彼は僕を嫌いではないとしても、
好きだなんてことは絶対にないと思っていた。
彼の取る態度はいつも冷たかったし、
彼は涼宮ハルヒ、に選ばれた人だし。



それでも近くにいたくて、
声を聞きたくて、
同じ空気が欲しくて、
僕はいつでも彼のことばかりを見ていたら、


手を、掴まれた。



「そんなに俺のことが好きなら、付き合ってやろうか?」



突然。



色んな疑問とか、驚きが頭の中をぐるぐると回って、
何を言ったらいいのか分からなくてとりあえず頭を下げて、


「お、お願いします・・・」



顔を上げられないまま、そう、伝えた。




Give me





彼は僕がしてほしいことをいつもしてくれる。
どうして分かるんだろう、
彼は普通の人間のはずなのに、
僕は調べに調べて彼のことなら何だって知ってるはずなのに、
いざ彼と二人きりになるとどうしていいか分からない。
そんなことは書類には書いていなかったし。
彼は何も言わなくても、
僕の鼓動が早くなるときに僕の手に触れて、引く。


「キスしたいんだろ」


部室で二人きりになって、
僕は意識してしまって目も合わせられないのに、
それでも考えてることは言い当てられる。
そんなに分かりやすいんでしょうか、僕。




「は・・・はい」
「じゃあ顔上げろよ、そのままじゃできないぞ」



ぎゅ、と制服の裾を握って一呼吸おいて、やっと顔を上げると、
すぐに両手が頬にあてられてそのまま唇を舐められた。
力が入って硬く閉じたままの唇を、
彼はいつも溶かすように舐めてくる。
舌も吐息も熱くて、だから僕はどんどんドキドキしてしまって、
余計体に変に力がかかって、唇を離す頃にはすごく、疲れていたりする。



「口、開けられるか?」



はい、とでも言おうとすればその瞬間に、入ってくる。
僕はふるふると首を振って出来ない意思を示した。
触れるだけで舐められるだけで立っていられないくらいドキドキするのに、
これ以上のキスなんてできない、できない。
一度だけ促されるままにしてしまったけど、
膝の力が抜けてその場にへたり込んでしまって、失笑された。
恥ずかしくて、たまらなかった。


だからできない、
しなきゃいけないのに、
呆れられたり幻滅されたらどうしようと思うと、怖くて、
口を開けられない。



「お前さ、ビビりすぎ」



至近距離から顔が離れると、やっと呼吸が出来るようになる。
胸に手をあてて何度も大きく息を吸って、
落ち着いてから、謝った。



「すみませ、ん・・・」
「いいけどな」



俯いたままの僕の頭に手のひらが触れる。
雑に、だけど優しく撫でられて、また鼓動が早くなる。
嬉しい、けど、やめてほしい、
ドキドキしすぎて、おかしくなってしまう。



「す、すっ、好き、ですっ・・・」
「知ってるって」



僕じゃ、彼をこんな風には出来ない。
ずっと知ってたのに。
僕のほうがたくさん知ってるのに。
だけど本当は何も知らない。
彼がどうして僕にこんな風に優しくしてくれるかとか、
分からない。
他の人がいるときは、冷たいくらいなのに。
でもそれは寂しくない、この時間が待っているから。
態度とかかけてくれる言葉のトーンの違いが一層、
彼への気持ちを大きくする。


傍にいたいけどいたくない、
話をしたいけど何も喋れない、
せっかく気持ちを受け止めてもらったのに、
こんなことじゃ駄目だ。
僕は自分がこんなに弱いなんて、今まで思いもしなかった。
神人相手なら堂々とした態度でいられるのに・・・



はあ。
溜息が止まりません。




「溜息をつくと幸せが逃げるらしいぞ」
「あなたが逃げなければ僕は幸せです」
「そうか、じゃあ大丈夫だ」





大丈夫、なんですか。
そんなこと、簡単に言わないでください。
情けない、泣きそうになってしまう。
好きで、好きで、
どうしたらいいか分からないです。




とりあえずまた震えだしそうな足が不安なので椅子に座り、
もう何敗したか分からないオセロに目を向けた。
彼も同じように僕の向かいに座ってきて、駒を渡してくる。



「もう1回やるか?お前今日1回も勝ってないし」
「・・・では、今度こそ勝ちます」
「やってもらおうじゃないか」




勝てる自信なんてないです、
あなたには何も勝てない。


開始数分でもう勝負が見えてきて、
僕の白い駒は置いても置いてもすぐにひっくり返される。
駒を置ける場所が少なくなって、追い詰められていく。



「弱い」
「はい・・・すみません」
「また別のゲーム持って来いよ」
「はい・・・用意します」
「俺が勝ったらキスん時口開けろよ」
「はい・・・えっ!?」
「決まりな。ほら、次お前の番」



そ、そんな。
無理です。
勝つのも、口、開ける、のもっ・・・!



ただでさえ負けるのに、
そんな精神攻撃を仕掛けられたら勝てるわけもなく、
オセロの盤上に白い駒は一つもなくなった。
惨敗、という言葉が、ぴったりです。




彼は手早くオセロを片付けて、また僕の傍にやってくる。
座っていれば、膝の力が抜けて倒れるなんてことはないから、
ここから動かなければいい。

でも、緊張する、
本当に、するんですか。




指が震えてきて、だんだん、その震えが体全体に伝わってくる。
怖いとか、嫌ということは全くなくて、寒くもないし、
ただただ緊張で、震える。




「面白いな、お前は・・・」
「!!」



椅子の後ろに立った彼が、そこから腕を回してきた。
抱き締められている、か、彼に。
背中に伝わる体温が、その触れ合う場所が、
暖かくて・・・熱くて、火が出て、ば、爆発しそうです。




「あああ、あの、あのあのっ」
「おいおい、何語だ」
「すっ・・・すす、すみませんっ・・・」
「いいから、ちょっと黙ってろ」




彼の唇が、髪や耳元や頬に触れる。
ぞくぞくと変な、今までに感じたことのないものがこみ上げてきて、
僕は思わず声を上げた。
それが変な声で、いつもよりも高くてすごく恥ずかしくて、
咄嗟に口を塞いだけれど遅かった。

もう帰りたい、
こんな声は聞かれたくなかった。
何も言わないで、
聞かなかったことに、してください。




「落ち込むなよ、変じゃないから」
「も、もう、いやです・・・」
「俺は好きだぜ、さっきの声」
「そんな、嘘、ばっかり、ひあっ・・・!」




耳たぶを噛んだ後に、その舌が中まで入ってきて、ぬるりと舐めてきた。
衝撃的なその出来事に、口を塞いでいたはずの手が外れて、
また声を上げてしまった。
抑えたいのに、
何度も何度も舐められて、力が入らない、手が動かせない。



「あ、あっ、や、やだっ、やめ、てっ・・・!」
「古泉・・・」



そんな距離で、そんなところで名前を、
あなたの声で呼ばれたら、



「んっ・・・!んう、ううううっ」



頭をおさえられて、振り向いたところにいる彼の唇が重なる。
開いたままだった口の中に、彼が入ってくる。
僕にはあまりに刺激が強すぎて、
全身の力が一気に抜けて椅子から落ちそうになったけど、
彼の腕が背中に回ってきて強くその腕の中に、
捕らえてくれた。




全部が飛んでしまう、
雷が落ちてきたみたいに頭の中が真っ白に光っている。
僕にはまだ早い、彼とこんなふうに触れ合うのは、早い。
好きで、好きで、憧れていて、うらやましかった、
そんな彼が僕を受け入れて、
僕とこうしてくれることを、
嬉しいけど幸せだけどまだ追いつけない。




僕の舌も、彼のも、
どっちがどっちなのかわからなくなるくらいとろとろになって、
心臓は動きが早すぎてそろそろ止まってしまうんじゃないかと
思ったときに、彼の手が、ブレザーの下に這ってきて、
それまで入らなかったはずの力で両手を伸ばした。
唇も、体も離れていく。
彼の温度が遠くなるのは何故だかすごく寂しかった。





「も、も、だめです・・・」
「みたいだな」
「ごめん、なさい」
「分かってるから謝るな」





どう思っているんだろう、
彼はきっとこの先もしたいに決まってる。
他の人と出来ないから、僕で試したいんだ、
なのに僕がこんなじゃ、彼の期待に応えられない。
好きだから、いいのに、何をされてもいいのに、
こんなスピードじゃ、構ってもらえなくなる。


頑張らないと、
頑張って、
もっと、
耐えられるようにならないと、




「震えてるぞ、体。また妙なこと考えてんだろ」
「あ、っ・・・」
「お前がやりたいときでいいから無理すんな」
「でも、僕、こんな、じゃ・・・」
「ゆっくりがいいんだろ?気長に待っててやるよ。ほら、帰ろうぜ」




背中をぽんぽんと優しく叩いて、僕と手を繋いだまま、部室を出る。


もう夕日も落ちかけていて、校内に他の生徒の姿はない。
だから、だと思う、こんな、ずっと手を繋いでくれるなんて。
だから、だと思うのに、
その手が暖かくて大きかったから、
歩く早さを、僕の気持ちに合わせてくれてるのが嬉しかったから、




「あの・・・僕のこと、好き、ですか」




鍵を返した後、職員室の前の廊下で。
口が、勝手に動いた。


逃げようと後ずさりした僕の手を握る力を、彼は強めた。




「ごっ・・・ごめ、んなさっ」
「好きだよ」
「え」
「好きじゃなきゃしないだろ、お前とするようなことは」
「・・・でも、僕、男ですし、」
「言われなくても知ってる。好きでもない男となんか付き合うかよ」



また、僕の体が引き寄せられて、
僕の好きなその声で、耳元で、




「ちゃんと好きだから心配すんな。分かったか」
「・・・・・・・は、は、はい」
「よし。じゃ、帰るぞ。腹減った」






・・・彼はやっぱり、僕の欲しいものをくれる。
どうして分かるんだろう。
僕が不安だったことも、
そう、言って欲しかったことも。



僕、進むの遅い、ですけど、
そんな僕でも、



「大事にするからな、古泉」







あ、また。
力が抜けて、立っていられない。




上履きを持ったままその場に膝から落ちて、
彼は肩をすくめてから走り寄ってくる。



「ほら、手」



僕、嬉しいです、幸せです、
僕、ずっとあなたの手を繋いでいられるように、がんばります。



あなたを好きになって、よかった、です。



thank you !

なんかところどころ今までのと似てるような(´Д`)乙女とかに・・
最近キョンの想いが強すぎた(w)ので純情古泉の話にしてみました。
まあこれも相当キョンは古泉大好きですけどね。。

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