目の前に広がる真っ白な海。
海が白いのはどういうことか。
天気が曇りだからだ。
空の色が白いと、海も白く見える。




特にこんな、冬の寒い日は。



「さすがに誰もいませんね」


冷たい風が吹きすさび、
日も傾きかけている時間に海辺を悠長に歩くのは俺たち二人くらいだ。




なぜこんな場所にいるかというと、
決して将来を悲観して海に飛び込もうとしているわけではなく、
新婚旅行に来たのである。
少し、遅くなったが。
大学に入って、アルバイトに励んで、
金を溜めてやっと来ることが出来た。
式を挙げて一年以内のため、新婚と言ってもいいだろう。



「寒くないか?」
「ええ、大丈夫です。あなたがくれたマフラーもありますし」


それでも生活を切り詰めてやっと貯めたくらいで、
新婚旅行にふさわしいハワイやサイパンなんて行けるわけもない。
それなりに近くて遠い、有数の温泉地?に来てみたわけだ。
海も近いし、食べ物もうまいと聞くし、
古泉と二人きりで旅行なんて実は初めてだから、


「悪い、こんなところしか連れていけなくて」
「そんな。あなたと一緒に行けるならどこでも嬉しいです」


と、俺も古泉もまんざらじゃなかった。
俺もお前と一緒だったら、どんなところでも楽しいよ。
ああでも、ずっとここにいたら風邪引くだろうから、
早めに切り上げて宿に行こう。




新婚旅行





薄紫のマフラーをなびかせて、
古泉は一人楽しそうに海辺を歩く。
昼過ぎにここに着いて、
ロープウェイに乗って山頂から景色を見て、
怪しげな秘宝館に古泉が入ろうとしているのを止めて、
出来立ての温泉まんじゅうをかじってみたり、
そうして宿にチェックインをしようと思ったら、
海のすぐ近くだったので先にこちらに寄ってみた。


古泉には海が似合う。
一年の時、夏に一緒に海に行った。
あの時浜辺で見た笑顔は今でも忘れられない。
一体どこから天使が降ってきたんだと。
ハルヒの朝比奈さんの長門の水着姿も、
お前の笑顔の前では全てが威力なしだったぜ。
健全な高校生活を送るはずだったのに、
いたってノーマルだったはずなのに、
お前にはすっかり、やられてしまった。
後悔なんかしてないし、
幸せだから問題はない。


冬の海も似合うな。
お前も、白いから。


楽しそうに軽やかに歩いているのに、どこか儚げだ。






白い空、
白い海、
白い砂、
白い、古泉。





「古泉!!!」
「・・・・・・え?」



全力で走って、その体を抱きしめた。
古泉は腕の中で目を丸くしている。
いきなりどうしたんですかと笑いながら腕を回してきて、
古泉が腕の中にいること、ちゃんと動いていることに、
なぜか安心する。当たり前、なのに。


「なんだか、その・・・お前が、消えそうに見えて」
「えええ? なんですか、それ?」


何か、と聞かれても明確な理由は出てこない。
俺の当たらない直感だ。



「念のため確認だが、・・・ずっと側にいるよな?」
「当たり前じゃ、ないですか」
「・・・ん」


頭に頬をこすりつけて、古泉の存在を肌で確かめる。
ずっと外にいたせいで、その体はずいぶんと冷えていた。



「・・・すっかり冷たくなっちまったな・・・」
「・・・大丈夫です、あなたがいるから」





腕の中でくるりを振り返って、唇を押し当ててくる。
赤く染まった頬でにこり、と笑って俺の頭を撫でて、
大丈夫。ともう一度、呟いた。
俺の体は一気に下から上まで、熱くなる。
高校3年間、いろんなことがあったから、
俺は些細なことで不安になっていた。
だんだん耐性がついていたのに、
また勝手に不安に駆られたらしい。
だけど、大丈夫そうだ。
古泉の笑顔を見ていたら、
不安が消えていって、暖かい気持ちに変わる。


誰もいないからもう一度だけキスをして、
手を繋いで宿まで歩いた。
チェックインして部屋まで通された後に、
ずっと手を繋いだままだったとようやく気付いて赤面して、
まあ今更だ、
俺たちはもう式まで挙げているんだから、
何も怖いことなんてない。


「わあ・・・!すごいですっ!」
「ちょっと、奮発してみた」



部屋に入って手を離した後に、
古泉は窓側まで走る。
そこには二人用の貸切温泉がついていて、
目の前には海が一面に広がる。
男同士なら普通に風呂に入れば一緒にいられるが、
さすがに抱きしめたりはできないだろうから。



来週からはバイトを多めに入れないとまずいけど、
お前の喜んだ顔を見られたからいい。
お前が喜ぶんだったら何でもしよう、
この気持ちはお前を好きになったときからずっと、変わっていない。




「ありがとうございます」



走って戻ってきて、思い切り抱きついてくる。
俺が何かしたときに昔はよく、謝ってきた。
こんなことをしていただいてすみません、
僕はそんな価値がある人間じゃないのに、なんて。
俺はそのたびに言ってやった。
そんなのは俺が決めることだ。
それに嬉しいなら謝るんじゃなくて礼を言えと。
そのほうがおれは何百倍も嬉しいんだぞ、と。
何度もしつこく言ってやった甲斐があった。
かわいい、な。



「夕飯が終わったら、一緒に入るか」
「はい、そうします」
「・・・夕飯まではあと少し、あるみたいでさ」
「はい」
「・・・してもいい?」
「はいっ」



眺めの良い窓を閉めて、
座布団に古泉の頭を乗せる。
夕飯より前に布団を敷くのも、あからさまだから。
畳が痛かったらごめんな、
後でちゃんと抱き上げてやる。
今は少しだけ、我慢してくれ。



唇、柔らかい。
ちゃんと抱きしめて体をあったかくしてやったから、
もう溶けそうなくらい柔らかい。
数え切れないほどしたキスが、
今でも気持ちよくてドキドキするのは相手が古泉だからだろう、
古泉もそう思っているに違いない。
そうじゃなきゃこんなに夢中にはならない。
抱きしめてくる腕に力がこもってきたりしない。



飽きることはなくて、
いつもどこまでキスをし続けようか迷う。
やめたくない、
でももっと先に進まないと、
だから大抵息が苦しくなったときとか、
風で窓が揺れた音とかを合図に中断して、
唇を耳や首筋へ移動させる。



「ん・・・」
「古泉、あんまり・・・声出すと、聞こえるかも」
「そう、ですね。我慢、します」
「悪い」



お前の声大好きだけど、
他のヤツには聞かれたくない。
敏感だから辛いかもしれない。
なるべく優しくするから、許してくれよ。







「ふっ・・・う、はっ・・・」


向き合って、抱き抱えた状態で、体を繋げる。
声が漏れそうになると唇を求めてきて、
俺はちゃんとそれに応えて舌を吸ってやる。
寒いところにいたのに二人とも、
ずいぶん息も体も熱くなっちまったな。
お互いの荒い呼吸と、
繋がった部分の音だけ、部屋に響く。
そして、外から波の音が。
ああ、これが新婚旅行か。
どちらかというと不倫で隠れて来てるみたいな、
変な雰囲気になってるような気がする、
でもいいんだ、
なんだっていい。


古泉の体も舌も息も気持ちがいいから、
なんだって構わない。




「こいずみっ・・・、いきそ」
「はあ、はあっ、ん、大丈夫、ですっ」
「悪い・・・っ」



再度畳に横たわらせて、両足を持ち上げて奥まで突き入れる。
服の袖を噛んで声を抑える古泉を見て、
早く終わらせようと強く出し入れしていると、
あっという間に血が集まっていく。




「ふああっ・・・!!!」




古泉が達したのと同時くらいに、
俺も引き抜いて腹の上にぼたり、と零した。
危ない、危ない。
中に出すところだった。
これから飯だと言うのに。
ギリギリセーフ、っと。



古泉の口から垂れた涎は舐めてから、
何度か軽く口付けて、
ティッシュで体を拭く。
二人分の精液にしてはずいぶん多いような、
いや気のせいだ。
気のせいに違いない。
場所が変わると興奮するだなんてことはないぞ、別に。



「起きれる?」
「大丈夫、です。もうすぐ、ご飯・・ですね」



体を起こして抱きついてきて、
胸に頭を預けて目を閉じる。
こうすると落ち着くらしい。
俺は少々どきどきする。
古泉が近いと、
至近距離にいると、
いまだにどきどきする。
心臓の音が聞こえてやいないかと、
心配するとなおさらどきどきする。



しかし平静を装って頭を撫でていると、
しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。
部屋での夕食は二人きりだから、いい。
他に気を使わなくていいし、
古泉がおいしそうに食べる笑顔を独り占めできる。


場所が国内なだけに部屋と夕食には気合を入れたんだ。
大きな金目鯛、そう、お前にも一人一匹さ。
食べきれるか?頑張れよ。


「これも、こっちも・・・すごくおいしいです」


普段は長ったらしくグルメレポーターよろしく
コメントを述べる古泉だが、どうやら並べられた料理の多さゆえ、
食べる方に気をとられているらしい。
一口ずつ食べては嬉しそうに笑うのが、
見ているこっちまで幸せにさせる。
うまい、確かにうまい。
けどそれよりお前が幸せなのが、嬉しい。
またバイト頑張ろう。
大学を卒業したらそれなりの会社に入って、
一年に一回はこんなところに連れてこよう。



「意外と大きめなんですね」
「だな。二人でも余裕あるかも」
「海は真っ暗で見えないけど・・・星が、見えます」



夕飯を食べ終えて、
一息ついてから部屋の温泉に入ってみた。
丸い、陶器で出来た露天風呂。
古泉の体に後ろから腕を回して、
海の方を見て一緒に入る。
確かに空を見上げると、星が散りばめられていた。
昼間は曇っていたのに、夜になって晴れたのか。
中々粋な演出をしてくれる。



熱めの湯温が、ちょうどいい。
冷たい海風と合っていて気持ちがいい。
輝く一等星を指差しながら星の豆知識を披露する古泉の
肩に湯をかけながら、首に口付ける。



「僕は幸せです、ずっと、そう思っていますが」



解説を一通り喋り終えて、
しみじみと言ってきた。




「俺のほうが幸せだ」
「いいえ、負けません」
「ほう。言ってくれるな」
「言いますよ」



実はこんな会話は式を挙げてから2日に1回はしている。
バカだろ、指さして笑ってしまいたくなるだろう、
だけど俺たちは本気だ。
ここにきても同じことを言っていることに、
また幸せを感じる。
俺の幸せレベルはいったいどこがマックスなんだ?



擦り寄りながら暖まっているとどうしても血が集まる、
古泉も腰に当たる感覚に気付いてもじもじと体を動かす。
ゆっくり入っていたいのに、
体の反応が素直すぎて泣けてくるぜ。
屋外だし、他にも露天に入ってる客がいるかもしれないし、
さすがにここで何かする気はないが、



「ん、ううっ」
「古泉・・・っ」


ん?
おかしい。
する気はなかったのに、
今、俺の舌は古泉の口の中を舐め回している。
古泉も腕を伸ばして背中にしがみついてきて、
これはもしかすると、
お互い制止できない状態だろうか。
普段なら古泉がここだとまずいです、
と止めてくれるのに。




なんだよ、お前も興奮してるのか。
参ったな。
まだ、ここ、柔らかいままだし。
持ち上げて擦り付けて、
さすがに今入れるのはまずいかなと思いそれだけにしてキスをする。


と、



「んん、んんん・・・!!!」


古泉の、方から、
腰を下ろして、
俺を体の中へ、受け入れる。



「は・・・あ、こい、ずみ・・・!」
「あは・・・お、っきい、です・・・」



苦しげに笑って、んなことを言ってくる。
恥ずかしくなってますます反応しちまって、
古泉がさらに顔をしかめた。
バカ。お前のせいだ。


ぎりぎりまで湯を注いでいたから溢れて、
木製のベランダにばしゃばしゃと零れ落ちる。
なるべく声は抑えているものの、
いくら子どもでもここまでうるさい入浴はしないだろう、
聞く人が聞けば何をしているか気付かれるかもしれない。
分かってる、
勿論分かっているんだがとても、我慢できそうにない。



強く抱きしめて腰を揺らして、
声は出ないようにお互いでお互いの口を塞いで、




今度は思い切り、
体の中に、吐き出した。







白い物体が浮かぶ湯は全て捨てて、
備え付けてあったシャワーで流して、
たぶんこれで、明日の朝は気持ちよく入れるはずだ。
しかしすっかりのぼせてしまって、
古泉もふにゃふにゃの様子で横たわっている。
熱い風呂の中で激しい運動をするものじゃないな。
息もしづらかったし。



それでも幸せそうに微笑んで繋いでくる古泉の手を、
俺も笑って握り返す。
バカだな、俺たち。
ふらふらになるまで、何やってるんだろうな。
でも、幸せだ。




これからどこへ行っても何をしても、
ずっとずっとお前となら幸せでいられるんだろ。
お前もずっとずっと笑いながら、俺の隣にいるんだろ。
昼間の明るい間には不安になったくせに、
夜になってお前の体温を感じたら、
こういうときの気の緩んだ笑顔を見たら、
この幸せは一生続くんだろうと調子に乗れる。




明日は早く起きて、もう一度一緒に入ろう。
朝日に照らされる海を見ながら抱きしめられたら、
しばらくは何の不安も感じることがなさそうだ。





thank you !




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