HB
夏の合宿帰り、恭しく俺の家まで見送りに来た古泉は、 面倒なドタバタ劇をやらされたくせにやけに快活な笑顔を見せていた。 「お前は疲れというものを知らんのか」 「まさか。ですが今回は楽しかった、という感情の方が強いですね」 楽しくなかったといえばそりゃ、嘘になるけどな。 「こんな風に旅行をしたのは初めてでして。機関での合宿はありましたが」 それは下手な運動部の合宿よりも行きたくないな、 全員が赤球になって陽気に跳ね回るのか? 頼むから今回同様無人島でやってくれ、 うっかり近隣の住民の皆様が見てしまったりするとトラウマになりかねない。 こいつの家庭事情などは知ったことじゃないし知りたくもない。 朝比奈さん(大)の年齢に関する情報と比べたら、 その知りたさ具合は自宅の風呂と太平洋くらいの差はあるね。 ただそれでもこいつが勝手に漏らす一言一言で、なんとなく察しはつく。 家族とは一緒に住んでいないんだろうな、 今まで旅行も行ったことがないくらいの関係なのか、 中学の修学旅行は神人の相手で行けなかったのか、とか。 それでもこいつは寂しげな顔などは見せないし、 いつも笑顔で柔らかな物腰で、外向的だ。 複雑な環境下にあってもそうしていられるのは、 古泉の長所だといっていいだろう。 同情とかじゃないし、別に、大した意味なんてなかった。 「どっか行くか、今度」 ただ、 驚いた後に見せた笑顔が今まで見たことがないくらい嬉しそうだったから、 家に帰ったらすぐに寝ようと思っていたのに、 旅行サイトなんかを見てしまったり、した。
「遊園地、ですか」 「おう、行ってみたかったんだ、ここ」 新幹線に乗って数時間で着く、巨大なレジャースポット。 雑誌やテレビで何度も見て、妹が行きたいとはしゃいでいたもんだ。 俺は特に興味がないふりを装って、実はかなり、気になっていた。 ハルヒ達と行くには体力も気力も足りなさすぎる、 妹と行くとへたにはしゃげない。 はしゃぎたいわけじゃないぞ。 ただ、兄の威厳とか、それなりに、気になるだろ。 そこで、こいつと二人で行くくらいが、もしかしてちょうどいいんじゃないか?と、 ふと思ったのだ。 泊まりでどこかに行くには金がないし、 土日のどちらもハルヒから呼び出されないようなことはほぼありえない。 日帰りで新幹線で行って帰ってくるプラン、さらに高校生だと割引になるらしい。 これを逃す手は、ないよな。 「こんなところに行けるなんて夢のようです」 色とりどりに描かれたパンフレットを握り締めて、 古泉は普段よりいささか興奮した様子で呟いた。 だろ?俺も、そう思う。 「じゃ、決まりだな」 「はい、機関にも確認をしてみます」 「ダメだとか言われたら俺に言えよ、文句の一つくらい言ってやる」 「ははっ。頼もしいですね」 念の為ハルヒには家族旅行と伝え、古泉はバイトだということにした。 機関からはわりとあっさり許可が出たらしく、 俺としては少し、機関とやらに対する印象が良くなった。 「わり、待たせた」 「いえ、まだ余裕がありますから」 早朝の新幹線乗り場は、こんなに早い時間だってのにたくさんの人がいる。 スーツ姿の会社員の姿もちらほらあり、 浮かれ立つ自分を諫めようとしてみたものの、無理だった。 「僕、これに乗りたいんですよ」 「そりゃどう見ても子供向けだろ」 「でも、楽しそうじゃないですか」 「まあな・・・乗ってやらんこともないが」 土曜だし混んでるだろうから、 乗れるものは乗って、なるべく楽しんでやろう。 途中までは古泉となんだかんだと話していたがいつの間にか眠りに落ち、 古泉の肩に頭を乗せたままの状態で非常に心地よく、目的地にたどり着けた。 「悪い、涎、垂らした」 「構いませんよ。ここからまた違う電車に乗るようです」 「おう」 予約するまでは俺、そこから先は古泉が調べている。 先導に従ってついていく、やけに地下に行くんだな、ちゃんと合ってるか? 「おー」 「あれですね」 「すご・・・」 「大きいですねえ」 十数分、電車に乗り続けると、見えてきた。合ってたのか。 電車の窓から見えるその施設は、まさに、夢の国だ。 真ん中にそびえ立つ城、周りを囲む多彩なアトラクション。 駅に着く前から俺たちはドアまで走って、とにかく早く、飛び出したい! すまんハルヒ、すまん、妹。これは本気で楽しそうだ。 入り口まではたくさんの同志たちがいたため迷うことなくたどり着き、 少し待ってから、ついに入場だ。 何だ、ここは。異国か。 人も多すぎじゃないか? 「早速方角が分からなくなりますね」 「ああ・・・これはすごい」 キャラクターの顔を形どった風船や、 聞いたことのない味のポップコーンがあちこちで売られ、 どこも楽しそうな人たちの列ができていて、 うっかり並んでしまうと30分は待たされた。 しかしこの雰囲気に飲まれて常に古泉と話していたから、 時間が経つのなんて忘れてしまう。 「あれか?お前が乗りたかったのは」 「そうですが、どうやら・・・本当に子供向けのようですね」 「別にいいぞ、旅の恥はかきすてというからな」 今日は、特別だ。 あの飛んでる耳のでかい象にも、乗ってやろうじゃないか。 空飛ぶ象も、くるくる回るティーカップ(コーヒーカップではないらしい)も、 随分久しぶりに乗ったメリーゴーランドも、 ジェットコースターもカヌーもなにもかも、 新鮮すぎて本当に楽しくて、 気付けば日も暮れて俺たちはなぜか耳の飾りなんかをつけていたりして、 いわゆる、満喫、してしまった。 冷静に考えれば男二人では入らないメルヘンなレストランに入ったのも、 この時ばかりは気分が高揚していたため、自分を責められない。 座るとさすがに疲れが来た。 空腹も忘れるくらい遊んでいて、あっという間に食べ終え、しばし休憩を取る。 古泉はゆっくり食事を進めていて、まだ半分くらいだ。 食べるスピードが遅いのはいつものことなので、気にならない。 こいつが持ってきたデジカメを見てみると、 明らかにはしゃぎすぎな二人が写っていて、我ながら失笑である。 「後で見ると恥ずかしさで死にたくなる写真がたくさんあるな」 「あははっ、そんな。いい思い出ばかりです」 古泉が食べ終わる頃にはもう、花火の時間だ。 風はあまり強くない、きっと無事打ち上げられる。 それが終わったら、帰る時間だ。 振り返ってみればあっという間だったな。 気に入らない部分のほうが多いような気さえするこいつと、 こんなに長い時間二人きりでいて、楽しめるのは、この場所のお陰なのか? いや、 それだけじゃない、確かに、お前といるのが楽しかったんだ、 居心地もよくて、 どちらが指を差すわけでもないのに自然と同じ方向に歩いていた。 次に何に乗りたいとか、何が食べたいとか、 まるで一緒だったんだ。 「ごちそうさまでした」 やっと食べ終えたか。 さあ、それじゃ、行くか。 「はい」 道には溢れんばかりに観客がいて、一様に空を眺めている。 雲一つ、ない。 綺麗に見えそうだ。 「はぐれるなよ、古泉」 「はい。大丈夫です」 そう言うと俺の袖を遠慮がちに摘んできた。 そりゃ女子限定だぞと言いかけて、 古泉がいつもの笑顔をすっかり忘れて頬を染めてるものだから、 言葉を飲み込んでしまったじゃないか。 なんだ、そりゃ。 「あ」 また、声がかぶった。 花火が打ちあがる。 綺麗、だ。 非日常的な空間だからとか花火が綺麗だからとかそれだけじゃなくて、 そんな理由だけじゃないんだが、 かと言ってほかにどんな理由があったかと聞かれればうまく答えられないから、 雰囲気に飲まれたことにしてしまってもいいだろうか? 「・・・・・・」 つい、袖を掴んでいた手をとって、繋いでしまった。 人混みに紛れているから見えないだろう、 知っているのは俺と、お前だけだ。 遠慮がちに繋ぎ返してくる手は俺より少しだけ冷たくて、細い。 背の割に小さい手は、簡単に俺の手の中に捉えることができた。 短い花火の時間が終わって、どこからともなく拍手が起きたときに、 手を離して一応、拍手をしておいた。 「じゃ、帰るか」 「はい」 駅まで向かう間、手を、どうしたらいいのか分からなくなって、 花火を見る前はどうしていたのか思い出せない。 ポケットに入れていたんだっけ、それとも? なんだかやけに手持ち無沙汰で、 何度か古泉の手を握りそうになっては首を振った。 おかしいだろ、さすがに、それは。 俺たちは、ただの・・・ ただの、なんだ? 谷口や国木田と、こんな風に二人で出かけようと思ったか? 家族よりハルヒよりこいつを選んだのは、 いろんな理由があった。いろんな言い訳をしてきた、自分に。 俺が古泉を選んだのは、 俺が・・・ 帰りの電車は花火の時よりも混んでいて、 今度は明確な意志で手を掴んだ。 あまりにも混んでいて何も話せないから、 だから、ただ掴んでいただけの手をほどいて指を絡める。 古泉の親指が手のひらをなぞるようにしてきて、 とてつもなくドキドキした。 都会の人間は、俺達のことなんて気にしないだろう、 勝手にそう決め付けて、繋いだまま早足で新幹線に乗りこんだ。 隣に座ってからも、手は離さない。 「今日は、とても、楽しかったです」 「そうだな」 「また、どこか、行けると・・・嬉しいです」 「そう、だな」 また肩に頭を乗せてみると、古泉まで、俺の頭に重ねるように乗せてきた。 なんだ、なんなんだ、これは。 顔、近い、けど、 別に、悪くない。 手も、離したくない。 あ、俺、古泉が、好きなのか。
また趣味丸出しのSSを・・・と呆れられそうです。
もっと詳細に書きたかったんですが色々危ないよねw