晴れた日に公園で、僕達は運動会をしました。
涼宮さんは大喜びだったのですが、
途中行われた競技であろうことか、彼は僕に、
「好きだ」と、言ってしまったのです。
彼女の、目の前で。はっきりと。



想像を超えた閉鎖空間が現れて、
体操着姿のまま向かった僕は、
先ほどの彼の言葉が頭をぐるぐると回っていて、
気付いたら神人の攻撃を全身で受けていて、
体もぐるぐると回って、
灰色の空が移るガラス張りのビルに、叩きつけられて。



仲間の声が遠くで聞こえているけど、
抱きかかえられてるようなので、近くにいるはずです。
なのに声がうまく聞こえなくて、体も全身、
痛いはずなのになんだかよくわからなくて。




どうやら僕、死んでしまったみたいです。









仕方ないですね






1日だけ、猶予があるそうです。

僕が完全に消えるまで、誰にも見えないけど、
閉鎖空間のように日常空間を浮かんで、
好きなところに飛んでいけるようです。




他に行きたいところなんてどこにもなくて、
すぐに彼の家に向かって、
だけど扉をすり抜けたりはできないみたいで、
僕は彼が家から出てくるのを、待ちました。




今日もいい天気ですね、
昨日の運動会は結局どちらのチームが勝ったんだろう。
涼宮さんが勝っていればいいな。
彼女にはいつもとびきりの笑顔でいてほしい、
それが一番似合っているから。






「あ、」


家の玄関から彼が飛び出してきた。
まさに、文字通り。
すごい勢いでドアを開けて、走って自転車に乗って、
一度激しく横転して、それでも素早く乗り直して走っていきます。
そんなに焦っていたら、また転んでしまいますよ。
僕も、急いで追いかけないと。


寝癖が直っていなくて、洋服もその辺にあったものを
着てきただけのような様子です。
途中、朝比奈さんと合流しました。
朝比奈さんも似たような状態で、涙で顔が濡れています。
ああ、ちゃんと拭かないと、後で大変です。
自転車の後ろに乗せて、
二人乗りなのにあんなにスピードが出るものなんだなあと
感心してしまう勢いで、走っていきました。



向かった先は、病院?

あれは、僕が運ばれた、病院ですね。
そうか、二人とも、僕の連絡を受けたんだ。
誰が教えてくれたんだろう、
圭一さんかな、裕さんかな、森さんかもしれない。








僕の体は、あまり見ないで欲しいです。
僕は見たくないから、病室の扉は少し開いているけど、
入りません。
だって想像以上に痛々しいから。
朝比奈さんは、見ないほうがいいだろうということで、
廊下でずっと待たされていて、隣にはいつの間にか来ていた、
長門さんの姿がありました。
泣きっぱなしの朝比奈さんの手を、握っています。
二人とも、悲しんでくれているんでしょうか?
完全な味方、というわけでもなかったのに、
良くしていただいて、嬉しかったです。



バタバタと静かな病院に足音が響いてきて、
病院の方の「走らないでください!」という悲鳴に近い忠告も
完全無視で、涼宮さんが、鶴屋さんと一緒に、やってきました。
朝比奈さんは二人に駆け寄り、更に大声で泣き出し、
それを見た鶴屋さんまでいつもの笑顔はすっかり消えて、泣いています。

一度に女性を泣かすような生き方はしてこなかったんですが、
こんなことになろうとは、人生、分からないものですね。






朝比奈さんの手を離した長門さんは、病室の扉を閉めて、
入ろうとした涼宮さんを遮っています。



「何してるの、有希」
「入らないほうがいい」
「そんなわけには、いかないわ。あたしだって、ちゃんと
 お別れを言いたいの。どんな姿でもね」



彼女はいつだって、気丈です。
青ざめた顔、震える唇、だけどしっかり、
長門さんをまっすぐな目で見ている。




「今は、入らないほうがいい」
「今、って?」
「彼がいる」
「彼って・・・キョンのこと?」
「そう」
「キョンの後にしろって意味ね」
「そう」



お気遣い、ありがとうございます、長門さん。







あなたは、きっと、相当な後悔をしているんでしょうが、
あなたのせいじゃないんです。
僕の、全ては僕のせいなんです。
あなたは何も、悪くない。
だからどうか、自分を責めたりしないで欲しい。




いたたまれなくなって、
外に飛び出すと、穏やかな秋の風が髪を揺らして、
この体でも風を感じることはできるんだと、
少し感動しました。
人が作ったもの以外なら、触れられるのかな。





あなたと過ごしたこの街、
引っ越してきた当初はあまり好きじゃなかった。
新しい街は慣れるのに時間がかかるし、
それにくわえて涼宮ハルヒの観察という重大な任務まで、
与えられていたから。



それでも僕が楽しいと思えるようになったのは、
楽しんでもいいかなと思えるようになったのは、
全部、
あなたのおかげだった。



あなたがいてくれたから楽しかった、
あなたの隣にいつもいたいと思った、
そう、
あなたが好きだった。
とてもとても、大好きだった。





だけどやっぱり、涼宮さんを差し置いて、
僕が気持ちを伝えることなんて出来なくて、
とっくに彼にも機関にすらも気付かれていたけど、
彼からは「言えよ」機関からは「絶対に言うな」、
大好きなのは彼ですが、
命令を聞かなければならないのは機関、なんです。
それに僕は、涼宮さんのことが、嫌いではなかったから。




そんな僕に彼は自分から好きだと言ってくれた。
それはもちろん、
それこそ空を飛びたいくらいに嬉しい出来事だったんですが、
だって僕は、彼もそう思ってくれてるとは知らなかったから、
でも、許されない、ことだった。
神人が僕を狙ってきたのは納得のいく話です。



後悔なんてしていません。
僕はいずれこうなると思っていた。
いつかは僕が我慢できなくなって、
あなたに気持ちを伝えることになるだろうと。
それが違う形で、早まっただけ。
好きだと聞けただけでも、すごく嬉しい。
あなたに会えたことも、
あなたに恋したことも、
全部全部後悔なんてしないから、
あなたも後悔しないで。










一人病院の入り口から、彼が出てきた。
目を真っ赤にして。
彼の泣くところなんて、見たことがない。
胸の奥が、痛んだ。


ふわふわと飛んでそばにいっても、勿論触れられない。
呼びかけても、声は届かない。




どこへ行くんだろう、
自転車に乗って、
ふらふらと。
転びそうで、ハラハラする。
ここから見えるのは・・・



坂道の上の、高校。
北高、
僕達が出会った場所。


今日は日曜日だから、学校は、休みです、よ。



鍵もかけずに自転車を乗り捨てて、
グラウンドからは運動部の声が聞こえる校内を進んで、
中庭のテーブルを見やってから、旧棟へ歩いていく。
この中庭、
僕があなたに超能力者だと告白した場所ですね。





足が止まったのは、部室の前。
金曜に返すのを忘れていて、鍵はあなたが持っていた。
何度かノックをして、鍵を開ける。
閉まっているんだから、
中には、誰もいないのに。


ドアを開けた彼と一緒に部室に入って、
僕は最期にこの場所を見る。
5人で毎日過ごした部室。
楽しいことがたくさん生まれた場所。
あなたと出会って、あなたをどんどん好きになった場所。



お世話に、なりました。







「古泉」



呼ばれたのかと思って驚いて振り向くと、
彼は扉を後ろ手に閉めたまま、
その場に俯いて立っていました。
僕に気付いてくれたわけでは、ないです、ね。




彼の足元の床に、水滴が落ちて色が変わる。



「泣かないで、ください」



いつか来る、日だったんです。



「こい、ずみっ」





あれには、触れられる?



落ちてくる雫に、手を伸ばすと、
手のひらに暖かくなじんだ。
人が作ったものでも、これなら、触れられる。




頬に触れて、その涙を拭った。
彼の肌が震える。
僕を見た。
見えていなくても、見た。




「古泉?」
「はい」
「・・・お前、どこにいるんだよ。何やってんだ」
「すみません、僕、死んでしまったみたいです」
「・・・早く戻ってこいよ」



彼の腕は宙を舞う、
僕の体を通過して。



いけない、
このままでは、未練が残ってしまいます。
彼の腕に抱き締められたかったとか、
僕もこの腕を、回したかったとか。
そんなことを考えては、いけないんです。



僕があなたに伝えたいことは、
ただ一つ。
最期にそれだけ言って、僕は消えようと思います。
この場所を、最期の場所にして。










「キョン。やっぱり、ここにいた」



扉が開いて、涼宮さんが、来た。



「ハルヒ、今、古泉が、ここに」
「古泉くん?・・・また笑って、来てくれそうな気がするわね」



つかつかと部室の中を歩いて、涼宮さんは窓を全開にする。
秋の風が入ってきて、長門さんの読みかけの本のページが、
ぱたぱたとめくれていく。
黒くて綺麗な髪を風で揺らせて、彼女は言った。



「古泉くんの、ばかっ!!勝手にいなくなるなんて、
 絶対許さないわよっ!!!」





涼宮さん、せっかく副団長の地位までいただいたのに、
本当に、ごめんなさい。
あなたと同じ人を好きになってしまって、ごめんなさい。




「だけどっ・・・ここにいるなら、何か言って。
 あたしが出来ることなら、何だってするわ。
 生き返りたいなら黒魔術だって習うつもりよ。
 お世話になったって、思ってるんだから」

「ハルヒ・・・」





そうですね。
彼ではなく、彼女に伝える方が、
もしかすると確実かもしれない。






では。








「皆さん、どうか、僕のことは忘れて、お幸せになってください」






僕の願いはただそれだけ。
あなたの心に傷を負わせるようなことは、したくない。





大好きでした。









「ん?なんで俺、こんな格好で学校にいるんだ?」
「キョン、あんたそれパジャマじゃないの」
「お前こそ、すげー格好だぞ」
「え?なに、これ。しかも今日、日曜よね。召集・・・
 あたしがしたんだっけ」
「いや、よく覚えとらん」
「しかもあんた、なんで泣いてるの?」
「は!?な、なんだこれは!!」
「怖い夢でも見たのかしら」
「う、うるさいっ!!何かの間違いだっ!!」





焦って涙を拭う彼の唇に、
触れることのないキスをして、
僕は声にならない声で、唇だけ動かした。


さようなら。











「意味、わかんねえ・・・」




俺、なんで泣いてるんだ?
なんで、私服で、休日に学校に来てるんだ?

この、悲しいような、
なのに、幸せなような、
よくわかんねえぐちゃぐちゃな感情はなんだ?





ハルヒ、
また、お前の仕業か。










thank you !

分かる人には分かる初音ミクの「仕方ないよね」を超インスパイア!
内容がベタベタですみません。消失ネタはあんまりやりたくなかったんだけど、
うっかり手を出してしまいました・・あまり湿っぽくしなかったつもり・・・

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