「何だって?」


不機嫌な声。
不機嫌な表情。
それでも僕は、ちゃんと言わなきゃいけない。


「もう、こんなことはやめてください。
 あなたの言うことには、今後、従えません」


これ以上は無理だ。
耐えられない。
体も心も。



「ハルヒのことは、どうでもいいってことだな?」
「・・・・・・・」



全ては僕の責任で、機関に知られたらどうなるか、考えただけでも怖い。
最初からやめておけばよかった。
どうして何でも言うことを聞くなんて、言ってしまったんだろう。
後悔したって遅い。
僕はもう、やめてほしいんです。
こんなに苦しい日々を送るくらいなら、この世界が消えてしまったほうがいい。



「分かったよ」



意外にも彼はあっさり腕を離した。
そして、部室を去った。
やっと言えた、
だけど、
明日から、どうなってしまうんだろう。




リトライ





ずっと枕元に置いてあった携帯電話は、鳴ることがなかった。
学校へ行って、授業中も何度も確かめても、機関からの連絡はない。
そして、閉鎖空間が発生するような気配も感じない。
まだ、まだ今日は始まったばかりだ。
すぐに安心は、できない。



「古泉くん、お茶、暖かい方でいいですか?」
「ええ、ありがとうございます」


放課後の部室に先に来たのは、僕と、朝比奈みくると、長門有希。
何も変わらない。こうして、お茶を出してもらうのも、
長門有希が窓際で本を読んでいるのも。


遠くから足音が聞こえてきた。すごい勢いで走ってくる。
その足音は、二人分に聞こえて、それがはっきりとわかった頃、
部室のドアが勢い良く開けられた。


「みんな集まってるわね!今日は重要な議題があるから、
 すぐに会議を始めましょっ!!」
「ネクタイを引っ張るのはよせ!」
「キョンがいつまでもだらだら掃除してるからでしょ?
 さあ、席について!」
「はいはい・・・」


傍目から見る涼宮ハルヒは、機嫌がいい。
何も問題なさそうだ。これが、嵐の前の静けさなんだろうか。
彼は僕の向かいに座る。やれやれ、と肩をすくめて、
お茶を差し出す朝比奈みくるに笑顔を向けた。



「今日の議題は明日の予定についてよ!いい?秋って季節は、
 不思議なことが起きやすいとされているの。
 よって、明日の不思議探索はより、季節を感じやすい場所へ
 行くべきだわ」
「涼宮さん、それでしたら隣町の公園はいかがですか?
 紅葉が綺麗だと聞きました。休日には屋台なども出ているそうですよ」
「そうなの?さすがは副団長ね、情報が早いわ。じゃあそうしましょ!」


よかった。彼女の希望通りに、できそうだ。


「じゃあ私、またお弁当作っていきますね」
「みくるちゃん、お願いね!それじゃ、明日は朝10時に駅に集合。
 遅刻したら死刑だから!」
「随分あっさり決まったな、あれだけ騒いでて」
「なーにキョン?異議でもあるのかしら?」
「ない、ない」



いつもどおりだ。
いつもどおりの光景だ。
何も、変わらないんだろうか。このまま。


涼宮ハルヒは団長席に座って、SOS団のホームページを見始めた。
アクセスカウンタが伸びないことに文句を言いつつも、楽しそうだ。
朝比奈みくるは何を作っていこうか、ノートにメモを始めて、
長門有希は最初から特に変化はなく、ページをめくる指だけを動かしている。




「今日はオセロでいいか」
「えっ・・・」


向かいに座っていた彼は、棚にあるオセロの箱を持ってきて、目の前に広げた。
無視をされてもおかしくないと思っていたのに、
今までと同じように、接してくれている。
どうしてだろう。


ああ、彼もやはり平和な世界を望んでいるんだ。
この世界が涼宮ハルヒのせいでなくなることなんて、望んでいないんだ。



「あっ、はい」



よかった。
僕はこうなってくれることを望んでいたから。
彼と普通に、友人として、仲良くできることを。
もっと早く言っていればよかった。
昨日まではゲームをしている間も、怖くて仕方がなかった。



「それじゃ、今日は先に帰りますね」
「キョン!絶対に遅刻しちゃだめだからっ!」
「なんで俺だけなんだよ」
「あんたが一番怪しいからよ。それじゃね!」



日が暮れて、朝比奈みくるを引き連れて涼宮ハルヒが帰る。
明日の昼食内容に希望があるらしく、帰りに買物へ行くらしい。
僕は、まだ彼とのゲームの途中で、次の一手を考えている。


「長門、また明日な」


彼の言葉で顔を上げると、長門有希も無言で部室を去っていくのが見えた。




二人きり。
少し緊張はするけど、もう、大丈夫。
白を置いて、黒を2枚、ひっくり返す。次は、彼の番だ。



「次、どうぞ。・・・え?」



脱いでいたブレザーを着て、鞄を持っている。
まだ、ゲームの途中なのに。
次は、あなたの番なのに。


「今日はもう、帰られるんですか?」


かけた言葉に返事はない。
僕の存在が見えていないかのように、彼は目の前を通り過ぎ、
ドアを開ける。


「あ、あのっ・・・!」


あわてて追いかけて、廊下を進んでいく背中に呼びかけても、
歩みを緩めることすらなかった。


「・・・・・・」



無視、された。
予想していたはずなのに、他のメンバーがいるときは普通だったから、
寂しい。僕のせいだけど、すごく、悲しい。
そうか、彼女達がいるところなら今までどおりで、
二人きりではもう何も話をしてくれないんですね。
思い返すと、前まで二人きりのときに何を話したかなんて覚えていない。
今更元に戻ろうなんて、甘かったんだ。









翌日、公園内は人も多く、小さなお祭りのようにいくつも屋台が並び、
賑わいを見せていた。
広い公園を5人がかりで回るのは大変だと察知した涼宮ハルヒは、
またくじ引きを始める。特に何も考えずに引いたのに、
ペアの相手は、彼だけ、だった。


「なんだか色気のない組み合わせになっちゃったわね。まあいいわ!
 遊んでちゃダメだからね。こんなに人がいるんだから、何か起きるはずだわ!」
「分かった、分かった。集合は?」
「それじゃ13時にいったん、集合よ」









「どこに、向かいましょうか」

「あちらで、何か出し物をされているようですよ」

「喉は乾いていませんか?」

「ボートもあるんですね、涼宮さんたちが喜びそうだ」



「あの・・・、あの」




何を言っても答えてくれない。
ただ一人黙々と、人の間を縫うように、早足で歩いていく。
僕は置いていかれないように小走りで近寄って、
抜かさないように後ろについていく。

賑わう一角を抜けたところに、まだ紅葉の始まっていない樹木が並ぶ
場所があった。人通りは、あまり多くない。彼はそこのベンチに座る。
僕も隣に腰掛けて、横を見ると、彼は携帯の画面を見ていた。


「すごい、人、でしたね」


勿論、返事はない。


僕が望んだことだ。これは。
こうなると、分かっていた。


「あー、谷口?」


電話、している。谷口・・・というのは、彼のクラスメイトだったはずだ。


「そうそう、今夜。俺も暇で。前言ってただろ、国木田と。
 うん。頼む。・・・今?またハルヒに連れ回されてるよ。
 違うっつの。・・・勝手にしてくれ。ああ、今は一人」



楽しそうな会話だ。
その隣で僕は、寂しくて、また、泣いてしまいそうになる。
行為自体をなくしたって、彼が僕を嫌っていることには変わりがないんだ。
嫌う、ということを、やめてもらったわけじゃない。
きっと彼のその感情は、もっと強くなっている。




結局、集合がかかる13時半まで、彼との会話は一度も成立しなかった。







土曜の夜はいつも彼が家に来ていた。
僕が夕飯を準備して、
彼は誉めるわけでもなく食べてくれて、
その後、僕を抱いた。優しいときも、あった。
でも泣かされることの方が、
痛かったことの方が、多かったと思う。


それなのにどうして寂しいんだろう。
絶対に嫌だと思っていたのに彼がいないと、寂しい。
拒絶したのは僕だ。
あんなひどいことはもうされたくない。
なのに。
ああ、さっきから同じことばかりを考えている。



そこから1週間、二人きりになるたびに僕はめげずに話しかけた。
それでも彼はやっぱり何も話してくれなかった。
他に誰かがいるときは、自然な表情や声で話してくれるのに。
彼がこんなに切替が上手な人だとは、思っていなかった。




もう、嫌だ。
僕は彼が好きなんだ。ずっと分かっていた。
言おうと思った。でも、言えなかった。
彼は僕が嫌いだから。
だけど僕は彼が好きだから、
求められること自体は嬉しかった。
キスをするのも嬉しかった。
そして痛いことをされるのは、本当に悲しかった。
だけど今よりも悲しくはない。
二人になったとたんに存在を否定されるような、
こんな状況の方が、辛い。





僕は、彼にされる行為が嫌だったんじゃない。
嫌われることだけが、いやだったんだ。





「ごめんなさい」


涼宮ハルヒに頼まれたとおりホームページを更新するため
部室に一人残っていた彼に、僕は謝罪の言葉を繰り返した。


「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」


彼の目はパソコンから離れない。




「この前、言ったことを、取り消したいです」


少しだけ、視線がこちらに動いた。
今まではなかった反応だ。
それだけで、胸が詰まる。


「あなたの言うとおりにします。だから、だから・・・
 僕のこと、無視しないでください」



情けない。
自分から言っておいて、10日も耐えられなかった。



マウスから手が離れる。椅子を引いて、こちらを見た。
不機嫌そうな目。体が震える。
でも、何をされても、僕は、あなたが好きだから、
この1週間の状況よりも、きっといい。



「・・・何でも、か?」


やっと、話してくれた。
泣いたら、ダメだ。


堪えて、首を縦に振る。
何でもします、あなたが望むことなら。

だから、嫌わないで。憎まないで。



thank you !

こ・・これは・・・キョン古ではなく古泉一人劇場・・・!
すみません続きます。
次で終わり→衝動につながる感じなるかと。。。
なりますように(神頼み)

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