HB







「なあ、」
「なんですか?」
「海、見に行くか」
「はい?」




ベッドの中、
どうにも眠れずにいた俺は、
同じように寝返りを打つ古泉に声をかけた。



変な声をあげたのは無理もない。
ついさっきまで雨が降っていたし、
――そのおかげで古泉の声が聞こえにくくて遮音カーテンを買おうと思った
泳ぐにはまだ早い季節だからな。



けど、たまにはいいだろ?
大雨の後はすっきり晴れるのが定説だ。
しばらく海には行ってないし、
ここからならバスで行ける距離にある。
どうせ、眠れないようだから、
このまま起きてて、
朝一番の、バスで行こうか。







海を見に行こう



 

 

 

 








「……眠いか?」
「少しだけ」
「着くまでは寝てていいぜ、終点だろ」
「ええ……」



多少冗談のつもりで誘ったデートに、古泉は乗ってきた。
意外だったが、そもそも最近はこいつとどこかへ出かけることもなかったから、内心、わくわくしてる。
ハルヒの期待を一身に受けて、
この辺でもこの国の中でもトップクラスの大学を目指している古泉は、
ほとんど毎日勉強漬けでゆっくり出かける暇などない。
俺との関係をないがしろにはしないが、
俺だって負担にはなりたくないもんだ、
家に行く回数は前よりもずいぶん減ったし、
デートらしいデートも出来なかった。
だから、浮かれたっていいだろ、少しは。




古泉は窓側に座って、視線をずっと窓の外に投げている。
眠そうな目を擦って起きているのに俺と会話をする気はなさそうだ。
こいつの気まぐれなところは分かってる。
話したいときはしつこいくらい話すし、
その気がなければずっと黙ったままでいる。
別に、機嫌が悪いわけじゃない。
一人で考え事をしたいときもある。
何か悩んだら、俺に言ってくれれば、それでいい。





バスは街中から徐々に郊外へ移動し、
俺たちを揺らしながら、
海へ運んでいく。
朝も早い時間だ、
休日とはいえ乗客は数えるくらいしかいない。
サーフボードを抱えた少し年上に見える男と、
杖をついた初老の男。
部活動に向かっているらしい中学生二人組は、
学校前停留所で降りていった。


俺と古泉は、一番後ろの座席端っこに座って、
やがて古泉の頭は俺の肩に乗る。


誰の目を気にする必要もない。
思いつきだったが、このバスにしてよかったかもな。







時間が経つたびに空はすっきりと晴れ渡ってきて、
昨夜の激しい雨が嘘のようだ。
バスが停留所に止まり、
初老の男性が降りたとき、
雨の乾く匂いが空気になって入り込んでくる。




「ん……」




眠っている古泉の手に指を絡ませ、
至近距離にある額に口付けた。
運転手も、サーファーも、俺たちを見ちゃいない。




「……っと」





やべ。
バスが追い越した、自転車に乗っていた女子高生に見られた。

……ま、いいよな。
見逃してくれ。

























「古泉、着いたぞ」
「んん……ああ、すいません……」





バスに乗って一時間と少し、
海の目の前に降り立った。





空と同じ色で広がる海は、
太陽の光を全身で反射するものだから、
まぶしくて見ていられない。
寝起きの古泉にも堪えるらしく、
しばらく腕で視界を覆いつつも、
澄んだ空気のおかげでどこまでも見渡せる景色に、
感嘆の溜息を吐いている。







「綺麗ですね……」
「そうだな」
「いい息抜きになりそうです。……歩きましょうか」





あわよくば手を繋いで、と考えていたが、
海辺には何人か先客がいて、
海の家も元気に営業中だったから、
俺たちは適度な距離を保ったまま砂浜を歩いた。


海を見ながら歩いているために古泉の歩みはゆっくりで、


言い出したのは自分のくせに、
俺は海よりも、古泉のことが気になって、
そっちばかり、見ている。





最近は閉鎖空間への出勤はずいぶんと減った。
ハルヒが自分自身を制御できるようになったおかげだろう、
俺たち団員の努力の賜物だ。
だが、機関に属しているのは変わらんし、
ハルヒを監視している事実も変わらない。
だから定期的に行われる会議とやらに出席し、
夜遅くに帰ってきて、深夜まで予習復習をして、
崩れ落ちるように眠り、
翌朝は、俺より早く起きて笑顔で卵を焼いてる。




そんなもんだから俺はあまり古泉の家へ行けなくなった。
こいつが気を使うのは今更止められん。
崩れ落ちるように寝る、の前には、
もちろんそれらしい行為を挟むのであり、
古泉は、それでも、
行為自体も、
翌朝の朝食も、
手を抜いたりは、しない。






「あなたといると、癒されますから、いいんですよ」




負担になっていないか聞いたとき、古泉は笑顔で答えた。

夜のあれで、古泉はいわゆる女の役だし、
疲れてると分かってても、
古泉が好きだから、やりたいから、我慢が出来ない。
まだまだ子どもだ。
お前のことよりも、
お前を好きな気持ちを優先してしまう。

なのにお前はいつも、優しいよな。



こうやって海にも付き合ってくれて。
お前よりずっと気楽な俺に、
少しは苛立ってもいいのにさ。


















「見ていると、興味が沸いてきますね」
「ん? ああ、サーフィンか」
「こういったスポーツは何に涼宮さんが興味を示すかわかりませんから、一通り出来るんですが……
極めてみると楽しいかもしれません」



そういや一年のときの夏に、
ずいぶん華麗にウェイクボードに乗っていたっけな。
運動神経のいいお前なら何だって出来るだろう。
俺か? ……期待はするなよ、
お前がやりたいってんなら、何だって付き合うが。









「僕、まだまだ、あなたとしたいこと、たくさんあるんです」
「? ああ」
「でも、学校が違ったら、出来なくなりますか」




ならないだろ。
俺とお前が一緒にいるのは、変わらない。




「でも、あなたも、新しい友人が出来て……ふふ、彼女が出来るかもしれませんよ」
「何を言ってるんだ、お前は」
「いいんですよ、僕は、あなたが幸せならね」
「お前なあ……」













俺は、お前といる時間が何よりも好きだ。
それはずっと変わらないと思ってる、
いや、変えたくないから、
たとえ通う学校が違っても、
環境がどう変わろうと、
俺にはお前だけだと、信じてやっていくつもりだぜ。


それにな、不安になるってーなら、俺の方がよっぽど不安だ。
お前、そのツラで俺のことを心配してるなら、
嫌味にしか聞こえんぜ。


大学生になりゃ晴れてハルヒの監視も解けるんだろ?
なら、俺たちが二人で遊べる時間が増えるじゃないか。
何でもやろうぜ、
海にも、山にも、外国にも行って、
お前のやりたいことも、
俺のやりたいことも、
全部一緒にやればいい。




お前となら、何だって楽しくなる。
今までもそうだったろ、
ハルヒのめちゃくちゃな思いつきも、
お前が隣にいさえすれば、楽しかった。





「本気でそう思ってます?」
「冗談を言ってる顔に見えるのか」
「いつも同じ顔なので、分かりかねますね」
「古泉……」
「すいません。こちらが冗談です」





お前の冗談は分かりにくいんだよ、いつも。





本当は、今、何がしたいんだ?





お前が、断らずに誘いに乗った理由は何だ?


























俺たちはしばし互いに見つめあったまま突っ立っていた。
そして、晴天のために波は穏やかだと思っていた。

が、大きな波というのは突然やってくるものであり、




「えっ!?」
「うおっ!?」




波の音が間近に聞こえる、と思った次の瞬間には、
膝の下くらいまで、海に包まれていた。














「こ、ここまで波が?」
「ずぶ濡れになっちまったな」
「天気がいいので、すぐに乾くでしょうけど……靴は脱いでいた方が良さそうですね」
「そうだな。靴下、砂まみれだ……ん?」
「どうされました?」






今の波で靴の中に何か入ったらしい。
プラスチックの破片のような……
そっと取り出すと、
それは、





「何だこりゃ?」
「それは……メッセージボトル、でしょうか」
「なんだそれは」
「そのような小さなボトルに手紙を書いて流すものです。たどり着いた先の誰かに読んでもらえるように。
確か、部室にあった本では、連続殺人犯人が犯行を自供する手紙を入れていましたね」





その話は知らんが、なるほど、確かにプラスチックのケースの中に、
濡れずに入っている小さな紙切れが確認できる。




「俺が見ていいのか?」
「いいでしょうね。あなたが拾ったんですから」
「よし。あの辺に座って見てみようぜ」
「ええ」




また波に襲われたら困るからな。
浜辺の隅にあった大きな木の根元に座り、
硬めに閉じてある蓋を開けて、
中身を取り出した。


丸まった紙を解いていくと、
思ったよりも大きな一枚の紙になる。
若干色あせた手紙には、
丁寧な文字で、メッセージが書かれていた。










“この手紙をあなたが手に取ったなら、
 僕と結婚してください”
























「……僕じゃないですよ」
「だろうな」
「どうしてすぐ分かるんですか」
「お前の字ならもっと汚いだろ」
「……失礼ですね」






こんなの、ボトルに入れて流すもんじゃないだろ、
どこの誰か知らんが、本人に渡せよな。





「ははっ」
「何がおかしいんですか」
「いーや。何でもない」
「…………」






お前さ、
ここには鏡がないから、
顔が映るようなもんは何もない、ただの海辺だから分からんだろ。


自分の顔が真っ赤になってることを。





お前の仕業じゃないのは分かってるが、
そういうことにしてやってもいいんだぜ?






「冗談は顔だけにして下さい!」
「こらっ」
「知りませんから、僕は」
「はいはい」
「ちょっと、撫でないで、くださいよっ」






お前が怒ってんのに、
顔が緩みっぱなしで収まらない。







俺は、いいと思うんだが、どうだ?


お前とならさ、
ずっと、
こうやって、
傍にいられると思うんだ。










「……何があるか分からないのに」
「何もないかもしれないだろ」
「それはそれで、困ります」
「ははっ。心配すんな、古泉」




お前が不安なら、ここで叫んでやろうか?
近くにいる奴らには聞かれるだろうが、
証人になってもらうのも悪くない。





「悪いです、やめてください」
「そうか?」
「あなた……つくづく、一般人とはかけ離れていると自分で思いませんか」




俺は極めて普通の一般人だぜ。

お前が一生傍にいてくれるって言うんなら、
一般人の中でもとびきり幸せな分類にはなるだろうがな。






「もうやめてください、恥ずかしいことばっかり」
「少しは喜べ、俺と結婚したいんだろ?」
「なっ……違うって、言ってるじゃないですか!」
「違うのか」
「ち……ちがい、ま…………」





お前のそういうところもさ、めちゃくちゃ、かわいいよ。
これからも俺だけに見せてくれ、
な?




俺も、
お前が幸せを感じられるように、
精一杯、頑張るからさ。






また海へも連れて行くし、
あとは、
近いうちに、指輪をプレゼントしてやろうか。















「にやけないでください」
「いつも同じ顔をしてるんじゃなかったのかよ」
「うっ……」
「海入っていくか!」
「ええっ?」







勉強のしすぎでますます痩せた古泉の体を担いで、
古泉の抵抗を背中に感じ取りつつも、
海まで連れて行った。



「な、何してるんですか、は、放してくださいっ」
「今放すから大人しくしろっ」
「い、いまって、わ、わ!」




悪いな、古泉。
全身濡れちまうが許してくれ。








水の中くらいしか、
誰の目も盗んでキスをする場所が見つからなかったんだ。














「あなたは……もう……!」






水に濡れても、
耳まで赤くしても、
お前、最高にかわいいな。







また、海に行こう。









今度は俺から、
正式に言わせてくれ。






お前と同じ道を、
ずっと一緒に歩くための、
誓いの言葉を。


 








thank you !


恥ずかしいほどラブラブなキョン古が好きです!
タイトルと内容はS.p.i.t.zから(´∀`)


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