文化祭前のそわそわした落ち着かない、
だけどどこか楽しくてわくわくする雰囲気、
校内のどこを歩いてもそれを感じる。
夜遅くまでたくさんの生徒が行きかって、
その格好も制服やら何かの衣装やら、実に奇妙な光景だ。



前夜祭




俺はというと、いつもの制服姿で、
いつものハルヒの命令で、いつもように部室でパソコンに向かっている。
明日公開になる映画、というにはあまりに映画に失礼な、
その、あれを、編集しているのだ。一人で。



「はあ・・・」



そりゃ一人でこんなことをしていれば、溜息も出るさ。
癒しのMIKURUフォルダも、あまりに何度も見たせいか、
耐性ができてきて癒し度が下がっているような気すらする。

さっさと終わらせてしまえばいいんだが、
古泉のやたらと爽やかな笑顔が写っているシーンばかりに
目がいってしまい、作業が進まない。
ああ、なんてこった。
どうして、朝比奈さんの麗しい、大変お可愛らしい姿よりも、
いつも見てそろそろ見飽きたって全くおかしくもない古泉の
笑顔なんぞにばかり目を奪われなければならんのだ。



などと自分の中で悪態をつきながらも、
今もディスプレイに写るのは古泉のシャワーシーンなわけで、
自分がイヤになる。何をこんなところで一時停止しているんだ。
こんなものを見てどうする。
見て、
どうする・・・ってことも、ないんだが、
いや。まずいよな・・。



「古泉・・・」



無意識のうちにその名前が口から出て、自分でも驚く。
俺は疲れているんだ、この連日の徹夜作業で。
疲れてるときってのが、一番、やりたくなるから困る。



部室でやるにはリスキーだ、
この古泉の姿でも目に焼き付けた上で男子トイレでも行くか、と
穴が開くほど見つめようとした矢先、部室の扉が開いた。
あわててウェブブラウザを全面に出して隠したが、
入ってきたのは古泉本人だった。





「やはりまだ、こちらにおられましたか。順調ですか?」



クラスの演劇で着る衣装のまま、古泉はこんな夜でも爽やかさ
100点満点の笑顔を向けてきた。先ほどまでの映像と、だぶる。



「ノックくらいしろよ、驚くだろ」
「はい、驚かせようかな、と思いまして」
「何だよ、そりゃ」
「これ、差し入れです。他のクラスで練習で作っていた物をもらってきました」



近寄ってきた古泉からはいいにおいがして、
手に持っていたのはおでんが入ったケースだった。
ちょうど、人間の三大欲求が一度に来ていたところだ、
スイッチを切り替えて食欲を優先させてもらおう。


「へー、旨そうに出来てるな」
「ですよね。当日は食べ歩きだけでも楽しいかもしれません」
「一緒に歩くか」
「え?」



惚けた顔で立ち止まる。
おでんのケースを落としそうになったから、俺がそれをキャッチした。
すみませんと小さく謝って、着ている衣装の裾を握る。



「明日・・・は、朝から、ずっと、演劇が」
「知ってるよ。知ってて言った」
「・・・からかったんですね」



からかったわけじゃないさ、
本当に忘れていたんだ。
お前がそんな格好をしてるのに、演劇のことを。
他に回る奴もいないし、お前と一緒でもいいかと、思ったんだ。


言わないけどな。お前には。
ほかのことでは全部負けてるんだ、
このくらい、上に立たせてもらってもいいだろう。



「お、旨い。やるな。これ何組?」
「あ・・・え、ええと、3年3組です」
「国木田にも教えてやるかな。出店が楽しみっつってたし」
「ええ、喜ばれると思います」



谷口はナンパに精を出すなどというだろうが、
どうせ失敗に終わるのは目に見えている。
俺は一人気ままにぶらぶらさせてもらおう、
お前の演劇も気が向けば見に行ってやるよ。



「お前も、ほら」
「はい、いただきます」



箸を受け取ろうとしてきて、俺はその手を避けた。




「あの?」
「口開けろ、口」
「!!!そ、それは・・・」


さっさと開けないと、大根が床に落ちるぞー、
よく味がしみこんでて柔らかいからな。
俺がこんなサービスをすることも少ないんだから、
素直に開けておきなさい。



「いた、だきます」
「はいはい」



真っ赤な顔で口を開けて、なぜか目は閉じている。
あのな、キスするわけじゃないんだから、んな顔をしないでくれ。
俺まで意識しちまう。


小さく開いた口に突っ込んでやると、すぐに手で抑えて、
熱そうに息を吐きながら噛み締めて飲み込んだ。
小鳥にでも餌付けしている気分になる、
こんなでかい鳥はイヤだが。
それでも可愛くなくはない。



「ありがとう、ございます」
「ま、持ってきたのはお前だけどな」



お前が歩くたびに、いつも女子の目線がどこかから飛んでくるぞ。
それなのに俺でいいのかよ。
大根食べさせられたくらいで、真っ赤になっていいのか。


ああ、
思い出してきた。お前のその顔を見ていたら。
食欲はもういい、
睡眠欲も、もう少し後でいい。






「戻らなくていいのか、教室」
「僕の稽古は、もう終わったので・・・お邪魔でしたら、戻ります」



なるほど、わざわざ俺に会いに来たってわけか。



「邪魔なわけないだろ。じゃあ手伝ってくれよ、編集」
「それは、ちょっと。涼宮さんも望んでいないでしょうし」
「そう言うと思ったぜ」



編集作業は置いておくか。
朝からほとんど進んでない気もするが、夜はまだ長い。
何とかなるだろう。
ハルヒもどこかに飛び出したままだし、
しばらくは戻ってこないという漠然とした予感がある。


古泉を俺が座るほうへ手招きして呼び寄せ、
素直に近寄ってきた体に両手を這わせた。



「あ、うっ」
「キスしたい」
「はい・・・」





立ち上がってから逆に古泉に座らせて、
上から頭を抱え込んで額に、瞼にキスをする。
そのたびに肌が震える様子に無性に心を掻き立てられる。
触れられると弱い腰を撫でてやれば力が抜けていく、
舌も休ませずに口内をとろとろに溶かしてやった。



「お前、この衣装、結構・・・凝ってるよな」
「ん、む・・・は、い・・・」
「これ、・・・お前が作ったの?」
「ふ、・・・いえ、クラスメイトの、方が」
「女子?」
「はい・・・」
「ふーん」



なるほどね。
このお前にぴったりのサイズに作られた衣装、
見るだけじゃ、こうは作れないよな?
計らせた・・・ってことか。



「変な声出してねえだろうな?お前」
「な、んですか、それ・・・」
「お前弱いじゃん、腰とか。背中も」
「ひうっ!・・・出し、ません、
 あなたみたいに、触ったわけじゃ、ないから・・・」



ならいいか。
ちょっとむかつくけどな、お前に俺以外が触ったなんて。
けどどうせお前は俺以外じゃ気持ちよくなれないに決まってる、
俺だって相当努力をしたし、
いや・・・努力というよりも、相性がいいような気がする。
忌々しい、全く忌々しい話ではあるが、
古泉に触れる時は俺も一気に熱が上がる。


参ったぞ、本当に上がってきた。
キスだけでやめようと思っていた自分が馬鹿だった。
少し目を開けてみれば、真っ赤になって睫毛を少し濡らして、
必死に舌を伸ばしている古泉の姿が目に入る。
で、見てしまうと、もうどうにもできん。



やりたくなってきたことを古泉に端的に伝えると、
古泉も何度も頷いてくる。
ハルヒに見つからないような場所で、となると・・・
そうだな、いつもなら男子トイレに行くところだが、
隣のコンピ研も全員いるし、
他の部室にもちらほら人影があるから、気付かれる可能性がある。
人がいないところ、か。





「外・・・ですか・・・?」
「誰も来やしないさ、大きい声出すなよ」


学校全体が見渡せるような非常階段、しかし人の気配はいつも、ない。
コンクリートがむき出しになっているから綺麗ではないし、
古泉のこの多少腹の立つ衣装を汚すのも忍びない。


仕方がないので俺が階段に座って、古泉は俺の上に座らせ、
服の中に手を突っ込んでみる。少し、汗ばんでいるな。
稽古大変だったのか?
ちらりと聞こえた台詞の意味は分からなかったが、
大役なんだろう。それなら大変なのかもな。
お前の汗のにおいは嫌いじゃないよ、
ついでに言うならお前で嫌いなものなんてないのさ。











「ふう・・・・・・」


もう秋だというのに夏のような気温で、
こんな遅い時間でも、外にいるとそれなりに暑い。
それなのに古泉と密着したまま色々いたしたせいで、
俺のシャツはしっとりと濡れていた。
妹が持ってきてくれた着替えがあるのが、実に助かる。


古泉は息を吐きながら俺にまだ抱きついていて、
俺は俺で、それを暑苦しいとも邪魔くさいとも思わず、
腕を回して背中を撫でてやったりしている。



「落ち着いたかー」
「はい・・・もう、大丈夫です。すみません、お手を煩わせて」
「いーや。別に。そろそろ戻らないと、ハルヒが戻ってきてたら大変だ」
「そうですね。僕は、教室に戻ります。涼宮さんを誤魔化しきれる自信がないので」


そりゃ、その赤く熱を帯びた唇やら頬やら目尻のことか?
そうだろうな。
いくらハルヒが文化祭前日で気分が盛り上がっているとはいえ、見逃しはしないだろう。


古泉が9組へ戻る姿を見送って、俺は部室へと戻った。
幸運なことにハルヒが戻ってきたような形跡はない。
さて、古泉に十分充電させてもらったことだし、
やるとするか。




ああでも、
眠いな、少しだけ。
結構体力使うだろう、ああいうのは。


少し、ほんの少しだけ、目を閉じよう。
ほら、瞼の裏にはまだ古泉の姿が焼きついてる。
こんなに編集作業を頑張っているんだから、
そのくらいの余韻に浸る時間は、あってしかるべきだ。




そうだろ、ハルヒ。






thank you !
早速の約束妄想・・・といっても大したことない!
古泉が衣装のまま校内を歩いているのに萌えたことから始まりました。
プレイを進めるごとに妄想が生まれていくので困ります(にこにこ)

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