もう進路も決まり、自習が続く授業中、
三年間俺の後ろに座り続けた涼宮ハルヒが定規で背中をつつき、俺を呼んだ。


「何だ?」
「思ったんだけど、あんたたち、式挙げないの?」


俺、そして状況を知っている谷口国木田が一斉に噴き出した。
クラスの視線を浴びたが、ああまた涼宮関連か、と皆慣れたものだ。



「バカ!挙げるわけないだろ!」
「どうしてよ」
「あのな、どこの世界に・・・いや、世界にはあるだろうが、
 この国には少なくとも、男二人で式を挙げられる場所はないっ」
「探せばありそうだけどね」
「面倒くさいんだろ、キョン」


二人、面白がるんじゃない!
なくはないかもしれんが、無理してそこまでやろうとは思わない。
大体、そんな話をしたこともないし、指輪だって買ってない。金もない。



「ない、ないばっかり。古泉くんがかわいそうだわ」
「そう言われてもな」




ハルヒは俺が洗いざらい話した日からずっと、えらく協力的だ。
好きだった人には幸せになってほしいんじゃないですか、と古泉は言っていたが、
そんなものなんだろうか。
ハルヒから直接好きだと言われたこともないのに勝手だが、
こいつとはこれからもいい関係でいられる気がする。



「分かった。式はあたしがなんとかしてあげるわ」
「何だって?」
「団員の為だからね!団長らしくやってあげるわ。
 だからキョン、あんたはバイトでもしてお金貯めなさいよ」
「いや、待て待て、なんだ突然」
「古泉くんを喜ばせたくないわけ?」





古泉。


喜ぶ、のか?
式を挙げたいなんて言われたこともない、
いつもわがままも言わないし、
俺の言うことを聞くし、
あいつから何かしたいと言われたことも、あまりない。
もしかしたら、喜ぶんだろうか。
サプライズというのか、ハルヒが好むそれを、俺はやったことがない。




少し、想像してみる。
あいつに内緒にして、式の準備をして、いきなり連れていって、指輪も渡して・・・




「鼻の下伸びてるわよ」


冷ややかなハルヒの一声で我に返った。
そうだな、あいつ、喜ぶ、かもしれない。
悪くない、気がする。



「決まりね。あたしは心当たりを当たってみるわ」
「キョン、バイト探してるなら僕の知り合いのところはどうかな?
 肉体労働だけど、人手が足りてないみたいなんだ」
「助かる、頼むわ」
「うん。じゃあ連絡してみるね」
「お前・・・男だな」




ハルヒが見事に暴露した日から、谷口、国木田は微妙に距離を置いた。
それは仕方のないことだと思っていたし、
それでも少し切ない気持ちにはなっていたのだが、

「考えてみれば三年間、ずっとそうだったんだよな」

ある日の昼に谷口が屋上で呟いて、
それなら、今までと一緒でいいんだよね、と国木田が続き、
今まで以上に気のおけない友人になれた。
勇気を出してみるものだ、何事も。






バージン・ロード(前)





紹介されたバイトはまさに肉体労働、工事現場の手伝いで、
ハルヒにこき使われ慣れている俺でも結構キツい。
バイトがある日はハルヒや長門が俺を連れ出し、
相手をしていたから帰りが遅くなった、と古泉に苦しい言い訳をしている。

作業が遅くまで続いてしまった日などは、
帰ると手がついていない夕飯が食卓に並べられていて、
それでも古泉が笑顔で迎えてくれたりして、胸が痛む。
すまん古泉。俺は浮気してる訳じゃないぞ。勘違いするな。
しかし今は言えないんだ。







「やあやあキョンくん!ひっさしぶりだねー、元気してるかいっ?」


去年北高を卒業した鶴屋さん、会うのは2ヶ月ぶりくらいだろうか。
ビデオレターではお顔を拝見しましたが、あの節は、どうも。
どうやらハルヒの「心当たり」は、この方のことらしい。


「ハルにゃんから聞いたよっ。そうゆうことなら、任せてくれればいいよっ!
 めがっさ盛大にお祝いしちゃうよっ!」
「い、いえ、そんな盛大にやられても困りますんで、できれば質素に」
「そう??そうさねえ、じゃあ、高原の中の小さな教会とかどうかなっ?
 前にちょこっと遊びに行ったことがあって、これが中々いいところなのさっ」
「へえ、良さそうじゃない。鶴ちゃん、そこまでバスを出してもらえる?」
「勿論いいよっ!キョンくんあーんど古泉くんの結婚式ツアーってやつだねっ」
「そんな恥ずかしいツアー名は勘弁してください」



ハルヒと鶴屋さん、この最強タッグを俺一人で相手するのは非常に難儀なことなのだが、
二人とも厚意をもってして考えてくれているので、疲れは見せられない。
バイトを早めに切り上げてこうしてファミレスで打ち合わせをしているのだが、
もう、21時を回っていた。
また、寂しい思いをしてるだろうか。






「で、キョン、お金は貯まったわけ?挙式代は鶴ちゃんがサービスして
 くれるけど、指輪、買うんでしょ?」
「おおっ!キョンくん、すごいにょろ〜指輪かあ。職人さん、紹介できるよっ」
「何から何までお世話になります、鶴屋さん」



本当にこの方には、頭が上がらない。
指輪についても、1ヶ月ほどバイトをしただけで大した金額にはなっていないが、
鶴屋さんの口ぞえでその予算内にて作ってもらえることになった。
オーダーメイドか、すごいな。
古泉が眠っている間に起きないように指に紐を回し、サイズを測っておいてよかった。



「じゃあ、列席者はこんなところかしら?」
「教会だからいちおう、神父さんも必要だよねっ?頼めそうな人いるっ?」
「新川さんでいいかしら。森さんも、フルートを吹けるって言ってたし、
 あたしもオルガンくらいなら弾けるわ」
「ハルにゃんすごいなあっ!じゃあオルガン、運び込んでおくよっ」



だんだん大掛かりなことになっている気がする。
質素でいいんだぞ、質素で。
そんなことをこの二人に言っても、無駄か。


古泉、喜ぶと、いいな。














「ただいま」


結局、帰宅したのは日付が変わってからのことで、家の電気は既に消えていた。
古泉は朝早くから起きて、朝飯と弁当を作っているから、寝るのは早い。
もう、寝ちまったかな、と電気を点けると、
テーブルの上にはまた、夕飯が置いてあった。
丁寧にラップで包まれていて、見ると、古泉の分も、ある。




「古泉?」


寝室に行くと、ベッドに横になって、古泉は眠っていた。
音を立てないように近寄り髪に触れようとして、
月の明かりに照らされた頬に伝わる涙の跡に気付く。



古泉。



ああ、メールの1通くらい、送っておけばよかった。
こいつを不安にさせたくなくて、こうしたはずなのに、
また不安にさせてしまっている。
古泉、ごめん。
もうバイトも終わったし、あとは、準備を進めるだけだ。
次に帰りが遅くなるときはちゃんと連絡する、
だからもう少しだけ待っていてくれ。












「・・・??出かけるんですか」
「ああ、早く起きて、顔洗え」
「早く、って・・・まだ、4時じゃないですか」


早朝に叩き起こした古泉の顔は困惑で満ちており、
それでも俺の言うとおりによろよろと起き上がって洗面台へ向かった。
俺は先に起きて、新川さんに連絡をして、
既に家の前まで迎えに来てもらっている。
ドアを開けるとモーニング姿で迎えてくれた。


「え?新川さん、どうしてここに?」
「お乗りください、どうぞ」
「わあ、なんですか、これ」


更に今日はタクシーではなく、リムジンだ。
この年でリムジンなどに乗っていいのだろうか。
古泉もさすがにリムジンに乗るのは初めてらしく、
俺が手を引いてやると恐る恐る乗り込んだ。
しかしまあ、機関もはしゃぎすぎじゃないか?やりすぎだ。



「あの・・・どちらに行くんでしょうか?」
「それは、行ってみてのお楽しみだ。眠かったら、寝てていいぞ」
「はあ・・・」



さすがに不審がるか?と思ったのだが、
古泉は少し考えた後に笑顔で頷いて、
俺の肩に頭を乗せて、目を閉じた。


毎日遅くに帰ってきて、俺がハルヒや長門と会っているのは知っているし、
泣きながら寝ていた夜もあったのに、それでもこいつは俺を信じている。
そう思うと、胸が熱くなってきた。
幸せにするからな、俺。





ミラー越しに痛いほど伝わってくる視線は、無視である。
安全運転、お願いします。










車で2時間ほど走ったところに、その建物は現れた。
森の中をどんどんと突き進んでいったので、
もしかすると新川さんは俺たちを山の中に捨てる気か、
機関はやっぱり反対だったのかと不安になったが、大丈夫だった。
すみません、疑ったりして。安全運転も、ありがとうございます。


2時間走ってもまだ日は昇ったばかりで、
緑の木々が輝いて、心地よい木漏れ日が差し込んでくる。


「ここは・・・教会、ですか?」
「ああ」
「僕、宗教はあまり詳しくないのですが」
「俺もだ」
「ミサは、日曜日ですよね」
「そうだな」



古泉はやはり意味がわかっていないみたいで、
突っ立ってずっと、教会のステンドグラスを見ていた。
ややあって扉が開いて、鶴屋さんが姿を現し、古泉は目を丸くしている。


「こっいずみくん!待ってたよ〜っ!さあさあキョンくんも、準備準備っ」


早朝から非常に元気なハイテンションな方だ。
ぶんぶんと大きく両手を振って走り寄ってきて、古泉の腕を取った。


「あ、あの、鶴屋さん?これは一体?準備とは・・・」
「説明はあとあとっ!時間がないからねっ。
 キョンくんは、新川さんに手伝ってもらってね〜っ!」
「了解です、先輩」






教会の奥にはサッカーチーム二つくらいなら泊まれるくらいの別荘があり、
ここも鶴屋邸の持ち物の一つか・・・と、感嘆した。
いったん、古泉とはここで離れる。
大丈夫だ、不安にならなくていい。取って食われるわけじゃない。








「お似合いですよ」
「そうですか、ね」
「ええ」




上下真っ白なタキシードに、シャツだけは、薄いブルー。
家にある、古泉が選んだカーテンの色と似ている。俺のリクエスト、だ。
まだ、これを着るには若い気もする。
しかし、今日は胸を張っていよう。

新川さんにはこの後神父役まで務めてもらうわけで、
何から何までお世話になりっぱなしだ。
遅刻しそうになったときに、学校まで送ってもらったこともあった。
父親、とまではいかないが、親戚の、たまに会うおじさんよりかは親近感を持てる。


「ありがとうございます」



お礼を言うと逆に丁寧に一礼されて、俺は控え室に一人になった。
古泉も、着替えをしてしまえばさすがに状況が分かるだろう。
喜んでいるだろうか、戸惑っているだろうか、


早く、会いたい。








「キョンくんっ、着替えは終わったかい・・おおっ!!
 キョンくん、めがっさ男前だよ〜っ!!!」
「そうですか?」
「うんうん、似合ってる似合ってるっ。
 こりゃ、ハルにゃんやみくるが嫉妬しちゃうかもねっ」


選んでくれたのは鶴屋さんなので、似合うのであれば、
鶴屋さんのセンスに感謝すべきだ。感謝しきりである。
今後、どう恩返しをしていくべきか、検討しないとな。



「古泉くんも、着替えてるところ。泣いちゃって大変だったよっ!」



やっぱり・・・あいつ、俺の前以外では泣くなよとあれだけ
言ったのに。仕方ないか。今日だけは、許してやるか。



「ぷぷっ、でもねっ、衣装見たらさすがにびっくりしてたさー」
「き、着そう、でした?」
「うんうん、キョンくんの愛の大きさを訴えてみたら、
 分かりました、ってめがっさ神妙な顔で頷いたよっ!
 あたしも楽しみで楽しみでしょうがないにょろ〜」



ガッツポーズ!
拳が、入るぜ!



そうさ、どうせやるなら、とことんやろうということで、
古泉にはウエディングドレスを準備させてもらった。
かなりの抵抗感があっただろうが、俺が見たかったんだ。
お前の顔なら、いける!と。
絵的にも問題のないように、俺は本日10センチ底の靴を履いていて、
いつ転んでもおかしくない状態であることも、
付け加えたい。







着付け自体は専門の方についてもらったようで、
鶴屋さんと俺が待っていると、ついに呼び出しがかかった。
と、同時に鶴屋さんの携帯に電話がかかってきて、
「あれっ、ハルにゃんからだ。もうすぐ着くはずだけど・・・
 ちょっと電話してくんねー、キョンくんは先に行ったげてっ!」
走って屋敷の外へ行ってしまった。



緊張感が一気に高まる。
鶴屋さんの、底抜けに明るいテンションと一緒にいたから
誤魔化せていたが、やはり、緊張していたんだな、俺も。




「古泉、入るぞ」
「は、、はい」


控え室の扉を控えめにノックして、ノブに手をかける。



2%くらいはあった、
男にウエディングドレスはないだろう、という気持ちが。
それまでは。







「あ、の・・・やっぱり、変、でしょうか」







「あなたは、すごく、似合っていますね」







「あの・・・?」











・・・・・・はっ。


「古泉!!」
「えっ、あ、はいっ?」









 ハルヒと初めて会ったときより、
 朝比奈さんのメイド姿を拝見したときより、
 長門の物憂げな様子を見たときより、
 強い衝撃が、俺を襲った。









「俺と結婚してくれ」





プロポーズならもうしている、
だけど、この言葉じゃなかった。
衝動的に、出てきたんだ、
そう、あまりに、古泉が、綺麗で。



「・・・はい」




古泉は、笑った。
少し赤かった目を、また潤ませて。


馬鹿だと言われても構わない。
どんな道でもお前と歩こう。
俺はきっとこの日を忘れない、
この日のお前の姿も、声も、笑顔も、涙も、絶対に忘れない。








thank you !

長すぎたのでいったん切ります。とことんバカップル。
結婚ネタが楽しすぎる・・・!


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