意識しすぎると夢に見やすい俺は、
予想通り古泉の夢を見た。
夢の中では笑ってしまうくらい古泉は俺に惚れていて、
今まで遊びに行った様々な場所で手を繋いで歩いて、
日が傾いたころに夕日で頬を染めて好きですなんて言ってくる。
俺は夢なのに夢だと分かっていて、それでも照れる。
こんな夢を見てごめん、と、謝りたくなる。
そして夢ですらそれ以上進めない自分も情けない。





何もしないまま、目が覚める。
夢もいい、俺のことを好きだとか言っちまう古泉はすごくいい、
けど所詮夢だから俺は現実世界で頑張らなければいけない。
やっぱり本物が一番だからな、目が覚めたら隣にいるってほうが、絶対いい。



冷たい水で顔を洗って引き締めて、さあ、今日も古泉に会いに行こう。




stairway step3





部室に他のメンバーがいれば、俺だって空気を読む。
古泉に好きオーラを出すわけにはいかない。
最初はからかわれているのかと思ったが、
どうやら古泉が顔を近づけて話すのは癖らしい。
他人に聞かれないように話す癖がついているというわけだ。
毎回ドキドキしながら牽制しているのだが、ついにハルヒに、



「キョン!あんた、古泉くんにだけ口調がきついんじゃない?
 仲良くしないとダメよっ!」



などとハルヒらしくない平和的な説教を受けた。
そりゃ仲良くできるものならどこまででも仲良くしたいんだがな、俺は。




親睦を深めろとのことでハルヒ達は先に帰り、
俺たちはなぜか部室の掃除をさせらている。
年末の大掃除を二人でやれば苦労を共にすることで仲良くなるだろう、
という気遣いだ。




「さすがは涼宮さんですね。自分たちは面倒だし早く帰りたいといった
 考えはおくびにも出さず僕たちを心配しているように仰り、論破するとは」
「魂胆はバレバレだろ、何がさすがだ」
「おや、あなたも納得して引き受けたように見えましたが」
「掃除は面倒だけど、お前と二人になれるからだよ」
「それはそれは」




雑巾を濡らして絞る姿すらなぜか様になる古泉は、
俺のジャブをまた得意の笑顔で流し、窓から拭き始める。
徐々に流され慣れてきた俺も同じように雑巾を手に取り、
一番お世話になっている机を磨いた。
古泉とゲームをやるときはいつもここだ。
負けて少しだけ悔しそうに微笑む古泉はすごくかわいいわけで、
頭を撫でてやりたい気持ちになるが机に阻まれて腕が届かない。
もう少し小さくてもいい、いや近すぎてもそれはそれで困るからいいか。



「クリスマスもハルヒの集合がかかってるし年越しは合宿で終わるだろうけどさ」
「ええ、そうですね。今回は前回の失敗を踏まえて準備しましたよ」
「期待してるよ、それも。
 ・・・まあなんだ、イルミネーションは見に行ったけど、クリスマスやろうぜ」




今日か明日の帰りに、飯でも食べて、クリスマスケーキとかも俺が準備するからさ。


実はもう予約してるんだ。断られたら妹と食べる。




「僕、そちらは何も準備してませんけど・・・」
「いいよ別に、俺がやりたいだけだから。飯もケーキももってく」
「・・・そうですね・・・」



掃除をする手を止めて考えている。
俺は不安をひた隠しにして掃除に精を出した。
ほうきで埃をかき集め、床も雑巾がけだ。こりゃ予想以上に汚いな。


「分かりました、では掃除が終わり次第。
 明日だと涼宮さんの機嫌如何では確約できませんから」
「ま・・・マジか」
「冗談の方が良かったですか?」





まさか。
首と両手をぶんぶん振って否定してから、くるりと体を回して喜びを噛みしめた。
両手でガッツポーズをしてぷるぷる体を震わせていると、
古泉の笑い声が聞こえてくる。



「ははっ・・・あなた、面白い方ですよね、本当に」
「そ・・・そうか?す、好きになったか」
「それは関係ありません。では早く終わらせましょう」
「もちろん!!」



掃除なんか普段は適当にサボっていればクラスの女子がやってくれる。
いつも谷口と、手だけ適当に動かして喋っているだけだった。
だが今の俺は違う。
100倍のパワーとスピードで片付けるぜ!



汗をかきながら迅速かつ丁寧に掃除をする俺を見て笑う古泉を、俺も見ていた。
男の俺が男の古泉に気持ちを伝えるなんて禁忌だと思っていたが、
伝えてよかったじゃないか。
俺が好きだと知りながら古泉は変わらず傍にいてくれる。
現状維持なんて人によっちゃ残酷だ耐えられないと言うかもしれないが、
俺はこうして一緒にいられる時間があって、笑顔が見ていられるなら、
それでもいいんだ。






「綺麗になりましたね」
「おう。これならハルヒも文句ないだろ」



二人の共同作業で見違えるように・・・とまで目に見えて分かるほどではないが、
雑巾が4枚ほど真っ黒になるまで綺麗にした。
そそくさとバケツやら何やらを片付け、
帰宅を促す。古泉も俺に背を押されて苦笑しながら鞄を持ち、部室を出た。



「じゃあ、ケーキ買ってからお前んち行くから」
「はい。夕飯は出前で良ければ電話しておきますけど」
「悪いな。頼む」
「クリスマスですし・・・ピザでいいでしょうか」
「いいな。味は任せる」




駅で一旦別れてから、地元で評判のいいケーキ屋に早足で向かう。
俺はあまりケーキの違いなんか分からない、
スーパーのもオフクロがテレビで見て並んで買ったケーキも同じような味のように感じる。
それでも古泉と食べるなら特別な方がいい。
そんなわけで雑誌で探して予約をして、


「ありがとうございましたー」



こうして受け取った。二人で食べるのにちょうどいい大きさだ。
古泉が喜ぶといい。
そればっかり、考えている。






「早かったですね」
「ああ、まだ本番まで日にちがあるから混んでなかった」
「そうですか。どうぞ」


チャイムを鳴らして古泉がドアを開けたときはまるで新婚のような気分になり、
ただいまと言いかけた。
笑顔で迎えるなんてやってくれるぜ、
古泉の家に上がるだけでも緊張してるってのに、
どうしたらいいか分からなくなってくるじゃないか。


お邪魔しますとかしこまって言ってみてから靴を脱ぎ、
一歩を踏みしめる。
ここが、古泉の家。
古泉が近寄ってくるときにふわりと香る、古泉のにおいがする。
これ、好きだ。
部屋は狭いながらもきちんと整頓されていて、
随所に古泉らしさを感じた。



「ケーキ、冷やしておきますね。ピザはあと20分くらいかかるかと」
「そうか、じゃあ待つとしよう」




薄いグリーンのクッションに座って、ぱたぱたと動く古泉を見つめる。
俺の知らない場所でこうやって古泉は生きていたんだ。
また一つ古泉を知れる、
好きだな、やっぱり。



紅茶を入れて差し出してくれるまで見つめて、古泉もその視線に気付いた。
作り物だと分かっていても、笑顔を向けられると弱い。


「好きだ、古泉」
「知ってます」
「だよな。・・・好きだよ」


何度か言ってみて、古泉が夢のように照れたりしないかな、と淡い期待を寄せたが、
どれもあっさり笑顔で交わされた。
本当に何とも思ってないんだな。
俺は隣に、しかも二人きりの空間にいて、
心臓がぶっ壊れそうなくらいドキドキしてるんだぜ。




「古泉、あのさ、ちょっとだけ、触ってもいいか」


深呼吸を三度こっそり繰り返した後に、勇気を出して聞いてみた。



「はい?何をですか」



選べるのか。
ここで選択肢を間違えれば即座にバッドエンドだ。



「指、を」
「指ですか。いいですよ、そのくらいなら」



よし、正解だ!
どうぞ、と言わんばかりに手のひらを差し出してきたので、
遠慮なく両手で触れる。


長い、細い指。
手のひらは思っていたより暖かい。
自分の右手と絡めてみると、
揺れるその指がやたら、
綺麗なのに妖しい雰囲気を纏っていて、
さらにドキドキした。
キスしたい、指でいいから唇で触れてみたい。
だけど古泉は俺を信用してこの家にあげて、指だって貸してくれてるんだ、
はっきり古泉の気持ちが向くまでは、我慢しよう。




「・・・サンキュ」
「顔、真っ赤ですけど」
「るせー」
「この程度でも嬉しいものなんですね。参考になります」



何の参考だ。
聞こうとしかけて、部屋に響くチャイムの音にかき消された。
古泉がまた立ち上がり、玄関へ向かう。
サンタの格好をしたピザの宅配がやたらと元気に古泉に話しかけていた。
やりとりをしている間、
俺は古泉が座っていた場所に移動して古泉の体温を感じてみたりして、
我ながらしょうもないほど惚れているなと笑いが漏れる。
古泉、俺は幸せだよ。
お前が何とも思ってなくても幸せだ。



俺の好きな味にぴったりのピザを二人で囲んで食べて、
古泉は俺のこと分かってるなと内心浮かれながら、
そういえば俺は古泉のことをあまり知らないなと気付いた。


「お前、誰かと付き合ったこととかあんの?」



チーズでべたべたする手を舐めながらさりげなく聞く。



「ありませんよ、そんな暇もなかったので」
「じゃあ、好きな奴はいたのか?」
「好き、は、よく分かりません。
 恥ずかしながら、僕はあなたみたいな経験をしたことがないんですよ」



好きだから冷たくしてしまうとか、
好きだと伝えたら雪崩のように常に伝えたくなるとか、
手を繋ぎたいとか、
指に触れるだけで真っ赤な顔で嬉しそうにするとか、
そういった経験、です。と。





ってことは古泉、お前、初恋がまだ、ということだよな?
ああああ、体の真ん中に熱が集まる。
マジかマジな話かそれ。
それならこれからどうにでもなるじゃないか、俺の努力次第で!
初恋の相手になろうものなら階段を10段飛ばしくらいしてやれる。
お前みたいな長い足は持ち合わせていないが確実に跳べる。
古泉の初めて、に、なりたい、なりたすぎる、ならせてくれ。
俄然やる気が出てきた。




「俺、頑張るからな」
「はあ。・・・あなた、思っていたより前向きですよね」
「当たり前だ。男でしかもお前に惚れたんだから細かいことは気にしない」
「良いことだと思います、それが僕以外に向いていればもっとね」
「はいはい、じゃあケーキ食おうぜ」



古泉の真似をして流しながら冷蔵庫に走り寄る俺に、また古泉は笑顔を見せる。
作り物のよりはもう少し柔らかい笑顔、に見えるのは俺の期待からか?





「すごいですね、これ。綺麗です」
「だろ?ホワイトチョコレートのムースだったはずだ」
「チョコレートの雪が降っているみたいです」



真っ白なケーキにチョコレートのパウダーがかかって、
きらきらと光る金色の星の形をした飾りが散りばめてある。
定番の苺ショートとか普通のチョコレートケーキもあったけど、
古泉は天体観測が好きだったとか言ってたし、
星空みたいだろこれ。見た瞬間にこれだと思ったんだ。




「食べるのがもったいないですね・・・」
「食べない方がもったいないさ」
「はは、それはそうです」


俺の期待通り、古泉は目を輝かせてケーキを見つめて、
その星の飾りがなんとかって冬の星座を形取って並んでいる、
ってことを嬉々として話してきた。
買って良かった、
やばい、今の古泉がものすごくかわいいんだが、
ああ、ケーキがうまく切れないじゃないか。




「味もおいしいです、濃厚なのに不思議と後味は爽やかで」
「ん、うまい。中に入ってるのは木苺か?」
「そうですね、適度な酸味が非常に良くマッチしています」


何の料理番組だ、まったく。
うまいから何でもいいよ、お前と食べてるから甘さも倍増だけど、うまいから。




「あとな、これ」


改まるとやりにくいと思い、半分くらいまで食べてから、
鞄から取り出した袋を手渡した。
無理やり入れていたから潰れかけていて少し後悔する。


「え?何ですか?」
「クリスマスプレゼント。大したもんじゃないけど」
「悪いです、僕は何も用意していないのに。ケーキだけで十分ですよ」
「もう買っちまったんだから受け取れよ」
「・・・すみません」



シールを剥がそうとした手を、止める。
待て待て、目の前で開けないでくれ、緊張するから。
喜んでもらえりゃ嬉しいが、センスには自信がないんだ。
前に妹に適当な誕生日プレゼントを買ってやったら、
あからさまに嬉しくなさそうな顔をされたことがあり、トラウマなんだ。


「だから、気に入ったら使え、気に入らなかったら放置してくれていいから」
「・・・はい。ありがとうございます」


照れくさくて残りのケーキを一気に食べた。甘い、甘い。





食べ終えた皿を片付ける頃にはもう帰らなければいけない時間になっていた。
非常に名残惜しいが、古泉に見送られマンションの階段を降りる。



「寒いからここまででいいぜ」
「お気をつけて。今日は・・・僕も楽しかったです。
 こんな風にクリスマスを祝うなんて初めてでしたから」



初めて、か、お前本当に今まで、苦労してたんだな。
このくらいでよけりゃいくらだってやるよ、いややらせてくれ。
俺と一緒にいたらいろんな楽しいこと教えてやるから、お前は勉強、教えてくれよ。
なんて、
思っても伝えきれない思いが浮かんでは溢れて零れていく。





「プレゼントも・・・何かお礼をしますね、今度」
「気遣うなって。それよりは・・・今、ちょっと、いいか」
「はい?」



柔らかい栗色の髪に触れる。
古泉が嫌がるまでと自分で決めて、頭を撫でた。
かわいいかわいい、俺は常に古泉をそう思っているわけで、
いつも、こうしたかった。



「・・・嫌か?これ」
「・・・嫌、というよりは変な感じですね。あなたのほうが僕より小さいのに」
「悪かったなっ」


ぐしゃぐしゃと乱雑してやるとすみません、と笑いながら謝って、





・・・は。


「では、僕も。髪、さらさらですね。うらやましい」





なんだこれは。

なんで俺たちはお互いの頭を撫で合ってるんだ。 




「ばっ・・・バカ!」
「えぇ?」
「恥ずかしいだろうが!ななななんで、お前が、俺にっっ」
「あはは、そんなに嬉しいんですか?
 では、途中で転んだりしないよう気をつけて帰ってください」





見てたのかよ、前に、転んだのを。
振り回される、古泉の気まぐれの優しさに、思いつきに。



とんでもないクリスマスプレゼントだ。
無事帰れる自信ももちろんない。膝が震える。熱が出そうだ。





大好きだ、古泉。




thank you !

デレデレすぎるーーーー!!!(赤面)
クリスマスだしちょっと調子に乗りましたすみません
メリークリスマス!(言い逃げ)

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