HB









「お待たせしました」
「おう……って、なんだ、その格好は」
「お祭りに行くと言ったら森さんが着せてくれたんです。変ですか?」
「……別に」
「よかった」






 

 

よくない。
ちっともよくないぞ古泉。






お前が浴衣を着てくると分かっていたら、
俺もそれなりに心の準備をしたのに。
不意に来られたら、
直視出来ないだろ。

 








「僕、わたあめが食べたいんです、小さい頃に食べて、
 それ以来なんですが」
「そうか」
「あとは、前回あなたと出来なかった金魚すくいを」
「……」
「もう、浴衣の人がたくさんいますね。僕たちも早く行きましょう」
「ああ」

 

















夏休みに行った祭りも良かったが、
俺が子どもの頃によく行ったこの秋祭りの方が馴染みが深い。
久々に祭りの雰囲気を楽しんだらやけに心地よく、
夏休みを脱出した祝いにこっちの祭りにも足を運ぶことにした。
ハルヒたちにも声をかけたんだが、
珍しいことに用事があると断られ、
朝比奈さんと長門にも辞退され、
結局そのとき部室でただ一人用事のなかった古泉と、
まさかの男二人きりで行く羽目になってしまったのだ。





嫌なら断ればよかった?



そうじゃない。
嫌じゃなく、二人きりだと、変に緊張しちまうんだ。

 







俺はこいつが気に入っているから。







 


古泉が気付いているのか気付いてないのかは分からん。
無駄に顔を近づけたり、
こうやって俺と二人きりだと知りながら浴衣を着てきたり、
楽しそうに浮き足立っているのを見ると、
気付いている、アンド、俺に気があるんじゃないかと、
つい前向きな想像をしてしまう。


そして直後に頭を振って否定する。
男が男を簡単に好きになるものか。
俺だって相手が古泉じゃなきゃ好きになぞならなかった。
古泉に会うまでは男にそういった感情が芽生えるのは、
海外のどこか遠い国での出来事だと思ってたくらいさ。



俺が古泉を好きになる理由ならたくさんある。
けど逆は見当たらん。
特別優しくしてるわけでもない、
……優しくして笑顔を見せられちゃたまらんだろ。











待ち合わせをした最寄の駅で、
古泉はまさにその笑顔を浮かべ、
俺の肩を叩いてきた。
振り向けば浴衣姿。
おいおい。






勘弁してくれ。






恋ノ秋






 






「大きなお祭りですねえ……小さい頃からここに来れていたなんて、
 幸せ者ですね」
「大袈裟だろ」
「あなたにとっては当たり前だったかもしれませんが。
 あ、わたあめ発見しましたよ。買ってもいいですか」
「好きにしろ」

 





子どもの頃と変わらず賑わっている祭りの会場は、
昔からある屋台が立ち並んでいる。
記憶にある光景と変わらないそこに、
知り合って数ヶ月の古泉が立っているのは、
なんともいえない気分になる。
親に結婚相手でも紹介しているような、は、言いすぎか。

 










一緒に買いに行くのもなんだから待っていると、
小学生に混ざって古泉が列に並ぶものの、
子どもを優先させるものだからいつまで経っても買えず、
店のおっちゃんにすら笑われてる。
見ていられずに強引に買ってやると、
眉を下げてすみませんと謝り、
子ども向けのアニメキャラが書かれた袋を開けて、
わたあめに舌を伸ばす。

 

「甘いですねえ」
「だろうな」
「食べます? あなたも」

 

こら。
お前が食べているものに、
俺にも口をつけろと言うのか。
指で取ったって駄目だ。
お前が触ったものを口にする、と考えただけで、
涼しい夕暮れ時だというのに、
真夏の体温が戻ってくる。

 

 

「いらん」
「そうですか……」
「次は金魚すくいだろ。あっちでやってるぞ」
「はい、すぐ、食べてしまいますね」

 

 


急かしたつもりじゃなかったんだが、
古泉は味わう間もなく急いでわたあめを食って、
あー、
これだから嫌なんだ、
古泉と二人きりになると、
変に意識して、
いつもよりきつい態度を取ったりして、
こいつだって、つまらないに違いない。





せめて金魚すくいくらいは楽しもうと思っても、
隣で意気込んで座ってる古泉の匂いが気になって集中できず、
妹と来たときには兄の威厳を見せて5匹はすくったのに、
古泉の手前で格好付けようと颯爽と着水させたとたんに
すくうあれが破れ、戦いが終了となった。

 




「あなたの分も、がんばります」





いつもはゲームで負けっぱなしの古泉がくすくすと笑って、
俺を覗き込むように言ってくるから、
顔が金魚みたいな色になって、
見られたくなくて立ち上がった。

 






「あ、あの、どちらへ?」
「あっちで涼んでくるっ」
「僕、まだ……」

 

 

 


古泉の言葉を最後まで聞くことなく、
その場を立ち去ってしまった。




















悪循環だ。
好きになればなるほど、
古泉のそばにいられなくなる。

 






ハルヒがいれば、
朝比奈さんや長門がいれば、
他の目がある手前、
気のないふりが出来るのに。












古泉と二人で来れることになって嬉しかった、
祭りに二人きりなんてデートじゃないか、
少しは距離を縮められるかもしれないと、
期待して今日はシャワーを三度も浴びたくせに、
この体たらく。
情けないにも程がある。
どこかで風に当たって頭を冷やそう。

 



















本当はもっと、お前が喜んでいるところを見たいし、
ずっと近くに、いきたいんだが。

 

 















 
しばらく風に当たっていると、携帯電話が震えた。
古泉からの着信だ。
深呼吸をしてから取ると、今どこにいるのかを聞かれ、
場所を教えてから数分後、姿を現した。
 
 
 







「何だそりゃ」
「買ってみました」
「似合わねえな。んなもんに、似合うも似合わないもないが」





 

顔を覆っていたのはうさぎの面。
一人で買いに行ったのかよ、それ。
祭りを楽しめてるようで何よりだぜ。




右手に持ってるのは金魚が入った透明なビニール袋。
1匹だけ入った袋を、2つ持っていた。
 



「僕もすくえなくて、屋台のおじさんがくれたんです。
 ……あなたの分も」
「俺はいい」
 







お前からもらったら、お前の名前をつけちまいそうだ。
金魚を溺愛してる自分を想像しただけで寒気がする。




 
 











「それより、もうすぐ花火が」


「僕、先に、失礼します」


「何っ?」
「すみません。今日はありがとうございました」
 











どうしたんだ、古泉。
具合悪いのか。
用事はないはずだよな、
最後まで、一緒にいられるんじゃなかったのか。
 
 
 






「待てよ、古泉」
「わっ……!」
「古泉!」
 






面のせいで視界が悪いのか、
立ち去ろうとして石に躓き転びそうになった古泉の腕を掴み、
こちらに引き寄せることに成功した。













あー、危なかったぜ。
俺の目の前で怪我をされたらたまったもんじゃない。










……





この状況も、だいぶ、たまらん、けど。

















お前、なんて顔してんだよ。











うさぎ、ずれて、見えてるぞ、


……赤い顔が。









何でお前がそんな赤くなってるんだ。
俺がなるところだろ、ここは。






……とっくになってるけどさ。




















「あ……」
「……」















いつも、自分から顔を近づけるのは平気なくせに、



俺からすると赤くなるのは、




帰ろうとしていたのに、



俺が腕を捕まえると動かなくなるのは、










もしかして、





古泉、











お前、もしかして、












「……!」












言葉に出すよりも、行動の方が、早かった。
















この行動がこの先何年も、


あなたは口を出すよりも手が先に出ますからね、


と言われるゆえんとなるのだが、
このときは、
本当に何も考えられなくなったんだ。











お前が俺を好きなのかもしれない。
いや。
推測じゃなく、ほとんど、確信してた。








そう思ったらそのまま顔をさらに近づける以外、
何をしろっていうんだ?


 
 

 
 
















「古泉……」
「…………」
「……好きだ」
 
 






少しでも動けば触れるくらいの距離で、
俺は古泉に、告白をした。




古泉の答えは言葉ではなく、
古泉から重ねてきた唇で伝わる。
 















今日お前が、俺と二人きりなのに来てくれたのも、
楽しそうに見えたのも、
わざわざ浴衣で来たのも、
俺の勝手な期待のせいじゃなく、
本当に、お前が俺を好きだから、だったんだな。
 











ごめんな、
お前は素直に伝えてくれていたはずなのに、
俺は意識しすぎて、ひどい態度だったろ。
うさぎの面がずれたときの泣きそうな顔、
もう二度と、あんな顔はさせないから許してくれ。
 












ずっと、大事にする。




……とか、
そんなくさい台詞を言えるようになるのは、
もう少し後になりそうだけど、な。
 






thank you !

いつものらぶい二人になった・・(´∀`)
動いてる二人を見ると両思いにしか見えないんだもの!



inserted by FC2 system