大学を卒業した俺は、10人に聞いたら5人は知っているような中流企業に就職した。
初任給が一定以上の会社ばかりを受けたため、
最初は惨敗続きで、通知メールを見ては落ち込み、何度も古泉に励まされた。


「僕も働きますから、あなたのしたい仕事をしてください」


マリアかナイチンゲールかと思うほどの優しい笑顔でいつも古泉はそう言ったが、
俺だってプライドがある。一家の主として、生活費くらいは俺が稼ぎたい。
遊びに行ったりとかそんなのを考えると古泉にもバイトくらいは頼まなきゃいけない、けどな。




めげずに数打っていたときについに内定通知が来て、
俺たちはお隣さんに苦情をもらうまでハイテンションで喜びを分かち合った。


次の日、大学の後にバイトを終えて帰ってきた俺を、
古泉はフルコースかと見紛う大量の夕飯と豪華なケーキを作って最高の笑顔で迎えてくれて、
俺はたまらずそれらより先に古泉をいただいてしまった。






そんなわけで毎日規則正しい生活を送り、
20名ほどの同期とそれなりに仲良くやり、
上司にはたまに叱られたまに誉められるような、
SOS団よりは平和極まりない毎日を過ごしている。






アイビリーブ





同期飲みの日に偶然にも同じビルの居酒屋に鶴屋さんが来ていて、
「キョンくん、スーツじゃないかっ!あはは、着られてるねぇっ!」
開口一番にそう言われたせいで会社でもそのあだ名が定着することが決定した。
恐らくは誰も本名を覚えていないだろう、
うっかりすると俺すら忘れそうだ。



「キョンは今付き合ってる人とか、いるの?」

目立たないように隅っこで飲んでいた俺にキラーパスを放ってきたのは
ハルヒをやや崩したような感じの女子であり、
同期の中心的存在であるため、俺は全員の視線を集めることに成功した。



「いるだろ、だってこいつ、毎日弁当持ってきてるんだぜ」
谷口を知的にしたタイプの男が続く。
入社当時、毎日昼飯を誘いに来ていたが、
弁当を持ってきている俺は毎日断った。
谷口(ではないが)、余計なことを言うんじゃない。



「えーっ、じゃあもしかして一緒に住んでるの?」
「じゃなきゃ毎日弁当は無理だよな」
「うそー、どんな子なの?」



どこまで話すべきか。
当たり障りのないことだけ、言っておくか。



「高一からなんてすごい、長いねー」
「弁当旨そうだもんな、料理が上手ってのはポイント高いぞ」
「俺の彼女なんか料理全然ダメでさ〜」
「ね、見た目は?かわいいの?誰似?」




俺も少し酔っていたし、
所謂普通の飲み会的空気に呑まれていたわけで。


「誰似とかはないが、世界一かわいいのは確かだ」



言ってしまったせいで、
それからは写真見せろコール連発だった。
携帯の中には古泉の写真が満載だが、
ひいき目に見ても男にしか見えない。
終電まで携帯は死守し、その日はなんとか、難を逃れた。






ハルヒ(ではないが、名前を失念した)とは帰る方向が同じで、
電車の乗り換えで並木道を歩いて帰ると、




「彼女いたんだね。別れるつもりはないの?」


なぜか腕を回してきて、ぴたりと体をくっつけて言ってきた。
ああ、本物なら絶対にしない行動だ。



「ない」
「えーっ。だけどそろそろマンネリとか感じるでしょ」



古泉とは長い付き合いで、もう7年を越えた。
結婚生活も4年目で、相変わらずあまり広くもない賃貸マンションに二人で住んでいる。
よくハルヒ達が遊びに来るし、
古泉はどこから仕入れたのかよく新しいボードゲームを出してきたり、
手品なんかを見せてきたりして、退屈を感じたことはないな。



見慣れたはずなのにいまだに、
古泉のかわいさには感嘆するし、
抱き締めたくなる衝動も減っていない。
いやはや、我ながら選ぶべくして選んだ相手とでもいうのかね。




「ないな、それも」
「カッコつけなくてもいいよ、たまには他の女の子と遊びたくなるでしょ?」
「ならん」
「そんなこと言わないでさ、今度遊ばない?あたし、キョンの声好きなんだ」





ハルヒ、すまん。
こいつをお前に似てると考えてしまった俺を許せ。
ちっとも似てなかった。





腕を引きはがして、


「俺、そうゆうの興味ないから」


颯爽と早足で地下鉄への階段を降りた。







「おかえりなさい」
どんなに帰りが遅くても古泉は俺を待っている。


「ただいま。すまんな、遅くなった」
「いえ。楽しく飲めました?顔、ちょっと赤いですね。酔ってます?」
「わりと飲まされた。まあ、平気だ」



鞄と上着を持って古泉が先にリビングへ行く。

やっぱり古泉がいい。誰よりこいつがいい。
女子の柔らかい体に憧れた時期もあった、
けど、古泉の笑顔を見ると一瞬にして忘れる。
古泉を抱くと世界に二人きりになってもいいとすら思える。
生産性がない?結構、結構。
こいつと二人で世界を終えられるなら本望だ。





「好きだー、古泉」
「どうしたんですか、突然」



上着をハンガーに掛け終えた古泉の腰に腕を回した。



「やっぱりお前が一番いい」
「なんですか、それは。二番がいるみたいな言い方ですね」


古泉は笑って俺の頭を撫でている。
そんなことがないと分かっていながら言うんだ。



「まさか」
「ふふっ。ですよね」



そのままの状態でいると、上着に入れていた携帯が震えた。



「電話ですよ」
「めんどくさい」
「登録されていない番号からです」
「出てくれ」
「はい」



俺は古泉を抱き締めるので忙しいんだ。


「はい、もしもし」



俺の声が好き、か。
こいつは高一の時から言ってたぜ。
こんなのどこがいいのか分からないけどな。



「はい?え、ええと・・・、その・・・はぁ・・・」



肩を叩かれる。
顔を上げると古泉が眉を下げて困っている旨を伝えてきた。
誰だ、相手。




「すみません、僕、電話の持ち主ではないんです。
 今変わりますから、少々お待ちを」


携帯をテーブルに置いて、古泉が耳打ちをしてきた。



「知らない女性からです、要約するとどうして先に帰ってしまったのか、
 あなたのことが好きなのにと」



あー・・・
あいつか。
谷口にでも番号を聞いたのか?しくじった。



「二番、ですか?」



古泉は・・・大丈夫、笑っている。
俺とこいつの信頼関係を侮ってもらっては困るね。



「はいはいー」


あえて適当なノリで変わってやった。



「今の誰?なんで別の人が出るの?」


まず名を名乗れ、お前の名前を忘れたんだ。 


「こんな時間に電話してこないでくれ」
「だって話の途中で帰るんだもん」
「俺としては終わったつもりだったぞ」
「ズレてるよ、それ。ねえ、彼女近くにいるの?」



それ狙いでかけてきたくせにな。
そしてお前が彼女と思ってる奴は、さっき話した奴だよ。


「いるぜ」
「怒ってる?」
「いや、笑ってる」
「何、それ」


「敵じゃないんだよ、他の誰も」





電話口で、言葉に詰まっている。


新しい環境ってのは面倒だな。
古泉のことをはっきり伝えられればいいけど、
簡単にそれができるご時世でもないからな。




「そう、なんだ。わかった。ごめんね、夜中に」
「おう」
「反省してる、許してくれる?」
「ああ」
「ありがと。じゃあ彼女さんにも謝っておいてね。また会社で」





会話終了。



「悪いな、変な電話に出させて」
「いえいえ。貴重な経験です」
「まあなんだ、分かっていると思うが、心配する必要はない」
「はい」





大学時代も俺たちの間には色々あった。
というより主に古泉に色々あった。
俺よりはだいぶ頭のいいこいつは、
大学を同じレベルに合わせようとしてきたが必死に説得して、
本当に古泉が行きたい大学へ進学させた。

路線は同じだったが毎日同じ高校に通っていたのが全く違うキャンパスに通うようになり、
あまりにつまらなくて俺はあまり大学生活を楽しめなかった。
逆に環境に順応するのが得意な古泉はあっという間に友人を作り、
それこそ数え切れない女子に告白をされたのは言うまでもない。
俺自身は数えるほどだというのも言うまでもないだろう。




いちいち嫉妬をするのも途中で疲れて、
モテる嫁がいるのはいいことだと思うようにした。



女子にキャーキャー言われてファンクラブまで出来るような奴を、
俺は嫁に迎えたわけだ。
女子の前ではアイドル顔負けのスマイルを見せるくせに、
俺が舌を這わすと目を潤ませて頬を染めて快楽で震えるんだぜ。
なんという優越感だろう。


お前も同じようなものを感じてくれていれば嬉しい。
とっくに知っているだろうが、俺は心底お前に惚れてるんだ。





「あなたは高校時代から、女性には人気がありましたけど、会社でも健在のようですね」


ベッドで横になったとき、古泉はいつものように俺の髪に顔をうずめて呟いた。
女性に人気?高校時代から?待て待て、誰の話だ。
俺はラブレターの1枚すらもらったことがないぞ。
もらったと思って放課後、浮かれながら教室に行ったら殺されそうになった経験ならあるが。


「あなたに自覚症状がなかっただけです。そういったことには鈍感でしたから・・」
「バカ、お前が俺を好きなのはすぐに分かったぞ」
「今思うと奇跡でしたね」


なんでもいい、昔のことなんて今言っても、な。
お前のことだけでいいじゃないか。
お前は分かりやすすぎだったぞ、
気付けば俺を見つめていたし話すときは顔が近すぎだし、
やたらとくっついてくるし。
鈍感らしい俺だってさすがにあれは分かる。


「これからは弁当の中にハートマークでも入れておけよ」
「あははっ。相当恥ずかしいですよ、それは」
「誰も寄り付かなくなるだろ」
「人気があるのはいいことです。取られる気はないですけど」
「言ってくれるな」
「はい」



あの頃はハルヒやら長門やら朝比奈さんとのことで、
不安になっては陰で泣いてたお前が、なあ。



「寝るか、そろそろ」
「明日もお仕事ですからね。おやすみなさい」
「おやすみ」


額と唇に軽く口付けてから目を閉じる。
7年前から寝る前はいつもこうしている。
そう、いつの間にか古泉以外とこうするなんて、
思いもしないようになったんだ。



もう少し広い家に住んで、
記念日には豪華なホテルにでも泊まれるように、
頑張って稼がないとな。
そのために毎日俺を支えてくれ、
一樹。






thank you !

エロがないのに甘くて甘くて。。。(´∀`)
古泉が一番愛されてるのはこの結婚シリーズですね。愛されてる自信満々w

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