HB












男だから、こんな、恥ずかしいことはしたくない。
入れられて気持ちがいいなんて最悪だ。
声を、表情を体を、褒められると苦しくなる。
情けなくて、
屈辱的で、
泣きたくないのに涙が出て、
そうすると彼はいつも、

 




「そんなに、気持ちいいのか」

 





勝ち誇ったように口の端を上げて言ってくる。






 

普段は、僕がどれだけ話しかけても、
笑顔の一つも見せてはくれないのに。











変化


















 

 

涼宮ハルヒの近くへ行くよう命令をされたときからある程度の覚悟は出来ていた。

機関は僕に、彼女を監視するだけでなく、
感情をコントロールする事も希望していた。


ただし直接彼女とSOS団を超えた関係を築くわけではなく、




相手は、
彼女に最も近いところにいる、
彼だった。

 











男の体なんて興味ないに決まってる。
機関から、彼を懐柔するための方法を言われて失笑するしかなかった。
どうやって誘えって言うんですか、僕が、彼を。
関係を築くどころかめちゃくちゃに嫌われておしまいですよ。




何度反論しても機関の決定は翻らず、
僕は仕方なく彼を家に呼んだ。
テスト勉強の名目で。







そして、
ちっともその気なんかなかったし、
最悪殴られて終わるだろうと、
よければ、タチの悪い冗談はやめろと怪訝な顔をされるだけになるだろうと、
予想していた、のが、
 













 

「お前が誘ったんだからな」
「……え?」

 






ローションを片手に、
笑顔で行為をしないか問いかけた僕を、
彼はそのまま押し倒した。
すぐ近くにベッドがあるのに、床に。






 


「あ、あの、ちょっと、待って下さい」
「何が」
「こ、これは、冗談……」
「こんなもんまで用意しておいて、何が冗談だ」

 








だから、ローションも、ゴムも、
機関が用意したもので、
あなたが断ると思っていたから、
しぶしぶ持ってきたもので……

 






からかってるんですよね、
あなたが、こんなこと、するはずがない。
冗談ならもう少し笑ってやってくださいよ。
そんな、顔だと、分かりにくいじゃないですか。

 








「っ……!!」







 

彼の手が、僕のネクタイと、ボタンを荒々しく外した。






冗談に決まってる。
どこまでお付き合いすればいいんですか?
笑えない、つまらない冗談を言った僕への仕返しですよね。
何か、言って下さい。
もういいでしょう、謝りますから、

 







「や、めてください」
「嫌だ」
「な……、う、嘘ですよね? 僕、反省しています、出来うる限りのお詫びをしますから、」
「黙ってろ」















 

彼が本気ではないと信じていた。
僕に、彼がしたいと思うなんて事は、
100%ないと思っていた。




だから、外されたネクタイで腕を縛られたのは不意をつかれたせいで、
大声をあげる前に彼のネクタイで口を塞がれてしまったのも、
無理のないことだった。

 











自分に言い聞かせないと受け止めきれない。
僕が、彼にされてきたことの数々は。

 










 





彼は、僕が冗談で誘ったことを知っている。
あれだけ嫌がったんだから、
合意の上じゃないことも知っている。
だから、二回目から断ろうとすると、
僕が知らないうちに撮った写真を見せてきて、




……涼宮さんに見せる、と言われたら、
僕は、何も、出来ない。

 











 

「うえっ……あ、うう……」

 

あと数十分で彼が来る。
メールには到着時間が書かれていた。
見た瞬間から吐き気がして、
それでなくても食欲なんかないのに、
食べた分、全部、吐いてしまった。

これじゃ、体に力が入らなくなる。
それは、彼に抵抗する力も、
彼に体を弄られて我慢する力も、
なくなってしまうということ。
 
怖い。
また僕のプライドが傷つけられる。

ここまでされて、まだプライドどうこう言ってる方が、おかしいんでしょうか。
 
 
 








「!」
「入るぞ」
 


チャイムすら鳴らずにドアが開く。
合鍵を持っている彼になら簡単だ。
予定時間よりも15分も早い、まだ、うがいもしていないし、
頭がくらくらして、すぐに立ち上がれずに、トイレにうずくまる。
 
 
「古泉?」
 
 
廊下をまっすぐ行って部屋に入った彼は、
僕の姿が見えないから不審そうな声を出した。
そのまま廊下に戻ってきて、
ドアを開けっぱなしにしていたトイレの中の僕を見つける。
 
 
「おい……どうした」
 
 
洗面所に置いていたタオルで口元を拭う。
吐き気はなんとかおさまった。
けど、体の震えが止まらない。
 
 
 
「すみません、少し、具合が」
「顔色が悪いな」
「すみません」
 
 
 
彼と話していると謝ってばかりになる。
責められているように、感じるから。
彼は、特にこの部屋で僕に話しかけるとき、
一度も笑いかけてはくれない。
 
 




「……やれるんだろ?」
「…………」
「返事は」
「……はい」
 
 




気遣ってはくれない、
熱があっても構わない(むしろ、僕の体が熱いほうがいいらしい)、
事後処理も自分でやれと、終わってすぐに浴室に追いやられる。
その間に彼は帰っていて、
メールも電話もなく、翌日会っても視線を逸らす。
彼にとって、僕は、単なる性欲処理の相手でしかない。
機関が望むように彼を繋ぎとめてはいられるけれど、
彼に好かれているとは思わない。
他に相手が見つかれば僕をすぐに捨てるだろう。
こんな、めちゃくちゃな体にしたくせに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 




 
「ん、んっ、んうー……!」
「くっ……」
「んん、ん、……う、う」
「お前、今日、出しすぎだ」
「っ……」
「昨日やったばっかりで、どこにあったんだ、これ」
「……」
「……本当に好きなんだな」
 
 
 


セックスされるのが。




 
耳元で囁かれ、僕の体がまた震える。
 





首を横に振っても、
ネクタイの奥で違うと叫んでも、
腹部に溜まる体液を見て、彼は笑う。
何を言ったって無駄だ。



体がこんな反応を示しているのに、
好きじゃないはずがないだろ?
 
 





好きじゃない。
大嫌いだ。
この行為の最中は、いつも心と体がばらばらになる。
苦しくて、吐きたくなるほど気持ちが悪いのに、
体だけが気持ちよくなって、
指や、彼が入ってくるたびに、異常なほど何度も達してしまう。
心では嫌悪しているのに、
ひどいと、耳を舐められるだけでも……、思い出したくもない。
 
 






 
「薬でも飲んでるのか?」
 
 




重たい頭を横に振る。
飲んでません、制御できる薬があるなら、欲しいくらいです。
 
 
 
「なら、よっぽど素質があるとしか思えんな」
 
 
 
横を向いていた僕の前髪を掴んで、
彼のほうを向かせてくる。
視線だけ必死に逸らしても、
彼が僕をじっと見つめているのは分かる。
 
 
口を塞がれて、自分のネクタイをぐちゃぐちゃに濡らして、
顔は真っ赤になって、涙を流して、
こんな、僕を、見ないで下さい。
誰にも見られたくない。
恥ずかしくて、苦しくて、今すぐ、消えてしまいたい。
 
 
 
 
「いつもより良さそうだな」
「んんっ……」
「今の顔、悪くないぜ。……撮っておくか」
「ん、んん!」
「大人しくしてろよ」
 
 
 
撮っている最中、彼は腰を動かしてきて、
抵抗が思うように出来なくなり、
途中から、視界があやふやになる。
その瞬間がとても怖い。
頭が、真っ白になって、
真っ暗になって、
その後、僕がどんな顔をしていたのか、
ネクタイを外されてどんな声を出したのか、
いつもほとんど、覚えてはいない。
 
 
















「おい」
「う、あ……」
「しっかりしろ。早くやらんと、腹痛くなるぞ」
「は、……い……」
 
 
 
腕を引かれ、体を起こされても、力が入らず、床に崩れ落ちる。
ベッドにいきそびれて床での行為だったから、背中も痛い。
でも、そんなことは、どうでもいい。
頭が痛い。
気持ち悪い。
動けない。
 
 
 
「古泉」
「す、みませ……」
「何やってんだ」
「ふ……」
 
 
 
顔が赤いのは、僕が気持ちよくなったせいだと思ってる。
体が熱いのも、同じだ。
息が荒くても、声を出せなくても、汗と涙で濡れていても、
僕が苦しんでいるとは、思ってくれない。
 
 
 
さらに強い力で腕を引いて、彼は僕を無理やり立たせ、浴室まで引っ張る。


待って下さい、もう少し、休ませてほしい、
辛いのに、口には出せない。
出しても何の意味もないのなら、
無理をして出す必要はない。
 




 
「さっさとしろ」
「……う、うう……」
「古泉」
「し、ます……」
 






 
もう、帰って下さい。
いつもすぐ帰るでしょう、僕のことなんて放って、
ガラス越しに、じゃあな、って言ってくれればいいんです。
自分のことは自分でします。
毎日してるから、慣れてるから、ちゃんと、できます。
 
 
 
自分の体の中を触るのは大嫌いです。
あなたのが溢れてくる感覚はもっと嫌いです。
ひどい屈辱で、
そのたびに行為が思い出されて、
耐えられなくて声を殺しながら、泣いてしまう。
だから腕にはいくつも噛み痕が残っている。
 
夏までに、消えるでしょうか。
夏までに、この関係が終わっていますように。
 
 





 
 
 
「……お前、まだ具合悪いのか」
「…………」
「応えろよ、聞こえてるだろ」
「…………」
 
 






 
終わりにしてほしい。
お前なんか飽きた、と、捨てて欲しい。
僕が必死にやってきたことは、
報告をしている機関に少なからず伝わっているはずだ。
嘘だと思われたらどうしようもないけれど、
これだけやってきたんだから、
家族の生活くらいは保障してくれる、きっと。
僕はどうなってもいい、
つまらない高校に飛ばされて、
友人の一人も出来ない高校生活を送ってもいい。
今よりはずっといい。
 
彼女を、嫌いではなかったけれど、





どうして彼女は、
この人を選んだんだろう?
 
 






 
「あっ……?」
「無視すんな」
「え……?」
「とぼけやがって……」
 
 
 
 







あ、れ?
あなた、どうして、まだここに?
もう、今日は、終わったんじゃなかったでしたっけ?
 
それに、ここは、どこ、でしょう?
 






 
「あ……い、いや」
「お前がやらないなら俺がやる」
「ま、って、そ、れは」
「お前のためにやってやるんだ、感謝しろ」
「う、う、う」
 
 




 
今日は、ちゃんと、したのに、
おなかのなかが、まだ熱いのに、
彼の指が、にほんも、はいってくる。
 
 
 







耐えるんだ、苦しくても、どこかを痛くして、
少しでも和らげて、
頭を引っ掻いて、
腕に歯を立てて、
何をされても、
僕は、耐えなくちゃいけない。
機関に助けてもらっている家族のために。
 

 
 
 
 










「あ、はあ、はあ……」
「指だけで何回イってんだよ」
「う……」
「もう終わりだ。体流して、出て来い」
「…………」
 
 



 
彼らしき人は、ようやく僕を解放してくれた。
また途中からよくわからなくなったけれど、
浴室の床が白く汚れているのを見ると、
つまり、そういうことらしい。
 
 




鏡に映る僕の姿は、はっきりとは見えない。
涙と熱のせいで視界が歪んだままで。
けど、首筋が真っ赤に腫れているのは見えた。
彼がたまにつけたがる痕。
強く吸われるから痛くて苦手だけど、ちっとも、気付かなかった。
 
 
 



震える腕を伸ばしてシャワーを取り、なんとか体を洗う。
這うように浴室を出ると、
部屋から、彼がやってきた。
 
 
まだ、いたんですか。
珍しいですね。
もしかして、まだ、し足りないとか?
 
 








 
なんでもいい。
好きにして下さい。
 
 
 


 
「古泉……顔色、真っ青になってるぞ」
「はい……」
「はい、って、分かってんのか」
「はい……」
 
 






 
何を言われても断らなければいいんでしょう、
全て従順に言うことを聞いて、
あなたを求めるようなふりをすればいいんでしょう。
ひどい言葉を強制的に言わせるだけで、
あなた、すごく、興奮しますよね。
僕に無理やり腰を振らせるのも、好きですよね。
慣らされていないのに上に乗るように言って、
僕が痛がりながら動くの、大好きですよね。
 
 
何でもしますよ。
だからさっさと飽きて下さい。
いらないって言って、突き飛ばしてください。
 
 
いいですよ、
たとえばそこの、ベランダからでも。
 
 
 
 
 




 
「こ、いずみ……」
「……」
「なんで、泣いてるんだ」
 
 
 
 
 



体中が熱い。
かすかに聞こえていた彼の声も聞こえなくなってしまった。
何を言っているんだろう、
僕に何かしろと命令しているなら、
頷いておけばいい。
はい、と言って、首を縦に振って、
あとは彼がやり方を教えてくれる。
ああ、でも、声が聞こえないんだった。
顔すら、見えないんだった。
 







 
「う、ううっ……」
 
 
 
 
 
 



 
腕を、口元に持ってくる力が出ない。
だから噛めずに、声にならない声を漏らした。
涙が、
泣きたくないのに、
苦しいから、
辛いから、止まらない。
 
 
 






僕が抱いていた高校生活への期待はすべて消えてしまった。
彼女が僕に与えてくれた輝かしいものたちは、どこかへいなくなってしまった。
 
 
 
 
 








本当は、楽しかったんです。
あなたのような、
同い年の一般人の友人が、
出来たと思い込んで過ごしていた毎日が。
 






 
 
「古泉、おい、」
「はい、ぼく、なんでも、します」
「な、なに?」
「口でも、下でも、なんでも、つかってください」
「俺は、そんなことは言ってない」
「なにをしたら、いいですか」
 
 








 
 
 
僕は、
あなたと、
友達になりたかった。
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 



















「今日は、行かない」
「……そうですか」
「明日も行かないと思う」
「……分かりました」
 
 
 
 
彼は、昨日、知らないうちに帰っていた。
僕も、知らないうちに気を失って、
目が覚めたら、朝でした。
 
 
学校で、放課後、
涼宮さんたちが帰ってから習慣のように帰りに彼の隣へ行くと、
彼は静かに首を振り、
僕の家には行かないと、言ってきました。
 
 
 
何がいけなかったんだろう。
昨日、彼を不快にしてしまった。
早く捨てて欲しいと思っていたくせに、
今日とは思っていなかったから、
驚いて、とっさに、言葉が出なかった。
 






 
「すみません。僕では、役不足だったようですね」
 
 
 
彼は椅子に座って窓側を向いたまま、僕を見てくれない。
そうですよね。飽きたんですもんね。もう、僕なんかいらないんですね。




 
「では、お先に失礼します。 ……さようなら」
 
 
 
よかったじゃないか。
これで二度と彼にひどいことをされなくなる。
あんな思いをしなくて済む。
こんなに嬉しいことはない。
 
 
 
 












「あ、ぐ……」





歩いている途中に、激しい頭痛と不快感に襲われた。
旧校舎のトイレなら利用者は多くない、
個室で吐いていても、誰にも、見られはしない。

 







昨日何があったんだろう、
シャワーを浴びた後のことを思い出せない。
ただ苦しくて、
熱くて、
泣いてばかりいたような、気がする。
彼の気を悪くすることを言ったのかもしれない。






……それでよかったんだ。
もう、あんな、あんな……

 

 






「げほっ、う、うう」

 





されなくなっても記憶は消せない。
彼に犯された事実は変わらない。
同じ思いをさせると思ったら、
きっと、女性とも付き合えない。

 

これからは、
ずっと、ひとりで、

 

 









 

「……古泉?」
「あ、う……?」
「吐いてたのか」
「す……すみません、汚いところを、見せて」

 


今日で会えるのが最後かもしれないって時に、
酷い姿を見られることになるとは。





せめて学校では普通でいたかったのに。
SOS 団の仲間で、
表面上だけでも、
ただの高校生でいたかった。

 

学校では笑っていたかった。

 

 

 

「泣くなよ、こんな所で」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「誰かが来たらお前が困るだろ」
「僕は……もう、いいんです」

 






どうせここにはいられなくなります。
あなたに捨てられたと言えば、
機関はすぐに結論を出します。
だからあなたはもう、僕のこと、忘れて下さい。
気にせずに行って下さい。
これ以上、
こんな僕を見ていても、仕方ないでしょう。

 

 








「……病院行くか?」
「い、え、へいきです」
「……なら、とっとと帰って家で寝たほうがいい」
「ええ、かえり、ます」
「…… 送ってく」
「え……?」

 

 

 

 











携帯でタクシーを呼んで、
家まで連れて行って、
部屋へは上がらずに、彼は帰っていった。

 

最後だから、優しくしてくれたんでしょうか……?

 

 

 

 


















彼と別れてから報告をしたけれど、
機関からすぐに転校の指示は出なかった。






少し、予想外です。
遅くても、
寝て起きたら家財一式運び出されているかと思っていましたから。

 









僕はまだここにいる。


ただ、学校へは行けずに、
今週中は休みを取らなくてはいけない。
具合もよくないし、ちょうどいい、ですが。

 






ずっと熱っぽかった体は更に熱くなっていて、
ベッドから起き上がれない。
汗で濡れたシーツが気持ち悪いけれど、
取り替えられそうにない。







このベッドは、好きではありません。
辛い思い出がたくさんある。
引っ越すことになったら、全部換えよう。
彼が使っていた、触ったものは捨てて、
真っ新なものに変えよう。

 

 


眠っているのか起きているのか分からないまま、
ずっと枕に頬を押し付けていると、
ふと、
冷たい空気が入ってきた。

 

熱いから、気持ちがいい、です。

 

 










「古泉、……大丈夫か」
「……?」
「熱があるって聞いて、冷たいもの買ってきた」

 




額に当てられたのは、小さな箱。
ぼんやりと、チョコレートのアイスのパッケージが見える。






それよりも……





どうして、ここに?

 

 

「……お前が心配だったから」

 

 

 

心配?
僕を?

 

 


「食えるか、アイス」
「……」

 


何も食べていません、
食べたくもありません、
でも、熱いから、
アイスくらいなら、食べられそうです。

 

僕が小さく頷くと、
彼は小さな6個入りのアイスのうちの1個に、
プラスチックのフォークを刺して、
僕の手に持たせようとする。

 


すみません、
力、全然入らないんですよ。
せっかく持ってきてくださったのに、
ごめんなさい。







口にしたくても唇が重たくて動かせない。
彼は、僕の指に触れて、わかってくれたみたいです。

 

 

「口開けろ、入れるから」
「ふ……」

 


ふふ、冷たいです。
唇、気持ちいいです。

 

 

「古泉?」

 


口、
今までどうやって、
開けていたんでしたっけ。

 





 

「古泉、しっかりしてくれ」
「ん……」
「古泉!」

 







返事をしたい、
謝らないと、
彼が望むことを、

 

 


ああ、でも、


瞼までが重たく感じてきて、
目を閉じた。






このほうが、楽になれる。











もしかしたら、僕はこのまま、いなくなってしまうんでしょうか。

 








それでもいいかもしれない。
家族さえ無事でいてくれるなら、
……どのみち、
いなくなってしまったら、
無事かどうかも分からなくなるんでしたね。

 








どうでも、いいです。

 


















 

「……?」

 





ぽつり、と雨粒が頬に当たる。
僕の体温よりも冷たくて、心地いい。







雨?

 


僕の、部屋にいたはず……

 

 

 

なら、
これは……

 

 

 

 

 

 

 


これは……?

 

 

 

 

 

 

 

 



















「ん、ん」
「こい、ずみ」
「ふ……あっ」

 

彼の唇には、病気を治す効能があるんでしょうか。
僕は病気ではないけど、
あっという間に、体が楽になった。
目も口も開くし、
腕もちゃんと動く。

 


「あう……」
「古泉、もう少し、口開けてくれ」
「あ……」
「そうだ」

 


彼に言われて背中に回した腕のおかげで、
彼との体がぴたりとくっついていて、
暖かい。
さっきまで熱くてだるかったのに、
彼の体温は、なぜか心地よかった。

 


舌も、あなたのほうが熱いくらいで、
でも、すごく、溶けそうなくらい、
気持ちがいい。

 

 

 

「……大丈夫か」
「ん……はい」
「よかった……」

 


この人にされて、気持ちのいいことが、あったんだ。
ずっと口を塞がれていたから知らなかった。
キスがしたいなんて、
一度も思わなかったから。

 


「まだ、体はだるいんだろ」
「少し……」
「しばらくこのままでいるから、寝てもいい」
「でも、あなたが、来てくださったから、」
「お前が心配で来たって言ったろ、安静にしててくれ」
「ん……」

 




子どもみたいに、
あやされるみたいに頭を撫でられて、
普段ならこんな扱いは嫌なのに、
今は、嬉しい。
心が落ち着いて、ずっとこうしてほしいと思うくらいだ。

 

どうしたんだろう。
彼は突然僕に優しくなって、
僕も突然、彼に対する嫌悪感がなくなったように思える。

 

もしこのまま、
口を塞がれずに、
腕を縛られずに彼と……しても、
悪くないような、気さえする。

 

いや、
そうじゃなくて、

 


「古泉……」
「ん、む……」

 

 

唇や、口の中まで舐められるのが、
あまりにも気持ちがよくて、
もっと、してほしい。
抱き締めてくれている手で、
僕の体を触ってほしい。

 

本当に、魔法にかけられてしまったんでしょうか。

 

 

「……お前、顔赤いぞ」
「んう……」
「まだ熱あるんだな」
「ちがい、ます」
「違わないだろ」

 




体の中がさっきまでとは違う熱を帯びている。
でも……、僕から、
し、てほしいとは、とても言えない。
あれだけ嫌なことだったのに、
苦しかったのに。それに信じたくない、
僕は男なんだ、
同じ男にしてほしいなんて、
思っちゃいけない。







「古泉?」
「ふ……う、う」
「どうした。辛いのか」






しきりに背中で指をくねらせても、
彼は僕の気持ちを分かってくれない。
理性とは裏腹の気持ちを。
当たり前だ、
今までだって一度も分かってはくれなかったんだから。


したくないんですか、
毎日、してて、
昨日、幻滅してしまったかもしれないけど、
僕とのキスで、思い直したり、しませんか?


僕だけ、こんなに気持ちいいんですか?







「……お前の唇は、柔らかいな」
「あっ……」
「今までしてこなくて、損した」
「あ、う……!」
「……」




彼の声が耳元で聞こえる。
耳にかかる吐息と、
低くて心地のいい声で、
全身がびく、と数度震えた。

彼にほめられるのは大嫌いだったのに、
キスを、しておけばよかったと言われて、
不快じゃない高揚感がある。
僕も、したかった。
もしもっと最初から、あなたとキスをして、
こうして抱きしめあいながらの行為だったら、
きっと、ぜんぜん、ちがっていた。

















「……嫌なら、首振ってくれ」
「……?」
「やりたいんだが、嫌か」
「…………」




あなたが確認を取るなんて、どんな風の吹き回しですか?
何度言ったって聞いてくれなかったじゃないですか。
よりによって今、聞かないでください。


駄目だって分かってるのに、
首、振れません。





「いいのか?」
「…………」
「……お前、昨日あれだけ嫌がっただろ、
無理してるんだったら、頼むから断ってくれ」
「え? 昨日……?」
「覚えてないのか」











僕の記憶にない時間、
僕はひたすら、彼を拒絶し続けたらしい。









あなたが大嫌いです、
二度と触られたくない、
そばにいるだけで吐き気がする。
これ以上あなたとセックスするくらいなら、
死んだ方がマシです。





泣きながら、掠れた声で訴え続けて、





「……顔色が悪かったから、背中を撫でようとしたら、
振り払われて、大嫌いだと何回も言われたよ」
「…………」









それは、嘘じゃなかった。
あなたが、憎くて仕方がなかった。

けれど、弱っていたとはいえ、
まさか本人に言ってしまうとは……


本音を伝えられたのにちっとも嬉しくない。
胸が痛くて、強く、抱きしめた。






「それから、……何度か吐いて、気失っちまったから、
ベッドに寝せてから帰ったんだ」
「そう、でしたか、すみません、汚いものを」
「いや、俺のせいだろ。……んなに嫌がられてるとは思ってなかったんだ。
すまん。……ごめん、古泉」
「…………」












今、彼との関係を断ち切れば、
普通の高校生活を送れる。
彼は罪悪感から、僕を無視したりしないだろう。
きっと僕に協力してくれる。
それなら、転校する必要もないし、
SOS団にも、いられる。


それが一番いい。
やめないと、
もう、
男同士で体を合わせるような行為はやめて、



やめたら、
もう、
キスも、できない……?











「……僕は、」
「ん」
「あなたと、ともだちに、なりたかった」
「……」





それが僕の一番の願いのはずだ。





「あなたと、毎日ゲームをしたり、帰り道にどこかへ寄り道をしたり、
テスト勉強をしたり、涼宮さんの立てた計画を無事に遂行できるように悩んだり、
……楽しかった先生の話も、悩んでいることも、言い合えるような」




誰もいなかった。
今まで、そんな人は。
どこにもいないと思っていた。
僕の現状を知りながら、そうしてくれる人は。


……こうなる前の、あなた以外では。






「……なあ、それは、さ」
「はい……」
「友達じゃなきゃ、駄目なのか」
「と、いうと……?」




「こ……いびとじゃ、駄目なのか、って意味だよ」









予想していなかった言葉に、思わず彼の目を見ると、
彼は顔を赤くして唇を噛み、
僕が見られなくなるように頭を抱えてきた。






「わ、わ」
「見るな、馬鹿
「す、みません」
「で、どうなんだよ、古泉」







彼が言った言葉。





こいびと。


恋人?




僕と、あなたが?






「それだと、キスができるんですね」
「!? そ、そうだが」
「僕を、縛ったり、しなくなるんですね」
「もう、しない」
「……なら、そうします」
「おい、そんな簡単に、いいのかよ」
「はい」







友達ではできないことを、
恋人ならできる。
彼は、僕に、優しくしてくれる。


それに、
僕は、
いま、すごく、あなたに、してほしい。





「じゃあ、そう、するか」
「はい、早く……」
「ん?」
「したい、ですっ……」
「そ、っちか。 ……分かった」






彼が一瞬戸惑ったような気がしたけれど、
そこまで、気にしていられない。
熱い。
体が、熱くて、早く、解放してほしい。




あなたが僕を恋人にしてくれた、


それは、



僕を、


好きって、ことですよね?









「う、あう、うう」
「なあ、何をされるのが嫌なんだ」
「んうっ……?」
「今までと同じやり方じゃ駄目なんだろ。
気をつけるが、嫌だったら、手止めろよ」
「ふ……は、い」




嫌なこと、いっぱいあったんです。
耳を舐められたり、
首筋を吸われたり、
体の至るところをしつこく撫でられるのが、

全部、大嫌いだったんです。



でも、今は……










「あ、あっ、ふ、うう」
「古泉……」
「そ、こはっ……」
「ああ、嫌か」
「ち、がう……」
「ん? ……いいのか」
「……はいっ……」





どうしよう、
何もかも気持ちがいい、
あんなに嫌だったのに、
恥ずかしかったのに、
彼に、
見られるのが辛かったのに、





「かわいいな、お前」





男に言うものじゃない言葉を囁かれても、
馬鹿にされてるとしか思えなかった。


この人は僕を嫌いで、
酷いことをして、傷つけて、
それでも文句を言えない僕を、
嘲け笑って楽しんでいるんだと思っていた。


だけど、
あなたが僕を好きだとしたら、
優しくしてくれている今なら、
そうじゃなかったと分かる。




いつからだったんだろう。
最初から?
でも、最初は、とても、そうとは思えなかった。
優しさなんてかけらもなかった。

いつから、
僕を好きになったのか、
気になるけど、
怖くて、聞けそうにない。


せっかく優しくしてくれてるのに、
もしも聞いて答えが出てこなかったら、
きっとまた、この行為は苦しくなる。




「どうした?」
「え?」
「辛そうに見えるんだが」
「…………」
「かわいいとか、言わない方が、」




彼の口に指を当てて、僕は首を振る。

あなたの優しい言葉は嬉しいです。
たとえ勘違いでも、
あなたの暖かい感情が伝わってくる言葉は、
いくらでも欲しい。




本当のことは、
いずれ、
知ることになる。




…………僕が今、

自分の気持ちを知ったように。






「古泉?」
「もっと、キスしてください」











魔法じゃなかった。





彼の愛情が欲しいだけだった。






僕は、
彼に、恋い焦がれていたんだ。



































僕があまりにめちゃくちゃに感じてしまったせいで、
彼は最後まではしてくれませんでした。





僕も、無理だった。
彼が今までにないくらい時間をかけて撫でてくるから、
それに、されたことのないことを、たくさんされて、
彼曰くいつも僕が抵抗するからできなかったらしいけれど、
すごく、すごく恥ずかしくて、
だけど、
好きでもなかったら、出来ないようなことだった。








優しかった。

途中で感じていた不安はいつの間にか吹き飛んでいた。

……最初から、こうしてくれればよかったのに。





「少しは落ち着いたか、ほら、茶」
「ありがとう、ございます」
「勝手に冷蔵庫から持ってきただけぜ。まだ寝てろよ」
「まだ、帰りませんよね」
「ああ」





帰ってしまうのは、寂しかったんですよ。
僕だけ残して、あなたの体温が少しだけ残るベッドに横たわるのは。





「すまん。どうも、居心地が悪くてな……」
「あなたが無理矢理するからじゃないですか」
「その通りだ。すまん」





お互い、ちゃんと最初から、話していればよかったんですね。
僕もあなたをからかうように誘ってしまったのは反省しています。
それからずっと怖くて、あなたの話を聞こうとも思えませんでした。














「俺は、お前から言われる前から、気になってた」
「え、僕を、ですか」
「それ以外ないだろ。なのにお前が変な誘い方をしてくるし、
準備までしてるから、頭に血が昇って」






それでなくても、
あなたの中には若干の加虐趣味が潜んでいると思いますが、ね……



でも、あなたが僕を思っていてくれたとは、予想外でした。
機関の上層部は分かっていたんでしょうか。
だからこそ無茶な指令を出したんでしょうか。
僕は、ちっとも気付きませんでした。



「めちゃめちゃびびってただろ、お前」
「それはもう……」
「気持ちいいくせに嫌がるし」
「だって、僕は男なんですよ。あんな、な、かに指とか入れられて、気持ちよくなるなんて、気持ち悪いですよ」
「俺は、そういうお前が好きなんだよ」
「な……」
「俺に何かされて、いつもと違う声出したりするのが、好きだ」







気持ち悪い、のに……
僕の声なんて、まるで女性みたいで、
僕の口から出たら、気持ち悪いだけ、ではないんですか。



「だから好きだって言ってんだろ。何回言わせる気だ」
「……僕が納得できるまでです」
「そうか。なら、耳貸せ」
「え、あ、わっ」











好きだ、古泉、好きだ、お前が好きだ。








僕の名前と、
好きなところと、
好き、
という言葉が、
耳にくっついた彼の口から、
絶え間なく囁かれる。











ちょ、っと、もう、やめてください。
ギブアップです、これ以上は、困ります、
そんなにたくさんのあなたの想いを、
僕はいっぺんに受け止めきれない。
どうしたらいいか分からなくなる。





ああ、でも、


すごく、



うれしい、です。







あなたとだけなら、
特殊な体になってしまっても、
あなたが好きだと言ってくれるなら、
いいかも、しれません。




















僕、
覚悟、しますから。






どうか、僕に、ずっと、優しくしてください。











おねがい、です。



 

 

 

 



 

 

 





thank you !


もっと苛めるつもりでしたが優しくなっちゃいました!(?)



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