる。 けど、分かっていても、 この古泉を残して行けない。 1時間を過ぎても、 2時間を過ぎても、 古泉はずっとそのままでいた。 「ごめんな、古泉……」 どれだけ傷つかせてしまったのか、 痛いほどに認識する。 こんなじゃない。 俺が望んでいたのは、 古泉にとって特別でいたかったのは、 こういうことじゃなかった。 やがて顔を上げたのだが、 俺を見てはくれなくて、 ただ、 何をしたらいいのかとだけ聞いてくる。 「お前の、特別でいたいだけなんだ、俺は」 こういうのをなんて言えばいいんだ? 他の誰にもされてないようなことをしたい、 他の誰にも見せてないような顔を見たい、声を聞きたい、 他の誰とも違うように、思われたい。 これは、 「……分かりました」 あと少しで答えが出そうなのに出てこない。 古泉の答えは、 きっと、俺が考えているものとは違う。 「何でも、します。……がまん、します」 震えながら唇を噛む古泉を見ていると、 このまま答えが出ないような、 そんな気分に、なった。