HB




最初の日。





「あけましておめでとうございます」
「おめでと」
「早速ですけど、行きましょうか」
「道は分かるんだよな」
「はい」



 年が明けて数分後、駅前で新年早々男に会っている俺の今年の運勢は、果たして吉と出るのか凶と出るのか。
 グレーのマフラーを茶色いコートの上に巻き、すらりと長い足が伸びる。
 制服姿を見たときにも思っていたが、こいつ、相当女子にモテそうだな。
 なのに俺なんかと初詣に行きたがるとは、まったく、世の中どう回っているんだか。


「今夜はいつもより暖かいですね」
「そうだな。先週は雪が降るかもとかニュースで言ってたけど」
「雪ですか。それも、いいですね」
「寒いのは苦手だぜ、俺は」
「僕もです」




 こいつと出会ったのは十日ほど前の放課後のことだ。
 いつも通り授業を終えて谷口と帰ろうとした矢先、
 坂の下の光陽園学院の制服に身を包んだこいつがいきなり声をかけてきた。



 僕です、古泉です。僕のこと、覚えていませんか。




 記憶を瞬時に遡ってみたが、小学生までの段階でコイズミなる名前の男と出会ってはいない。
 幼稚園の頃ならわからんが、そんな記憶を持ってるほうが珍しいだろ。
 俺と話がしたい、というから谷口とは別れてこいつと帰り道を共にしたのだが、
 困ったことに、こいつは黙り込んだまま何も言わなかった。
 俺から話を振っても生返事で意味のある会話は発生せず、その日はメールアドレスを交換しただけで終わる。



 しかしその後、古泉に呼び出されて今度は喫茶店で会うと、
 俺たちは文化祭で会っていて、また会う約束をしたのだと言う。
 確かに文化祭は朝倉の主導でうちのクラスだけえらく盛り上がってた。
 出店を数種類出して、俺や谷口や国木田はそのうちのたこ焼き屋を任され、
 朝から夕方までひっきりなしに客がいたから、古泉が来ていてもおかしくはない。


 けど、特定の客と話したか? また会う約束まで? そんな暇があったか? 
 俺は覚えていなかったが、古泉の顔にどうか信じてほしいと書いてあったから、
 そしてその目があまりに必死だったから、そうか、と納得しちまったのさ。



「去年はおみくじ引かれました?」
「小吉だった」
「ははあ」
「反応しにくいだろ? どうせなら大吉か大凶のどっちかにしてほしいぜ」


 くすくすと笑って、そうですね、と呟く。


「願い事はするのか」
「はい。……しますよ」


 真夜中だから、古泉の表情がしっかりはっきり見えているわけではない。
 しかし、どうにも俺には、待ち合わせ場所で会ったときよりも、今の古泉の顔が、赤く見える。


 気のせいだろう。
 それか、寒さのせいだろう。
 古泉の肌は俺よりも白い。
 白い奴は、寒いと赤くなりやすいもんだ。
 だからきっとそれで、赤い。





「お前みたいな奴はどんな願い事をするんだ」
「僕みたいなって、どういう意味ですか」
「頭も見た目も平均以上の男がそれ以上何もいらんだろ」
「そんな、僕は……。……今は秘密です。叶ったら、教えます」


 今度は拗ねたみたいに視線を俺と反対方向に投げて、口をつぐんでしまう。



「わ、わっ」
「お、すまん」
「い、いえ、だいじょうぶです……」




 反射的に手が出て 気付くと古泉の頭を撫でていた。


 何をやってんだ。こいつは妹じゃないぞ。
 妹が、菓子を買ってくれない親に対して拗ねてるときと同じことをしてどうする。
 俺よりもでかい男に。同い年の、高校生に。
 ……恥ずかしい。


 古泉は乱された髪を手ぐしで直しながら、ちら、と俺を見る。
 そして目が合うと、顔を背けて赤くなった耳を見せた。



 待て待て。寒いからだよな、そいつは。
 照れてるんじゃ、ないよな?






「古泉」
「は、はい」
「……通り過ぎてないか、神社」
「え? あっ! そうです、あの、あちらの道を、左に」




 神社の場所を示す看板を通り過ぎても、古泉は気付かずに歩き続けていた。
 俺が指摘するとはっと目を丸くして慌ててUターン。
 すみません、と何度も謝って、その間、俺を見ようとしない。



 俺の予感は変な場合だけ当たる。
 試験範囲の予測は当たらんのに、たとえばこんな時は、非常に、当たる確率が高い。
 古泉は、たぶん……。
 だがそうなると理由が全く思いつかない。
 たとえば文化祭で本当に会っていたとして、あいつの心を射抜くような会話があったならさすがの俺でも覚えてる。
 たとえば命を救った恩人だとか、誰にも言えない秘密を聞いたとか、そういう類の。


 他に考えられるのはこいつが元々そういう趣味の持ち主で、
 悲劇ながらも俺のような容姿の男が好きだ、とか、……。



 まずいな。それだと俺は、こいつに期待させちまってるんじゃないか。
 悪いが俺の趣味は至極まともだ。古泉の趣味を否定するつもりはないが、受け入れられるとは思えん。






「見えてきました、あそこです。人がたくさんいますね」
「だな……」
「? どうかなさいました」
「いや……」




 帰ったほうがいいのか? けど、せっかくここまで来て、帰るのもおかしいよな。
 初詣くらいは付き合ってやろう。罰は当たらんはずだ。



「並んでますね、おみくじまで、少し待ちそうです。あ、わっ」
「っと、本当に、人が多いな」
「はい、はぐれないように気をつけます」



 こらこらこら。
 なぜそこで俺の袖を掴むんだ。
 驚いて掴んでいる手を見ると、一瞬びくりと怯んだくせに、離そうとはしない。
 俺の反応を待っているらしい。
 瞬時に手を払いのけられなかった俺は、どうしたらいいか分からず、ひとまずそのままにして人混みを歩いていく。


 駄目だ、こういうのは早めに対処しないと後になればなるほどやりにくくなると分かっているのに。




「わ、すみません」
「古泉?」
「すみません」



 下を向きながら歩いているせいでやたらと古泉は人にぶつかる。
 普段は優雅に避けて歩きそうなのに、今は……俺と一緒にいるからなのか? 
 そいつは困る。しっかりしろ、古泉。
 お前が袖を掴んでいる相手は何の面白みもない男だぞ。何がいいんだ、こんなのの。



「! おい……!」
「す、みません、袖だと、掴みにくくて」
「だからってお前、」
「おみくじを引くまででいいですから」
「ぐ……」




 と、頭の中が混乱していたのに、さらに混乱する事態へ進展していた。

 もうお分かりだろう、古泉は袖から指へと、自分の手を滑らせてきたのだ。
 冷えた指がこっちの指に絡んでくる。
 断ろうとしたのに、古泉が畳み掛けるように懇願してきたから、
 こういった状況に慣れていない俺はまたも断るタイミングを逃す。
 新年から、男と手を繋いで歩くことになるとは。この混雑なら周りは誰も見ていないだろう、それだけが幸いだ。



 並んでいる間、俺も古泉も、初めて会った日のように、何も話さなかった。
 あの日と決定的に違うのは繋いでいる部分で、そこは時折、力が込められる。


 くそ、なんだ、これは。


 冷たかった古泉の体温が、俺の体温を奪って上がり、
 今では同じくらいの暖かさになっているその手が、まるで俺のもののように感じて、指の腹で撫でられるのが、心地いい。
 これが男でなければどれだけ幸せなことだろう。夢にまで見た輝かしい青春。谷口にも大いに自慢出来る。
 あいつは悔しがって校庭を七週くらい走って回るかもな。
 


 けど……こいつは、どこからどう見ても、男、だ。
 いくら、手を繋ぐ行為自体が悪くないとはいえ、現実は現実。





「ほら、着いたぞ」
「あ……」
「さっさと引いて帰ろうぜ」
「…………はい」



 やっとおみくじ売り場にたどり着いたから、古泉の腕を引いて手を離させ、
 俺も、繋いでいた手で財布を出す。
 古泉は残念そうにするも、自分も財布からおみくじ代と賽銭を取り出した。
 まずは賽銭箱に入れて、願い事をして、ああ、そういえば何にするか考えてもいなかった。
 適当でいいだろ。じゃあ、家庭平和、よろしく。





「どうでした? おみくじは」
「中吉」
「僕も同じです」




 去年よりランクアップしたものの、まだ大吉には程遠いらしい。
 互いに中吉と書かれたおみくじを掲げ、しかしそれぞれの項目は微妙に異なるようで、とりあえず見ておく。

 学問、危うし、全力を尽くせ。……はい。
 病気、なし。きわめて健康。いいじゃないか。

 ……恋愛、の項目は、見なかったことにする。





「どっかに結んでいくんだよな、こいつを」
「自分にとっていい内容であれば、持ち帰っていいんですよ」
「ふむ……」
「僕は持って帰ります」




 古泉のおみくじを、俺は見ないようにしよう。何か前向きになれる内容だったに違いない。にこにこしやがって。
 俺は、……ここにある木は人が多すぎるから、後で適当な枝に結ぶさ。



「それじゃ、もうここには用はないよな」
「ええ」
「帰るぞ」




 なんと、果敢にも、古泉はまた手を繋いできた。
 今度は古泉が俺の手を引くようにして歩いていく。
 待て、手を繋ぐのはもとより、お前に主導権を握られるのはいい気分にならん。



「おい、古泉」
「はい」
「どこに向かう気だ」
「僕の家です」
「なっ、聞いてないぞ!」
「今言いましたから。来てください」





 古泉は俺を振り返らずに、ひたすら早足で歩き続ける。


 お前の家って、一人暮らしだろ? 誰もいないのか? そこに俺を連れ込んでどうするんだ。
 古泉の強引なやり方に腹が立ち、住宅地を抜けた公園を突っ切る道に差し掛かったときに、腕をひねるようにして立ち止まらせた。




「痛っ……!」
「いい加減にしろ!」
「は……」
「お前の家に行く予定なんかねえよ、勝手に決めるな」
「……」
「それに俺は男に興味ない、そういう相手なら他をあたってくれ」





 ようやく、古泉が振り返る。
 公園の弱々しい、白い光に照らされた古泉は、
 その光よりも弱い、泣きそうな笑顔を見せ、頭を下げた。








「ごめんなさい」
「古泉……」
「僕も、どうしたらいいか、分からなくて」





 ……なんだ、いきなり、しおらしくなって。
 んな顔するなよ。俺が苛めてるみたいじゃないか。






「僕が、僕だけが悩んでいたことにあなたを巻き込んでしまって、申し訳なく思っています」
「なんなんだよそいつは」
「……話しても、とても信じてもらえないような内容です」
「けどお前は話したいんだろ? 本当は」
「っ……。…………はい」
 








 わかった、話くらい聞いてやるから、その辺座ろうぜ。






 ***** *****









「覚えていないのか、俺を」
「知りませんよ。何回も言っているじゃないですか」
「頼む、思い出してくれ」
「やめてください、大体あなた、距離が近すぎますっ」




 彼の体操着に着替えて北高に潜入してすぐ、彼が強引に僕の手を引いていった。
 連れて行かれた先は校舎の奥にある男子トイレで、
 個室に押し込まれて肩を押さえつけられ、必死な形相で、僕にまた同じ質問を浴びせてくる。



 俺を知っているだろ、知っていると言ってくれ、と。
 この人はいったい何者なんだ。彼女に用があるんじゃなかったのか? どうして僕に?





「俺から近付いたら顔を赤くして大人しくなったくせに」
「何の話ですか……妄想も大概にしてください」
「事実だ。俺に妄想癖はない」
「付き合ってられません。離してください、涼宮さんのところに戻ります」



 彼は僕を押さえていた手を離してはくれなかった。
 それどころか、僕の体を、強い力で抱きしめてきた。




「なっ!」
「古泉っ……」




 僕は、涼宮さんが好き、だと、思っていた。



 彼女に嫌われたくない、ただそれだけを、毎日考えていた。
 彼女は美しいし、いつも不機嫌だけれど、何か、底知れない力を持っているように思えたから。
 だから彼女以外の人に触れられるなんて、しかもこんな場所で抱きしめられるなんて、
 拒絶するのが当たり前なのに、


「古泉……」



 彼に抱きしめられて、名前を呼ばれたら、全身の力が抜けてしまった。
 その場に崩れそうになる僕を抱きとめ、そのまま、く、ちびるが、



「あっ……」




 嫌なはずなのに、逃げられない。
 何度も何度も、繰り返される。
 僕はそのたびに無抵抗で受け入れて、彼が口を開けてほしいと言えば開けて、
 体操着の中に手を入れられても、弄られても、嫌だという言葉すら、出てこない。


 どうして、僕は、こんな……



「古泉っ」
「ん、うっ」
「好きだ」
「!」
「俺はお前が好きで、お前も、俺を好きなんだよ」
「そ、んな、ことは」
「忘れるなよ、めちゃくちゃ、大事なことだろうが」
「あ、や、あっ」





 彼が吐く息や触れてくる手のひらはとてもとても温かくて、熱いくらいで、なぜかひどく、愛おしかった。
 思い出すだけで顔から火が出てしまうけれど、
 彼はその後、僕の全身に舌を這わせて、僕は何も考えられなくなって、……彼の口の中に、その、して、しまいました。


 終わってから、彼は僕をぐしゃぐしゃになるまで撫でて、優しい言葉をたくさんかけてくれた。
 声からも指先からも、どれだけ彼が僕を好きなのかということが伝わってきた。


 彼が言う相手は僕なのに、どうして僕は分からないのか。
 そんなことはあの喫茶店での会話を思い出せば分かる。
 彼は違う世界から来てしまったんだ。
 そこには古泉一樹という同じ名前で同じ顔の、だけど、彼と同じ高校に通い同じ部活に属する人物がいる。
 彼はその僕と、好き合っていた。彼の想い人は僕じゃない。




 彼の姿が見えなくなってしまってから、僕は何も、彼に伝えられなかったことを、思い出した。
 無事に彼の世界の僕に会えたんだろうか。
 もし会えなかったら、また戻ってくればいいのに。
 その人の代わりに、なれなくは、ないかもしれない。




 でも、翌日もその次の日も、彼は現れなかった。
 だから僕から、会いに行った。北高へ。もしかしたら、この世界にも、彼がいるかもしれないと思ったから。






 ***** *****







「それで俺に会いに来た、と」
「はい……」
「はあ……」
「信じられませんよね」
「まあな……」







 ここまで突拍子もない話だとは想像していなかったため、反応に困る。



 俺はてっきり、古泉が最近男に目覚めて、
 とりあえず他校の学校祭で適当に見繕った相手で試してみようとか、そんな感覚で俺に声をかけてきたバカだと思い込んでた。
 なのに、こいつの話は、それ以上にバカげてる。


 別の世界の俺? 会った途端にお前に体操着を着せて、トイレに連れ込んで手を出した?
 んなアホな。ありえん、考えるまでもない。




「……とっとと忘れた方がいいぞ」
「…………」
「そのツラでホモなんて、女子が泣くぜ」
「…………」
「俺、そいつじゃねえし。お前とどうこうとか、考えられん」





 正月の夜だ、外で話してたら、息も真っ白で、寒いだろ。
 その寒さと話のわけのわからなさでイラついて、きつい言い方になっちまったのは、ある。







 だが、まさか隣で泣かれるとは、
 黙っているから気になって横を見たら、声を殺してぼたぼたと涙を零していて、高校生にもなった男が、俺のせい、で?




「すみません……こんな、つもりでは」
「……」
「僕も、どうして、悲しいのか、分からないのです」
「古泉……」
「すみません」




 なるべく俺に見せないようにと、体をよじって涙を隠す。
 誰かを泣かせた経験はここ数年間にはない。
 むしろそんなのは、ガキの頃に妹とケンカをしたときくらいだ。

 焦る。
 これは焦る。



 女じゃなくてよかった。こいつが女なら、ここで土下座して謝るところだ。
 俺が悪くないとしても、泣かせた方が負けだろ、こういうのは。




「古泉」
「ごめんなさ、っ」
「すまん。なんか、すまん」







 俺はまた古泉の頭を撫でていた。めちゃくちゃに。
 古泉が振り返り、濡れた目で俺を見つめてくる。

 な、な、
 なんだ。
 胸が、苦しい。







「すみません」
「あー、いや、おう」
「寒いのに、お時間を、おかけしました。帰りましょう」
「うむ……」
「ありがとうございました」






 目を袖で拭って、笑って、古泉はその場を去ろうとする。






 腕を掴んだのは、特別な意識があったんじゃない。
 後戻りが出来ないと知りながらも、古泉を放っておけなかった。



























「ん……」
「あー……」





 ここは、もう、公園ではない。



 古泉の部屋。俺を連れてくる予定だったのか、元々なのか、綺麗に片づけられている一人暮らしにはやや広い部屋の隅で、
 俺たちはわざわざ体を重なり合わせている。



 とりあえず家に行くだけ行ってやろう、茶を飲んで、古泉の気が済むまで話をしてやろうと思っていたはずが、
 部屋に入るなり古泉に迫られ、あいつから抱きつかれたんだが、





「暖房、つけないと」
「このままでいい」
「そう、ですか?」








 たったそれだけで、古泉から聞いた話がただの夢物語ではないことを体感してしまった。
 先ほどまでの考えなら突き飛ばしてしかるべきなのに、古泉の体温と匂いを感じた瞬間、抱きしめ返していた。
 古泉が俺の腕の中にいるのがやけにしっくりくる。
 強く抱きしめると、小さな声が上がり、そのたびに心臓がばくばくとうるさく跳ねる。




「あ、の」
「どうした」
「すごく、どきどき、して」





 暖房がなくても熱くなる体をいったん離し、古泉が呼吸を落ちつける。
 もちろん俺も同じくらい、そうなっているんだが、古泉の手前、動揺は見せたくない。





「……すみません。僕に、付き合ってもらって」
「ああ……まあな」
「本当は、こんなことを言ってはいけないのでしょうが、でも、嬉しくて、もっと、一緒にいたいです」
「んー……」
「あっ」




 古泉の話を信じるつもりも、ましてや手を出すつもりもなかったのに、あれだけ言ったくせにまた抱きしめてる。
 たとえあの話が本当でも、古泉が求めているのは俺ではないのに、それでも俺は……





「暖かいです」
「お前がな」
「あなたが、です」
「お前だろ」
「ふふっ」





 お前が、この俺がいいと言うなら、泣くほど俺を好きになったんなら、
 どっかの世界の俺の責任を、俺が取ってもいいのかもしれない。




「あなたが好きです」
「ん、ああ」
「こっちのあなたは優しいから、もっと、好きです」






 心を読んだような発言をしてきやがったな。
 んな気は遣わんでくれ、誰もどっかの自分になんか嫉妬しないぜ。




「こうしてくれるのは、迷惑ではないと思ってもいいんですか」
「好きにしてくれ」
「……はい」





 さらに強く、抱きしめる。今は顔を見られたくない。
 赤くなって、口の端だけ緩んでいるのが自分でも分かるからだ。




 俺の腕の力に応えるように、古泉もさらに近づこうと頬を寄せてくる。
 古泉の匂いが強くなり、頭がくらくらしてきた。




「あなたと、」
「なんだ?」
「あなたと、もっと、色々なことを、したいです」
「へっ」






 色々って、あれか、お前が例の俺にされたようなことをか。
 よく考えると大胆な奴だな俺は。学校の便所でだろ?
 そこで男相手に、古泉はまだその時はこっちに目覚めていなかったのに、だろ。



 俺には出来るとは思えない。というのは、古泉が男だからではない。
 困ったことに、ここにいる俺までも、古泉と触れ合うのが悪くないなと思ってしまっている。
 ……それどころか、かわいい、とすら思い始めてる。
 新年早々、とんでもない道を見つけちまったぜ。


 どうする。
 ここで古泉の期待通りさらなる一歩を踏み出すか。それとも、





「どこかへ出かけたり、一緒に話題の映画を見たり」
「なんだとっ」
「え?」
「そんなことかよ……俺はてっきりお前が」
「僕が?」
「俺とやりたいと言い出すのかとばか……、り……って馬鹿!」
「ええっ」


 違う、今のは聞かなかったことにしろ。前言撤回だ。はい、忘れた。忘れたよな?




「い、いえ……」





 忘れろよ。大体お前があんなことを言うから、そうなんだろうと思ったんだぞ。
 俺は悪くない、お前のせいでおかしくなりかけてるだけで、





「僕は、したいです」
「な! にを!」
「あなたが思うようなことも」
「俺じゃないっ!」
「でも、まだこれだけでもどきどきするから、無理ですね」





 俺が期待しているみたいな言い方はやめろ、馬鹿。
 あまりにも顔の熱が上がってきたので背を向けると、古泉はその背中に頬を寄せてくる。
 そしてまた上がる俺の心拍数。
 正月から救急外来に駆けつける必要があるかもしれない。




「あなたにとっては、遊びでもいいんです」



 なに? 遊び?




「僕を好きにはなれないでしょうから、たまに構ってくださるだけでも、いいです」
「何だそりゃ」
「多くは求めないようにします」





 どうやらこいつは俺が仕方なく家に来て仕方なく付き合ってやってると思っているらしい。
 そう思っても無理はないが、あのな。
 俺は、そういうのは駄目だ。
 遊びでいいって友達じゃないんだろ?
 こうやって抱きしめたり、そういうことも、ゆくゆくはしたいってことだろ?
 それなら俺は、責任を取る。




「責任、って」
「だから、お前が俺を好きなら、マジで付き合えばいいだろ」
「でも、あなたは僕を好きではないんですよね」



 俺が? お前を?
 ……お前を、
 そうだな、





「いや、好きだぞ」
「え? あ、あなたが僕を好きになるなんて、どこにも」
「理由がないとかつまらんことを言うなよ」






 お前の理由だって相当とんでもない理由だぜ。
 泣いているのを見ると放っておけなくなる、抱きしめてみたら気分がやけに落ち着いて、
 お前がどんな奴よりもかわいいと思えるようになった、それだけで十分じゃないか。


 好き、って、そういう感覚のことを、言うんだろ。




「…………」
「古泉?」
「……すみません」






 まさかまた泣いているのかと、ぎょっとして顔を上げさせると、単に赤くなって照れているだけだった。

 心配させるなよ。お前のその、笑顔とか照れてる顔は、結構、いいと思うからさ。隠す必要、ないぞ。





「恥ずかしいことを言わないでください」
「おい。お前が言わせてるんだろ」
「言わせてなんていません」





 ついに顔を両手で隠し始めた。なんだその動きは。
 男なのに、なんでお前は、んな仕草が似合っちまうんだ。
 わからん、この際、深く考えるのを放棄する。



「わわっ」




 視線だけでなく体ごと振り返って、隠している腕を取っ払い頬に自分の両手を当て、まじまじと見てみる。


「お前さ、かわいいな」
「!」
「付き合ってるうちに、やばいくらい好きになりそうな気がしてきた」
「な、何を言って、」
「これからよろしくな、古泉」






 キスのひとつでも、と思ったが、少し顔を近づけただけで心音が耳に届いてうるさかったから、出来なかった。
 それは古泉も同じらしい。俺が近付いた瞬間に体を固くし、俺が諦めると、胸を押さえて大きな息を吐く。








「かわいい、は、恥ずかしいのであまり言われたくないです、僕、男ですし」
「思ったことを言ったら駄目なのか」
「う、うう」
「お前な、そんな顔、他の奴に見せるなよ」
「見せません……」
「ふむ……」
「何ですか、どうして、あなたはこっちばかり見るんですか」







 お前、自分から押すのはよくても相手からされるのは照れるタイプか。
 そうだろ。俺が抱きしめた途端、黙り込んだもんな。




「もう、知りません」
「ははは」
「笑わないでください」




 つかみかかろうとしてきた腕は俺の背中へ回させて、もう一度、古泉を抱きとめる。
 俺の予想通り、ぴたりと大人しくなった。



「ん?」






 古泉が暴れようとした際に、ポケットから何かが落ちる。
 抱きしめついでに手を伸ばせば、それは神社で引いたおみくじで、予感はしていたが、
 恋愛、の項目には俺と同じ言葉が書かれていた。




 今、隣にいる人のほかになし、と。








 お前もこれを信じてるのか?
 なら、俺も信じることにしよう。おみくじだけでなくお前のも。
 お前が超能力者で、あとは、なんだっけ? 

 とにかく、その方が楽しそうでいい。平凡で何もなかった生活よりはずっとさ。
 今年はいい年になりそうだ。





 な、古泉一樹。
 末永く、よろしく頼むぜ。






thank you !


多分2009年?の年賀状がわりに送った無配本より。
消失古泉がぶりぶりですね!私の中ではこのくらいのイメージだったのか!(2011年アップ)
ツン寄りかな〜と思いきや映画では天使ちゃんだったので手直しはほとんどなしです(´∀`)

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