一歩手前




「へぇ…こんなに大きなお風呂、本以外で初めて見ました」
「はっ!?マジかよ」
「えらくマジです」


ご丁寧に腰にタオルを巻いて風呂の入り口で感嘆の声をあげているのは、
おなじみの古泉一樹その人だ。
忌々しいことに俺よりあらゆるステータスが上という、
とてもとても友人にはしたくないようなタイプの人間だが、
ハルヒのおかげで出会ってしまい、同じSOS団に強制加入させられ、
男二人のメンバーということで自動的にツルまざるを得なくなった。


しかしまあ、最初はいけ好かない奴だと思っていたが、
実はかなり気を使って、
裏でも手回しをしまくりハルヒのご機嫌を取っていることを知り、
仕方がない奴だけど、嫌いじゃないなと思った。

世界を守るなんてどこのRPGの世界だよ、と失笑モノだが、
派手に名を轟かせるわけでもなければ魔法を使って竜を呼ぶわけでもない。



なんとも地味な、
知人しか見ていない空間で戦うだけなのだ。
内輪ウケもいいところだ。
誰にも知られず、褒められることもなく、
世界を守ってるんだぜ。



なんとも泣ける話じゃないか。
古泉の話を信用すれば、だけどな。
けど、実際に俺は古泉の戦う場面を見ている。
少しは、信じてやってもいいかなとも思う。




さらにこいつは今まで気のおけない友人もいなかったようで、
男友達との接し方が分からず、事あるごとに俺を苛立たせたりする。
いやいや、いつも苛立つわけではない。
面白いなと思うことの方が最近は、多い。



そんな古泉と一緒に風呂に入ることになったのは、
雪山で見事に遭難し、なんとも摩訶不思議な館にて夜を
過ごすことになってしまったからである。



「あなたはよく来られるんですか?こういった大きな湯船があるところに」
「家族でたまに行くぞ。母親が好きでな。俺にはいまいち良さがわからんが」


大人というのは温泉やらなにやらが好きな生き物らしいのさ。
俺は何が悲しくておっさん連中と顔を付き合わせて風呂に入らにゃならんのだと、思うね。
古泉と二人とかなら、いいけどな。



ん・・・、いいか?



「うらやましいです。楽しそうで」
「機関に連れていってもらえよ」
「まさか」


二人の声と、シャワーが床に落ちる音だけが広い浴室に響く。
さっきまでここにハルヒや長門、朝比奈さんが座っていたかもしれないと思うと、
途端にプラスチックの椅子が愛おしく感じるね。



なんて妄想をしつつも、ちらと隣を見ると、
古泉が目をぎゅっと閉じて上を向いて髪を流している。
おいおい、男らしくねーな。んなちまちま洗うなって。
いつもは邪魔な前髪がなくなっちまってるのは、いいけどな。





何で、邪魔なんだっけ?





そんな感じで要領の悪い古泉に比べ、早くも俺はすべてを洗い終えた。
対する古泉はいまだに腕に泡をつけ始めたレベルだ。


こんな館で、別々に出るのもうまくない。
こいつに合わせてやらないと、いかんだろ。


「おせー、お前」
「すみません。待たせてしまって」
「背中流してやるよ」
「わっ!」



白い背中だな。細いな。
背は俺よりずいぶんと高いのに、
俺より細っこく見えるぞ。
こんな背中やら腕やらで、世界を守っているとは、ね。



「なんだか、変な感じです」
「下手か?」
「いえ、そんなことは」
「だろ。いつも親父に鍛えられてるからな」


このくらいは何てことない。
首筋もついでだ、洗ってやろう。
はりついた髪を指で除けると、ぴくっと肩が上下して、なんだ、ここ弱いの?お前。

つつつ、と人差し指を滑らすたびに髪から雫が垂れる。
後ろから見える耳が赤い。


「くすぐったいです」
「首弱いな」
「そう・・・ですね、知りませんでした」
「ふーん」
「わ、わ」



息を吹きかけてみるとさすがに首元をおさえて、
こっちに向き直る。やりすぎたか。


と、思ったが、古泉は抗議するでもなく、
しばし視線を泳がせて数秒考えた後、呟いた。


「・・・普通は、こうゆう風に遊んだりするんでしょうか」


は。
なんだそれは。


「同い年の同性の友人というのは、こんな感じなんですか?」




たぶん、しないだろうな。
俺がこんなことを谷口にされたら、有無も言わさず殴るね。





じゃあ、なんで俺、
古泉にこうするんだっけ?





「まあ、そうだな」
「なるほど。参考になります」


肯定しちまった!
おいおい古泉、他の奴にするなよ、こんなことを!



「背中、ありがとうございます。お風呂、入りましょうか」
「・・・おう。そうだな」


早足で向かう古泉の後姿を、思わずまじまじと見てしまう。
いつもは制服で隠されている肌だ。
足も、細いな。
腕、腰。
細いな。
白いな。
触りたいな。
振り向いた顔、また、前髪かかってる。
邪魔だな。額に、口づけられな・・




って。
なんでだ!





「どうされたんですか?具合でも悪いのでは・・・?」
「なんでもない、なんでもないっ!」



うずくまって頭を抱えてみたが、雑念が消えない。





どうして俺が!古泉に!


「なし、今のは、なしだ!」
「はい?何のことでしょう?」
「いや、こっちの話」
「そうですか」




古泉にぶっかかる勢いで湯船に飛び込み、
口まで湯につかる。
そうさ、ここにはさっきまで朝比奈さんが入っていらっしゃったのだ。
そのことを考えるんだ。
それが普通だろ。それが、普通だ!



「気持ちいいですね」



髪が濡れて、頬が上気して赤くなって、そんな古泉の、
顔やら見た目やらが悪くないのは認める。
必要以上に整ってるのも、前から分かっていたことだ。





なのになんで。
なんで今、あんなことを考えちまったんだ。


相手は古泉だぞ。
胡散臭い笑顔を振りまく古泉だぞ。
ゲームが好きなくせにいつも弱い古泉だぞ。
ハルヒの機嫌如何で閉鎖空間とやらで奮闘してる古泉だぞ。
首を撫でるだけで敏感に反応しちまうような古泉・・・




ああああ、なんなんだ!




「あの。今度また、普通に、こういった場所に行けるといいですね」



そんな声でそんな目でそんな顔でそんなことを言うな!


かわいくて、かわいくて、かわいくて、
触りたくて、撫でたくて、噛み付きたくて、
抱きしめたくて、口付けたくて、といったような、
おかしな考えで支配されちまうじゃないか・・・!!



「そ、だな」



さっさと上がろう。
二人でいると、俺の頭が、おかしくなる。



もう、おかしくなってるなんてことは・・・、

ない、断じてないはずだ!






thank you !
尻切れトンボ的な!「星降る夜に」の続きですかね。感じ的には。
いっちゃんに惚れてると自覚する手前のような。
惚れてる=発情みたいな公式になってますがお気になさらず・・・
遅くなりましたが一応雪山症候群のイメージです。


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