空を見上げると、普段は見えない星が、たくさん輝いている。
手を伸ばしたら届きそう、という表現がぴったりだ。
息を吐くと白く染まって、ぶるっと寒気が来たときに、
ベランダから部屋に戻った。


「今日は晴れていたから、星空も綺麗でしょう」
「ああ、綺麗だ」


飛行機に乗った、電車にも何時間も乗った。
ここは初めて訪れた街、というほど大きくない場所の、小さな民宿。
高校生二人を長く泊めてくれるような宿は、大きな街にはない。
誰も気に止めないような、誰にも気付かれないようなところ、
こんなところを、俺達は探していた。




駆落




「明日は、何が食べたいですか?」
「そうだな・・・カレー、だな。明日は。そんな気分だ」
「ふふっ、カレーを作ったら一度に3日分は出来てしまいます」
「楽でいいだろ、その方が」


食事は出ない。その代わり、台所は自由に使わせてくれる。
元々一人暮らしをしていた古泉は料理がそれなりに得意で、
古泉らしい、と思うし、すごく、助かっている。



「僕は毎日違うものでも、作りますよ」
「作ってる時間分、お前が俺の相手をできるだろ」
「なるほど」




乾かしたばかりの髪に指を通すと、さらりと揺れる。
いつも柔らかい。少し癖があるのに、寝癖がついてるのは見たことがない。
いつも、綺麗だ。



「ここの夜はいつも、静かで落ち着きます」





虫の声しか聞こえない。
民宿に他の客を、見たこともない。
もっとも、部屋数も5つしかないようで、
経営しているのも趣味、なんてお気楽なことを宿の主は言っていた。

宿泊代も安くて、かなり助かっている。
たまに来る客はどれも、いわくつきだと、さらには、一度は殺人犯が泊まったとか。
そのときは苦笑をしていたが、その夜、


「僕達も、殺人犯みたいなものかもしれませんね」



寂しげに笑った古泉の言葉を、俺は否定できなかった。








 俺達は逃げた。
 ハルヒの世界から。
 どう考えても、あそこにいて俺達が結ばれることは、無理だったから。


 倫理的な問題じゃない、そんな真面目な話じゃなくて、
 俺はとにかく、古泉が俺を好きだと知り、俺も意識しだして、
 そこからは坂をダッシュで駆け下りて、
 目の前にいると触れずにはいられなくなるくらいに、嵌った。

 すぐに飽きると思ったのに1年以上もそんな状態が続いて、
 3人の目を盗んでは部室でも古泉に触れて、キスをして、
 舐めて、噛んで、何度繰り返しても、足りない。




 長門にはすぐに気付かれて、それは予測の範囲内で。
 朝比奈さんにも、しばらく経ってから、目撃された。
 知って欲しかったのかもしれない、
 秘密にしないといけないのも、
 古泉が常に罪悪感を持っていたのも、
 何かというとハルヒが二言目に出てくるのも、
 限界だったんだ。
 俺はいつだってどこでだって、古泉に触れたかった。
 それが、できなかった。

 だから逃げた。




 出会って二度目の冬休み、
 大して貯まってもいなかったこづかいの貯金と、
 古泉がもらっている機関からの仕送りを全部持って、
 携帯電話は俺の家に置いて、飛び出した。

 旅行してくる。また連絡する。
 1行だけの書置きを居間に置き、
 1行だけのメールをハルヒに送った。


 古泉は機関に何も言わず、黙って俺についてきた。
 閉鎖空間が発生しても、向かわない。









「古泉」
「はい」



髪をすくってから、頬へを指を伝わせて、引き寄せる。
唇を当てると、自然に目を閉じた。
触れるだけでも胸が高鳴る。肌の温度が上がるのが、分かる。
もうどのくらい経った?もうすぐ、1年半か?
こんな感覚が続いているのは。
下世話な言い方をするなら、体の相性がいいんだろう、
だけどそれだけで済ませないような、もっと。何か。
どう、何に例えたらいいのか分からない、
ただもっと、惹きあってるんだ、奥の、深いところで。





「・・・帰りたいか?」



明日で冬休みは終わりだ。
明日、お前がカレーを作るなら、もう少し、ここにいられる。
古泉の口調はいつも穏やかで表情も優しい笑顔だったが、
それでも、感じるところがあった。




「・・・・・・・・・」
「正直に言えよ」
「・・・あなたと一緒にいたいです」



頬に触れたままの手を取って、指に唇を当てた。
長い睫毛を小さく揺らしてその瞳を閉じた。





「だけど、ずっとこのままでは、いられません」




そう言われるのは、予想していた。

SOS団はなんだかんだ言って、楽しかったし、この世界も、悪くない。
嫌いじゃないんだ。
壊したいわけじゃないし、
どちらかというと、守りたい。
ただ、俺達が結ばれるには、難しいだけで。
そのためには邪魔なものが、多すぎるだけで。




「・・・・ん」
「あなたが好きです」
「・・・俺、も」




頭を撫でて、そのまま、手を繋いで、横になった。
今までは一つの布団に、今日からは、別々に。
明日からは、
それぞれの言い訳をして、
それぞれの謝罪を繰り返して、
俺達は別々の道を歩く。
SOS団の活動は変わらない、これで破門されていなきゃ、な。



どんなに辛くても、隣で笑いあわないといけないだろうし、
体を引き寄せたくなることもあるだろう。
だけど、俺達は決めたんだ。




「・・・・・・」




繋いだ左手。
眠っている間に離れていくんだろう。
それで最後、だ。
もう繋がることは、ない。



右手で目をおさえた。
熱い。
そっか。
最後か。
短かったな、俺の青春。
これ以上の相手に、出会えるのか?
たった1年半程度で、と言わないでくれ。
この大切な時期に、一番最初に出会ったのがこいつだったんだ、
そして、本気だったんだ。
俺は、一生この傷を背負う、
そして一生、
この手を離さなければならなくなったことを、悔やむ。




それを分かっていて、離す。

逃げて気付いた、
どのみち待っているのは、破滅の道だ。
それが今すぐなのか、もう少し後になるのか、それだけだ。
俺達は破滅よりも生きることを選んだ、たとえ、別々でも。

だから離れる。







本当に大好きだった。
古泉、
古泉、
古泉。







目を閉じる。
強く、手を握って。
朝、
この手が、もし離れていなかったら、





俺は諦められるんだろうか





thank you !

ナンですかコレは!(見てくださってる方の台詞です)
色々と不親切ですみません。脳内保管いただければ幸いです。
BLだしハルヒが神様だし結ばれることがないと駆落してみて
分かったから別れないといけない、みたいな話です・・・

inserted by FC2 system