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 空から落ちてきたの白い羽の持ち主は、
 越冬しようと飛び立った群れの中の鳥だったんだろう。

 だが、続けて見知った顔の人間が落ちてきたことにより、俺は勘違いをしてしまったのだ。

























「お、おい? って、古泉、か」
「いたた……。どうも、偶然ですね」
「何をやってるんだお前は」






 以前に古泉と一度だけ来たことのあるデパートの屋上に、俺は妹と一緒にいた。
 オフクロの買い物に付き合わされて、親戚への歳暮を選んでいる間、
 屋上で遊んでこいと言われたからだ。


 要は暇そうにしている妹の面倒を見ろということで、
 子ども騙し程度のものしかないゲームコーナーで遊ばせていたところ、




 突然上から降ってきたんだ。こいつが。










「いやあ、すいません。ちょうどアルバイトが終わったところなんですが、
 戻り方を間違えてしまって」


 幸い、妹は奥にあるゲームに没頭して、見ていなかった。



「俺以外の奴に見られてたらどうするつもりだ」
「もちろん口封じをさせていただきますよ」
「しれっと物騒なことを言うんじゃない」




 屋上ビアガーデンが休業中でよかったぜ、
 さすがに不特定多数に見られればこいつの火消しが間に合わないだろうから。




「妹さんとお出かけですか」
「母親の荷物持ち要員としてな」
「なるほど。僕はお邪魔しないよう、失礼しますね」






 軽やかに頭を下げてその場を去ろうとしたが、
 打ちどころが悪かったのかふらついて、





「ああ、すみません」




 俺の腕の中によろめいてきた。
 同時に、ふわりといい匂いが漂う。





「失礼しました。また明日、お会いしましょう」





 俺の返事を待たずに、古泉は早足で階段を降りていった。




















「キョンくん、おかーさんが五階においでって! キョンくん?」















 あいつ、
 ただの超能力者じゃなくて、
 天使だったのか。











エンジェリング・シャドウ?











 ふとした出来事から古泉の秘密を知ってしまった。






 おかしいと思っていたんだ。
 閉鎖空間で平気な顔で空を飛んでいたのも最近やけに笑顔が眩しいのも、そのせいに違いない。










「こんにちは。おや、ゲームを用意してくださったんですか」
「そろそろお前が来ると思ってな」
「それはそれは。光栄です。では、一戦いきましょう」






 こいつの表情を見るのが日課になってる。
 楽しそうにしていれば、俺も楽しい。
 俺がハルヒにこき使われているときは古泉のゲームの誘いを断らねばならず、
 寂しそうに俯くのは、あまり見たくない。






 だから今日は授業が終わり次第部室へ走り、
 適当にボードゲームを選んで机に置き、古泉を待った。
 先に部室に来ていた長門には不思議そうに見つめられたが詳細は語らない。







「明日、新しいゲームを持ってきますよ、面白そうなものを見つけたんです」
「簡単なルールのやつにしてくれよ、これなんか、覚えるのに時間がかかったからな」
「ええ、恐らく、問題ないかと」
「怪しいな」
「ふふ、大丈夫です。あなたなら」









 古泉の笑顔なんか部室にさえ来れば呼吸をするように見られる。
 こいつが笑顔じゃないときの方が珍しい。





 だが、俺と遊ぶときの笑顔だけは、
 何かこう、
 ほかとは違うように見えてならんのだ。
 どこが違うのかといえば具体的な点は挙げられない。
 誰に言っても首を傾げられる程度の違いだが、それが重要なんだ。





 こいつが楽しそうにしていると安心する。
 ずっとは無理でも、俺といるときだけは、楽しい思いをさせたい。
 


 お前のあの顔を見ちまったからな。
 夜中とはいえ疲れきって、一般人に弱音を吐くようなお前をさ。
















「勝負あった、な」
「もう一戦お願いできますか」
「なら何か賭けるか」
「それでは……僕が勝ったら、」






 いつもなら俺に条件の提示を求めてくる。
 古泉が勝つ確率が相当低いからだ。
 だから自分から、勝利した場合の賭けの内容を言ってくるのは珍しい。
 思わず古泉を見つめると、
 古泉は照れたような――見間違いだと思うが――笑顔を浮かべて、言った。







「ボードゲームの専門店を見つけたんです。今日の帰り、一緒に行きませんか」












 ……こら、長門。物珍しそうにこっちを見るんじゃない。

























 ゲームの賭けでしか俺を誘えないものらしい、天使というのは。
 天使、関係ないか。
 古泉だからかもな。




「電車で移動するので、交通費は僕が出しますから」
「いいって、そのくらい。俺だってそのゲームで遊ぶだろ」



 大方の予想通り古泉は完敗したが、後出しで、俺の条件も同じものにしてやった。
 古泉ほどボードゲームに情熱を傾けていないから専門店には興味がない、
 けど、古泉が俺を私的な趣味で誘うなんて初めてだし、



「本当に、いいんですか?」




 散々遠慮した後にそう聞いてきた古泉の笑顔は、
 正直、たまらなかった。




 これが天使たるゆえんか。天使の微笑みだとか例えられているのはこいつが元に違いない。










「こちらです。三番線の電車に乗り換えて四つ目の駅です」
「駅からは近いのか」
「数分歩きますが、遠くはありませんよ。ビルの上の階にあります」







 おいおい、SOS団で探索活動をするときよりもずいぶん軽い足取りじゃないか。


 俺と一緒にいると楽しいのか?
 俺は、お前が楽しそうに見えるんだが、お前が天使なら実際のところは分からんな。
 聞いても本音を答えてくれるのか、なにもかも、分からない。
 ただ、お前が言ってくれたことは、なるべく信じたいとは思っている。







 駅から出て古泉の言う店に向かう間、強い風が吹いた。




 イチョウや落ち葉が飛んできて、古泉が俺を振り返るときに、
 また、白い羽が舞ったのを見た。































「早速持ってきましたよ、ルールも覚えました」







 放課後、買ったばかりのゲームを手に古泉が息を切らして部室に入ってきた。
 古泉が昨日言っていた新しいゲーム、とは、
 あらかじめ買っていたのではなく俺と一緒に買いに行こうと思っていたものだった。
 古泉はそれを指摘されないようにか、饒舌にゲームの説明をしてくる。



 言わないさ、分かっていても。俺は、お前がそう思ってくれたことが、嬉しいんだ。









「だいたい覚えた。やるか」
「やりましょう。負けませんよ」
「なら賭けるか?」
「……条件を、お願いします」




 今日は自信がないのか。
 思わず吹き出すと、古泉は少しだけ耳を赤くして、苦笑する。











「なら、俺が勝ったら、今日の帰りもデートするか」








 ……しまった。



 古泉に夢中になりすぎて、今日も長門がいるのを失念していた。






 ……長門、すまんが、ここまでばれちまったら、
 天使とうまくやっていく方法を今度教えてくれないか?



























 動揺した古泉など全く敵にならない。
 何度やっても惨敗し放題の古泉の腕を、強引に引いて部室から連れ出した。



「キョン、もう帰るの?」


 部室を出る際にハルヒに聞かれ、




「賭けが成立したからな。こいつに褒美をもらってくる」
「古泉くんに無茶させないでよね。大事な副団長なんだから」




 朝比奈さんに新衣装を着せて無茶な写真を撮っているハルヒが言える台詞ではないが、
 こいつの自分のことを棚に上げる能力が秀でているのは前からなので、逆らわずに頷いておこう。






「僕は、平気です」
「そう? ならいいけど。じゃねっ」
「す、涼宮さん、このスカート、ちょっと短すぎて、あのう……」
「みくるちゃん! あなたの太股は抵いがたい魅力の一つなのっ! そこを出さずにコスプレなんて……」





















「どこへ行きたい?」
「僕は、どこでも……行きたいところは、昨日、行きましたし」
「他にないのかよ」
「すいませんが、すぐには思いつきません」





 こいつにはあまり個人的な願望がないらしい。
 ハルヒの望みを平和的に叶えることだけを考えているせいだろうな。

 なら、俺が勝手に汲み取ってやる。






「じゃあ、お前んちに行かせろ」
「えっ? 僕の、家ですか」
「駄目なら行かないが」
「あ、いえ、少し散らかってますが、構いません」





















 古泉の家に到着してやっと、ずっと腕を引いていたことに気がついた。
 古泉の口数が少なかったのはこのせいか。
 気づいて俺の顔面体温も上昇してきたが、
 部屋に入ってからまるで意識をしていないかのように放す。





 古泉の部屋は一般的な人間が住む部屋と大差ない。
 長門の部屋はいかにも長門らしい無機質なものだったが、
 ここには天使を示すような雰囲気はなかった。
 散らかってると言ったのに羽のひとつも落ちていないし。







「何の用意もなくて……すいません」



 コンビニで売ってる緑茶のパックからマグカップへ注ぎ、
 申し訳なさそうに差し出してくる。





「突然来たんだし、これで十分だ。気にしないでくれ」
「はい……」
「今日は、おとなしいな」
「そ、んなこと……」







 ありません、は、かろうじて聞こえるくらいの小声で、
 古泉は明らかに部室とは態度が違う。











 俺はな、知ってるんだ。
 お前の秘密を。




 お前が天使だってことだけじゃない。
 お前が、俺を好きだってことだ。














 なぜだか分かるか? 頭のいいお前なら分かるよな。


 俺も、お前を好きだからだよ。





 お前を見るたびに目が合うし、
 お前が楽しそうにする相手は俺しかいない、
 お前が夜中に頼ってきた相手も俺だ、
 それに、今の態度を見ていれば明らかだろ。





 俺はお前が好意を抱くよりも前から好きだったけどな。
 だから、お前の変化に気付いたんだ。


















 心の中で告白をしても、向かい合う古泉に正確に伝わるわけもなく、
 古泉は目を逸らしたりまた合わせて赤くなったりしながら、
 見つめられている理由が分からずに戸惑っている。



「あの……勘違いを、してしまうので、からかっているなら、やめてください」






 なら教えてやろう、そう思って古泉の指に自分のを絡めたが、
 古泉は怒ったような顔をして、睨んできた。





 バカだな、わざわざここまで来てお前をからかうかよ。
 分かってくれ、俺だってお前の気持ちを確信するまで、ずっと秘密にしてきたんだ。
 だから口に出すのは恥ずかしい。
 鼓動が早すぎて心臓がどっかから出てきそうで、せっかく好きだと言っても噛みそうだ。













「お前さ、天使なんだろ」
「……え?」






 だからあえて、もう一つの秘密の方を言ってやった。
 こっちの方が緊張しなくて済む。








「羽は生えてくるのか」
「え、ええと……」
「まあ、俺は、そういうのは気にしない方だ。未来人や宇宙人が身近にいるから、
 今さら天使が出てきてもな」

















 照れた後に怒って、
 それからぽかんと口を開けて驚いて、
 ころころ表情を変えて忙しそうだが、





 しばらく惚けた後に、古泉は、





 心底嬉しそうに、微笑んだ。











「それは、あなたにとっての、という意味ですか?」


















 あまりに眩しかったために目がくらみ、
 古泉の言っている内容を理解しないまま、
 とりあえず、頷いておく。










 お前、ほんっとに、かわいいな。
 天使、恐るべし。















「いつからそう思っていたんですか?」
「この前の屋上で気付いた」
「ずいぶん最近ですね。僕はこのことを自分で認めるまで、かなり葛藤してしまったんですが」





 ようやく古泉からも指を絡ませてくれた。
 細い長い、きれいな指が俺のを撫でるたび、ぞくぞくと神経がうずく。







「無理もないな。けど、俺はしっかり受け止めてるから、心配するなよ」
「そんな真剣に……ありがとう、ございます」











 身を乗り出して、指を絡めたまま、唇を合わせた。
 古泉の柔らかい唇は男のものとは思えない。
 それにやっぱりいい匂いがするし、
 


 俺、お前が、すごく、好きだ。




 今なら言える気がするぜ、ちゃんと。










「こいず」
「あなたが、好きです」





 ……先を越された。





「……俺もだ」





 せっかく男らしく決めてやろうと思ったのに。
 お前がそんな、幸せそうなら、いいんだけどさ。












「あなたから近寄られるとどきどきして、落ち着きませんね」
「勝手に羽広げて逃げるんじゃねえぞ」
「? はい」
「古泉……」
「ん……。僕、あなたに想ってもらえて、幸せです」














 ああ、俺も幸せだ。お前が幸せなほど。

 だからどこへも飛んで行ったりするなよ、ずっと人間界にいてくれよ。




 俺のて……




 この先は、恥ずかしいから、頭の中ですら言えないが、な。








thank you !

恥ずかしすぎて色々出そうです!
6月のアンソロ原稿没バージョンでした。
まあ古泉が天使なのは揺るがない事実なんだけど!


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