「きゃー、古泉くーん!」 黄色い声とはまさにこれのことか。 しょうもない赤いはっぴを着せられ、 背中にはSОS団とでかい文字の書かれた旗を背負い、 ハルヒが思いついたままの四字熟語入りのはちまきをして走っているその姿は、 普通なら失笑の対象以外にはなりえない。 なのに古泉ときたら、 持ち前のうさんくさい笑顔を浮かべるだけで何を着ても女子からの歓声を浴びているのだから、 「キョンとは正反対だよな、あいつ」 谷口がぽつりと呟いた言葉に、反論は出来ない。 腹が立ったから殴ってはおいたが。 長門の反則すれすれの疾走、 いや、レッドカードを向こう十年分もらってもおかしくない走りだった、 あれのおかげでSОS団はダントツでトップを取りさらに悪名高くなるのだが、 谷口や国木田に冷やかされようと、 俺の意識は一番最初に走ったあいつに向いたままだ。 その古泉がクラスの女子からの差し入れで両手をふさがれた状態でこちらへやってくるのを見て立ち上がり、 「クラス対抗までには戻ってこいよ」 「ああ」 級友に別れを告げ、走り寄った。
「お疲れさまです。これ、いただいたんですが、ご一緒にいかがですか」 スポーツドリンクにチョコレートに飴にガムに、 あと、大半を占めるのが手作り弁当が入っているであろう弁当箱。 確かに古泉一人じゃあ食べきれないだろう。 あっちで肩を落としてる運動部の連中にでも与えてやれ。俺はいらん。 「そうですか? おなかが空いてるかと思ったんですが」 「いいから、来い」 「はあ」 腹なら減ってる。 お前と昼飯を一緒に食おうと朝話してたから、 お前の分のパンまで購買に走って買ってきた。 けど、今は、そんなものはどうでもいい。 校舎に向かう途中長門が座っていたから古泉が持っていた諸々を全部渡し、 特に、手紙らしきものが挟まれている弁当箱を強く押しやり、 好きにするように伝えた。 古泉は長門に謝ってから小走りで俺についてくる。 昼飯のための休憩時間、体育祭の今日、たいていの奴は校庭にいる。 この時間にわざわざ旧校舎に来る物好きは俺たち以外にいないだろう。 念のため借りておいた部室の鍵で扉を開け、念のため鍵を閉める。 向かい合った古泉の表情はこれから何をされるのか予想がついているのか、 不安げな微笑を湛えている。 「突っ立ってないで、こっち来いよ」 「ご飯も食べずにするつもりですか?」 「何を」 「あなたが聞かないでください」 「お前こそ、分かってるなら聞くな」 息を吐くと、古泉は観念したように俺の隣に座る。 いつもは長門が座っている位置だが、二人きりのとき、 古泉はここへ移動するのだ。 「どうして不機嫌なんですか。ご友人にからかわれたとか?」 俺相手でもたまにしか見せない優しい表情を浮かべ、髪に手をかけてきた。 すぐにその指を絡めとり口の中に引き寄せる。 少し痛いかもしれないくらい噛んで、指から手首まで舐めると、汗の味がした。 「何でもいいだろ」 「よくありません。機嫌が悪いと、ちょっと、怖いんですよ」 「お前が悪い」 「ええっ?」 普段は当たり前のように傍にいて、SОS団の中ではさほど、目立たない。 ハルヒの滅茶苦茶っぷりや朝比奈さんの天使のようなお姿の影に隠れ、 かといって長門ほど気配を消すでもない、中途半端な立ち位置。 二人きりになれば俺を立てて、 「僕はあなたの言うことなら、たいていは聞こうと思っているんですよ」 ハルヒの言うことばかり聞きやがって、とすねてみせた俺に、 思わずにやけるような言葉さえもかけてくれる。 だからつい、忘れたりもするのさ。 古泉は俺よりあらゆるスペックが高く、 俺が着れば谷口と国木田の憐れみしか得られない衣装で走っても、 女子の視線を一極集中させるほどの男だということを。 「土くさい」 「当たり前でしょう、外にいたんですから」 「べたべたする」 「走りました、から……嫌なら、触らないでください」 「誰が嫌だって?」 「んうっ……」 古今東西。 いつでもどこでも笑顔を向ける古泉には密かにファンも多いらしい。 谷口がぼやいてた。 俺もあんな顔に生まれたかった、と。 俺はごめんだぜ。 自分がこの顔に生まれたら、 こうやって舐めるたびに赤くなる表情を楽しめなくなるだろ。 自分のじゃ萎えるだけだ、古泉だから、興奮する。 「指、ふやけますっ……」 「そうかい」 「んっ……」 顔を見ながら指を舐められるの、好きだよな。 見られてるのが気持ちいいんだっけ? キャーキャー言ってた女子が知ったらどう思うんだか。 誰も知らない古泉を俺だけが知ってる。 そんな優越感でも感じなけりゃやってられないぜ。 「古泉」 「あっ……ん」 「次の競技、何時からだ」 「二時、です」 「まだまだ余裕だな」 「ですが、走る、から」 「駄目だ」 走るから最後までやるなって? 無茶な話だぜ。 ここまでのこのこついてきて、 顔赤くして、 唇だって溶けそうなくらい熱くしてるくせに、 いまさらやめろと言われて聞けるわけがない。 体操着を胸までまくり、部室の机に背中を押し付けて口付ける。 汗の匂いも味も、古泉のなら好きだ。 味わうように舌を這わせながら時折視線だけを向けると、 気持ちよさそうに顔を歪めて、 目が合うたびに恥ずかしそうにまぶたをぎゅっと閉じた。 誰も来ないと分かっていても声は堪えて、 それでも熱い溜息は漏れ、 聞いているうちに焦らしてる自分が焦らされている気になってくる。 履いたままの状態で下にも口をつけると、悪くない反応を感じる。 敏感だからな、お前。 これも女子には知られたくないだろ。 「このまま続けると汚れるぞ」 「それは、困ります」 「なら、言えよ」 「うう……」 「言わないならこのまま、涎まみれにするぞ」 今度の溜息は、気持ちいい、いうより、俺に呆れて、のものだろう。 古泉はとっくに理解してるはずだ、俺の性格を。 「ぬ……がせて、ください」 「仕方ない奴だな」 「もう……」 言わせてるくせに、と思ってるだろ? それがいいんだ。 お前みたいな完璧な男が俺に屈してるみたいな、 実際、ちっともそうじゃなくても、言わせた台詞でも演技でもいい、 そうでもしないとプライドが保たれないのさ。 くだらないと笑わずに付き合ってくれるお前はやっぱり、出来る奴だよ。 「ほう。これで、我慢するつもりだったんだな?」 「言わないでください……」 で、……本当に、かわいいな、お前は。 男のこんな姿を見て、最初は少なからず引いたくせに、 今となっちゃかわいいなどと思ってる俺は相当きてる。 自覚しているだけでもよしとするか。 それこそ仕方ないんだ。 俺はこいつが好きでたまらないから。 机に座らせて、脱がせるのは足首まで、 いつもそうするからマニアックだと前に指摘を受けたっけ、 ああそうさ、分かってる。 お前みたいな男を好きになった時点で十分に。 「ローション持ってきた?」 「まさか……」 「だよな」 大丈夫。 こんなこともあろうかと、長門の蔵書の奥に潜ませている。 「あなた……長門さんに見つかったらどうするんですか」 「その辺は、ほら、長門が空気を読んで」 「迷惑をかけちゃだめですよ」 「……はい」 今度からは常に携帯する。小瓶にでも入れて。 「ん、んん」 「どうしてほしい?」 「っ、そ、それは」 「どっちがいいんだ?」 前でも後ろでも、好きな方を触ってやるよ。 正直に言えればな。 ローションで潤わせた手で足だけ触っていると、 古泉はもじもじと体をよじり、 やがて口を耳元へ近づけてきた。 「う、うしろ、がいいです」 「そうか」 「もっと、そばにいたいから、降りてもいいですか」 「そこにいたほうがよく見えていいんだが」 小さく首を振り、古泉は机の上から床へ移動する。 自分が着ていた衣装を床に敷いて横たわり、俺に向けて腕を伸ばす。 覆いかぶさるように上に乗り、 額から唇にかけてあちこちにキスをしながら、 指は古泉に言われたとおりのところを撫でた。 近くで聞こえる声に心臓を高鳴らせつつ指を進め、表面よりも熱い体温に息を呑む。 「ん、んっ、うう」 「気持ちいいだろ、古泉」 「は、はいっ……」 「やりたくなるよな?」 「……したい、です」 勝利。 今日は素直でよろしい。 たまに、どれだけ焦らしても恥ずかしがってやりたいと言わず、 俺が白旗を上げて有無を言わさず突っ込む流れになるときもある。 今日はお前が言ってくれてよかった。 聞きたい気分だったんだ。 出来れば他にも聞きたい台詞があるんだが、 言わせるよりは、お前の口から自然と出てくるのを期待したい。 「ふ、あ……!」 「あー……きっつ」 「へ、んなこと、言わないで、くださいっ」 「何がだよ」 感想が口に出るのはやむをえん。 言うなと言われてもお前に突っ込むと反射的に出てしまうんだ。 校舎にクーラーなんてついてない、 体操着姿とはいえ午前中にあれだけ走って今も熱くなるしかない行為をしていれば汗が噴き出てくる。 少しでも涼しくしようと開けっ放しにしていた窓からは、 楽しそうにはしゃいでいる生徒の声が入ってくる。 聞こえるたびに古泉は自分の声を抑えようとして、 俺は逆に出させてやろうと奥まで入っては古泉が特に気持ちよくなれる箇所を擦り付ける。 「うあっ! や、だめ、だめですっ」 「駄目そうには見えんな」 「声っ……聞かれて、しま、あっ」 「聞こえやしないさ。それより、我慢、すんなよ」 下から上へは届いても、こっちからあっちには届かない。 ここで俺たちが何をしているか知ってる奴はいないし。 しばらくは上半身を密着させたまま腰を動かしていたが、 古泉の我慢の防波堤がそろそろ崩れかけてきたのを見計らって体を起こし、抱え上げる。 壁に寄りかかるように座り、下から古泉を突き上げた。 「あっ! う、うああっ、ん、あっ……!」 「こいずみっ……」 「きもち、いい、ですっ……は、あう……」 言った。 自分から、気持ちいいと。 今日はいいぞ、積極的に腰も動いてるし、 見られると恥ずかしがるくせに、 ちらちらと目を開けて俺と目を合わせては顔を赤くしてる。 分かっているんだ。 お前が、恥ずかしいことや、多少屈辱的な行為が好きだってのも、 俺に見られるのは、俺を好きだから気持ちよくなるんだってことも。 なんて、自意識過剰すぎるか? けど、そうでも思わなけりゃ、 お前みたいな一見俺には縁もゆかりもなさそうな、 同じ部活に入らなければ一生口もきかなそうな奴と付き合ってるのが、 間違いなんじゃないかと思っちまうんだ。 だから、ハルヒがいなかったとしても俺とお前はこうなったんだと思いたい。 運命、などと大層な言葉を用いる気はないが、 それに近い糸で結ばれていたから、 あれだけの夏を過ごしてもこの結論を出したんだよな。 古泉、好きだ。 俺はお前が好きだ、 毎日思ってる。 やっと毎日顔を突き合わせても動悸が激しくならなくなった、のに、 こうやっていつもと違うお前を見せつけられるから、 すぐに手が出て、 お前が気持ち良さそうにするたびに、 気持ちがまた昂ぶって、 「古泉、古泉」 「あ、うう、や、そんな、奥っ」 「好きだ、好きだ、好きだ」 「ふ……」 「あー、好きだ、古泉ーっ」 「ちょ、ちょっと、まっ」 今日は焦らしに焦らしてやろうという意気込みは消え、 古泉が驚いてストップをかけても止まらず、 「ひっ……ま、また……!」 何度叱られても、こうして古泉の中に入ったまま、 出してしまうのであった。 これからクラス対抗戦がいくつか残っている。 競技中、一部女子の注目の的になる古泉の太股に、 俺の体液を伝わせるわけにはいかない。 古泉を抱きかかえるようにして便所へ連れて行き、 嫌がるのを押さえつけて後処理をさせてもらった。 「うう、あう、あっ……!」 「くっ……」 古泉が嫌がるのは、入れられた後で敏感になっちまったところを指で触られ、 指だけで何度か立て続けに達してしまうからで、 さらに、それを見ている俺も勿論勃ち、 ぐったりとしたところに俺の自慰を見せられるからだと……、 お前、本当に、よく俺と付き合ってくれてるよ。 お前じゃなきゃ駄目だ、俺。 「9組が最下位になったらあなたのせいです」 「どうやって責任取りゃいいんだ」 「……今度学校でするときは、ゴム、つけてください」 「……家でやるときはつけなくていいわけだな」 「そういうことじゃありませんっ」 すっかり、空腹どころじゃなくなった俺と古泉は、 戻ってきた部室で休憩時間が終わるぎりぎりまで抱き締めあったまま、 座っていることにした。 事後、古泉は照れ隠しなのか悪態をついてくることが多い。 あんな顔を見られて、 あんな声を聞かれたのを誤魔化すかのようによく喋る。 けど腕はしっかりと背中に巻きついたままで、俺が耳元に口付けると、 指をぴくりと跳ねさせて、背中を撫でてくる。 ああ、やっぱり、こいつも俺が好きなんだ。 なんだかんだ言っても、 俺が好きでいる限り、傍にいてくれるんじゃないか。 お前の指先からはそのくらいの熱い想いが伝わってくる。 そう、思っていいよな? 『体育祭実行委員会よりお知らせです。間もなく休憩時間が終了します。 校庭に集合してください。繰り返します。間もなく――』 旧校舎にまで響くほどの放送で、俺たちは窓の外へ視線を巡らせた。 名残惜しいがそろそろ行くとするか。 立ち上がり古泉の腕を引くと、 古泉は立ち上がった勢いそのままで俺に突進してきて、 「うお、危なっ」 「……午後も、頑張りましょう」 間近でそう言った後、 唇に掠るだけの、キスをした。 ……だから、古泉。 俺はそれだけで有頂天になるほど、お前に惚れてるんだぞ。 分かってるだろ? 残念だが、9組の優勝はありえなくなった。 このままいけば俺もハルヒ並のパワーを炸裂できる、 大層な情熱が湧いてきちまったからな。 ……優勝したらもう一回さっきの、してくれ。
8月インテの無配でした。
溜息Tの体育祭は萌えるよね!