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「男の人も子どもが産めればいいのにねっ」 我が家に来て古泉の手料理を何の遠慮もせずに食べ尽くした後、 何の前触れもなくハルヒは笑顔で俺たちを交互に見つめながら言った。 同じく遊びに来ていた朝比奈さんの穏やかな笑顔が一瞬で凍るのが見て取れる。 いつか言うんじゃないかと思っていた。 確信に近いものすらあった。 今まで言わなかったことが、おかしかったんだ。
「いっ・・・いや、それは、無理だろうな」 「何よ、キョン。子ども欲しくないの?」 「そりゃ、なんだ、しかし、無理が」 「はっきりしなさいよっ!欲しくないわけはないでしょ、 あんた子ども好きだもんね」 「す・・・好きだが・・・」 「古泉くんがもし産んだらノーベル賞どころじゃないわっ! あたしが盛大にお祝いしてあげる」 満面の笑顔を向けられて、古泉もにっこりと微笑んだ。 「そうですね、難しいかと思いますが、産めたら良いですねえ」 「こっ・・・古泉!!」 バカ、同意してどうする! ハルヒが本気でそれを願ったら、 マジでそんなことが起こってしまう世の中だと、 知らないわけがないだろ、お前が。 子どもを産むってのはだな、10月10日も大変な思いをして、 さらには出産そのものだってものすごく大変なんだぞ。 俺は安産だったらしいがそれでも大変だったと何度オフクロに言われたことか。 大体、古泉のどこから赤ん坊が出てくるんだ。 考えただけで寒気がする。 帝王切開か?腹を切るなんて昔の武士じゃあるまいし、 下手したら古泉が、し・・・、 ああ、無理だ無理無理、そんなのは絶対にダメだ。 古泉がいなくなったりしたら俺は生きていけない。 子どもは好きだし、 電車に乗って夫婦が赤ん坊を抱えている微笑ましい様子を見て、 うらやましいなんて感情がなかったといえば嘘になる。 それでも、 古泉の体に多大な負担をかけるならいらない。 意味がない、そんなのは。 「すっ、涼宮さんっ、男の人だと産めないしっ、お腹が大きくなったりしたら、 周りの人におかしいって思われて、かわいそうかなあって、思いますぅっ」 俺が悶々と考えているうちに、 朝比奈さんが泣きそうになりながら早口でまくし立てた。 あ、朝比奈さん。それです、俺の言いたいことは。 涙ならお拭きしますから、ばんばん言ってやってください。 「それはそうだけど。そう!コウノトリが運んでくればいいのよ!」 俺と朝比奈さんは口が開いたまま言葉を繋げずに、 古泉だけが、ぽんと手を叩いてなるほど、 と呟いた。 何が、なるほどだ。 何ゆえ、雀すら来たことのない我が家のベランダに、 コウノトリが飛んで来なきゃならんのだ。 どこから来たんだー、お前。動物園か?わざわざすまんな。 って、 あのな・・・、 「赤ちゃん、生まれちゃいましたね」 いやいやいやいや。 それは本当に俺たちの子どもなのか。 可愛らしいカゴに入った猿みたいな赤ん坊が。 「涼宮さんが望まれたのですから、確かですよ」 適応能力ならば俺の遥か上をいくこいつは、 そう言うとカゴから早速赤ん坊を抱えあげてあやし始めた。 古泉は半年以上も母親教室に参加していたため抱き方も板についており、 泣いていた赤ん坊はすぐに泣き止み、古泉の顔をじっと見つめている。 「・・・そいつ、女?男?」 「うーん、この幼さだと分かりません。おしめでも替えてみましょう」 変な緊張感の中、秘密のベールをはずしたところ、 俺の願い通り、女の子、だった。 「寝顔は格別にかわいらしいですね」 ミルクを飲ませてすぐに寝付いた赤ん坊を、 古泉は飽きずにそばで見守り続けながら微笑む。 やはり俺と古泉だと少し感覚が違うらしい、 まだどこにも俺たちに似た部分を感じさせないこの赤ん坊を、 俺はまだ受け入れかねている。 得体がしれない何かにしか思えない、という感覚を、 言ったら怒るだろうな。 古泉は昨夜いつものように隣で寝ていたのだが、 突如飛び起きて腹を抱えて苦しみだした。 涙と汗を浮かべて小一時間はそうしていたと思う。 俺はそんな古泉の背中を撫で続けることしか出来なかった。 男が陣痛を経験したら耐えられずに死ぬなどとはよく聞いていたが、 実際はそんなこともない、らしい。 経験した奴なんて今まで一人もいなかったんだから、 根拠のない話だとは分かっていたが不安だった。 やっと古泉が笑顔を見せられるようになったときには泣きかけたぜ。 そして今朝、やってきた。我が家に、こいつが。 だから古泉としては自分の子どもだという自覚があるんだろう。 すっかり母親らしい表情になっている。 もちろん悪くはない、とてつもなくかわいい、 古泉が幸せなら、俺だってそうだ。 いずれ自覚するだろ、 成長すりゃ古泉に似た部分が一カ所くらいは見つかるさ、きっと。 似すぎだ。 古泉の昔の写真は見たことがないが、全く同じ顔をしているのではなかろうか。 古泉よりは女っ気が強いものの、 生まれつき柔らかい栗色の髪や長いまつげに大きな瞳、 笑ったときの愛らしさなどは古泉そのものだ。 逆に俺の血を継いでいそうな部分はどこにも見当たらない。 嬉しいやら、悲しいやら。 「たかいたかーい」 ミニ古泉は古泉にかなり懐いていて、 どんなに機嫌が悪いときも腕に抱かれれば泣き止む。 俺だとまあ、勝率は5割くらいだな。これでもがんばっていると思うぜ。 ハルヒなんかは無理やり笑わせようとくすぐるもんだから、 すっかり怯えちまって、遊びに来る度に泣かれてるからな。 ああ、ちなみにハルヒには養子を貰ったことにしている。 「こんなに似てる赤ちゃんなら本当の子どもでもおかしくないわ」 大満足、といった表情で頷くハルヒに俺たちはホッとしたものだ。 「ぱぱ」 「おう、どうした」 古泉が夕飯の片付けをし始めると、本を持ってやってくる。 俺と話すのが気恥ずかしいのか、 いつももじもじとしながら本を差し出してきて、 やや上目遣いで読んで、と言ってくるわけだが、 一歳半にしてこの驚異的な可愛さはどうしたものか。 これがどんどん成長していけば俺は外に出すのも心配になりそうだ。 彼氏が出来ましたなんて言われた日には軟禁するかもしれない。 いやいや、親としてそれはやりすぎだ。 「こわい魔女が鏡に向かって言いました、」 「かがみよかがみ・・・」 「覚えたのか、えらいな」 くしゃくしゃと髪を撫でれば照れたように笑うのも同じだ。 何かなこの沸き上がってくるやたらと幸せなものは。 今ではこいつが俺の娘だと信じて疑わない。 父親になるってのはこんなに幸せなことだったのか。 本を読み進めていればいつの間にかひざの上で眠りだす。 俺の声は子守唄代わりか。 古泉もたまにこうして寝ることがある。 やっぱり軽いな、子どもは。 寝顔は・・・そりゃまあ、かわいいが、古泉も負けちゃいない。 こっちはずっと眺めててもいいな、というかわいさだ。 古泉の場合は、眺めてるうちに睡眠を邪魔したくなる、 寝顔に欲情して襲って何度怒られたことか。 数え切れないほどさ。 確か昨日もそんなことがあったような気もしないでもないし。 「寝ちゃいました?」 「・・・ん?お、おう」 思い出してムラムラとくるところだったぜ。危ない危ない。 起こさないようにそっと抱き上げて寝室に連れて行き、 布団をかけて頭を優しく撫でる。 ミニ古泉が来たときから眠ったときはいつもそうする、 そのときの顔がとにかく幸せそうだから、 俺は古泉の頭を撫でて口付ける。 「次は弟でもいいな」 「・・・・・・はい」 寝室にはあいつが寝てるから、 古泉とキスをするのもそれ以上も、居間だ。 「次は、あなたに似るといいなあと思います」 「俺はそうは思ってないけどな・・・」 「ふふっ・・・」 何が起きてもどんなときにも、 俺は古泉だけを守ると決めていたけど、 二人に増えて、 三人に増えたってそれ以上になったって、 俺は守り続けるからな。
やっちまいましたー!男同士で子どもって・・・って思ってたはずが・・・
やっぱりハルヒの設定は偉大だと思います。
これはもう続かないwww