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「あ、これって・・・」
「な! マジかよ!」
「へへ・・・照れちゃうな、こういうの」
「ぐわああっ」


両手で頭を抱え大げさに倒れる谷口、
その向こうには、靴箱からリボンのついた箱を取り出した国木田が若干頬を赤くして立っている。
俺の上履きの上には谷口同様、それらしき贈り物は入っていなかったが、
無自覚に誰かに好かれるような行動を取っていたとは思えない、
そう自己分析出来ているから、谷口ほど落ち込みはしない。


「誰からだよ、それ!」
「何も書いてないけど・・・分かっても谷口には教えないよ」
「くそーっ!」


廊下を疾走する谷口を追いかけ、国木田と共に教室へ行く。
どことなく浮き足だったように感じられる教室内、
谷口は必死に机の中を見ているが、
置き勉した教科書とノート以外はなにも入っていなかったようだ。
同情の視線を投げかけつつ、俺も自分の席へいき、
何気なく机へ手を入れたが、結果は想像通り。
いいんだ。
俺がほしいのはこんな形でもらうチョコじゃないからな。









ひとつの。









「やっほー! キョンくん、一樹くんっ、ハッピーバレンタイン!」
「鶴屋さん、ありがとうございます」
「俺たちがもらっていいんですか?」
「もっちのろんさ! それじゃ、他の人のところにも行ってくるから、またねっ」


放課後まで想定外のイベントが起きることもなく、
通常通りの授業を終えて部室へ向かうと、
朝比奈さんの着替えタイムが開始されていた。
後からやってきた古泉は両手にいくつもの紙袋を持っていて、
睨みつける俺の視線をものともせず笑顔で挨拶をしてきたから、
文句の一つでも言ってやろうとしたときに鶴屋さんがやってきたのだ。

義理チョコらしいが包み紙からして高級感漂うチョコレートに恐縮し、
すっかり毒気を抜かれてしまった。
本日一個目のチョコレート。ありがたいが、お返しは三倍とはいかんだろう、すいません。




「で、お前、これで何個目だ?」
「十六個目です」
「モテる奴は違うな」


去年は日曜にスコップで山からチョコを掘り出し、
翌日の学校で、古泉が大量のチョコレートを持って部室へ現れた。
色々あったせいでイベントそのものを忘れていたが、
今年はさすがに忘れてはいない。




「それで、俺にはないのか」
「はい?」
「チョコレート。お前からの」
「寝言は寝てるときに言ってください」
「くっ・・・」


去年のあれが印象的だったせい、だけではなく、
チョコレートをもらう相手が見つかってしまったから。
彼女だなどと言えばこいつは笑顔をそのままに怒って何も話してくれなくなる。
だから、気恥ずかしいが、恋人とでも呼んでおこう。
春先に、一言では片づけられない心境の変化があり、
俺は古泉に想いを伝えた。
それは多少強引な方法で。
正攻法で古泉がイエスと言うはずがない。
男と、しかも俺と付き合うことに対して。

経緯はともかく、付き合っているんだから、期待するのは仕方がない。
古泉から俺へと考えるのは、
まあ、つまり・・・そういうことだ。

しかし残念ながら用意はないらしい。
これも仕方がないというべきだろう。
行為に至る頻度や、そのときの古泉の尋常でない照れ方や、
終わってからの自己嫌悪具合を見ていると、な。


「お待たせしました、どうぞ」
「朝比奈さ、! その服はっ・・・!」
「似合うでしょ? みくるちゃんメイド服、バレンタインバージョンよ!
チョコミントのイメージらしいわ。インターネット見てたら見つけて、
あまりにかわいいから買っちゃったけど、あたしの目に狂いはなかったわね!」


ハルヒの台詞に大きく頷く。
今年はこんなサービスがあるとは、ハルヒのサービス精神には頭が上がらんな。


山掘りのサプライズはなく、今年は極めて一般的な方法でチョコレートをいただいた。
嬉しくもあり、


「今年のホワイトデーも期待してるわ」


かけられたプレッシャーが重くもある。
SOS団が高校卒業程度で解散するとは思えないが、
このまま続いていくなら、
いつかのホワイトデーには異世界探検ツアーくらいは用意しないといけなくなりそうだ。










「あ、あのっ・・・」

朝比奈さんの熱いお茶を大量に飲んだせいで、
途中で便所へ向かったのだが、そこで後ろから声をかけられた。
振り返ると眼鏡をかけた黒髪の大人しそうな女子生徒が立っていて、
上履きの色からすると一年生だろう。横には友人の姿もある。


「こ、古泉先輩、部室にいますかっ・・・?」


予想していた通りの質問に、俺はなるべく優しく頷いてやる。
便所に行くより先に部室内の古泉に声をかけ、
その場から去った振りをして様子を盗み聞きしたりして、
去年もやったことだが、
今年はあまり、心は穏やかでない。



「・・・ほら、頑張って」
「せ、先輩、いま、付き合ってる人、い、ますか」
「・・・・・・」
「っ! ・・・、・・・チョコ、だけでも・・・」



古泉の声は礼しか聞こえない。
だが、彼女が息を飲んだのは聞こえたから、
古泉は首を振って肯定してみせたのだと思う。
罪悪感と同時に安心してしまう自分が嫌になり、
その場を早足で離れた。







「はあ・・・」


あいつが不特定多数の女子から好意を寄せられているのは納得出来る。
あの面だし、誰にでも笑顔を向けるし、
勉強だけでなく運動も出来るから、
特に体育祭以降、後輩女子からの人気が強烈だ。

その気になれば何人の彼女でも作れる状況だが、
それは、俺が許さない。
もしそんなことがばれたら、
今後一切機関側への協力はしない・・・、
我ながら汚いやり方だと思っても、
そうでもしないと、古泉をつなぎ止めておく自信がないんだ。


俺は、あいつを好きになった。
それから、
端的に言えばハルヒに対する行動と引き替えに、
古泉と付き合うことに成功した。
好きになった当時は手に入れるだけでもいいと思ったが、
手に入れてしまうと、もっと古泉を知りたくなる。
普段見せないような表情を、
普段聞けないような声を。

けど、あまりに自分の求めるものばかりを追いすぎて、
古泉の気持ちをないがしろにしちまった。
だから、強く言わないとさせてはもらえないし、
あいつから好意を向けられたこともなければ、
こうしてチョコレートの一つすら、もらえない。
それでも付き合っている相手がいると、
告白を受けて言ってくれたのは、嬉しかったりするんだが・・・。






「盗み聞きとは、趣味が悪いですね」
「っ!? こ、古泉っ」
「チョコレートをもらうくらいはいいんでしょう?
あなたに許可を取り忘れましたけど、いけないのならお返ししますが」
「いや、それは構わん」
「そうですか」
「古泉、今日、一緒に帰るぞ」
「命令ですか?」
「・・・、・・・都合が悪いなら、断っていい」

答えないまま、古泉は部室へ戻ってしまった。


「くそっ・・・」



蛇口を捻り、冷えた水で顔を洗う。
指先まで凍えそうな冷たさでも、
今の俺にはちょうどいいくらいだ。

これから挽回するにはどうしたらいいんだ?
あいつが、俺を好きになるには・・・
強引なやり方ばかりじゃ駄目だ。
肌を合わせて、あいつが気持ちよさそうにしても、
だからって喜んでるわけじゃない。
我慢を覚えよう、
こっそり撮った写真を使えば数日くらいは・・・。


せっかくハルヒたちから手作りのチョコレートをもらっても、
考えるのは古泉のことばかり。
結局、どれだけもらったところで、
たったひとつのチョコレートをもらえなければ、
心は満たされないらしい。









帰り道、
古泉は自転車を押す俺の隣を歩いてはくれたが、
俺が誘わなければ電車に乗っていただろう。
妹は友達の家に寄ってから帰ると言っていた。
だから家に行けば俺と古泉だけしかいない。
けど、せめて今日は我慢しよう。

決意を固めながら古泉と、ホワイトデーについて相談を始めたとき、
見慣れたタクシーが俺たちの前に止まった。



「古泉、あのタクシー、見覚えがないか」
「あっ・・・、新川さんと、森さん。どうしたんですか」




タクシーに駆け寄る古泉の後を俺も行く。
機関で緊急召集でも出たのか?
ハルヒの機嫌はすこぶるよさそうだったが・・・




「古泉、これ。忘れ物です。昨日、会議のときに置いていったでしょう」
「! も、森さん」
「あなたの席にあったからそうだと思ったんだけど違うのかしら」
「いえ・・・、僕の、です」
「そう、よかった。まだ間に合いそうだし、新川に飛ばしてもらって助かったわね」
「ありがとう、ございます」


あっと言う間にタクシーは走り去っていった。
何のことだかすぐには分からなかったが、
古泉の手には、小さな箱が乗っている。


・・・もしかして、それは。


「古泉っ」
「・・・・・・」
「俺の、なのか」
「・・・・・・」


唇を噛んで俯くだけで答えてくれない。
悩んでから、すまん、と謝って強引に顎を掴んで顔を上げさせる。
もう強引なことはしたくないが、今回だけにするから。





「・・・顔、赤い」
「赤く、ないです」
「お前の肌の色くらい知ってる。毎日見てるだろ」
「っ・・・知りませんっ・・・」


弱々しい手のひらが頬に当たり、
持っていた箱を鞄の中に突っ込まれた。





俺に、用意してくれてたんだな。
機関のところに忘れてきたから、
渡せないと思って、今日は不機嫌だったのか?
俺に命令されたときのために用意していた・・・とは、考えたくない。
お前の顔を見ていたら、そうじゃないと思っても、良さそうな気がする。




「ありがとな、古泉」



ますます赤くなった顔を見せないように目を逸らされたから、
後頭部の柔らかい髪をくしゃくしゃと撫でる。
家に着いたら、決意したような我慢は出来ないだろうが、
強引に頼まなくても大丈夫だよな?






家までの道を、初めて古泉と手を繋いで歩いた。
少し抵抗をされたが、
ぎゅっと強く握ると、
古泉からも同じくらい強く握り返してくれた。

これからはお前の気持ちを置いてけぼりにはしない。
強引なやり方も、
独りよがりな命令も、おしまいだ。
まずはお前が喜ぶホワイトデーを考えないとな。
ハルヒたちを満足させられるのと、
同じくらい難しそうだが・・・





「・・・してもいいか」
「・・・、・・・」



また、こうやって恥ずかしそうにしながら頷く古泉を見られるなら、
何だってやってやるぜ!




thank you !


強引に捕まっちゃってもほだされちゃう古泉(´∀`)

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