彼は本当に来てくれるんだろうか。 あんな、10年も前の約束を、守ってくれるんだろうか。 「必ず行くから、北高の門前で、待っていてくれ」 僕にとっては数時間前の出来事でも、 彼にとっては10年前の出来事になる。 僕の記憶にある通りの彼の真剣な表情、 変わっているわけがないけど、 本当にあの頃のままの彼を発見したとき、 僕はしばらく動けなかった。 「お前は、大人っぽくなったけど」 「案外変わってないな」 「今でも、俺が好きか?」 「ずっと、俺に会いたかったんだろ?」 「古泉……」 「好きだ、」 「……お前が好きだ」 僕より10歳も年下のくせに、 体が熱くなるような言葉をたくさん言われた。 彼の声が好きだった。 彼の、僕を呼ぶ声が。 もう二度と聞けないと思っていたし、 それでもよかったのに、今になって……。 ……違う。 僕は、本当は少しの期待を抱いて、 わざわざ10年後に北高へ行ったんだ。 もしかすると会えるんじゃないかと、 思っていたから足を向けた。 それが現実になるとは、……やはり、予想外だったけれど。
10年前に通っていた通学路は、今も大きくは変わらない。 待ち合わせをしていた駅前はなくなってしまっても、 学校の最寄り駅は、あの頃のままの姿を保っている。 二日連続で来ることになるとは…… 遅い時間だから北高生の姿は見当たらない。 それどころか、人影はほとんどなかった。 この辺には、たくさんの人が住んでいるはずなのに、 電車から降りたのも僕だけで、駅前は、妙な静けさに包まれていた。 重い足を微かな期待だけで前に動かし、 長く続く北高への道を進む。 数時間前は、嬉しかった。 彼が僕を必死に探してくれたこと、 僕を、 強い情熱を持って、 愛してくれたこと。 彼の気持ちを知った上で離れた僕に、 誰かに優しくしてもらう権利があるとは思えず、 あれ以来、誰とも心を通わせたりはしなかった。 機関のメンバーは皆、 任務を終えても僕を心配してくれたけど、 僕の方から連絡を断ってしまったから、 今は誰とも繋がっていない。 こんな僕を…… 彼はまだ、愛しいと思ってくれているのかな。 たった一度の逢瀬で、 たった一度きりの約束で、 僕を、10年も? そんなの、無理に決まってる。 僕が彼を想い続けられたのは、 他の人とのかかわりがなかったからだ。 誰とも話さなくていいような仕事ばかりをして、 何を言われても笑顔すら返さずにいたから、 だから彼との思い出にすがって生きてこれた。 だけど彼には、きっとこの10年間いつだって、 魅力的な人間に囲まれていただろう。 僕とは違う。 僕を想い続けられるはずがない。 もっといい出会いがあるし、 それとも、もしかすると涼宮ハルヒと、 ……はあ。 こうやって言い訳ばかり考えておけば、 彼がいなくても、納得できると思うんですか、 自分自身に問いかければ、 そう簡単な話ではありません。 彼に会いたい。 僕を、待っていて欲しい。 また、好きだと言って欲しい。 北高に、彼の姿はなかった。 まだ待ち合わせの時間までは少しある、 けど、 もしかするとずっと待っていてくれてるかもしれない、 と心のどこかで思っていたらしい、 どこにも見当たらずに落胆している自分に気づく。 僕は終電で来たのに。 彼に何を求めているんだ。 自己中心的で、彼に何とかしてもらおうとしか思っていない。 10年前だってそうだった。 彼が、 僕を好きだと言ってくれないと、動けなかった。 そうなる前に僕が姿を消すべきだったのに、 そうすれば、彼を面倒な約束で縛り付けることも、なかったのに。 「寒い……」 彼は10日間、10年分の今日を、ずっとここで待っていてくれた。 僕に会うためだけに、確証もなかったのに、 じっと動かずに、眠りもせずに。 僕にはとても出来そうもない。 想いの問題ではなくて、体力が持たないから。 彼は、高校生だった。 涼宮ハルヒのどんな期待にも応えられる、 唯一の一般人だった。 「すき、です」 言いたい。 あなたにもう一度、 一度だけじゃなく、何度も何度も、 あなたに呆れられるまで、言わせて下さい。 「…………」 ただ、時間だけが流れていく。 時計を見たくない。 もう、とっくに約束の時間が過ぎていることを体感している、 でも、認めたくない。 急いで来ようとしたら自転車がパンクしてしまったんだ。 転んで、怪我をしたのかもしれない。 それとも、出掛けにシャミセン氏の具合が悪くなったとか、 妹さんにしがみつかれたとか、 きっと、何か理由があるんだ、 遅刻してる、だけだ。 雨が降っていないのに、地面のアスファルトがぽつぽつと濡れる。 どんなに自衛したって、 事実は変わらない。 どんなに僕が彼を想っていても、 僕たちの間に10年もの隔たりがあった現実は、変わらない。 「……バカ、みたい、ですね……」 離れていったのは僕だ。 彼のまっすぐな想いから。 世界が僕たちのせいで変わってしまうことを恐れた。 彼女が変わってしまうのが、怖くてたまらなかった。 僕は、彼を好きで、 同時に、彼女と彼女の世界も好きだったから。 天秤にかけたら、 彼女を、世界を選ぶしかなかった。 後悔すると、分かっていたのに、です。 「古泉」 僕を呼んでくれた、優しい声。 いつからだっただろう、 彼女たちを呼ぶ声に憧れるよりも、 僕を呼んで欲しいと思うようになったのは。 それは、彼の感情の変化を表していた。 「今日はどのゲームにする?」 深夜に閉鎖空間へ出勤し、学校へ行くのも辛かった日、 部室でぼーっとしていると、彼から誘ってくれた。 僕のために煎茶を持ってきて、 僕が特に気に入っているボードゲームを3つ持ってくる。 この中から選べ、 今日の俺は機嫌がいいから、お前が飽きるまで付き合ってやる。 何気ない気遣いが嬉しかった。 僕は、どんどん彼に惹かれて、 気持ちにストップをかけなければいけなくなっても、 彼のそばにいられるのが嬉しくて、やめられなかった。 あなたが大好きです。 昔も今も。 身勝手だと分かっています、 でも、 僕は…… 「古泉!」 寒さで頭がぼんやりして、声が、うまく聞き取れない。 かすんだ視界の端にちらりと、誰かが走ってくるのが見えた。 「すまん、途中でチャリがパンクして、走ってきたんだが、 遅刻しちまった。ごめんな、古泉」 彼の声に似た低い声が聞こえる。 これは僕の願望からくる夢かもしれない。 だって僕は10年間ずっと、彼の夢ばかり見ていたから。 「古泉、分かるか? 俺だ、分かるよな?」 頷いた、つもりだけど、彼から見えたかは分からない。 たとえ夢でも会えたことにほっとして、 僕はそのまま、目を閉じた。 「ん……」 コーヒーの匂いがする。 北高の自販機で買うような、一杯百円のではなくて、 もっと高級な、いい、香り。 僕の家にはコーヒーメイカーなんてないのに、 どうしてかな……。 「目が覚めたかと思ったが、違ったか」 夢か現実か判断がつきかねている僕の頭を誰かがそっと撫でている。 その指からは緊張が伝わってきた。 撫でられている僕も、 慣れない人の体温に、少し緊張する。 でも、体を預けているベッドが心地よくて、すぐに穏やかな気持ちになれた。 「早く起きてくれよ」 誰だろう、この、優しい人は。 ずっと、撫でていて欲しい。 こんなに気持ちよく眠れるのなんて、何年ぶりかも分からない。 「古泉……」 耳元に、暖かい息がかかる。 そして何か、柔らかいものが触れた。 くすぐったくて、 ふふ、と笑うと、 はっとしたようにその人は、僕の名をもう一度呼んだ。 薄く目を開けて、蛍光灯の光にまた瞼を落とす。 その人は、慌てて電気をオレンジ色の小さな灯りに変えた。 「悪いな、眩しかったろ」 「いえ……」 「お前、俺が誰だか、分かってるか?」 ああ…… こんなやり取りを、昔も、したような気がする。 「あなたこそ、僕が誰だか、分かるんですか」 「当たり前だろ。それに、さっきから呼んでるじゃねえか」 横を向いている姿勢から、仰向けに変えられて、 その人は、僕に、キスをした。 「会いたかった、ずっと、会いたかった」 暖かい、腕の中。 この人は…… 彼? 「……来てくれないかと、思いました」 「すまん。遅刻したのは完全に俺の責任だ、これから一生かけて償う」 「大げさですね」 「お前に辛い思いをさせちまっただろ、当然だ」 「……じゃあ、もっと、キスして下さい」 僕にとっては数時間ぶりのキス。 彼にとっては、10年ぶりのキス。 小さな灯りで見る彼は、 ぐっと大人びていて、 背も、伸びました? 髪型はあまり変わっていないけれど、 細すぎると叱られる僕とは違って、 僕くらい簡単に抱え上げられそうな、男らしい体になっている。 でも、 僕を夢中で求めてくるところや、 唇の熱さは、ちっとも変わらないんですね。 数時間前のあなたと、何も変わらない。 「言っておくが、俺は一度も浮気をしてないからな」 「そうですか」 「信じてないだろ、この野郎」 「だって……無理でしょう、そんなの」 しばらくキスを繰り返してから、 彼の手が服の中へ入ってきて、 僕が不安げに表情を曇らせたから、彼は言ってきた。 でも、彼の言っていることは、信じられない。 僕から見ても魅力のある人だと思うし、 僕は、知らないままでいい真実は、 知らずにいられるなら気にしません。 「くっそ……なら、試してみろよ」 「え?」 「お前にとっては、昨日だよな? 昨日とおんなじでヘタクソなままだからな、俺は」 大真面目に言う彼に、 思わず笑ってしまったけれど、 それはちっとも、笑い事じゃなかった。 「ううう……」 「……ほら見ろ」 「疑った僕が悪かったです……」 「……いや。俺が、すまん」 彼は宣言通り、 昨日の夜のむちゃくちゃなやり方を、 さらにこじらせたようなやり方しか知らなくて、 しかも体だけは立派に成長しているものだから、 もう、 痛くて、辛くて、 大変でした。 「頼む、これから頑張るから、見捨てないでくれ」 「見捨てたり、しませんよ」 「本当だな?」 「あなたが、ずっと僕だけを想っていてくれたのに、 見捨てるわけがないじゃないですか」 下手でもいいんです、 痛いのはあまり好きではないけど、 あなたが僕を求めてくれるのは嬉しい。 あなたのキスや、撫でてくれる指も気持ちがいい。 それ以上を望むのは、まだまだ、 求めすぎているような気がします。 「本当にあなたなんですよね」 「俺みたいな平凡な男はどこにでもいるかもしれんが、 超能力者を好きになるようなのは、俺だけだろうな」 「ふふっ……もう超能力なんて、ありませんよ」 きっと涼宮ハルヒも力をなくし、 朝比奈みくるは未来へ帰り、 長門有希は……もしかすると、まだこの世界にいるのかもしれない。 僕がそれらを今更、聞いたって仕方がないことだ。 と、僕は思っていたのだけど、 「ハルヒも朝比奈さんも長門も、はお前に会いたがってるぜ」 「えっ!?」 「ずっと黙ってたが、昨日話したんだ。お前に会ってくるって」 「あ、え、え」 「10年間も身を隠すなんてミステリアスで素晴らしいってさ。 俺がお前を好きなことも、知ってる」 「な、な」 「お前がいなくなってずっと落ち込んでたら、さすがに気付くだろ? 10年後にお前が待ってると知っていても、本気で落ち込んでたんだからな、俺は」 軽く額を小突かれて、僕は、何を言い返せばいいのか分からず、 ただ口をぱくぱく開くだけしか出来ない。 涼宮さんは、僕たちの関係を知っていて、 それでも、僕に会いたいと言ってくれてる…… 「時効だって言ったろ? もう10年経ったんだ、とっくに成立してるぜ」 僕は、とても、申し訳ない気持ちになってきました。 あなたの10年を、無駄にさせたのではないかと。 輝かしい10代後半からの人生を僕のために、 彼は年相応の楽しさも知らずに過ごしていた。 何の力もない、ただの人間なのに、 僕なんかのために、10年も。 もっと謝らなくちゃいけない、 でも、 そうしなきゃならないのに、 嬉しくて、 あなたが、大好きだから、 謝る代わりに、 あなたの10年分、 僕も、あなたを一生かけて、大切にします。 「それでいい。俺も、もう、お前以外考えられん」 「あっ……」 「なあ、もう一回、いいか」 「ん……いいです、よ」 まだ濡れたままのそこに、彼の指が触れる。 触られるのは、おかしな感じがする、 でも、嫌いではない。 「痛いか」 「んっ……今は、大丈夫です」 「お前、もう少し食えよ」 「昨日も、言われました」 「だろうな。終わったら飯作ってやる。お前のために腕を磨いたんだぜ」 「ん、う……たのしみ、です」 一度、したおかげで、指を受け入れるのが最初ほど辛くはない。 ちゃんと彼に体を預けて、息を吐いて、抜かれるときに吸って、 を繰り返せば、大丈夫。 彼がここにいる。 僕をなるべく傷つけないように真剣に撫でて、 時折、思い出したように口付けて、 やっと、実感が湧いてきた。 この人は、僕を幸せにしてくれる。 10年は長いようで短かった。 あなたと結ばれるなら、 辛かったはずの10年すら、愛しく感じます。 あの頃の僕ではきっとうまくいかなかったから、 10年かけて、結ばれて良かった。 もう二度と離したくない、 ずっと、あなたの傍にいたい。 「お、おい、やっぱり痛かったのか」 「ちが、います」 「ならなんで泣いてんだよ……ごめんな」 嬉しいだけです、 幸せなだけです。 あなたが僕を想ってくれて、 あなたを好きになれて、よかった。 「こ、こいずみっ?」 「上、乗らせてください」 「まさかお前っ」 「違いますよ。僕は、あなたに抱かれたいんです」 「だ、抱かれるとか、言うな!」 何を今更照れてるんですか。 僕以外を知らなかった純粋さは大好きですが、 僕が跨るだけで慌てないで下さい。 「抱き合いながらしたいんです。あなたと、キスしながら」 「そそ、そうか」 「ふ、あっ……!」 「く……、古泉、むりは」 「しませんっ……」 ちょっと、最初からこの体勢は、 あなたの言うとおり無理がありますが、 どうしても、あなたの近くへいきたかったんです。 僕だけがベッドに横になると、 肌を合わせるのも限界があるでしょう、 こうして座りながらなら、僕からあなたにキスが出来る。 「ん、うっ、あ」 「やばいな、こりゃ……」 「ふ……だい、すきです」 「!」 耳元で、 想いを告げることも出来る。 ああ…… やっぱり、あなたは、運命のひとです。 あなたが、好きで、好きで、どうしようもない。 一緒に暮らして、 一緒に楽しいことを見つけて、 この行為もきっとあなたとならもっと気持ちよくなれて、 僕たちは、結ばれる運命だったんですよね。 あなたが、そうしてくれたんですよね。 「あ、あっ、あう、う」 「古泉、きもち、よくなってきたのか?」 「う、よく、わからない、です」 「そうだよな、そりゃ」 あなたが好きで、大好きで、 ほかのことなんて何も分かりません。 今は、それでいいですか? 「古泉、お前の体、すげー気持ちいい」 「ん、っく」 「好きだ、こい、……いつ、き」 「あっ……」 いいだろ、もう、名前で。 囁かれて、その声が、響きが体中に伝わって、 頭の中が、真っ白になりそうに、なりました。 こんなに好きになったら、 あなたへの気持ちだけで、倒れてしまうのではないでしょうか? 起きたら飲もうと淹れてくれていたコーヒーはすっかり冷めて、 彼と三度、……してからやっと、 ここが彼の家だと、知りました。 「ご家族は……?」 「いたらさすがにやらん。親戚んちに行ってる」 「そうでしたか、まだ、この家に住んでいたんですね」 「いや、近いけど、一人暮らししてるぜ、この年だしな。たまに帰ってくるから部屋はそのままなだけだ」 「なるほど……」 何度か上がらせてもらった部屋は、コーヒーに交じって、あの頃の匂いがする。 夏休みの宿題をしたときは、 まさかあなたのベッドで、こんな関係になるとは、思ってもいませんでした。 「で、どうする」 「え?」 「二人で住むなら、最低二部屋は必要だよな。寝室は一緒だぞ、で、 飯を作るのはいいが店みたいに台所が広い部屋となると……」 「あ、あの、何の話ですか」 「お前にしちゃ察しが悪いな。お互いに一人暮らししてんだから、勿体ないだろ。 さっさと一緒に住んで、少しでも、お前といる時間を作らないと」 一緒に、って、僕とあなたがですか、急、ですね。 でも、あなたがそう言ってくれるなら、 僕もきちんと働いて、 あなたさえいてくれれば、もう何も怖くないから、 涼宮さんたちにも、会いに行きたい。 「そうしようぜ。お前は、どんな部屋がいい?」 淹れなおした熱いコーヒーが入ったマグカップを差し出して、 彼は、あの頃よりずっと優しく、聞いてくれる。 また泣きそうになって笑われた。 僕は誤魔化すようにマグカップを受け取って、 でも猫舌だからすぐには飲めなくて、 息を吹きかけている間、 考えて、 そうですね、 僕は、あなたに何もかも奪われてしまったから、 セキュリティがしっかりしている家がいい。 これからは、 この運命を守るだけ。 あなたと僕なら、 きっと簡単なことでしょう?
やっと続き書けたー!大人な二人ってすごく好きです!
キョンはレストランの調理師のイメージで・・・
古泉においしいもの食べさせるためだけに頑張ったんだよっ
10年間もお互いに一途とかキョン古ならやってくれると信
じています。