小さな明かりが、うっすらと天井に灯っている。 起こさないように配慮してのことだろう。 せっかくの気遣いだが、古泉の気配だけで目が覚めちまった。 すぐに起きるとあいつは申し訳なさそうに眉を下げるだろうから、 しばらくは寝たふりをしていよう。
「こんな時間に出ていくのか」 「すみません、来ていただいている時に」 「俺のことはいいが、お前・・・」 「大丈夫ですよ。このくらい慣れてますから」 腕まくりをして見せてきたが、 古泉の腕は細いし、白いし、 高校生男子にしちゃ一般的なんだろうが、 深夜に化け物との戦いに行く正義のヒーローにしては頼りない。 それに、慣れてるといったって、 俺と・・・した後に行くのは慣れてないだろ。 腰、平気なのか? こうなると知っていれば俺だって無茶はしない、 口やら手やらで我慢しただろうさ、 けど、ハルヒがいつ寝付きの悪い夢を見て、 神人を生み出すのかは誰にも予測出来ない。 「たまにあるんです。あなたが来るときは、いつも平和でしたけど。 寝ていてください、明日も学校ですから」 すっかり見慣れたクリーム色の寝間着から制服へ着替え、 乱れていた髪を手ぐしで整え、 ほんの数分で、無防備にも見えた寝顔からいつもの笑顔へと変わると、 古泉は俺の隣から去っていった。 まだベッドに残る温もりに、自分の体を重ねてみる。 危険はないと、何度か聞かされた。 一度だけ行った閉鎖空間の中でも、 あいつは余裕そうに見えた。 だからその言葉に嘘はないだろう。 けど・・・たとえ、目に見える怪我がなくても、 あいつの体にも心にも、負担がかかるのは確かだ。 古泉を心配していたくせにいつの間にか俺は眠っていて、 先述の通り古泉の気配で起きたのだが、 睡眠を貪っていた自分に腹が立った。 古泉が残していった体温が心地よかったから仕方ない、 と俺の中の言い訳担当が弱々しく呟いているが、無視だ。 帰ってきてすぐに横に来るだろうと、 目を閉じながら待っていたが、一向にその気配がない。 寝返りを打つ振りをして古泉がいる方向へ体をやると、 勉強机に向かってパソコンを開いていた。 何か考えるように顎に手を当てながら、 指先を素早く動かしてキーボードを叩いている。 そうか・・・、何か、報告しないといけないわけか。 せめて起きてからでいいだろう、 機関にお客様センターはないのか? 今すぐ電話をかけて文句を言いたいくらいだ。 「・・・古泉」 「! ・・・すみません、起こしてしまいましたか」 「いや。気にすんな。まだ寝ないのか」 「もう少ししてから・・・大丈夫、ですよ」 起きあがろうとした俺を制止するような笑顔、 せっかくベッドについた手が、力なく折れる。 俺がそばへ行ったところでレポートがはかどるでもないし、 むしろとっとと終わらせるためには邪魔なくらいだろうが、 古泉を放って眠りこけられるわけがなく、 なるべくおとなしく横になったまま古泉を待った。 やがて古泉がパソコンを閉じる音がして、 小さな溜息、 その後、ようやく隣へやってくる。 「起きていたんですか」 「お前のせいじゃないぞ」 「先手を打たれましたね」 お前はすぐに謝るからな。悪くもないのに。 古泉の腕を引いて体ごと抱き締める。 外にいたせいで、肌の温度が下がっている。 眠る前はあんなに暖かかったのに。 春までは何日か夜を越える、夜はまだ冷えるよな。 緊張感が抜けきらない体を撫でながら、 頭に何度か口をあてていると、 やがてほっとしたように力が抜けるのが分かる。 閉じた瞼にもそっと口付け、 聞こえるか聞こえないかくらいの声で、 おやすみ、と呟いた。 付き合い初めて数ヶ月、 古泉を知るたびにますます好きになってはいたが、 ここへきてさらに急上昇だ。 だが、それとは反対に、 俺があいつのために出来ることの少なさに苛立ちもする。 「古泉っ・・・」 「ふ、あ、あっ」 「大丈夫か? 腰、痛くないかっ・・・?」 「ん、うぅっ」 腕の下でこくこくと頷き、しかしこの状態で笑えはしないから、 腰に置いている枕のずれを直し、少しでも辛くないように気にかける。 やらないのが一番だと分かっていても、 二人きりになって、横に並んで手を繋いで、 古泉に見つめられると、好きで、好きすぎて、 理性がどこかへ旅立ってしまう。 夜遅くなると古泉の家に泊まらせてもらうが、 あれ以降、夜中に出ていったことは何度かあった。 頻度はそれほど高くはない。片手で数えられるくらいだ。 だから古泉は我慢しなくてもいいと言う。 一度は拳を握りしめて我慢しようとしたんだが、 体に良くないからと、 古泉の方から色々、してくれて、 ますます好きになった。 なると、ますます、古泉が欲しくなる。 何もしてやれていないのに。 俺ばかり、体を使って想いを発散して、 古泉は気持ちよさそうにしていても、 終わればぐったりと苦しそうに呼吸を乱している。 休む間もなく呼び出されたときは、 さすがに帰ってきた古泉に土下座をしようとしたが止められ、 それでも古泉は笑って、 大丈夫です、と言うんだ。 大丈夫って何だよ。 もっとわがままでも文句でも、言えよ。 いくらだって受け止めるのに。 お前がそう言うから、俺は何も出来ないままなんだ。 こんなに好きでも、お前を助けられない。 お前のために何をすればいいのか、 馬鹿だから、分からないんだ。 「どうしたんですか?」 眠ったと思っていた古泉の掠れた声が聞こえる。 動きもしなかったのによく起きていると分かったな。 「あなたのことだから、分かりますよ」 「・・・なんでもない、ただの考え事だ」 「拗ねてるように見えるんですけど」 ぎゅ、と後ろから抱きつかれ、 古泉の柔らかい髪が首筋を撫でてくる。 別にとはねのけられたのは数ヶ月前までで、 今の俺は、こいつに惚れてるから、 隠し事の一つも出来やしない。 嘘をついたってお見通しなんだ、意味ないだろ。 「・・・お前が甘えてこないから」 「ええ?」 「大丈夫ばっかり言うなよ・・・」 寝返りを打って、ぽかんと口を開ける古泉の頭を抱え込み、 顎をぐりぐりとこすりつけて悲鳴を上げさせた。 その後楽しそうに笑って、胸元に頬を寄せてくる。 「だって、本当に大丈夫なんですよ」 「嘘つけ」 「嘘発見機でも使ってください。僕は、あなたがそばにいてくれるから、何だって頑張れます」 頬の温度が、いつもよりも、熱く感じる。 「好きな人にそばにいてもらえるだけで、すごく力をもらえるんです」 とっさに顔を上げさせようとしたが、しがみついたまま見せてくれない。 照れてるのか? 見せたくないくらいに、 「古泉っ!」 「わ! ちょ、っと」 「好きだっ・・・古泉!」 「や、やめてください、んうっ・・・!」 古泉ごと転がって強引に押し倒した。 薄いカーテンから漏れる街灯が赤く染まる頬を照らしている。 たまらず、古泉の抗議を聞かずにキスをした。何度も、何度も。 あまりにしすぎると今度は別の我慢が効かなくなるから、 口を押し当てるだけのを数十回に留め、 古泉はもごもごと文句を言っていたがやがて寝息が聞こえてくるまでは、 ずっと、抱き締めながら、頭を撫でていた。 お前みたいに深読み出来ないのは分かってるよな。 だからそのままにしか受け取らない。 遠慮して泊まるのは週に一日くらいにしておいたが、 寝間着も歯ブラシもここに置いていく。 そばにいるだけなら俺にだって出来る。 けどな、それは俺が一番したいことなんだが、いいのか? 古泉・・・、 「ん・・・」 前言撤回されないように、 お前が毎日こうして安心して眠れるように、 大事に、するからな。 呼び出し・・・来ても、行かせたく、ないな・・・。
キョンは古泉が大好きで仕方がない!
でも相思相愛が好きです!