何でもいいから言っちまえ、
自分自身を追い詰めたら、
花火で何気なく交わしたあの会話を唐突に思い出した。




夏休みにやらなかったこと。
やらないといけないのに、
ずっと先延ばしにしていたこと。

それはなんとも単純なものだった。
何千回と夏休みを繰り返した俺が、
恐らくは絶望感と共に最後の一日を過ごしたであろう相方。

 

 





夏休みの宿題、か。
こんなもんでハルヒの気を引けるとは。
俺ももっと、頭を柔らかくしないといかんな。








もう一つの課題





 

 


最終日、当日。
今日は早い時間からあいつらが来ることになっている。
部屋の掃除はこんなものでいいだろう。
見られてまずいものは全て隠した。

 

「キョンくん、おきゃくさんだよー!」
「おう」
「えへっ、いらっしゃい、古泉くん」
「こんにちは。こちらは妹さんへのお土産です」
「わあ! ありがとう!」
「古泉、早いな」
「ええ、目が早く覚めたので。こちら、よければ夜にでも、ご家族で召し上がってください」

 

古泉が差し出してきたのは近くにある、
うまいと人気の店のフルーツケーキの箱。
妹にはプリンが別に用意されており、
いかにも出来る高校生、
いや、高校生にしちゃ、出来すぎだ。

とりあえず礼を言って受け取り、
代わりに麦茶を渡し、ソファに座らせる。
ハルヒたちが来るまでは始めない方がいいだろう。

 


・・・俺には宿題のほかにもう一つ、
大きな懸案事項があった。
ハルヒにはとても言えない。


なぜだか分からないが、
俺はこの繰り返しているらしい夏休みよりも前に、
古泉に告白をした。
告白にも色々な内容があると思うが、
ストレートに告白といって思いつく内容、
つまりそれを、だ。

 

言うつもりはなかったし、
正直、そこまで古泉に気を向けている自覚もなかった。
孤島からの帰り道、
俺たちは同じ方向へ足を進め、
孤島で起きたあれこれについて話していた。
話が途切れて、
古泉を見ていて、
そのうち古泉もこっちを見て、

 

「楽しかったですね、また、
 一緒にどこかへ行きたいです」

 

笑って言ったその言葉の、
相手が俺だけだと勝手に勘違いをしたのがそもそもの
きっかけだったんだろう。
冷静に考えれば、
「あなたと」ではなく
「皆さんと」もしくは「涼宮さんたちと」と
という代名詞がつくことが分かったんだが。

 

 

俺の告白に対して古泉の答えは保留。
考えます、と笑って、
それから夏休みの間、
これだけ一緒にいたのに答えはもらってない。

 

プールに行けばやたらと近くに寄ってくる。
期待して水中に潜ったときにでも手を繋いでやろうと
思えばナチュラルにかわされた。
川原で花火をしている間も火の光に見惚れたぼんやりとした
顔を見せ付けてくるからたまらんと思いそばに行けば、
足元に火を向けてきてまるで近くへ来るなといわんばかりの
態度に変わった。


そのくせ、深夜に朝比奈さんから相談を受けたりして、
二人きりでいることを電話越しに伝えてきた。
思わず顔を見たとき殺すなどと不穏な言葉が口に出たぜ。
古泉の失笑した顔が忘れられん。
古泉め、自分が惚れられてると思って、余裕ぶりやがって。
・・・・・・その通りだ。

 

 

何をされたって古泉への気持ちは変わらなかった。
自覚症状はなかったのに、
言ったせいで俺自身もはっきりと気持ちを認めてしまい、
それからは、会うたびに想いが募る。

 

それでも待つと宣言したからには俺からアクションも起こせず、
ソファに妹と並んで座ってる古泉の背中を、
椅子に座って見ているだけしか出来ない。

 

 

「プリンおいし〜!」
「そうですか、それはよかった」

 


早く来たのは俺と話がしたいから、
かと期待したんだけどな。
そんな素振りはどこにも見せない。
俺よりも、妹と話している方が楽しそうだ。

 

ああ、失恋コース確定なのか、これは。

 

 

 

 

 

 




 


「よーし、このまま突っ込むわよ!」
「わーーい!」


古泉と俺はたいした会話をすることもなく、
すぐにハルヒたちもやってきた。
一心不乱に机に向かっている間、
なぜか俺の部屋で妹とハルヒがゲームを始め、
俺がまだ進めていないステージを次々とクリアしている。
後ろでは古泉が朝比奈さんに後輩でありながらも数学を教え、
長門はただ、ベッドに座って様子を見ている。


古泉が見せてくれたノートは文字が乱雑で、
解読に時間がかかり自力で解いたほうが早いのでは
ないかと思うほどだが、古泉のノートだからこそ、
目を皿のようにして一文字一句理解できるよう、
尽力しているところだ。

 

 

 


「ねえキョン。喉が渇いたわ。あたしはもうすぐ
 ボスにたどり着く忙しいところだから、
 何か持ってきなさい」
「へいへい・・・」
「僕も手伝いましょう。一人では、人数分持てないでしょうから」
「お、おう」

 

 


尽力しているさなか、
ハルヒがいつも通りの我が物顔で俺に命令をし、
今日くらいはおとなしく言うことを聞こうと椅子から立つと、
同じように古泉も立ち上がった。
そして二人で階下へ降りる。


一気に、
脳内が宿題モードから古泉モードへ早変わりだ。

 

 

 

「調子はいかがです?」
「なっ、な、な、なにが」
「宿題です」
「何!? あ、ああ、そっちか。じゅ、順調だ、たぶん」
「それはよかった」

 


少し話しかけられただけでこの狼狽っぷり。
俺はこのまま夏休みを終わらせていいんだろうか。
古泉から答えを聞いた夏など、
いくら頭をひねっても思い出せないから、
何度やっても同じなのかもしれないが、
それにしても、もしこのまま、時だけが過ぎていったら・・・

 

 

「新しい麦茶作っておきますね、これ使っていいですか」
「あ、ああ・・・頼む」
「はい」

 

 


俺は氷と冷蔵庫に入っていた茶をそれぞれのコップに注ぎ、
盆に載せる。これを使えば一人で運べるな。
わざわざ来てもらったのに。

 


「古泉、このくらいなら俺ひと・・・うわ! なななななんだ、おい!」
「わっ」
「顔が近い、近すぎる!!」
「すみません。失敗してしまいました」
「失敗? どういう意味・・・うおっ」

 


振り返った先には、古泉の顔があった。
至近距離すぎて驚き手で押しのけるも、
今度はその手を掴まれる。


古泉、お前、一体、

 

 

 

 

「キスしましょう」
「!!!!!!!」
「言ってからした方が安全ですか。驚いたあなたに殴られることもないでしょうし」
「なななな」
「いいですよね、して」
「ままままてまてまて、順を追って説明を」
「僕の説明は長くなるからお嫌いでしょう?」

 

 

 

 

この急展開に、君はついてこれるか。
そんなキャッチフレーズを思い出した。
何の映画か、漫画か、その辺りはさっぱりだ。


俺は全くついていけてない。
それだけは確かなのである。

 

 

 

 





柔らかいものが唇に触れるこの感覚が何なのか、
考えるまでもなかった。









長い睫毛が俺の目に突き刺さりそうだ。
あ、閉じていればいいのか。

 

 

 














「・・・本当は明日でもよかったんですけど」

 

離してもなお至近距離を保ったまま、
古泉は小さく笑う。

 


「あなたならやってくれると信じてました」

 

 

そしてまた、触れる。

 

 

 


言葉にしなくても、
古泉の答えは、伝わった。




 

 

 

 

 

 




 

 

飲み物を注ぐのにどんだけ時間がかかってんのよバカキョン、
とハルヒに罵倒されようとも、痛くもかゆくもなかった。
超高速で宿題を片付けるパワーが湧き上がってきたのも
言うまでもないだろう。

 

古泉が言うに、
昨日の俺の発言にて、
ようやく俺への気持ちを確かなものにしたそうだ。
夏休みを脱出するための、
今までの夏休みにはなかった、
既視感のかけらもない、
SOS団全員で俺の宿題を片付けるという、
一見しょうもないように見えて実にしょうもない行為が正解だったらしい。
実際にハルヒが手伝ってくれているかといえばそうではないんだが、
こうやって皆で集まって達成感のあることをする、
ただそれがしたかったんだろう。



最初は、何を馬鹿なことを、とハルヒと同じ感想だったらしい、
だがハルヒの反応を見て、
その奥に待ち受けているであろう未来が見えて、
古泉の俺を見る目は変わったのだという。







「前から、嫌いではなかったんですよ。
 ですがいまひとつ決めてに欠けまして。
 今回のことでようやく決心がつきました。
 これから、よろしくお願いします」

 

 





完全に上から目線の古泉の発言ではあるが、
俺は、
素直に嬉しくて仕方がない。
惚れた弱みか。
いいじゃないか。
これだけで最高に幸せを感じちまえるんだから。







一万五千、何回だっけ?
とにかくその数の夏休みを過ごして、
ようやくたどり着けた結末がこれなら、
ハルヒのお墨付きのようなもんだよな。












・・・ちゃんと来いよ、


9月1日。








thank you !

精神的にMなキョンもいいかな!
ラストの、キョンが古泉を宿題に一番最初に誘うところで、
言い方がわざとくさかったからすごく気になったの!
きっと告白の答え待ちでぎこちなかったんだよ・・・!という妄想の果てです^q^

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